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23 成澤駿平という男に誘われた主任 1 ※

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──私は何をしているんだろうか

私、小笠原おがさわら由紀子ゆきこは、映画館で会った新入社員に食事に誘われ、映画館近くにある大衆居酒屋に来ていた。金曜日だが終電が近いから飲む人は少なく座席も満席ではなかったが、そこそこ埋まっていた。そして案内されたのは、お店の隅っこのテーブルで、向かい合わせで座ってビールを飲み、豆腐や唐揚げ、枝豆などをつまみながら今日見た映画の感想を言い合っていた。
チラッと横の席のサラリーマンの男、料理を運ぶ従業員、グループで飲む若い男を見て、最後に成澤くんを見ると、そこら辺で歩く男やそこら辺にいる男が彼──成澤くんを引き立てるエキストラみたいに感じる。映画やドラマや漫画にあるようにカッコいい主人公の周りにいる友人とかが、あっさりとした塩顔のように印象に残らないような感じだ。
──強烈な性格なら覚えてられるけど…そういえば今日の映画に出ていたバード的な…いや、バードはイケメンだった、もっとこう…
なんて、話が違う方向へと向かってしまうのは、目の前にいる今年新入社員としてやってきた成澤くんと一緒に食事をしているのが今だに信じられないからかもしれない。
──どうやったら、こんなイケメンになれるの
小さな顔、目や鼻口などのパーツの位置が教科書に載っている一番美しい黄金比を描くように整い、すらっと長い足は組まれ、まるでファッション雑誌を切り抜いたみたいに彼だけ異空間にいるみたいだ。
彼に聞いても困る質問が頭の中をぐるぐる回るが、それを口にするほど私は若くなかった。
成澤くんが入社式の後に配属された課で挨拶してた時は、隣の部署なのになぜかみんなが黙り、低い声で自己紹介をする声をうちの部の女性──たぶん同じフロアの全女性──は聞き、他の人が喋ろうとすると睨みつけていた。まるで、彼が喋っているのに、何の権利で貴方が喋るの?と言っているみたいに。
入った初日に、会社内の女性全員──私は勤めて長いのに、笑ったところを見たことない掃除のおばさんが頬を染めて笑っていたのだ!──を虜にしていて、恐ろしい新人が入ってきたと感心したものだ。
私の勤める貿易会社は、主に輸入によって成り立っている。全国の店舗へ品物を卸す、問屋のようなものだ。ただ国内品と違うのは、品物の性能や説明書が外国語表記で、トラックや車一つで移動が簡単な商品ではなく、輸入の許可が必要な物を多く集まっている。特に輸入の条件が厳しくて申請などが独特で大変なのは食品だけど、それは他の部署が専属で請け負っている。
私が主任として働いている部署は、営業が海外から──個人的に一つ取り寄せるのは、ネットが発達している今、意外と簡単だ──取り寄せたり、たまに社長や部長が海外で販売している会社と契約するために出張する際に、海外の露天などあちこちのお店で実物を見て購入する物を、実際に販売するとなると、どう全国展開させるのかと企画する商品企画部だ。
この私の前で、食事の所作が綺麗な成澤くんは、その商品企画部から全国展開したいと依頼があった時に、その商品の仕様書や大量に輸入するために必要な契約書の作成と、関税とのやり取りを主にする商品推進部という、何を推進したいのか分からない、ふわっとした名前の──実質書類仕事を一気に担う何でも屋の部署に配属されていた。あそこの部署は気味の悪いくらいの書類が重ねられ、積み上がりすぎた書類によって、そのデスクに人が座っているのかすら分からないときがある。

「…小笠原主任?」
美男子の成澤くんと一緒にいるのが信じられなくて、現実逃避をしていたら、彼に呼ばれた。
「…あぁ、ごめん、何だっけ」
きっと映画館でたまたま隣に座ったから、こうして食事に誘ってくれたんだと、頭では分かっているけど、こんな事毎回していたら、女性が勘違いしそうだ、と年上ながら心配してしまう。
そんな私の想いなど気がついていない成澤くんは、ですから、と続く
「他にもオススメの映画とかドラマとかありますか?」
「オススメの映画か…うーん、今日見たのもいいけどスピンオフの」
彼に聞かれるまま、好きな作品をあげていくと、うんうんと頷き、現代っ子なのかスマホを取り出して、サブスクのアプリを開いて片っ端から検索してはお気に入りのブックマークにいれていく。
私の好きな映画を内容とかも気にしないで、バンバンお気に入りに入れるのが面白くて、今まで観てきた映画やドラマを中心に言っていく。
「あ…これ、サブスクにはないっすね」
そう言われて、スマホ画面を見せられると、確かにキーワード検索でも引っかかっていなかった。
「へー、全部見れるわけじゃないんだ」
サブスクというアプリ自体持っていない私からしたら、勉強になる事で、彼は、あっ、レンタルならありますね、と言って今度は近くのレンタル屋さんを探す。
「…そんな事しなくても…見たくなったら貸すよ?」
お節介だし、今の若者はそういったやり取りは好きじゃないと知っているけど、近くのレンタル屋さんを調べる成澤くんに、そこまでする事じゃないと思ったら口からするりと出てしまった。
私はもっぱら現物主義者で、データ保管だと消してしまう怖さがあるから、そういったデータのものは持っていないからいつでも貸せる。
迷惑かな?と思っていたら、成澤くんは、ぱぁっと笑顔になって、
「貸してくださいっ!」
と、まるで大型犬のように目をキラキラと輝かせ、私に言う。
──そうだ、実家で飼っていたトコロに似てる
黒のマダラ模様がついた白い犬のパグのトコロは、笑うと顔をくしゃくしゃとするのに、じっと私を見る大きな目をキラキラさせていたのを思い出した。
──だけどトコロは、こんなにイケメンじゃなかったけどね
このスマホ画面を私に見せるために、テーブルの中央に置いた彼の手も綺麗だなんて、神は平等じゃないと私は悟る。


お世辞にも可愛いとか綺麗とか言われたことのない私は、よく『いつも怒っているみたいです』となら言われたことがある。吊り目の目は、化粧をしてもキツイ印象を和らげるわけじゃないし、左頬の中央にあるやや大きい黒い2つのホクロは、シミの濃さではないから、シミではないけどシミみたいで嫌だ。
唇も薄いし、何より身長もあんまり高くないし、身体のラインだって…って自分が好きじゃない所をあげるとたくさん出てくるのに、自分を好きな所はしばらく悩んでも出てこない。
「主任?どうしたんですか?」
──あれ…?成澤くんの声ってこんなに低かったっけ?
いつのまにか彼の顔が私のそばにあり、肌まで綺麗なんだな、と憂鬱になっていた私に、彼は心配そうに気を遣ってくれた。
「ううん、DVD貸すのは…明日でいいかな?それとも」
やっぱり社交辞令なのかなと思っていたら、
「はい、明日お願いします」
と、彼の言葉に私はホッと胸を撫で下ろした。
──良かった…お節介なおばさんになる所だった
と、安堵した。
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