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前編

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数百年続いた隣国との戦争を終結させたのは、大国ーーダマヤ帝国のヨーク・ベラドス新皇帝だった。即位する前から戦争による貧困、人口率の低下を危惧していた新皇帝は、即位と共に敵国との和平条約を結び、国交を数百年ぶりに再開させた。


ーー数年後、平和が訪れたかに見えたダマヤ帝国の王宮では、今日も王宮で一番大きな会議室にて側近らによる皇帝の皇后選びに、あーでもない、こーでもないと意見交換が行われていた。
数千人は入るであろう王宮の会議室で行われる議題が、あまりにも馬鹿馬鹿しく、話半分で聞いていた当事者のヨークは、赤い革張りのクッションが敷かれ、椅子の脚と縁が金で作られた贅沢な王座に座り頬杖をついていた。ぶすっとした顔は強面な印象を更に凶暴にさせ、黒い短髪と瞳は彼のトレードマークだった。鍛え抜かれた分厚い胸板と太い足は、平和へと導いた象徴である"巨大な皇帝"として平民にも語り継がれるほどだった。

「ですから!有力な候補は、公爵家のご令嬢で…」
「その者は先日、候補に上がっていると漏らしたら、いつの間にか婚約者が居たぞ」
「でしたら、大臣の娘の…」
「ばっか…、ゴホン、私の娘はまだ18歳、新皇帝を支えられる年齢では…そう言う其方の娘は?」
「わっ…わたしのむっ、娘は、その…」
と、毎日毎日同じような言い合いばかりで、いくら平和になったとはいえ、生産性がない。
「お前ら…」
あまり大きな声を出していないのに、低く唸る声が会議室中に響き、会議に参加する者たちが一斉に黙り込む。
「私の配偶者はまた後ほど意見交換をしよう、今日の本題は?」
ギロッと進行係を睨むと、慌てて机の上に置いた進行の紙を探す。
「あっ、はいっ!でっ、ではっ!」
と話し始めて、やっと本題へと移った。


**************


「おかえりなさいませ、ヨーク様」
赤い絨毯が敷かれた執務室に到着すると、茶色の長い髪をポニーテールで結び、白いブラウスと髪の色と同じ茶色のロングスカートを身につけ、分厚い眼鏡を掛けそばかすの付いた1人の女性が、この部屋の主ーー皇帝の帰りを出迎えた。
「ヤン、変わりないか」
ヤンと呼ばれた女性は、つい数時間前にこの執務室で別れたばかりなのに、何か困ったことがなかったかと、聞いてくる皇帝に苦笑する。
「いえ、特には…ですが、この間の市民の声で反映されるーー」
と、手に持っていた書類を数枚取り出し、彼の前に差し出すとその紙を持ってそのまま執務机に向かった。
ドカッと座る彼の横に静かに近づき、渡した書類を読んでいる皇帝のペースに合わせて、追加の書類を渡していく。
程よい頃合いで書類を渡された彼は、どんどんと読み進めていたら、執務室をノックする音が聞こえた。
「…入れ」
ノックされた扉を見ず、入室の許可を出すと、入ってきたのはヤンの直属の上司である白髪混じりの壮年の秘書長だった。
「…会議お疲れ様でした、少しヤンをお借りしてもよろしいでしょうか」
「ああ、急な案件か」
途端に不機嫌な声を出す皇帝に、秘書長は温かい視線を皇帝へと向けた。それに苦虫を噛み潰したかのような顔になった皇帝が、ゴホンと咳払いをする。
「…明日以降の陛下のスケジュールを詰めたいもので…ヤン」
皇帝に許可を貰い私の名を呼ぶ秘書長に、私は陛下に頭を下げて退出の許可を取った。
「…陛下、失礼致します」
「……遅れるな」
それだけ告げた皇帝は、これ以上何か言う前に無理矢理手元の書類に目を通し始めた。



***************


「秘書長、急にどうしたんですか?」
普段業務前か業務後にしか私と意見交換しない秘書長に、戸惑いを隠せず廊下を進む彼の背中に声を掛けてしまった。
「…それは、秘書室で」
それっきり口を噤んだ彼は、そう言ったら喋らない事を今までの経験で知っているため、私も黙って彼の後ろへとついて行くと、執務室からそう離れていない秘書室へと到着した。
秘書室に入るとパタンと扉が閉まり、中には数名の後輩が山積みの書類の前で仕事をしていて、その中を秘書長が歩き部屋の奥にある秘書長室へと向かった。
秘書長室へと入ると、秘書長と2人きりとなる。
「さて、他でもない…陛下の事なんだが」
「はい」
革張りのソファーに座る秘書長の対面にあるソファーへと座るように手で促され、一礼して座った。
「今日の会議で陛下の結婚の話が出た」
「はい」
「陛下の進まない議論になっていたので話を切り上げたのだが、どうだろうか、そろそろ動き出せそうか」
「陛下の結婚相手を探すのですね」
「そうだ、当初の予定よりだいぶ遅れたが…まぁ、しょうがない」
「かしこまりました、陛下にピッタリのご令嬢を数名ピックアップいたします」
「よろしく…ところでお父様は元気か」
「はい、相変わらず筋トレばかりしてます」
今朝も朝から鍛錬していたのを思い出し、思わず笑みが溢れてしまう。
「はは、流石この国1番自慢の騎士団長様だな」
と他愛のない話をして、秘書長室を出た。


私、ナンシー・ヤンは、現皇帝のヨーク・ベラドスの秘書になって早3年。独身の間もなく28歳の、世間一般で言う行き遅れのヤン侯爵家の令嬢だ。我が父ーーヤン侯爵家当主は、騎士団長として長年この国に忠誠を誓い、兄や弟も騎士団に幹部候補として日々勤めている。兄が結婚して甥っ子も出来たのを機に、跡取りの心配もなくなった私は、前から興味のあった執務補佐をしたくて騎士団に入って事務をしていた。そこに視察に来ていた皇帝の目に何故か留まり、3年前から城へと働く事になったのだった。
生まれつき視力が悪く度の強い瓶底メガネが手放せず、人前に出るので清潔な服装を心がけているものの、同僚には地味だと、よく揶揄われていた。
そんな自他共に認める地味な私だが、皇帝付きの秘書になれたのは運が良かったに他ならない。仕事初日の城の大広間で皇帝自ら出迎えられ、皇帝付きの元々いた秘書ーー今の秘書長なのだが、秘書室を立ち上げるために、管理職として昇級したことで皇帝付きが居なくなった穴を、私が埋める事になったのだ。
ーー先輩の方が経験あるので、って言ったんだけどなぁ
勿論まだ秘書として働いてもいない私が、恐れ多くも皇帝付きの秘書になるなんて無謀だと、伝えたのだが…誰にも初めてはある、と一蹴されたのだ。
数十回はミスをしたがだんだんと仕事にも慣れて、今では後輩も出来たので、新人と交代すると思っていた皇帝付きの専属の秘書は未だに解かれる気配はない。
ーーそうだ、一度陛下に相談してみよう
秘書室の仕事は城内の各フロア、各部屋に割り当てられた国の中枢を担う大臣や大臣の補佐官などの秘書をする。歴史を見ても今まで無かった制度で、秘書を設置した事により大臣やその補佐官の今後の展望や仕事の進捗情報を、秘書間で共有する事によって、この国のトップである皇帝へと伝わり予算や人材を各省へと割り振るのだ。もちろん、予算は本会議で議決されてからだけど。
ーー秘書と言っても、陛下から派遣された補佐官として扱われ、人使い荒いし、最悪帰れない事もあるけど
それでも秘書は要職の人と関われる事、支払われるお給金も待遇も良い事から貴族の中でも1番人気の職で、毎年成人を迎えた貴族の子供、はたまた転職希望者が後を絶たないのだ。


「陛下、ただ今戻りました」
執務室をノックし入室すると、陛下は先程と同じ書類に目を通していた。陛下専用の執務室は、どの要職の人々よりも広く豪華だ。ふかふかの赤い絨毯は歩くたびに、足が埋もれてしまいそうだし、執務机と同じデザインの椅子は最高級の木材で作られている。陛下の斜め後ろに置かれた私専用の事務机もあるし、部屋に入ってすぐの左側の壁一面には、この国の歴史や政治学などの本が置かれ、反対側には歴代皇帝の絵画と隣で仮眠できる部屋へと繋がる扉もある。正面にある窓は城下を一望出来て、夜になると明かりが灯り綺麗な夜景が見れる。執務室に入ってすぐ目に入るのは、来客用のソファーとテーブルだが…陛下はあまり人を呼ばずに、自分から出向くのだ。
「…遅かったな」
書類から顔を上げずにそう言った陛下に、ペコリと頭を下げた。
「申し訳ありません、秘書長との打ち合わせが長引きました」
ーー本当は他愛のない話をしていたが…雇用主にそんな事言えないしね
私は陛下の斜め後ろにある自分の事務机に、新たに置かれた書類に目を通し始めながら、陛下の花嫁候補の名を数名考え始めたのだった。




***************



「えっと…本日はお越し頂き誠にありがとうございます…っ」
月に一度行われる、皇帝陛下主催の舞踏会で来賓を出迎える挨拶を一人ブツブツと練習をしていた。
何故こんな練習をしているかといえば、こういった公の場で着飾って出席するのが、初めてのためだ。今までは秘書長が陛下と出席していたが、先日言われた花嫁候補の身辺調査も終わり、後は調査報告書類に書かれている人柄なのかどうかをこの目で見る事が必要となったためだ。秘書長だと畏まってしまうので、私が人柄や雰囲気を直接確かめる事になったのだ。
一応秘書長が陛下と一緒に挨拶周りをしている間に、私が花嫁候補に声をかける予定なんだけど…一応侯爵家の令嬢としては、普段の地味な格好じゃ逆に悪目立ちするし陛下の品位を落としてしまうので、今日は朝から侍女たちによるお風呂やマッサージを受けた。普段しないナチュラルメイクと肩と鎖骨が見える白とライトブルーの美しいデザインのAラインのドレスに着替えまでしていた。
「お嬢様、こちらの宝石はいかがでしょうか」
「いえ、こちらの方がお嬢様のお美しさを際立たせますわ」
「それよりも!こちらですわっ!」
と朝からずっと、侍女たちは競うように私を着せ替え人形みたいに色々試着させ、すでに私はぐったりと疲れていた。
ーーコルセットキツい…もう寝たい
ぎゅうぎゅうに締め付けられたコルセットのおかげか、綺麗なラインが出来ましたと侍女たちは喜んでいるが…メイクをするのにメガネを外したため見えないし、ボヤけた視界で私にはどのデザインもどの宝石もまるで同じに見えるため、口を出すのをやめて侍女たちが結論を出すのを待っていた。
ーードレスもそうだし、髪型でも…そして今度は装飾品…侍女たちってこんなにおしゃべりだったかしら…
普段城への服装はシンプルで似たようなのばかりなので、全て自分で仕度をしている。そのため侍女たちも仕事が出来て嬉しいのかもしれないと、諦める事にしたのだった。
「完璧っですわっ!」
「お嬢様、お美しいですっ!」
「本日の主役はお嬢様ですわっ」
目の前に姿見を見せられても、ぼやける自分の姿はよく分からない。しかし褒めるのも彼女らの仕事だと思い、ありがとうと伝えた。
「…メガネを」
そう言うと、侍女たちはガッカリとして私にメガネを渡す。メガネを付けると、相変わらずのメガネのレンズが光に反射して目元が良く見えないが、頭から指先まで綺麗に散りばめられた宝石がキラキラと輝き、薄く塗っていたはずの口紅が赤く瑞々しくぷっくりとしている。白とライトブルーのグラデーションのドレスは、腰にいくにつれてキュッと細くなり、ドレスの裾には薔薇や鳥の刺繍が編み込まれていた。
「…可愛すぎないかしら…このデザイン」
行き遅れの令嬢としては、可愛すぎて目立たないか心配する。
「いいえっ!お嬢様はこれくらいしないとっ!」
「そうですわっ!」
「完璧ですわっ!」
3人の侍女にそう言われたら、まぁ舞踏会だけだしいいかと、朝から揉まれ疲れた私は早々に諦めた。

準備も終わったので玄関先へと向かうと、既に父と母が居て私を待っていた。
「お父様、お母様お待たせして申し訳ありません」
ドレスを持って歩く私を、2人はにこにこと笑顔を見せている。
「構わないよ、我が家の妖精さん」
「もうっ!本当に美しいわっ」
と私をぎゅうっと抱きしめる2人は、少しだけ親バカなのだ。幼い頃から私を妖精、天使、女神などと溺愛し、私は喜んでいたのだが、ある日鏡の中の自分を見てからは、初めての娘だったからそう思いたいんだな、と冷めた考えをするようになってしまった。
ーーだって、メガネだもの…しかも極厚の
そう、このメガネが私の印象をメガネにしてしまう。それに容姿を褒められたのが家族や屋敷に住む使用人以外に無い事が決定的になった。
「そうだ、ナンシーこちらを」
ひと通り私を抱きしめて満足した父は、何かを思い出したかのように紺色の長方形の小箱を私に手渡した。箱を開けると、中からまた長方形の白いプラスチックの箱が入っていた。
「こちら…は…?」
何なのか想像も付かなく戸惑う私に、父はにこやかに微笑む。
「これは、コンタクトレンズと言って、遠い異国で使われている目の中に入れるメガネだ」
「目…の中に…メガネをっ…!」
驚いている私に、父と母が試しにやってみてと言う。そんな2人に言われて私は、白いプラスチックの蓋を開けた。



***************


城内には、舞踏会専用の大広間にある皇帝のみが使用する事を許される階段が終わる所に、一際大きなシャンデリアが天井から吊るされている。ダンスフロアと壁に沿って設置された料理や飲み物が載った白いテーブルクロスのかかったテーブルは、一つ一つ手配した通りに並べられていて、ホッとひと息ついた。両親と私でヤン侯爵家の紋章付きの馬車で城に到着して、警備にあたっていた弟と合流すると、弟にエスコートされ城内へと入った。弟はあくまでもエスコート要員だったためにすぐに持ち場へと戻って行ったが、メガネをしていない私を見てひどく驚き、『姉様が結婚したらどうするっ!』と意味不明な事を言ってカンカンに怒っていた。そんな両親は今社交に大忙しだ。
私は目当ての御令嬢がくるまで手持ち無沙汰になってしまったので、意味もなくちゃんと舞踏会の準備が滞りなく出来ているかチェックしていた。私は行き交う人の邪魔にならないように、大広間の出入り口が見える陛下の登場する予定の階段下の横に立っていた。
ーー本当は給仕長に会いたいけど…そうしたら御令嬢と話せないし…
メガネが無いために、視界を遮るものがなくクリアだ。先程から視線を感じ、ヒソヒソと小声で喋る声と周りにいる男性がソワソワとしている。
ーーどこか、変かしら…やっぱりドレスが可愛すぎたかしら
と自分のドレスを何度か見たが、今更変えられないと開き直る事にした。事前に決められた曲が流れるオーケストラの演奏を聴いて、おおよその時間を推測する。
ーー間もなく陛下がいらっしゃる…それまでに御令嬢と話したかったけど、陛下は私の姿なんて分からないだろうから、別に陛下がいる間に話してもいいわね
うんうん、と考え事をしていると、目の前が暗くなり光が遮られた事を知った。顔を上げると、よく知った顔にギョッとした。
「…こんな所で何をしている」
「っ…へっ…陛下っ!」
不機嫌なオーラを隠そうともせずに仁王立ちする陛下は、まだ登場の時間ではないのに、白い制服に身を包み胸には勲章バッジが幾つも付いていた。赤いマントもつけているため、遠くから見ても陛下だと一目瞭然だ。そんな陛下が珍しく、私の前で眉を寄せ不機嫌な顔をしている。
「えっ…と、本日は…その、陛下主催の舞踏会に両親と…」
と陛下の態度に戸惑いながらも、出席した理由を話した。毎回舞踏会では休みを貰っていたから、確かに参加するとは思わないだろう。
ーーいつもなら、久しぶりの休日で屋敷でダラダラしているしね
陛下の花嫁候補の御令嬢の人柄確認です、とは言えないので、ホホホと笑って誤魔化す。
「…メガネはどうした」
「…メガネ…?ああっ!遠い異国でコンタクトレンズと言うのがあるらしいのですが、それはなんと目に入れるメガネなのです!なのでメガネの重さも感じる事なく快適に…陛下…?」
メガネがないこの快適さを陛下にもお伝えしたくて、早口で喋ると、陛下は片手で顔を覆いため息をついた。
「とりあえず、こっちへ」
と私の返事を待たずに私の手首を掴むと、スタスタと歩き出し階段横にあった扉の中へと入って行った。すれ違う裏方の人々とぶつからないように避けて歩き、早足で歩く陛下について行く…というか、連行されている。


着いた先は陛下が舞踏会開始前に待つ控室で、中には秘書長がいた。
「陛下っ突然居なくなって…ヤン?ほう、美しいな」
「…秘書長」
「しばらくヤンと話す、席をはずせ」
「…………かしこまりました」
陛下は何か言いたげな秘書長をひと睨みすると、諦めた秘書長は一礼して控室から出て行ってしまった。
私の手首を握ったまま、私を控室にある赤いソファーへと座らせると、陛下も私の横に座った。
「…何故、出席した」
ずいっと身体を私の方へ寄せた陛下は、鋭い眼差しを私に向けた。
「えっと…陛下の…花嫁候補の人柄を確認するためです」
初めて向けられた不機嫌な視線に圧倒され、考えるよりも前に口からスルッと言葉が出てしまう。
「…花嫁候補…はっ、いらんと言ったろ」
「でっ、ですがっ!後継者が居なければ…我が国の安泰のためにも…」
「いらん、余計な事をっどうせ秘書長の願いだろっ、あの古狸っ」
わなわなと身体を震わせ怒っている陛下を見るのは、初めてでポカンと見てしまう。
「それに、お前も!お前だ、なんだその格好、その容姿!」
「わっ…私ですか?!」
「そうだっ!今まで俺が誰の目にも入らないようにしていたのにっ台無しじゃないか!」
「…えっ?」
「その格好っ首から肩まで出してけしからんっ!男なら顔を埋めたくなるっ!しかも腰の細さが際立ってスタイルの良さが現れてるっ!あのダッサいメガネが無くなって、零れそうな潤んだ大きな瞳も白い肌も皆に知られただろっ!小さな口を塞ぎたくなる程魅力的だっ」
などと、珍しく饒舌な陛下の新たな一面を見て、さらに驚く私。まだ言い足りないのか、
「それに、俺の花嫁候補だとっ!?俺の嫁はお前と決まっている!」
と言われ、ガンッと頭を強く殴られたかのような衝撃が走る。
「えっ、へっ?!嫁っ!?」
軽くパニックになっている私に、なおも陛下は口を開く。
「ナンシー、好みの男が自身の父よりも強い奴と言ったな、なら国中探したって俺しかいない!何故なら俺が騎士団の指揮を取り平和をもぎ取ったからな!」
「えっ、あ」
「そして俺は何より寛容だ、妻がの秘書をしたいと言っても止めないし、四六時中そばにいても問題ないからなっ」
ふふんっ、と勝ち誇った顔をして腕を組む陛下。それでもまだ状況把握が出来ない私に、陛下はなおも口を開く。
「子供も一緒に過ごせるように執務室の横に育児スペースを設けよう…そうだ、今から2人で過ごせるように改装を始め」
「ちょっ!ちょっと待ってください陛下っ!」
どんどん話が飛躍していき、我に返った私は陛下の口を自分の手で覆ってしまった。
「えっ…と、育児…それはいいかもしれません、秘書も女性も居ますから仕事を辞める…じゃなくてっ!」
私の口元を覆った右手を掴み、指を絡める陛下。
「なんだ」
「私は…その、行き遅れです…し、その、陛下に相応しくない地味で面白味に欠ける…つまらない女です」
「…俺が相応しいと思っているから、こうして口説いてるんだが」
そう言って陛下は私の手の甲に、口づけを落とす。
「口説っい…って、嫁とか子供とか言ってる時点でっ私に選択肢ないじゃないですかっ!」
「そりゃそうだろ、俺以上にナンシーの好みに合う男は居ないし、俺以上に相応しい男は居ないと思うが?」
にやりと片眉を上げた陛下は、私の左頬に手を添えると顔を近づけて、触れるだけのキスをしてすぐに離れた。
「どうだ?優良物件じゃないか?」
わざと低い声を私の耳元へと出して囁くと、また私の唇に彼の唇が重なった。自然と瞼が閉じると私の唇に滑った何か・・が触れて、口を開くと熱い陛下の舌が私の口内へと入った。彼の舌が私の口の中を隅から隅まで探り、舌を絡めて強く吸われる。
「はっ、ぁっ」
顔の角度を変えられた時に止めていた息を吸うと、声が漏れて恥ずかしくなる。頬が赤くなり真っ赤になっていると、私の頬を指の腹で撫でて、可愛いと私にしか聞こえない声で囁く。瞼を開けると、私を愛おしそうに見つめる陛下の顔がすぐそばにあり、
「鼻で息をする」
「…鼻…ン」
貰ったアドバイスを復唱していたら、また口を塞がれ彼の舌が私の舌に絡みつき離してくれなくなった。

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