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クリスマスの話。

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恋人達が一年に一度の大イベントに向け、プレゼントを買ったり、有名店のレストランの予約を入れる独り身には辛い時期がやってきた。

そんな私、独り身が辛い側にいる独身の彼氏なし。
秋津莉奈あきつりな 28歳女
大企業と呼ばれる全国展開をしている企業に勤める、総務部の契約社員だ。
12月24日の今日、クリスマスイブと週末とあって残業もせずに帰っていく同僚や先輩達。上司もお先に、と言って帰っていったフロアに1人残された私は、帰る支度を始めた。

ーークリスマスだからってみんな浮かれ過ぎない?めちゃくちゃ羨ましいんだけどっ

毎年のように感じるこの羨望の気持ちが、解消する事なく私は歳を重ねいく現実を受け入れられない。悲しくて頭を横に振ると、マフラーを巻きコートを着て会社をあとにした。




********************


豪華なイルミネーションが美しい家の最寄りの駅に着くと、


「いらっしゃいませークリスマスケーキはいかがっすかぁー」

嫌々やっている感ばっちりのコンビニの店員が、店前でのケーキ販売の客寄せの声を上げる。
そのコンビニ前を通り過ぎた時に、ばっちりと店員と目が合い、気まずくなり足速に通り過ぎようとして声を掛けられた。
「あっ!お姉さんっいかがっすかっ?!」
叫ぶ店員に申し訳ないと思いつつ、店員の声が聞こえなくなった所まで来ると、立ち止まり振り返った。
「…しまった、コンビニで缶ビールと夜食買うつもりだったのに」
通り過ぎて初めて、コンビニで買い物をする事を思い出した。
ーーどうしよう、でもあの店員がいる所に戻るのはな…

と云々と悩んでいたら、数十メートル先にファミリーレストランがあったのを思い出した。
「あそこ、で食べて帰るか」
普段なら行かないのだが、今日はいいか、と自分へのご褒美を兼ねて行く事にしたのだ。



「いらっしゃいませ」
対応のためにレストランの入口にいた私の所にきたネームプレートに、"店長 稲田"のと書いてある黒髪を後ろに撫でつけた男性に、1人です、と告げると奥の2人掛けのテーブルに案内され、お冷とビニールに入ったウェットティッシュを置かれた。
「お決まりになりましたら、呼び出しボタンを鳴らして下さい」
とお決まりのセリフを言って、居なくなった男性を見送り店内を見回した。
クリスマスイブで平日、そして夜の21時過ぎという事もあり30席ほどあるテーブルには、人があまりいなかった。
グランドメニューと書かれた分厚いメニューを取り中を開くと、これから食べる料理を選び始めた。


「お待たせしてしました」
この席に案内してくれた男性の店員が、頼んだ料理をテーブルへと並べた。
グラタン皿に入ったビーフシチューと、フランスパン、赤ワインを頼み、少し洋風を意識した料理だ。

ーーいただきます
と心の中で唱え、食べ始めた私は幸せな気持ちいっぱいになった。

お会計する時になり、注文した品が全て届いた時貰った白い伝票を持ってレジに行くと、初めて見る女性の店員が対応してくれた。
「ありがとうございました」
お釣りを受け取り、レストランから出ると背後から女性の声が聞こえた。



家までの15分ほどの距離を、マフラーで口を隠して歩く。白い息がマフラーの間から出て、空へと消える。
私の暮らす5階建てのマンションが見えると、ホッと一息つく。レンガ調の築浅のマンションは、1年前に越してきたばかりで、1LDKなのにバスもなく駅から遠いからと大家さんが賃料を安くしてくれている。マンションへと繋がる歩道が中央に整備され、その両脇を住民専用の駐車場となっている。いつものように真ん中の歩道を歩いていると、駐車場に停めてあった青い軽自動車の車内灯が点いている事に気がついた。
ーー車内灯つけっぱなしだと、バッテリーあがってエンジン掛からないんだっけ?
兄が整備工場に勤めているため、いつも車に関して話すので免許持っていないのに詳しくなってしまったのだ。
どうしようかと悩んでいると、バック駐車で停まっている車の下に501と書いてあり、
ーーあっ501号室の人か
と納得した私は、さっさと教えて帰ろうとマンションのエントランスへと向かった。



マンションのエレベーターに乗り5階に着くと、降りてすぐ手前の501号室と書かれたプレートの下にあるインターホンを押した。
『……はい』
インターホン押してしばらくすると、男の人の声がスピーカーからした。
「あのっ、この下の住人なんですが、青い軽自動車の車内灯点いてましたよ」
もっと色々丁寧に言うつもりが、慌ててしまい主語がない話し方になってしまった。
『えっちょっ…と待ってください』
ガチャッと切れたインターホンの音がして、ドタドタと廊下を歩く音が聞こえた。
ーー同じ間取りだと分かっちゃうね
うんうん納得していると、ガチャっと開いた扉から出てきたのは、さっきレストランで会った"店長 稲田"だった。
うしろに撫でつけていた髪が、お風呂上がりなのか濡れていて前髪が垂れていた。シンプルな黒の丸首長袖シャツとグレーのズボンを履いていた。
「あれ…先程の」
お客だった私に対して敬語を使うべきか一瞬悩んだのか、中途半端な言葉になった彼を見て、少しだけおかしくなる。しかし、今はそれどころじゃない。
「下の駐車場に停まっている青い軽自動車は、この…稲田さんの、車ですか?」
チラッと表札を見ると稲田と書いてあった。
「あ…ええ、そうですが?」
不審な人だと思われたのか、警戒された。
「車内灯点いてましたよ…では」
本当怪しい人になっている気がして、用件だけ伝え帰ろうと踵を返す。
「あっ、ちょっと」
私を制止する声を無視というか、聞こえない前提で歩きエレベーターのボタンを押して、矢印の下ボタンを押した。



次の日、休みだったため朝はゆっくりしていたら、お腹が空いたので外出する事にした。
赤いハイネックのセーターと黒いロングスカート、黒いブーツの上に、白いボアブルゾンを羽織り、赤いレザーのミニバックにお気に入りのカシミヤの白いマフラーを巻いた。
エレベーターでエントランスに着くと、声を掛けられた。
「あのっ」
振り返ると、黒のコートを着ている昨日の車内ライトが付いていたレストランの店長だった。
「はい…?」
ーーなんだろう
何で声を掛けられるのか不思議に思い、ぱちぱちと瞬きをした。
「…昨日は、ありがとうございます…おかげでバッテリーもあがらず助かりました」
近づいてきた稲田さんは、ペコリと頭を下げた。
「いえ…お節介かな、と思ってたのですが…お役に立てて良かったです」
私がやったことは何でもないと手を顔の前にすると、横に振り告げたのだが、
「いやっ!すごく助かった!本当ありがとう!…これから…お仕事ですか?」
そんな事はないと、ズイッと前に出た彼は私の予定を聞いてきた。
「いえ、少し外食しようかと思ってまして」
では、と一礼して歩き出そうと一歩を踏み出した時、声をまた掛けられた。
「でっでは、昨日のお礼と言っては何ですが…食事を奢らせてくだいっ」
また一歩私に近く彼に、
「気にしなくていいですよ!ただ教えただけですし…」
そんな事でお礼をされても、と固辞をするが、彼に押し切られる形で、ご飯を奢らせる事を承諾した。




割と近くにある、ショッピングモールを徒歩で移動する私と稲田さん。
彼は車道側で歩き、時折雑談をする。
彼は35歳、昨日見かけたレストランの店長で、名前は稲田新いなだあらたさんと、言う。
チラッと私の横を一緒に歩く彼を盗み見ると、黒いコートに前髪が少し額にかかり、軽くうしろへとセットされた髪は、昨日見たレストランの時と自宅にいた時とは違う印象を与え、ドキドキした。
コートの下からはベージュのチノパンが見え黒い革靴だった。

「稲田さんは、オススメのお店とか…ありますか?」
ランチを何にしようと、歩きながら相談をする。
「本当なら昨日のレストラン…って言いたいけど、これから行くショッピングモールなら、やっぱり3階の和食屋さんかなぁ」
「ふふ、昨日のレストランオススメされたら…稲田さんは、店長の鑑ですね!」
私が彼のジョークに笑っていたら、彼の熱い視線を感じた。気になり振り向くと、慌てて違う方向へと視線を彷徨わせ、ポリポリと頬を掻いた。
「…和食屋さんでいいですか?」
そう告げた彼の声は、何だか緊張感に溢れていた。





「すごい…豪華な感じですね」
オススメの和食屋さんに付き、彼のオススメメニューを頼むと鯖の味噌煮と釜ご飯セットを店員さんが持ってきてくれた。
長方形の濃い紺の平のお皿の上に鯖の味噌煮、副菜の漬物、赤だしの味噌煮、お釜に入った白米とお茶碗とミニしゃもじがひとつのトレーに並べられていた。
彼も同時に同じものが届き、一緒に食べ始める。
「美味しいですね」
「お口に合って良かったです」
上品な鯖の味噌煮に感動して、お釜のご飯に感動して幸せな食事の時間は過ぎていった。
お会計の時払うと言ったのに、今日は奢りますからと頑なにお金を受け取らない彼に根負けして、なら食後の飲み物を奢りますと、ショッピングモール内で時間を潰してからカフェに行く事にした。



モール内にあったカフェで、ブラックコーヒーとカフェオレをホットで2つ頼んだ。
丸の形のテーブルの席を確保した彼は荷物を置き、私がカップが載っているトレーを運んでいると、私の手から受け取り席に置いた。
私は壁側のソファー席に座り、彼は丸の形のテーブルを挟んで向かいの椅子に座った。
「ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
久しぶりにいっぱい歩き、疲れていたのでホッとした。
ゆったりとした空間で、ジャズが流れて暫し無言のまま飲み物を手にする。
「…秋津さん…って彼氏いるの?」
「…あはは、いたら良かったんですけど…残念ながら」
自嘲する私を彼はただ微笑み、テーブルの上にある私の手を重ねた。
「…稲田…さん?」
彼の態度に戸惑い、彼の顔を見ると
「…えっと…突然こんな事を言われても…戸惑うと思うんだけど、秋津さんの事、好きです」
ギュッと私の手を握り真剣な表情の彼。
「…えっ」
驚いて目を見開く私に構わず、口を開く彼。
「少し前から仕事の上がる時間にお店の前を通って、君が帰宅しているのを見て、最初は…最初は今日もいるって感じだったんだけど…気がついたら…好きになってしまいました」
「稲田さん」
「昨日、秋津さんが俺の家に来てくれなかったら、住んでいる所も名前だって知らなかった…です」
ぎゅっと握る手の力を弱め、私の手の甲を親指の腹で撫でる。
「…初めてレストランに来てくれた時は嬉しくて…夜会えた時は神からの…クリスマスプレゼントだと思ったんだ…もし、彼氏が居なくて…好きな人もいないなら…付き合って貰えませんか?」
彼から視線を外し、重なっている手を見る。
ーーこのまま離したら…彼の事を知れない……それは、嫌だ…な
そう思った私は、彼の指を握った。
「…秋…津さん…?」
「…私…私、まだ稲田さんの事良く分からないのですが…でも、でも…稲田さんの事…もっと知りたいと思いました」
顔を上げ彼の顔を見て自分の気持ちを伝えると、驚いていた彼の顔が、喜びに変わり笑顔になった。
「ありがとう…ございます」
嬉しそうな声に、私も嬉しくなり笑顔になった。
2人でしばらく笑っていると、
「…とりあえず、敬語をやめましょう…か」
「…はい」


この日

彼氏が居なかった私はクリスマスに告白され、彼氏が出来たのであった。
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