金色の獅子は侯爵令嬢に愛の忠誠を誓う〜見せかけの婚約者から結婚した途端に溺愛に豹変する〜

狭山雪菜

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イリト王国では王国を東エリアと南エリアに分けた騎士団があり、その中でも騎士団を束ねる2人の最強の騎士団長がそれぞれ所属していた。
1人は巨大な身体を最大限利用して力で制圧する、舞踏会に出れば女性が大泣きするレベルの外見の東エリアを統治する騎士団長。そしてもう1人は、今回の主人公――ユーグ・シリル・ダミアン・シャンボン騎士団長。


相手の隙を突いて攻撃して戦に勝利をする貴公子とも呼ばれ、シャンボン公爵家の次男坊で後継と決まっている兄がいるために暇つぶしと興味本位で入った騎士団で、あっという間に騎士団長に登り詰めた25歳の男である。騎士団長にしては、180センチの身長と厚い胸板と鍛えられた手足は制服を着ると隠れてスラリとしていて、東のエリアの騎士団長と並ぶと小さな子供に見える。金色の髪はいつも後ろへと撫で付け、ブルーの瞳は宝石のように美しく、口角が上がっていて眉が下がり柔らかな表情は人当たりがよく話しやすい雰囲気を出している。また、彼は美形に入る部類で、細身の男性がモテるこの貴族界の令嬢達の熱い視線を独占していた。
「ダミアン騎士団長!我が家の娘がぜひダミアン騎士団長をおもてなししたいと言っておりますが」
「…すいません、私には婚約者がおりますので」
最近彼が重い腰を上げて、やっと婚約者を探していると噂を聞いた貴族がこうして、わざわざ南エリアの騎士団本部にやってくるのだ。
――職務中だが、ああ…この後また残業が増える
にっこりと微笑み貴族の誘いも断るのは、最早恒例となっており、心の中ではありとあらゆる罵倒をしても表情に出さなければ誰も気が付かない。貴族だから門前払いする事もできず、こうして書類の山の処理をしなければいけない中、仕事を中断して対応しなくてはいけない。百歩譲って治安依頼の直談判ならわからなくはないが、それならまずは城からの通達がないと基本騎士団は動けない決まりなのだ。城へと陳情を上げて欲しい、そう思っても貴族には直接言えない。なぜなら、今は公爵家の次男とはいえ、後継でもなんでもない後ろ盾もない男なのだ。この国では基本的に長男以外は爵位のある女性と結婚して爵位を獲得するか、何らかの功績を挙げて男爵の爵位からスタートさせる制度がある。騎士団に入ったのは本当にたまたまで、男爵の爵位も貰い順調に出世したのはいいが、気がついたら妻がいないと性格に難があると言われる年齢となっていた。
――あーあ、俺もガエルみたいに漢くさい見た目だったらよかった
断ったのにも関わらず娘の自慢話をする貴族の話を遠くで聞きながら、30歳になってやっと結婚した親友のガエルを思い出していた。彼は東のエリアを統治する騎士団長で、圧倒的な拳の力で団を先頭に立って率いる典型的なリーダーだ。東のエリアの騎士団員はみんな漢らしい彼に惚れ込み、忠誠心がべらぼうに高い。そしてみんな似たような容姿や性格をしているのは、気のせいではない。それに比べ俺の戦術はいかに最小限の構成で敵を制圧出来るかを得意としていて、自然と頭のキレるやつばかり揃ってる。
――そのせいで、サボるにしても頭を使わないといけないのは面倒だが…それにしても婚約者を探しているなんてデマ、誰が出した?
そろそろ貴族の話が終わりそうなので、さりげなく話が終わる頃を見計らって貴族へと探りを入れた。
「…そうですね、私が婚約者探しをしていると、どなたからお聞きになりましたか?」
「へっ?ああ、それは国王陛下です、なんでも最近東の騎士団長が結婚したので南の騎士団長も、とのことで」
「…そうなんですね、しかし私には婚約者がいますので、国王陛下は勘違いしてしまったのでしょう」
しれっと嘘をついて、心の中で舌打ちをする。
――国王陛下が言ったという事は、今後もっと直談判する貴族が増えるな…本当に婚約者を探さないといけなくなった…面倒だ
もちろん婚約者などいない、25歳にもなって縁談の一つもないのは貴族界では致命的なのだ。俺の外見がガエルぐらいわかりやすければいいが、いかんせんシャンボン公爵家の血を受け継いでしまったのだ。父からはまだ何も言われないが、母や兄からは早く婚約者をとせっつかれている。そして国王陛下がそう言っていたという事は、父の耳にも入っているはずだ。
――さて、どうするか
貴族の話が娘の話へ戻ったのをいい事に、今後の対策を練る事にした。




***************




「で?新婚の家へやってきて旦那様の貴重な休日を邪魔するのは誰かしら?」
美しい外見とは裏腹にキツイ言葉を平気で使うのは、このイリト王国の元第一王女、レティシア様だ。銀色の髪は綺麗に結われ、薄い水色のドレスを身につけた彼女は、結婚してからその美貌に拍車がかかっている気がする。気怠げな雰囲気が庇護欲をそそり、守ってあげたくなるが…口を開けば辛辣な言葉しか吐かないのは、ガエルを訪ねてやってきた俺への嫌味だ。
「これは、申し訳ありません、レティシア様」
アザール公爵夫人・・・・・・・・と呼んでもらっても良いかしら」
自分でそう言っておいて頬を染めるのをやめていただきたい……彼女の斜め後ろに立っているガエルも気持ちが悪いから顔を赤くしないで欲しい。彼を訪ねて来たのに、まるでレティシア様に会いに来たかのように彼女はソファーの真ん中に優雅に座り、その背後に控えるガエルは付き人のように立っている。ガエルは元々功績を讃えられ男爵の爵位をもらっていたが、第一王女が降嫁こうかする先が男爵家では国王陛下の許可が得られなかったため、イリト王国の公爵家の養子として迎えられやっと結婚が認められた。
誰もが反対するかと思われた結婚だったが、何故か国王陛下も王妃も表立って反対する事なく粛々と手続きが進んでいた。多少の貴族は反対したそうだが…あくまでも噂レベルしかなく、実際の所はわからない。しかし結婚したからといってレティシア様の王族のオーラが損なわれることなどなく、堂々たる姿はまるで彼女こそが・・・・・この屋敷の主人のようにさえ錯覚してしまいそうだ。
「…私がこちらへ来たのは、東の騎士団本部へ行っても中々ガエルが捕まらないものでして」
結婚前のガエルは、騎士団本部に住んでいる言われたほうがしっくりするほどよくいたのに、今や定時に上がると聞いている。その分騎士団では仕事を早く終わらせるために団長室へと篭っているらしいと聞いた。書類仕事が苦手なはずなのに…だからこうして最近ではガエルと雑談するのにも一苦労してるくらいだ。
「あら、そうなの?」
まるで俺がガエルにじゃなくて、レティシア様に会いに来たみたいに話が続く。
「ええ、実は国王陛下が私が結婚相手を募集しているかのように言っていて困っているのです、私の元にくる貴族達には婚約者がいるとは言っていたのですが…そろそろその言い訳も通用しなくなりそうで」
「…貴方婚約者がいないのに婚約者がいると言っていたの?」
「はい、私自身まだ身を固めるのは時期尚早だと思ってましたので」
「…ふーん、で?本音は?」
あらかじめ考えていた理由を述べると、やはりレティシア様は気がついたかのように顎に細い手を置いて聞き返して来た。
「…男爵の爵位なんですよ、俺は・・…なので、もし仮に身分の高い所へ婿になったら領地のことも考えないといけないじゃないですか、今は団長の職務で手が回らないんです」
本当は公爵家に生まれたので仕事内容も分かるし、上手くやり取りすれば出来なくはないがどっちかを疎かにしたくないのだ。
――まぁ、上手くやり遂げる自信はあるが
それに世継ぎや結婚をする相手の事も考えないといけないと思うと、結婚のハードルが高くなってしまうのもしょうがない事だった。
「…そうなの、ふーん…見た目を気にしないなら一人、私の知り合いの令嬢がいるけど…社交界にもあまり出て来ないから世間にも疎いし、年がら年中本ばかり読む変わり者と言われてる令嬢で良かったら紹介するわ」
「いや、ですから私は婚約者が欲しいのではなく、国王陛下に進言をして欲し…」
「その子は侯爵の娘だけど、父母はまだ若くて健在だから継ぐのは大分先になるし、引き篭もってばかりの娘に手を焼いているから結婚相手に立候補したら喜ばれるわ…それに」
「…それに?」
とても良い条件の令嬢を紹介され、最初は国王陛下にまだ結婚は早いと言ってもらいたかっただけなのに、だんだんと良くない方向へ向かっているのを知っているが、レティシア様の告げた令嬢が理想の相手すぎて気持ちが揺れてしまう。
「彼女は婚約破棄されたら、物語の世界と同じ事をされたと喜ぶわ、絶対」
そう言った時のにっこり微笑んだレティシア様の顔が、悪魔に見えたのは…気のせいだと思いたい。
「そんな令嬢いませんよ」
最後まで聞いてそんな令嬢聞いた事もない馬鹿馬鹿しいと呆れると、レティシア様は、あらっ、と口元を手で隠してくすくすと笑った。
「本当よ、それに侯爵家だから貴方の公爵家実家の許可も出ると思うわ…そうだ、紹介状を書くから一度会いに行くといいわ」
「…私が紹介状をもらって行くはずがないでしょう、接点もないのに侯爵家に行ったら結婚の申し込みだと思われてしまいます」
一人でどんどん話を進めていくレティシア様に、ガエルは口も挟まず黙ったままだし、決定事項になった気がしてならない。
「そうね、なら毎週月曜日は街の本屋へ行っているみたいだから行ってみるといいわ、何でも月曜日が本屋の仕入日らしいから」
「…なんですかそれは」
ますますその令嬢が、舞踏会に参加する時に見るご令嬢達と違う気がしてきた。
「新しい本が毎週月曜日に入るって事らしいけど、私にはよく分からないわ」
レティシア様も詳しい事を知っていないのに、その令嬢は大丈夫なのか、と疑心暗鬼になったが、遠くから見るだけでもいいし、会ってみるだけでもいいかと、その時の俺は気楽な気持ちでいた。
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