ヤクザの監禁愛

狭山雪菜

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短編

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付き合っていた人の背中には、昇り龍が彫られていた。最初は別に気にしていなかった。屈強な身体に包まれる安心感は私を満たしてくれたし、普段無口なのに注がれる熱のこもった愛の眼差しは饒舌に彼の気持ちを語り心地よかった。
だけど、蜜月も長くは続かなくて、終わりはすぐにやってきた。


彼が指定暴力団の幹部だと、彼と待ち合わせをしていたBARに居た露出の激しい赤いタイトなワンピースと赤い口紅の女性に言われたからだ。明らかな私への嫌悪感を隠そうともせず、私にそう言った女性はさらに、
『あんたはただの遊びよ、お嬢ちゃん、ママの所へお戻り』
シッ、シッ、と犬を追い払うかのように手をパタパタと動かした女性は、
『私はねぇ、あの人の婚約者なのっあんたは人の男に手を出してる泥棒猫なのよ』
そんな事ない、と言うには、付き合って半年足らずの彼の事なんか何にも知らなかった私は、反論する事なく、静かに立ち上がり女性からも彼の前からも消えた。



***************



お客さんが帰った後のテーブルをきれいにしていると、壮年の男性のオーナーが私に声を掛ける。
河合かわいさん明日は、休みなんだっけ」
「はい、明日は休みです」
喫茶店で働き始めて3年。常連さんとも仲良くなり、平穏な日々が過ぎていた。白いブラウスと黒いエプロンとズボンの制服も着慣れてきた。幸せすぎた日々を忘れたくて住んでいた地域から県をいくつか跨ぎ、逃げるように引っ越して携帯も解約した。
「なら悪いんだけど、今日は1時間残ってもらってもいいかな?夜番の子がバス乗り遅れちゃったみたいでさ」
「はい、分かりました」
オーナーに言われ残業をする事になり、少しだけ嬉しくなる。
――残業だからこの分…少し余裕が出来るかな…
最低賃金でフルタイムのパートで働くにはギリギリの生活で、以前みたいにショッピングに行く事も出来なくなっていたけど不満はなかった。
――みんないい人で、絡まれる事もないし平和だ
お客さんの注文を聞いて、料理と飲み物を運んでいたら、あっという間に1時間の残業も終わる。みんなに軽く挨拶してロッカー室へと向かい、制服から私服へと着替えた。といっても白いブラウスの上から赤いカーディガンを羽織るだけのシンプルな格好だ。ロッカーの中からバッグを取り出して職場を後にした。

私が引っ越してから借りたのは築36年の2階建てのアパートで、家賃管理費込みの4万円の小さな1DKの部屋だ。お金を貯めたくて激安のアパートにしたんだけど、意外と住めば都で不便はない。
――明日は久しぶりに図書館にでも行こうかな
なんて思いながら帰り道の景色を眺めながら歩いていると、私のアパートの前に停められた黒いベンツの車を見て、心臓が早鐘のように打つ。足が地面に刺さってしまったかのように動かないし、実際に頭が真っ白になって何の思考も残らない。運転席から黒いスーツとサングラスの見知った男が出ると、後部座席のドアを開いた。一目で分かる上等な靴を履いた足がドアの下から見えて、大柄な男がドアから姿を現す。
黒い髪を後ろへ撫でつけ、キリッとした眉と鋭い黒い瞳の眼差し、ぎゅっと結んだ唇は厚く、スーツの上からでも分かる鍛えられた身体は、厚く大きい。身長180センチを越えると以前言っていたのを、ふと思い出した。黒のジャケットとズボン、白いYシャツ姿の男は私を見て、目を細くし口角が僅かに上がった。
絵梨奈えりな、迎えに来たぞ」
そう言った彼の目は笑ってはいなかった。



河合絵梨奈かわいえりな、現在25歳。
それが私だ。日焼け知らずの白い肌と、黒のロングヘアはストレートでやっと背中まで伸びた。黒い瞳は大きくて、潤んでいるから誘っているようだとも、彼に揶揄われていた事もあった。ぷっくらとした瑞々しい唇、小さな顔、バランスの取れた細い身体は、彼の庇護欲をそそるのか、いつもご飯を食べさせられていた。この町に来る前は大学を卒業したばかりの中小企業の新入社員で、飲み会に参加して酔い潰れた上司に困っている所を、今目の前にいる彼――勇人はやとさんに助けられた。この事がきっかけで付き合う事になったんだけど、彼から逃げたのは、別に彼が暴力団の幹部だからじゃない。一般的な雰囲気とはかけ離れた彼の見た目、背中の昇り龍がある時点である程度察する事が出来たからだ。彼と付き合うようになってから起こり始めた、ポストへの異物混入や誰かに監視されているような不快感、だんだん過激になっていく嫌がらせの手紙に辟易していたからだ。決定的になったのは、あのBARでの婚約者騒ぎだったけど。
私は彼を好きだったし愛してもいたのに、他に将来を決めた女性ひとがいるのに、私に甘く囁く彼の事を信じられなくなっていたんだと思う…というか、週に2・3回食事して、ホテルに行くだけの関係は深い絆も生まれないけど。



「…もう、そろそろいいだろう」
彼が私の前に現れ、抵抗する意味も無かった私は彼が乗っていた車の後部座席に並んで座った。真ん中にあるドリンクホルダー付きの肘当てを挟んで彼は足を組んで座り、私は今言われた彼の言葉の意味を考える。相変わらずスマートな仕草と車に乗った途端に香る、勇人さんの好きな香水の匂いが、もう忘れたと思っていた好きだという気持ちを、いとも簡単に呼び覚ましてしまう。
「…いいっ…て?」
ドキドキと高鳴る鼓動が、隣に座る彼に聞こえてしまいそうだ。
「俺の前から居なくなって3年、絵梨奈の可愛いらしいワガママにも十分に付き合っただろ」
「勇人さん…?」
何故か声のトーンを下げた彼は、特別車仕様になっている車内にある備え付けのミニ冷蔵庫から冷えたウィスキーを取り出しミニ冷蔵庫の横にある棚からグラスを取り出す。ウィスキーをグラスに注ぎ、真ん中のドリンクホルダーに置きもう一杯作ると私に渡した。
「…乾杯」
「………うん」
ドリンクホルダーから取ったグラスと渡されたグラスが、キンッと軽くぶつかり少量を口に含んだ。
――苦い…勇人さんの好きな銘柄だ
懐かしい気持ちになってこれを飲めば解放されると思い、注がれたウィスキーを全部飲み干してしまう。
「くくっ…そんなに急いでどうする、折角の再会だ…色々積もる話もあるだろ」
私のグラスが空になったのを見て、機嫌良くなった勇人さんは私の手からグラスを取り上げる。もう一杯作るのかと思ったけど、ドリンクホルダーに置いた彼は自分のグラスも何故かドリンクホルダーへと置いた。
しばらく天気や彼の普段していた事などの他愛のない話をしていて、まるで会っていない期間など無かったかのように付き合っていた時と変わらない態度にホッとしたのも束の間、だんだんと、眠くなってきてしまい瞼が落ちる。
「なぁ、絵梨奈…俺はな、自分の物が無くなる事に一番我慢ならないんだ」
頭も重くて背もたれに頭を付けると、さっきまで話していた勇人さんの落ち着いた声とは違う、低く唸る声が聞こえた気がした。


***************



意識が浮上する。
懐かしい彼の香水の匂いがする柔らかなベッドの布団の中は、彼に抱きしめられているみたいで、ずっと居たいと思う。もぞもぞと動くと布団から頭を出すと、見知らぬ天井と私の家のものとは違う円形の穴に入ったオレンジ色の暖色の電灯が目に入った。
――ココは…?
と思っていると、自分の服装が変わっている事にも気がついた。白のブラウスと赤のカーディガン、黒いズボンだったのに、今は白いシルクのインナーキャミソールのワンピースを着ていた。サイズもピッタリで肌触りが良くて、このワンピースも私のではない。
起き上がりベッドに座ると、周りを見渡す。私のいるキングサイズの黒いベッドフレームの上に黒いシーツのマットレスと白い布団。ベッドの横には黒のポールスタンドのライト、その横に黒い正方形のミニテーブル、床はモノクロの絨毯と、黒で統一されたインテリア部屋の、左手に見えるのが夜景が一望出来る全面ガラス張りの窓が、部屋の端から端まである。
――まだ夜…みたい
窓の外の空は真っ暗で、地上は明かりがついていた。
テレビもない部屋はきれいで、人が住んでいるとは思えないモデルルームみたいだ。右手に見えるのは、黒い1人掛けのソファーと黒い扉だけだ。
ポツンと残された部屋でどうすればいいか悩んでいると、右手にあった部屋の扉が開いた。
「起きたか」
入ってきたのは、Yシャツとズボン姿の勇人さんだった。私のそばまで寄り、ベッドに座ると私の頬に触れた。
「体調悪いところは?」
「…特に…ありません」
大きな手のひらが私の頬に触れ、彼の手の上に自分の手を重ねて自分からも頬を彼の手に押し付けた。目を細めて私のする事を傍観していた勇人さんだったけど、腰を浮かし私の額に触れるだけのキスをすると、
「今日からこの部屋に住んでもらう、衣食住は保証するが外へ出る事も、携帯を持つことも出来ない…ああ、絵梨奈の仕事は下のもんに言って退職の手続きを取っている、部屋も引き払う」
優しい仕草とは裏腹に残酷な事を言う彼の言葉を信じられずに、じっと凝視してしまう。
「な…んで」
「なんで…か、そうだな…勝手に俺の前から消えたから」
「そんなっ」
「必要ないだろ、俺以外」
私の目元を親指の腹で優しくなぞり、柔らかい声音なのに言っている事はめちゃくちゃで、まるで聞く耳を持ってくれない断固たる意志を感じる。
「だって、勇人さんにはっ…婚約者が…っ」
彼の手を振り払い、座り直して彼との距離を作る。布団を掴み身体を隠すと、彼も座り直して私のそばに寄る。私の身体を布団ごとに抱きしめる彼の力は強く、離れようと胸板を押してもびくともしない。
「やだっやだっ!離してっ、酷いっ…んむっ」
力いっぱい彼の胸を押すと少しだけ隙間ができて、離れようとすると彼の大きな手が、私の両頬を掴み口が塞がれた。彼の舌が私の口内に入り、傍若無人に暴れている。噛もうとしようとすると、私の口内の快感を感じる箇所に舌を這わし、強く吸い付く。力が抜けると勇人さんの胸に体重が掛かり口づけが深くなり、彼の舌が私の口内を隈なく探る。久しぶりの口づけで舌が絡まるたびに彼の吸うタバコの味を感じて、懐かしくてもっと欲しくなってしまう。くちゅくちゅっと、溢れる唾液を掻き乱し、強く吸われ口内から私の唾液がなくなると、今度は彼の唾液が私の口内へと溢れる。抵抗感もなくゴクンと飲み干すと、嬉しそうに私の舌をちゅうちゅうと吸い付く。顔の角度を何度か変えて、彼の口が私の口から離れてしまうと、口内が寂しくなって彼の唇を無意識に追いかけてしまう。
「はっ、ぁっ、んっんん」
私の口元に彼の舌が這い、そのまままた私の口内へと彼の舌が戻り、口づけが深く濃厚となる。口づけをしたまま私の身体を隠していたお布団を剥ぎ取られ、私の素足を撫でる彼の手のひらにゾクゾクとする。
足がもぞもぞ動いてしまうと、内腿を摩られながら足の付け根へと向かう彼の侵入を許す。足の付け根に到達すると、ゆっくりと太もものお肉を摘む。摘んでは揉んで、揉んでは摘みひと通り弄ぶと、下着をズラした彼の指が私の蜜壺へと、何の前触れもなく入った。
「んっ、あっ、っっ、あ」
「ああ、濡れてるな」
以前のように解す訳もなく、いきなり乱暴に掻き乱され、目の前がチカチカと光り、久しぶりの快感に抗えずに達した。
はぁ、はあっと、息の荒い私をベッドへと横にすると、彼はズボンの前を寛げて、ズボンの中に手を入れ取り出した既に固くなっている昂り。固くそそり立つ昂りの先端から、透明なツユが出ていて、これが私の中に入るのかと思うと、上手く回らない頭でぼうっとしてしまう。
私の脚を広げた勇人さんは、私の蜜壺に固くなった昂りを当てると、中へと躊躇わずに入れた。
「あっぅっ、ぅっ」
いきなり入った固い昂りが蜜壺の奥へと進み、余りの圧迫感と押し寄せる快感で背がのけぞるが、勇人さんは構わずに抽送を始める。ぱんぱんっと、彼の腰が私のお尻をぶつける音が大きくなるにつれて、激しくなる律動。
「あっ、激しっ、あっ、あ、んんんっ」
やまない抽送に、甘い声が押さえられずに漏れてしまうと、私の顔の横に腕をつけた勇人さんが覆い被さり、私の口を塞いだ。舌の絡まる濃厚なキスをしながらも、下から突き上げられ抜かれ頭が気持ちいい事しか考えられなくなってきた。
久しぶりのエッチは、私をあっという間に絶頂へと連れていき達した。ぎゅぅぅっと蜜壺を締め付けたら、勇人さんは腰の動きを止めずにまだ私を攻める。
「あっ、っ、イッて…る、んっ、ぁあ」
抽送をやめて欲しくて彼の腕に触れると、ぴくっと反応した。
「ぐっ、っ、はっ」
ズンッと強く突き上げられ、最奥に留まった昂りが膨らみ弾けるとドクドクと注がれる熱い証に身体がまた刺激された。
「あっ、あっんんっ」
満たされる感覚に軽く達して、喘ぎすぎて呼吸を整えるのでいっぱいいっぱいになる。
むくっと起き上がった勇人さんは、着ていた服を脱ぎ捨てていく。割れた腹筋と、背中から肩、腕へと繋がるその青い入れ墨の龍の一部が露わになり余りの美しさに、ぽぅっと見惚れてしまう。私が固まっているその間にも、勇人さんは私のキャミソールワンピースの中に手を入れて、胸へとたくし上げそのまま脱がせてどこかへと投げ、ぷるんと揺れる乳房を両手で揉み始める。屈んだ彼は啄むキスを繰り返し、私の口内に彼の舌が入ると濃厚な口づけへと変わった。彼の腕へと手を添えると、邪魔されるのが嫌なのか私の両手を頭の上へと置かれた。
ちゅっ、ちゅっ、と頬やこめかみに移動した彼の口は、首に、鎖骨へ、と順に下りていって、舌を這わしては強く吸い甘噛みをして、時折強く噛まれて痛みが起こる。
「あっ、っ…いっ、た…んっ、んぁっ」
脇も丹念に舐められて、二の腕から肘、腕、手のひら、指先と口で愛でられ、反対側も同じようにされる。噛まれる度にぴくっぴくっと反応して身体に力が入り、蜜壺の中にいる彼の昂りをぎゅう、ぎゅう、と締め付けてしまう。締め付けた事により、蜜壺の中で大きく固くなっていく昂りを感じた。
私と唇を合わせて舌を絡めると、彼の腰が動き出した。ぐちゅっぐちゅっとした水音が結合部から聞こえ、恥ずかしくて腕を動かし彼の首へと回す。ズンッズンッと力任せに、まるで思いの丈をぶつけるように乱暴に打ち付けられて、今更ながら彼が怒っている事に気がついた。
「あっ、やっ、ごめんっ…な…さ、いっ、んぁつ」
喘ぎ声に紛れて謝罪の言葉を言えば、余計に怒りをぶつけるかのように、ぱんぱんッと腰がぶつかる。自分本位の、私を気遣わない乱暴な抱き方をされるのは初めてで、どうすればいいのか、一瞬考えるが、すぐに快感にのまれて忘れてしまう。
「あっ、やっ、だっ、ごめん…なさ、ごめんっ」
涙がポロポロと出てきて、濡れた頬に気がついた勇人さんが抽送を止めずに丁寧に吸い付き舐めとる。
「っ…ぐっ」
低く唸った彼が私の肩に顔を埋めて思いっきり噛むと、膨れ上がった彼の昂りから熱い証が蜜壺へと注がれた。
「っぁあっ」
私は強く噛まれた事によって、痛みと熱い証で絶頂へと達したのだった。



***************



この部屋に来て、ひと月が過ぎるとある程度ルーティーンが出来てきた。日が沈むと部屋に入ってくる彼に抱かれ、日が昇った頃に部屋から出て行く彼を疲れ切った身体で見送るとやっと休める。
彼に見つかった時点で逃げられないと分かっていたし、ヤクザ相手に抜け出すつもりもなかった。
――どうせ、すぐ見つかるわ
なんか3年待ったみたいな事言っていたから、私の居場所なんてもっと前から調べ上げていたのだろう。
お昼と夕方に部屋に来るのは彼の部下だという、初日に挨拶された無愛想な男はテツと言っていた。
欲しい物はありますか、食事はこちらです、と必要最低限しか言わないテツは、日中は部屋の外で待機しているみたいだった。それでも勇人さんの方が圧倒的に口数が少ない。
――上司が無愛想だと部下も無愛想になるのか
勇人さんが夜に来た時にその事実に気がついて、1人くすくすと笑ってしまって、勇人さんに不審がられた。
もちろん濃厚な時間は毎回あるんだけど、それだけじゃなくポツリと喋る事も増えて、だんだんと私と付き合っている時の雰囲気に戻りそうだった。

そんな時、

「…あの…勇人さん」
バスローブ姿の彼がベッドへと座って、裸で仰向けになる私の身体を触る。最初の頃はちゃんとTシャツだけでも着ていたが、どうせ脱ぐんだからと夕飯が終わってからは裸で待つ事も増えたからだ。
――いろいろ女捨て始めちゃってる
「…どうした」
触れる指先は優しいのに、彼の口から出るのは冷たい声。再会してからいつもそうだ、それなのにムカつかないのは彼が好きだからだろう。
「こんな毎日来なくていいですよ…?婚約者の人いるんですよね?」
――結婚指輪はしていないから、本当かどうか知らないけど
少しだけ申し訳なさそうに言うと、私の脚に触れていた彼の手が止まり、何となく彼が怒りのオーラを纏っている事に気がついた。
「…勇人さん…?」
恐る恐る彼の名を呼ぶと、彼は無言で私にのし掛かり口を塞いだ。噛み付くように荒々しいキスは、再会した時以来で戸惑いもあったけど、拙いながら一生懸命に応えた。

長い口づけも終わり、それでも名残惜しく離れた彼の唇。鋭い眼差しで私を見る彼と、視線が絡まって見つめ合っている。
「…二度とあの女の話をするな」
「……はい」
地を這う低い声は、本気で怒っている。それ以上の詮索は無用となった。
「そういえば、テツと最近仲が良いみたいだな」
私の脚を撫でながら、私の耳元に唇を寄せた彼が私の耳朶を甘噛みしながら囁く。
「…テツさん?」
擽ったくて肩をすくめると、私の両腕を掴んだ。
「そうだ、日中部屋の外リビングで少し話してるって?」
「ん…そうです…お風呂やトイレに行くのも一度、リビングに行かないといけないから」
耳たぶを噛まれ、首筋へと彼の口が下りていく。チクリとする痛みを感じて、跡をつけられている事に気がついた。
「…そうか」
口角を上げた勇人さんが多分笑っているつもりだと思うが、
「…誰かと内通した時点で、迎えるのはそいつ・・・の死だと覚えておけ」
恐ろしい言葉を発する勇人さんの眼差しは真剣そのもので、何故が胸が熱くなった。
「…喋っても…?」
一日中誰とも話さないとなると、日中頭がおかしくなりそうだったので、恐る恐る聞いてみる。
「…そうだな――」
と悩みながら私の首に顔を埋めた彼が、ボソリと一言呟くと、私は全身の力が抜けて彼の首に腕を回した。



指定暴力団の幹部として有名な男は、キレると何をするか分からない荒ぶる龍としてアンダーグラウンドに名を轟かせていた。ある時から大人しくなった昇り龍の男には、彼の女として行方不明になった女の存在と子供が出来たと風の噂が流れたのだったが、真相を知る人は誰もいなかった。






***************



ヤクザの監禁愛~side 勇人~





「いやっ!許してっ!あの女が悪いのよっ!貴方を唆すからっ!」

薄暗い室内の黒張りのソファーに座る俺の前で、ド派手な赤いドレスの女が、涙で化粧が落ちて頬に黒い跡が残っているのにも構わずに、大声で喚き叫んでいる。
2人の大男に両腕と背中を床に押さえつけられても、顔を上げて自身の行動に正当性を訴えている。そんな女の前に俺は脚を組み、冷めた視線を向けている。
「そうか…だが知らなかったな、お前が俺の婚約者だなんて」
淡々と事実だけを告げているつもりが、彼女はひっ、と短い悲鳴を上げてガタガタと震え出した。
頭の中が怒りで真っ赤になっていて、あと少しでもその不快な甲高い声を聞いたらめちゃくちゃにしてしまいそうだった。チラッと女を抑えている大男に視線を向けると、俺が指示を出す前に女を連れ出した。
残された室内で俺はどう落とし前をつけようか、と冷酷な判断をしようとしたが、僅かに残る理性が一般人の彼女を想い、ギリッと歯軋りをした。出会った時からそうだ、彼女の事になると我を忘れてしまう。


――俺の前から居なくなった、それが事実だ



河合絵梨奈かわいえりな22歳、社会人になりたての、社会の事など何ひとつ知らない無垢な女。
社会人の飲み会とは到底思えない高級ホテルのラウンジで、飲み会と言われて馬鹿正直に信じた彼女が、酔い潰れたフリをした上司の対処に困っている所を俺が助けた。彼女をホテルへと連れ込もうとした上司は、俺が現れた途端に正気に戻りそそくさと帰った。
「あの、ありがとうございました」
と控えめな声で、俺を見上げる彼女に一目惚れをした。初めて交わった時は、何故か満たされた気持ちになった。会う時も週1回から週3回に増えていくのは、自然な事だった気がする。
彼女に夢中になるにつれオヤジからは苦言を、頭の上がらない恩人からは、『やっと人並みになったか』と揶揄われた。彼女を自分の女として側に置こうと、決めた矢先に起きた彼女の失踪は、俺を精神的に追い詰めた。
――絶対に許せねぇ
待ち合わせ場所へと向かった先で、絵梨奈じゃなく婚約者と名乗っていた女がいた事を聞いた俺は、その場ですぐ身柄を拘束して吐かせたら同じ組の幹部だと言う事が分かった。



蹴落とし蹴落とされる世界で、徹底的な復讐を終えた俺は彼女を迎えに行き自室へと閉じ込めた。ただ彼女を求めて帰り抱いて眠る日々。朝になったら組の仕事へ向かい、夜には彼女の元へと帰る。その幸せを保つために、俺はあらゆる力を身につけていったのだった。
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