今日(こんにち)まで独身を貫いた漢は新入社員に惚れる

狭山雪菜

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1 プロローグ

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それは内定も決まって、卒業まで遊ぶだけとなった大学4年生の秋だった。

大学3年の時から始まった地獄のような就活から解放された私――豊嶋とよしま茉白ましろは、男友達に誘われてスポーツBARに来ていた。
「すげー…本当に、すごいな」
「そうだね」
すでに数人のお客がいる店内にはシンプルな二人掛けのテーブルが沢山並び、お店の隅には壁に並んだお酒とグラス、そしてその前には10人くらいが座れるカウンター。カウンターの上の天井には離れた位置に薄型テレビが付いていて、反対側の壁面にはプロジェクターで写し出された海外のバスケの試合がそれぞれにリアルタイムなのか録画なのか分からないけど放送されている。とりあえず座ろう、となってカウンターに行くと、男友達の彼女がやってきた。
「お待たせー」
「久しぶり!」
男友達とも仲はいいけど、その彼女と仲良くなった私はこうして時々3人で集まっていた。
今日はこの3人のうち、最後に内定決定になった男友達のお祝いを兼ねてバスケが好きな男友達のために、スポーツBARに行ってみようって事になっていたのだ。
「…おしっ!」
壁面に写し出されたバスケの試合を見ながら、20歳を過ぎた私達はそれぞれアルコールを頼む。私が注文したのは、カシスオレンジ。まだビールは苦くて飲めないから、ジュースのようなカクテルを頼んだのだ。
まるで吸い込まれるようにシュートが決まり拳を上げて喜ぶ男友達とその彼女。正直バスケはそこまで詳しいわけではないので、試合を見ながらも私は店内を見たりして雰囲気を楽しんでいた。
試合が終わると海外のCMみたいなのが流れて、夢中になって試合を見ていた男友達と彼女との他愛のない話が始まる。
「今日はバスケの日らしい、他にもラグビーやアメフト、サッカーとかの試合が一日中流れるらしい」
男友達がスマホで調べたこのBARの情報を聞きながら、スポーツが好きな人には最高のお店じゃん、と思っていると他の試合が――今度はNBAの試合が始まり、画面に釘付けになる男友達達。私はしばらく見ていたけど、やっぱりよくわからなくてトイレに行くことにした。


「ひとり?君、可愛いね」
トイレから出て声を掛けて来たのは、トイレの出入り口を塞ぐ大きな身体。淡い灯りがついたトイレへと続く通路で、50代くらいのおじさんに声をかけられた。
――えっ、何?キモッ
トイレから待ち伏せされていると知ると、途端に気持ち悪く感じて鳥肌が立つ。こういう人は素っ気ない返事をすると逆上すると知っているので、お店へ出る通路を塞がれているし、どうしようかと思っていると、女子トイレの反対側にある男子トイレの扉が開いた。
そこから出て来たのは、もう外では肌寒くなっているのに、半袖の白いポロシャツと黒いスーツのズボン、スポーツをやっていたのか日に焼けた肌は私よりも数倍黒い。私のふくらはぎぐらいの太い腕、左手首には黒いGショックと、ポロシャツが小さく感じる厚い胸板、背は頭3つ分私よりも高く、トイレの扉の枠に当たりそうで、私の行き先を止めるおじさんよりも大きい。目線を上げると、黒いツーブロックの短髪、真四角と言っても過言ではない角ばった輪郭、分厚い唇はむっ、と結ばれ、鼻が少し大きい、それに一重の目は細長く、一見して不機嫌なのかと思わせる。
「…待ったか」
私とおじさんを交互に見て、私の置かれている状況を理解したのか私に声をかけてきた。
「っ、なんだねっ君はっ!」
酔っているのか、助けてくれた彼に絡み出したはいいが、彼を見て真っ赤になっていた顔が赤くなる。
「もっ…もう遅いっ!」
そう言って彼の横に並ぶと、彼は私を見下ろして頷いた。
「悪い…で、この人は?」
生まれつきか…多分わざとなんだろうけど、ギロっとおじさんを睨むと、さっきまでの威勢はどうしたのか、おじさんは後退りしてどこかへ行ってしまう。
「……ありがとうございました」
おじさんの気配が無くなると、助けてくれた人に軽く頭を下げてお礼を言った。
「いや、いいよ、この時間はもうお酒で出来上がって・・・・・・いる人ばかりだから子供未成年は早く帰りな」
さっきの睨んでいた眼差しが若干弱まった気がしたが、それでもまだ睨んでいるようにも見える眼差しで見下ろされた。声はおじさんと話していた時と変わらず、淡々としていて低いままだけど。
「なっ!私ちゃんと成人してますっ!」
「あっ、そうだったの?悪い」
未成年に見られてしまったのはショックだったけど、学生っぽい服装だし、化粧もそこまで濃くはないから幼く見えてもしょうがない気がした。勢いよく反論すると、彼は目を見開き驚いていた。
「ちゃんとお酒も飲めます」
「…ほら、彼氏と来てるんだろ?早く戻った方がいいぞ」
そう言って廊下の先の店内に視線を向けるが、私はぱちりと瞬きをした。
「…彼氏…?いえ、彼氏と来てませんよ…というか彼氏は居ませんよ…?」
初対面の人に何を言っているんだと、頭の隅で思っていても、助けてくれた彼をすっかり信用してしまったらしい私の口からスルッと言葉が出た。
「…そうなのか?めちゃくちゃカッコいいやつと来てたじゃん」
「ああ、男友達です…さっき友達の彼女とも合流したので、嘘じゃないです」
「…そうなのか」
彼相手に何を言っているんだろう、と二度目の疑問が頭をよぎると、助けてくれた彼が口を開いた。
「……バスケ好きなのか?」


そんなに詳しくないと、言うと、「なら少し話さないか?」と誘われた。どうせ男友達の所へ戻っても試合を見るだけだし、試合に集中して私が居なくても気が付かないと思うし少しくらいならいいか、と彼の誘いに乗った。
彼の席は私達が座っていたカウンターのほぼ後ろの四人用のテーブルで、テーブルの上には飲み切った生ビールの大ジョッキと食べ終わった枝豆、油のついた正方形の白い紙がのったお皿が片付けられないまま置かれていた。彼が座っていたらしき隣の椅子には分厚い黒い長方形のカバンが置かれていた。彼はサッとそのカバンを自分の座っていた前の空いている席に置くと、まるで隣に座るように言っているように空けてくれた。
椅子に座った彼の右隣に座ると、何か飲むか聞かれたのでウーロンハイにすると言うと、店員を呼んで生ジョッキの追加とウーロンハイ、おつまみを数点追加注文した。
「ここにはよくくるの?」
「初めてです…友人の就活が終わって…」
無口で寡黙そうな顔に似合わず、彼の質問は止まらなくて、私も聞かれてばかりはおかしいから彼のことも質問した。
彼の名はかおるといい、名前の漢字も教えてもらった。年齢は34歳もうすぐ35歳になるらしい。近くの会社に勤めていてスポーツ全般が好きで、今日は仕事終わりにこのスポーツBARに寄ったらしかった。
「マシロはさ」
下の名前を教えたが、私は漢字までは教えなかった。それでもまるで同年代のようにタメ口で話す事になった。枝豆と唐揚げが好きそうなのに――偏見ではなく、さっきまで食べていたらしい――おつまみじゃなくて、アスパラのチーズ巻きやモッツァレラチーズのカプレーゼ、爪楊枝でつまめるチーズボールなどがお皿に綺麗に盛られてテーブルの上に並ぶ。本来なら写真を撮りたいけど、初対面の人の前ではそんな事をしない。他愛のない話から、スポーツ全般が好きと言っていただけあって試合に出ている選手の名前や監督の試合中の仕草などの雑学を教えてくれた。時々説明していた選手がテレビ画面では一瞬で流れると、選手の写真をネットに出ていたスマホで見せてくれる。少しずつ選手の好きなものや癖などが分かってくると、試合が面白く感じるから不思議だ。
「わっ、すごっ」
「…よしっ!!」
試合時間も終わりになるとパスが早くて、ボールを奪い合う過程に目が離せなくなって、じっと集中してテレビを見ていたら、一人の選手が妨害をされながらも、誰よりも高くジャンプしてダンクシュートを決める。すると、わっと盛り上がっていく店内は一気に人々が話し出したのに気がついた。
「すごいねっ!本当っ!」
「だなっ、あそこでダンクってすごいなっ」
興奮した私は、パッと薫の方を向くと、彼も私を見て喜んで興奮していた。
――わわっ、笑うと可愛くなるっ
鋭い眼差しの印象は消えて、若干柔らかくなる。そんな彼の笑顔に思わず見惚れていると、彼も私の方を見て固まっていた。あと、少しで触れそうな身体、気がついたら二人の距離は縮まっているのを感じた。




「…あのさ、マシロ…他で飲み直さない?」
NBAの試合は1クォーターが12分で、それを4クォーターするので2クォーターの試合が終わり、ハーフタイムになったので一度友達の所へ戻ろうとしたら、薫に腕を掴まれそう提案された。
「え…でも」
チラッとテレビを見ると、まだ試合は終わっていない。それに男友達も彼女も試合の事を話しているのか、私がいないことに気がついていなくて二人で話し込んでいる。
「試合もいいけど、マシロともっと話したい」
さっきの笑顔とは違う真摯な声にドキドキして、薫の提案に嫌悪感を感じない自分に戸惑ってしまった。


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