結婚したくない王女は一夜限りの相手を求めて彷徨ったら熊男に国を挙げて捜索された

狭山雪菜

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番外編 A HAPPY NEW YEAR  投稿28ヶ月記念小説 熊男の国挙げ

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もぞもぞ、と何かが動く布団の中で、私──ミネルヴァ・ベアは目が覚めた。
「…何?」
お布団を退かすと、潜り込んでいたのは3つの小さな身体で、金色い頭と黒い小さな頭が2つが視界に入った。
「「「ばあっ!」」」
私がお布団を退かしたから、もうその頭は何なのかわかっているのに、ワンテンポ遅れて大きな声を出して驚かせるのは、3年前に生まれた黒髪の男の双子と、今年7歳になる金色の髪の長男だった。
「…わぁっ!どうしたのっ」
子供達の前で大袈裟に驚くと、私の足やお腹に頭を乗せて3人はくすくすと笑っていた。
「あははっ、お父様がね、お母様がなかなか起きないからそっとしなさいと言っていたんだけど、僕たちお父様との剣の稽古に飽きちゃったからお母様を起こしに来たのっ」
「そそ、おとうさまってば、ようしゃないんだよ」
「ねー、つかれちゃうよね」
まだ素直な気持ちを無邪気に伝える長男のエルヴァは、お父様であるエルフラン・ベアが、この国最強の男で将軍だとちゃんと理解していないみたいだ。
──とても尊敬されているのよ
と子供達の頭を1人ずつ撫でながら夫の事を話そうとするが、私が夫の事を語り出したら息子達が「いつもお母様はお父様を褒めてからつまらない」と言って、この幸せな空間からいなくなってしまうと思って口を閉じた。
建国の歴史を見ても例がない、史上初のフウモ王国の隅から隅まで練り歩いて悪人を一斉検挙した伝説となっている大討伐という偉業を成し遂げたエルフラン・ベアは、今や国の将軍の位置のまま国王陛下からも厚い信頼を得ている。
──国王陛下、ね…
ふっと笑ってしまうのは、私がその・・国王陛下の娘だったからだ。といっても、側室だった母から生まれた第3王女だったから王城で過ごしていたが、望まぬ結婚をさせられそうになって、慌てて王城を飛び出して下町に出て、今の夫と出会えたのだ──今思うと無鉄砲な計画で、バカな事だと思ったけど今の夫と出会う事になったのだから、いつどこで運命の人と出会えるかなんて誰にもわからない。

過去の呼び名はミネルヴァ第3王女だった私は、金色の長い髪を最近ほんの少しだけ切った。左の目元には黒いホクロがぽつんとあって、吸い込まれそうな碧眼は宝石のように美しい。
そして3人も出産をしたとは思えないほど、スタイルの良い身体をしていた。エルヴァの妊娠中は胎児に良いとされる食材しか口にしておらず、双子の妊娠中にも同じことをしようとしたら、『俺は生まれてこの方、病気知らずで身体が丈夫なんだ』と熱く語った私の食事の毒味係として、夫が名乗り上げるという不思議な光景が続いた。
双子の出産から3年──もう3年なのか、まだ3年なのか──あっという間に過ぎた日々が落ち着いたと思っていたが、相変わらず私は夫から、出会った当時から変わらぬ愛を一身に受けていた。

「…お前たち、お母様を休ませなさいと言ったはずだ」
低い声が私の眠っていた寝室に響くと、お布団の中で笑っていた3人の子供達はビクッと驚いて私に抱きついてしまった。
「旦那様」
「…大丈夫か」
声のした方を見ると、白いYシャツとカーキー色のズボンとブーツを履く夫で、子供達の父──エルフラン・ベアが仁王立ちしていた。日に焼けた肌、鍛えられた厚い胸板と太い手足、黒い短髪と右眉から頬に掛けて傷跡があり、キリッとした眉は人々を恐怖を感じるらしいが、私は一度も怖いなどと思ったことはなかった。それが今、子供たちもエルフランの事を怖いとは言ってないが、彼の声がいつもより低い時は怒っている時だと知っているみたいだ。
「ええ、大丈夫よ」
私は起き上がって、ベッドの上で座り、子供達の頭を撫でながら落ち着かせると、3人は私の顔を不安そうに見た。安心させるようににっこりと微笑むと、3人の顔がぱぁっと華やかになる。
1人が布団の中の息苦しさで顔を出すと、私の胸へと抱きついた。続けて2人目も私に抱きつき、最後には長男が遠慮がちに抱きついてきて、3人とも抱きしめ返す。
──何て幸せな朝なのかしら
暖炉がついているとはいえ、凍える寒さが若干和らいだだけの部屋で、くっついて暖をとるのは幸せな事だと幼い子供が教えてくれた。


もうすぐ年が明けて、新たな一年が始まるのだ。




***************



「エルフラン・ベア将軍とベア夫人の入場いたします」
淡々と喋る男性の横を、真っ白な将軍の正装に身を包んだエルフランにエスコートされながら、今日行われる新年の祝いの席に出席した。本来ならこうした社交の場は、毎回参加するのが当たり前だけど、王女時代から離宮に引きこもって貴族達に、病弱のイメージを与えていた私は、参加の招待状が届いても夫が妻の体調が、と言って参加の断りを入れていた。実際に季節の変わり目は体調を崩すこともあるが、風邪知らずの夫や子供達といると調子がいい時の方が多いので、身体が弱い設定もそろそろ苦しくなってきていると思うが、夫が参加しなくていいと言ってくれるからそれに甘えている。
それがなぜ、この会に参加をする事になったかというと、私の異母妹──第7王女の初披露目パーティーだからだ。
側室の数は母が亡くなってから増えていないが、相変わらず父には驚かされてばかりだ。それに第3王女だった私が、妹に会いたくない理由も参加しない理由も、どうしても作れなかったのだ。
「…ほう」
久しぶりに出る社交の場では、男性の不躾な視線が身体に刺さって不快だ。女性からも、扇子で上手く顔を隠しているみたいだが、隠しきれない好奇心の目も感じる。
──きっと、エルフランの妻はどんな人なのか知りたかったに違いないわ…朝から準備をして良かったわ
金色の背中まで伸びた髪を綺麗に纏めてもらい、首から胸元まで白いレースで隠したドレスは、この日のためにエルフランが作らせた特注品だ。胸元から腰に掛けて、細いくびれをコルセットなどしなくても生かすデザインで、腰から下はAラインのロングスカートが足元を隠す。私の瞳の色である碧眼と同じ色のドレスは、所々にエルフランの瞳と短髪の色である黒い蔦とエルフランの将軍の正装と同じ白い色での花が刺繍が施されていた。エルフランの胸元に勲章があるように、私の胸元や耳、指先にはドレスを際立たせるダイヤモンドを身につける。

一目ミネルヴァを見れば、エルフランの妻に対する自分と同じ色をつける執着と会場一の美しさに仕立て上げる愛情を感じてしまうのだが、ミネルヴァはエルフランの横で将軍の妻として失敗しないように神経を尖らせていて、夫の思惑に気が付かない。
ミネルヴァミル、そばを離れないように」
「ええ」
そっと小さな声で私に囁く声は、お披露目パーティーで流れるオーケストラの曲と人々の談笑によって私にしか聞こえない。出会った当時よりも口数は増えたが、人並みとはいかない。それでもやっぱり、口の代わりにエルフランは意外と表情に出していると私は思う。だって、こんなに心配そうな眼差しを私に向けているのが、すぐに分かってしまうんだもの。
エルフランに向けて、安心して、と笑顔を見せれば、周りは彼女に見惚れて騒めき、エルフランの表情は強張る。彼女をエスコートする腕に力が入り、ミネルヴァはエルフランも緊張しているのだと誤解する。



***************



本当なら来たくなかった、とエルフランは心の中で、参加するように言った次期国王陛下となる第1王子を恨み、八つ当たりのように鋭い眼差しを周りに向けた。青白くなり顔を背ける貴族ならまだいいほうで、ミルに見惚れて隣にいる不機嫌な夫の存在に気が付かない貴族もいて、王城に足を入れた瞬間から元から低い自分のテンションがさらに下がって行くのを感じた。
それなのに当の本人ミルは、俺の名誉が落ちないように、精一杯笑顔を見せているから、笑顔を振り撒くなと強く言えず、他の貴族を牽制する事しか出来ないどうしようもない思いが俺の中で生まれている。
ミルが社交の場に出るのは大変珍しく、将軍となった俺の夫人となった彼女を知らない貴族は、このパーティーの主人公のようなあまりのミルの美しさに目が離せなくなっていた。ミルを知らない俺の部下など、醜女だと思っていたみたいだが、俺の隣に立つミルを見て固まっていたのは傑作だった。ただ単にミルが元々社交の場にたいして出なかっただけで、結婚する前は最低限、貴族の令嬢とは付き合いがあったみたいだ。それが俺と結婚して与えられた領地で半隠居生活──ミルは庭園に出ているから、ちゃんと外に出ている認識らしい──俺と子供優先で過ごしているから、王城で行われるパーティーには参加してこなかった。
──まぁパーティーの参加の打診があっても、それとなく妻の体調が優れないと断っていたが…
次期国王陛下の第1王子に参加をお願い・・・されたら、断れないのだ。
今日のお披露目パーティーの主役は第7王女だが、まだ生まれて5年しか経っていないため、ほんの僅かな時間のお披露目パーティーしかしない予定だった。つまりお披露目パーティーという名の、フウモ王国の新年の祝いの席でもあった。
しかし、割と親バカと言われている俺からしても、第7王女よりも息子のエルヴァの方が見目麗しいと感じるし、第3王女だったミネルヴァと比べたら雲泥の差だと感じた。
──きっとミルも幼い頃は、天使のように愛らしかったのかもしれない
ふと、そう思うと、幼い頃に会っていたら、と過去は変えられないのに、ミルを見るために王城に潜り込めば良かったと、愚かな考えが頭をよぎった。
「…貴方」
ミルの外向き用の俺を呼ぶ声が聞こえて、ミルに視線を向けると、彼女は俺の腕に身体を少しだけ寄せていた。
「…ダンスを」
そう言ってフロアを見れば、幼き第7王女のダンスが始まり、国王陛下と王妃が台座から座って見守っていた。
第7王女のダンスが終われば、この後は王族達のダンスとなり貴族達のダンスとなるのだ。
もう王族ではないミルは王族のダンスには参加しないが、この後の貴族達のダンスには参加したいと言っていた。こうして公の場に出ることが少ないから、俺とのダンスを楽しみに密かに練習もしていたらしい。
──そんなの、いつでもするのに
ダンスなんて家でも出来るとは思ったが、執事に女子の心が分かっていないと呆れられたものだ。
「熊男さん、私達の番よ」
彼女は俺の耳元に唇を寄せてそう呟くと、俺の手を軽く引いた。2人きりの時によくこの"熊男さん"と言って、彼女は俺の気を引く。
──そんな事しなくても、おれはずっとミルに夢中なのに
ミルの細い小さな手を取り、エスコートしながらフロアの端に立ち、向かいあって始まったダンス。彼女の美しさなら、フロアの中心でもいいはずなのに、要職につく貴族を気にしてか、ミルは隅に立ち止まったのだ。
細い腰に手を回して、ミルの右手を重ねると華麗なステップでダンスをする。
「ふふっ、上手いわね」
「これでも一応将軍だからな、教えられたよ」
ミルと再会する前は踊る機会などないと、一生来ないとうんざりしていたが、ミルとこうして踊れたからよしとするか、とあの時の苦痛も今は前向きに捉えることにした。

ダンスも終盤に差し掛かると、俺はミルから視線を外し、ミルと踊りたいと願う男共を軽く睨みつけた。
「…ミル、この後は抜けよう」
「えっ…でもまだ」
彼女の耳元に口を寄せて小声で誘うと、彼女はまだお披露目パーティーは始まったばかりと戸惑っていた。
「次のダンスはパートナーを変えられるんだ、俺がミルを他の男と踊らせるわけないだろ?」
俺があからさまな嫉妬を滲ませると、彼女はぽっと頬を赤らめ、潤む瞳で俺を見上げた。
「なら…なら、連れて行ってください」
嬉しそうに微笑む姿に、俺はミルの笑顔を誰にも見せたくなくなって、ダンスなんか今すぐやめてしまいたい欲を、心の奥底に押し込んだ。


***************



お披露目パーティーに参加して数時間で帰ろうとすると、少し若い見た目の貴族の男性から声を掛けられた。洗練された優雅な仕草で口を開いたかと思ったら、
「貴方のような美しい方が、戦場に赴いて負傷した将軍と政略結婚させられたなど…」
語尾の言葉を濁している貴族がどうやら言いたい事は、元王女の私が顔に傷があるエルフランと結婚しているのが不満のようだ。
「…そうでしょうか、尊い命を多数救ってくださったこの国の英雄ですわ…私のような地位では、とても釣り合わないですわ」
隣にいる夫に向かって微笑むと、貴族は白けてどこかへと行ってしまい、私達は出口へと向かった。
──懐かしい、遠回しに物事を伝える言葉遣いってそう言えばあったわ
馬車へと向かう道のりで、エスコートされながら過去にご令嬢を招待して行ったお茶会での、遠回しの言い合いをしたのを思い出していると、エルフランは私が夫の腕に添えた手の上から自分の手のひらを重ねた。
「ミル、不快な思いをさせてしまってすまない」
神妙な面持ちでそう言ったエルフランは、私が彼の上に添えた手を取り、自分の唇に寄せると私の指先に口づけた。
「…貴方」
不快とかそんな思いなんてしていないのに、貴族の言い回しなんていつもの事だと思っているのに、エルフラン自分のせいで私が傷ついたと、私に謝る彼が愛おしいと思う。
「…ええ、傷ついたわ…だから……私が死ぬまで側にいてね?」
エルフランは私が傷ついたと言えば目を見開き驚いたが、私が掴まれた手を握り返してエルフランに笑いかけたら、彼は頷いた。
「もちろんだ、一生を掛けて側にいる」
「愛してるわ私の熊男さん、私は他の人の言葉なんてどうでもいいのよ」
チラッと周りを見渡せば、パーティーの最中だから帰る人なんていないのを確認して、掴まれた手を引いてエルフランが屈むと、彼の唇へと自分の唇を重ねた。



***************




本当ならパーティーが終わったら、馬車に乗って自分達の住む屋敷へと帰るはずが、エルフランは急遽行き先を彼の勤務先の近くにある泊まりで使う屋敷へと向かった。この屋敷は王城に近く、エルフランが急に泊まる時に使う。
結婚する前はよく寝泊まりしていたらしいが、私と結婚してからは数えるほどしか泊まっていない。私は一度も訪れた事はなかったが、最低限しかいない使用人はエルフランに横抱きにされた私を見て、驚いていた。
「おっ、奥様でしょうかっ」
燕尾服ではなく白いシャツ黒いズボンの若い使用人達は、前触れもない予定外の主人の帰りにタジタジで、その中の1人が勇気を出してエルフランか私に話しかけると、
「湯はいらん、もう下がれ…声を掛けるまで部屋に近づくな」
と私を使用人から見えないように隠すと、ズンズンと歩き出してしまう。私はエルフランの首に抱きついて、小さくなる使用人達に向かって手を振った。


「…もぅ、挨拶ぐらい…んっ」
エルフランの妻として挨拶したかったと告げれば、彼はその必要はないと断る。エルフランに連れてこられた部屋は、全く人が住んでいた形跡がなく、エルフランの身体に合わせた大きなサイズのベッド…といっても、簡易ベッドと言われても疑わしい固そうな薄いマットレスと麻のような布切れが乗ったベッドと、いくつかの家具と机、そして火の焚いていない暖炉しかなかった。それに廃墟のように薄暗く、灯りもベッドの横にある家具に置いてある一つしかないから、部屋の明かりもついてないらしい。こんな屋敷で寝泊まりしていたのか聞くと、彼はそうだと頷いた。
「ミルがこの屋敷に泊まるようになったら、俺が向こうの屋敷の使用人に小言を言われる」
「ふふっ、確かにこの屋敷に住み始めたら、手狭になってしまうわね」
エルヴァは7歳になったけど、まだ伸び伸びと遊び盛りだし、双子なんてエルヴァを上回るヤンチャさだ。今住んでいる屋敷よりも小さいが、住めない事はない。けど使用人も連れてくるとなると、やはり現実的ではない気がした。
「…そうじゃないが…ここはあまり好かん、ミルと出会う前を思い出す」
エルフランは妻と息子がこの屋敷に住むと、今住んでいる屋敷にいる妻と子供達を慕う使用人達がこの狭い屋敷に押し寄せて来て、彼女達が帰るまで一緒にいると言って屋敷に帰ろうとしないだろう。それにこの屋敷はミルと再会する前まで暮らしていた屋敷で、討伐と将軍になった褒美の一つとして貰ったが、いくら身体の大きなエルフランでも1人で住むには大きく、その時は今よりも多くの使用人も付いたが、ミルがいないと意味がないと思っていた彼は、この屋敷に泊まると独身時代の孤独とミルの肌を知ってしまった虚しさを思い出してしまうので、極力近寄りたくない屋敷であった。だが、立場上使用しないといけない時は必ずやってくるのだから、不必要な使用人には辞めてもらうか、ミルたちが住む屋敷へと移動してもらって、この屋敷は最低限の使用人しか置いていなかった。
エルフランはキスに満足したのか、私を強く抱きしめた。
「…ねぇ…出会った時を思い出さない?」
黙ってしまったエルフランに向かって、私がぽつりと告げると、彼は私を抱きしめる腕の強さを弱めた。
「…そうだな…少し寒いから…待っててくれ」
初めて肌を重ねた時のように私をベッドまで抱き上げて連れて下ろすと、彼は暖炉の火を焚いた。徐々に部屋が暖かくなって炎で明るくなる。
私の元へやってきた彼は、私の顎に手を添えて上げると私の唇を塞いだ。
「…なぁ…これは現実か?それとも俺はいまだに夢でも見ているのか」
彼の掠れた声を聞いていられなくて、エルフランに自分から抱きついた。いきなり抱きついたから、バランスを崩したエルフランは、私の上に覆い被さるようにベッドの上へと倒れて、私は距離が近くなった彼の耳元にキスをした。
「現実よ、貴方に似た3人の子供と、幸せに暮らしているの」
「ミル」
顔にある彼の傷跡を指先で辿り、彼は気持ち良さそうに目を細めて私のすることを眺めている。
「私の…熊男さん」
「…ミルッ」
彼の目元や傷跡、鼻先や頬、顎のラインにキスを落として、最後に彼の下唇を甘噛みすると、彼は荒々しく性急に私の口を塞いだ。顔の角度を何度も変え、私の腰のラインに手のひらでなぞり身体が熱くなった。
「…もし、俺と再会しなかったら…他の男と結婚していたか?」
珍しく弱気のエルフランは、ありえない未来を口にして勝手に落ち込んでいるようだった。
「…再会するかは…分かりませんでしたが…エルフランと違う男の人と結婚するつもりはなかったわ」
あの時はまだエルヴァは小さくて、誰かと結婚なんて考えられなかったけど、今はエルフラン以外考えたくもない。
「愛してますわ、ずっと」
彼の不安を取り除こうと彼の唇に自分の唇を合わせ、私の腰を撫でる彼の手の甲に自分の手を重ねた。
「ね、エルフラン…ンッ」
彼の太ももの裏に足を掛けながら、足の先でふくらはぎをなぞって甘えると、エルフランは私の首筋に舌を這わせた。
徐々に私の胸元へと彼の舌が移動し、私の背中に彼の手が入って背中の留め具を外す。お尻を上げると、彼は私の私のドレスを脱がした。
「んっ」
「寒いか?」
そう言ってエルフランは着ていた軍服の上着を脱ぎ、私をベッドの上で座らせると脱いだ上着を着せた。
「…ミル、足を」
「…っ…ぅ」
そう言って床に膝をつけた彼が、裸となった私の足を広げて下半身に顔を埋めた。彼は蜜口の回りを舌でなぞり、躊躇いもなく舌を這わせる。倒れないように後ろに手をベッドに置いて、私の下半身に顔を埋める彼の姿を見る。大きな身体が縮こまって私の足の間にいるのが、ゾクゾクする。足を彼の肩に置いた後に伸ばすと、彼の髪が私の太ももの内側に当たって擽ったい。それと同時に下半身を舐められているから、下から湧き出る快感が身体に巡っていく。
「はっ、あっ、んんっ、っ」
後ろに置いた手が快感で力が入らなくなり、後ろへと倒れると、固いベッドがギシッと鳴った。
「…ミル」
私が仰向けになっていると、彼は起き上がりながら着ていた服を脱いでいき、過去の討伐で負傷した怪我の跡が残る凸凹した肌が見えてきた。手を伸ばすと私の手を取り、頬に添えられて手のひらに口づけを落とされた。
「…すまない、先にミルが欲しい」
「ん、っわたしも…ぁあっ!…はっ、急にっ」
舌ったらずになった私の腰を掴むと、彼は私の蜜口に昂りを当ててそのまま一気に私の蜜壺の中に入り、奥深くまで繋がった。
「愛おしいミル」
私の上に覆い被さったエルフランは私の耳の中に舌を這わしながら欲情した低い声で、私の耳の中に囁いた。
「愛してる…っ、わ熊男さん」
寒いのに汗をかいた彼の髪が僅かに湿って、私よりも熱い身体の背中に手を回すと、彼の腰が上下に動き出して抽送が始まった。
抽送されるたびに洩れる甘い喘ぎ声を、誰にも聞かせたくないみたいに私の口を塞ぎ、私は彼の頭を抱きしめた。
錆びたベッドが軋む音が続くと、彼は私の腕を取りながら起き上がり、ベッドの上に座って膝の上に私を乗せた。身体を抱きしめられながら、下から突き上げる彼から落ちないように、彼の首の後ろに腕を回して抱きついた。
「…はっ、あっ…んっ」
お互いの額を合わせて揺さぶられて鼻がぶつかると、どちらかともなく唇を重ねた。はっ、と彼の眉を寄せた顔と熱い吐息が、私と同じで気持ちいいと感じているのがわかって、何度も身体を重ねたのに今でも嬉しい。
「気持ちいいかっ、ん?」
私の身体の反応なんて手に取るようにわかるはずなのに、私の気持ちを優先して聞いてくる彼がどこまでも私に甘い気がする。
「気持ちいいっ、ぁっ…そこっ」
恥ずかしがって気持ちを上手く伝えないと、彼は私が気持ち良くないと勘違いしてしまう。これはエルフランと身体を重ねた時に学んだことだ。
「そうかっ…俺も気持ちいい」
私の言葉に満足したエルフランは、私の胸に顔を埋めて下からの突き上げを再開した。これからやってくる大きな快感に耐えれるよう何かにしがみつくため、エルフランの身体に抱きつくと、待っていたかのように絶頂がやってきた。
「ぁっあああっ!」
「ぐっ、…っ、づ」
ぎゅっと抱きしめられて身動きが取れない中で、エルフランに力いっぱい抱き返すと、私は絶頂に達した。ぎゅうぎゅうと蜜壺の中にある昂りを締め付けると、エルフランも私の中へと熱い証を一気に注いだ。

「…寒いか」
「いえ、あなたが抱きしめてくれているので…寒くないですか?」
私の身体を綺麗にしたエルフランは、ベッドの上で横になって、私には麻のお布団──お布団というかボロボロの布切れだ──を被せたのに、自分には何も掛けていなく、シャツとズボンだけしか身につけていないから風邪をひきそうだ。私が心配すると、彼は笑った。
「俺は野宿もしてきたからな、暖炉もあるし、そこまでしゃないさ」
「…そう…ならいいけど」
でも私は寒いから、エルフランに身を寄せると、彼は私を抱きしめた。
「…幸せです」
「俺もだ…ここで、ミルと過ごせて…苦しかった記憶が消えて、幸せな記憶へと変わったよ」
「あなた」
たった一晩とはいえ、まだ何もしていないけど、エルフランの嫌な記憶が無くなって良かったと思った。
「今度は夜だけじゃなくて、もっとゆっくり過ごしたいですわ…子供達も連れて」
「そうだな、王都にも出た事ないから」
「そうですわっ!子供達を連れてくれば、きっとお父様の勇姿を見て、喜びますわっ」
私が目を輝かせてそう言うと、エルフランは照れたように頬を赤くした。
「…ぐっ、そうか…?」
「えぇ、そうしたらお母様はいつもお父様を褒めてばかりと、言われないわっ」
最近の悩みは子供達はエルフランが教える剣術の授業から逃げ出して、私のところにやってくることだ。双子ちゃんならまだわかるが、そろそろ長男のエルヴァにはエルフランみたいに剣術を磨いてもらって、何があった時に自分自身を守れるくらいに強くなって欲しいのだ。
「多分、まだ貴方の凄さをわかっていないので」
興奮気味にエルフランに伝えると、
「…まぁ、そんなに心配するな…俺もできるなら子供達のようにミルのそばに居たいからな…ほら、もう寝よう…明日は起きたら帰ろう…子供達のいる屋敷へ」
彼は微笑みながら、私の額に口づけひとつ落とした。
「はい、早くみんなで過ごしたいです」
エルフランの胸に耳を付けて、鼓動を聞きながら瞼を閉じた。


起きたらきっともう新しい年になっている。そうしたら…そうしたら、彼の側に…子供達と過ごす1年がまた始まる。
そしてもしかしたら、今年は外へ出る機会が増えるかもしれない。
エルフランの仕事をしている一面も、子供達に見せたいし、私も見たいと、今日一緒に王城で過ごして思った。結婚してからは、彼の将軍の逸話を聞いただけで、実際に働いているところなんか見てないのだ。
正装した服装にうっとりと見惚れたのだ、仕事している姿を見たらドキドキして心臓が止まってしまうかもしれない。

私はどんな場所でも彼の腕の中で眠れる幸せを噛み締めながら、ゆっくりと眠りについた。


次の日、目を覚ますと、昨夜にいた使用人達は、初めて見る噂の主人の奥様を見て、言葉を失った。
『奥様は、天使のように愛らしい』
以前この屋敷で勤めていた使用人達──今は領地の屋敷の方へ移動したが──噂では聞いていたが、大袈裟に言っているだけで、本当にその通りだとは思っていなかったのだ。
たった一言二言言葉を交わしただけで、ころころと表情を変えて無邪気に笑う奥様のファンになってしまった。
奥様の背後に立つ殺気立った主人のオーラは、いつも主人がこの屋敷に泊まりに来た時に見せる顔と同じなので見慣れたものだったので、使用人達は特に気にしなかった。
『今度は家族と一緒に来ます』
と、言って帰った奥様を見送ったあと、殺風景な屋敷を快適に過ごしてもらえるように家具の配置換えをした使用人達は、また来ると約束した主人の家族が来るのを心待ちにしていた。

待てど暮らせど、家族達はやって来ないので、向こうの屋敷の使用人に、奥様達はいつやってくるのかと、手紙を出したのは、もう少し先のお話。

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