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リクエスト 塩川嗣朗と未知の一目惚れ同士の恋 蝶正義
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『絶滅危惧種のガン黒のギャルだな』
とよく言われる、私未知は、24歳の社会人だ──と言っても個人事業主だから、どんな格好をしても誰からも何も咎められない。
全身隈なく焼けた肌は綺麗な褐色で、根元まで金色に染めた髪は腰まで頑張って伸ばした。服に隠れてしまう事が多いけどへそにピアスもしているし、耳には合わせて8個のピアスもしている。
腰はキュッと締まり、手足はすらりと長い。我ながらスタイルがいいと思っていたけど、日焼けしていない…そう、親友の果南のように、白い肌の女が人気の今、私はなかなかモテなかった。ちなみに美容師である果南にこの髪を毎回染めてもらっている。
──いや、果南は誰が見ても美人だから、果南と同列に考えちゃダメだな
ふむふむ、と思いながら、私は今日の目的のために平日だというのに、街に出ていた。
美容師になった果南、私は昔から手先が器用だったからハンドメイドのアクセサリーを作って生計を立てていた。以前付き合っていたネットオタクの彼氏に作ってもらったHPからと、フリーマーケットに見本を載せて注文されるの待つ日々。完全受注生産だから、アクセサリーが売れなくて在庫が多くなる事もないし、空き時間に新たなデザイン画を描いて商品化にするかどうか考えて過ごしているから、気がついたら2年も続いていた。意外と私の作るアクセサリーは金属アレルギーに考慮したプラスチック製もあるから概ね好評で、衣食住には困らない程度に生活が出来ていた。この見た目とピアス跡の多さに、どこ行っても不採用続きで、お祈りメールが20社を超えた辺りで社会が嫌になって完全引きこもりの生活になったはいいが、ご飯を食べられないのは無理だから、TVの特集でやっていたハンドメイドでフリマに出品する主婦を見て、見様見真似で始めたのが最初だった気がする。
――いつかは自分のお店を持ちたいなぁ
と漠然と思うけど、そこまでまだ稼げてないのも事実なのだから、もう少し頑張らなければならない。
「…やっとついたよ」
過去の事を思い出していると、目的地に到着した。引きこもりの私が出かける時はいつも日焼けサロンか果南と遊びに行く時、そしてネットでは販売していないアクセサリーの原料を買いに行く時しかない。24時間Uber Eatはやってるから食事の心配はいらないし、日用品もネットで済ませられる時代だ。自分名義の一人暮らし用賃貸物件の1LDKのリビングの隅を、アクセサリーの作業場にしていたから、どこかへ行って作業する必要もない。このまま引きこもりに拍車が掛かりそうなんだけど、一度閉じこもってしまうと、知らない人とどう話していいのかわからなくなるが…これを変えようとはまだ思っていない。
今日の目的地である雑貨店は、ビーズの種類が日本で1番多いのにネット通販をしていないお店だった。
そろそろ家の在庫が切れそうだったから、やってきたんだけど…日差しが強過ぎて家を出て10分もしないうちに後悔していた。8月下旬だというのに夏のピークが続いてる中歩いてきたから、お店に着いた時は倒れるかと思った。日頃の運動不足のせいだが、それにしても暑かった。
「いつもありがとうございますー」
お店の冷房で涼みながらあれもこれもと、小さなビーズとワイヤーと金具、後はアクセサリーの飾りとしても使える金属パーツを大量に買ったら買い物が終了した。2、3ヶ月に一度しか買いにこないのに、毎回業者張りに購入する私を覚えてる店員にレジから見送られた。
お店を出るとそれはもう灼熱の暑さだった。お店の中で冷えていた身体から熱が奪われていく感覚がして、私はこのままでは熱中症で倒れてしまうと日陰を歩いた。
「あつー、今度から絶対に夏の前に買う…無理無理」
毎年夏と寒い冬に同じ事を思ってるのに、どうして私は毎年同じ事をして、学習能力がないのだろうか。
いつもよりゆっくりなスペースで歩いちゃうのは、めちゃくちゃ暑いからだ。ここで早く行っても余計に体力を消耗してバテるのが早くなるだけだ。なのでゆっくり歩いていたが家まで半分の所で、もう歩けなくなって木の下で立ち止まった。そしたら、歩いてる間に思っていた事が口から出てしまった。
バッグの中から飲み物を取ろうとして、お店に着く前に飲み終わったのを思い出した。周りを見ると、50m先にコンビニがあるのに気がついて、あそこで飲み物を買って涼もうと思って歩き出そうとして、視界がぐにゃっと歪んだ。
──あっやばい
自分の事なのに、遠くから傍観者のような冷静な私もいて、まるで他人事のようだ。そのままパタリと意識が途切れた。
「目が覚めた」
深い眠りから目を覚まし、真っ白な天井が目に入った。起きる前に思った暑さもなく涼しくて、なんなら全身が心地良い何かの上に寝かされていた。
口が勝手に動いて目が動いて辺りを見回すと、天井から吊るされた上部がレースの白いカーテンに囲まれてる半個室のような所の、ベッドの上に寝かされているのに気がついた。それに右手に針が刺さって、テープで止められて、そこから長いチューブが天井に向かって伸びていた。その先にはベッドの横にあるポールの引っ掻き棒に透明なパックがあり、その下には白いプラスチックの長方形の網目のあるカゴに持っていた荷物と1人掛けの丸い椅子が置かれていて、どうやら私は点滴を打たれて病院にいるのだろうと予想した。
頭がスッキリとしているのに、身体はまだ重くて起き上がるのが無理だ。
「目を覚ましたか」
「…あれ?」
シャッとカーテンが開き、ひょっこり顔を出したのは、制服姿の確か…名前は塩川だった。
塩川は私の親友の果南の恋人の友達で、果南と恋人の付き合うきっかけとなったスプラッシュアクアっていうイベントに参加した時に、私を終始揶揄っていたうざい男だ。日に焼けてないのに胸板や手脚が厚くて、警察官って職業柄いつも鍛えているらしかった。茶色の髪といつも目元を和らげてニヤニヤしているから、軽薄そうなイメージしかない。キリッとした眉も、スッと通った鼻も黙っていればモテるだろうに、ヘラヘラしているからチャラい男にしかみえないから残念だ。
だけどなんで彼がここにいるのだろうか?と目をぱちっと瞬きをすると、彼は珍しく真剣な表情をして──というか、会うのは最初とこの間果南の家で会った時以来3度目で珍しいかどうかなんてわからないけど、初めてみる──ため息をつくと、ベッドで横になる私の側にやってきて、いいと言っていないのに側の椅子に座った。
「道で倒れたって通行人から通報を受けて行ったら、未知ちゃんがさ、いて…めちゃくちゃびっくりしたよ」
「…それは…ごめんなさい」
謝るつもりはなかったが、彼の態度がなんだか悲しそうにしていて咄嗟に口から出てしまった。
気まずい沈黙が続いたけど、彼が防弾チョッキの胸ポケットから手のひらサイズの手帳を取り出すと、テキトーなページを開いてペンを取り出した。
「さ、道端で倒れていたから、看護師立ち会いの元で、バッグの中にあった身分証を確認したけど、一応名前から言ってもらうよ」
「…扇谷未知…えー、歳は」
「24だろ?」
自己紹介するのなんて何年振りだろうと、思いながら名前と歳を言おうとしたら先に言われて、口をつぐんでしまう。
「この間、春山の彼女の話になってさ、彼女は未知ちゃんと同い年だって言ってたろ?」
「…そうだけど」
なんか突っかかる言い方だなと思ったが、住所も言うと塩川はメモを取るのを止めて手帳を閉じた。
「これは一応警察に通報されたから聞いてるんだけど、何か薬の服用忘れたとか副作用とかで倒れたとかではないよね?」
「うん…あっはい、違います」
「ははっ、いつも通りでいいよ、じゃ、そろそろ看護師と交代するけど…その前にさ」
と言ってそのまま帰るのかと思ったら、彼は立ち上がって私が横になっているベッドに腰を曲げて顔を近づけた。
「どうして俺を拒否するの?」
「っ?!」
まさか今それを言われるとは思っていなかったから、驚いて目を見開くと、彼はいつも見せる軽薄そうな顔を見せて、にこっと笑って私の頬に指をそっとなぞった。
「看護師も問題なかったら、このまま帰ってもらうって言ってたから、時間を見計らって迎えに来るよ…帰ったらだめだからな、倒れたんだから」
「…ちょっ…ねぇ!」
突然思いもしなかった事を言われて返事が遅れると、塩川は迎えに来ると断言してカーテンの個室からいなくなってしまった。
気がついた時には彼が閉めたカーテンが揺れているだけで、私は1人取り残されてしまった。
──どうしよう、やばい
頭では彼を追い出そうと躍起になっているのに、心は塩川と一緒にいたいと矛盾している。
なんでここまで拗れたのか、私にも分からない。だけど一つだけ言えるのは…
「…なんで期待させるの」
これに尽きた。
***************
『新感覚 スプラッシュ アクア』
音楽と水が融合された新しい形のイベントは、フェスのように何組もいる様々な曲のジャンルのアーティストが歌い、観客に向け水が放出される。濡れてもいい服または水着で参加するのが必須で、イベントに参加する観客も水鉄砲を用いて見知らぬ参加者に水を掛ける──と、あったけど、私にはお目当てのグループがいるわけでもない。スプラッシュアクアで果南を誘ったのはたまたまだった。元々引きこもりの私が出かけるのは──いや、出かけようと思うのこと自体すごい事なんだけど──夏用にデザインをしたピアスがもの凄く売れて、個人事業主としては過去最高の103個の納品を済ませてテンションが爆上がりしていたのもあった。流石に徹夜はしなかったけど、大量受注が発生したおかげで、臨時収入ができて、なら果南と思い出を作りたいと無料の動画配信サービスを見ていた時に音楽と水の融合するイベントがあると知ったのだ。
果南とお揃いの水着を着て、いつもはすっぴんが多いけど、この時ばかりはめちゃくちゃギャルメイクをした。アイライナーを強めに引いて、目をぱっちりにしたら、口紅も淡いピンクにして、頭のてっぺんにお団子にした金髪をまとめた。自分のオリジナルのピアスを耳に付けたら、着替え終わった。同じ更衣室の隣にいる私とは正反対の果南を見て、ほう、っと見惚れた。
──やっぱり超可愛い、好き…あー、もう
果南は笑ったり大きな声を出したりしないけど、その瞳は雄弁に語っている。嬉しいと瞳を爛々とさせ、私とお揃いの水着を着ている。肌も白いし、黒い髪と腰にあるタトゥーも果南の美しさを引き出しているのに、彼氏がいないなんて世の中間違っている。
もう果南に抱きつきたかったけど、2人でイベントを楽しむ場所取りをするのが先だと、彼女の手を引いてステージの近くに行くと…そこで果南の彼氏となった春山って人と、塩川嗣朗に会った。
塩川って人は初対面なのに、ずかずかと私の心に入り馴れ馴れしいと思っていたのに、ちゃっかり私の横に陣取っている。果南と春山が飲み物を買いに行った時に2人きりになると、彼は私には触らないのに、音楽とシャワーのように注がれる水でテンションが上がった他の客が私達に雪崩れ込む前に、その人の身体を押して私を守ってくれる。
──何それ、きもっ
キモいのに嬉しいと思っちゃう私がもっとキモい。揶揄われると恥ずかしいけど嬉しい、笑う顔が可愛いのに、バリトンの声は心地いいから、音楽と参加者の声がうるさいと感じるくらいずっと聞いていたい。
自分の気持ちなのにわからなくて、モヤモヤしていると、果南達が帰ってきた。買ってきてもらった飲み物を飲んでいると、また次のグループの音楽が始まったんだけど果南の横はあの春山って人が陣取っていたけど、今は塩川の隣に居たかった。
「あっ、ごめんなさーい」
「ははっ、いいですよー」
水に濡れて楽しくしていたのに、隣にいるビキニ姿の女2人組が塩川にぶつかって、上目遣いで少し甲高い声で彼に話しかけて、塩川は楽しそうな声で返事をする。
──はっ?何なの?
さっき会ったばかりで塩川は私のじゃないのに、勝手に触るなとか、声を掛けるなとかムカムカした気持ちが頭を占める。
──コイツも何へらへらしてんのっ?
私の事触らないくせに、他の女に触るってどうなってるのと、いい加減私の方を向いて欲しくて口を開いた。
「…あのさぁ?一体…」
「わっすげっ、ギャルじゃん」
「ナンパすればいけるんじゃね?」
「ギャルは尻軽だしな」
だけど途切れ途切れで聞こえる誰かの声に、開いた口を閉じた。
──ナンパ…あっ、そっか…だからだ
私に一目惚れとかしちゃったりして、と思っていた自分が恥ずかしい。そうだ私はこの見た目だから、声を掛けられたんだと悟った。
──バカみたい本当
こんな口の悪い私の事好きになるなんて、とんだ勘違いだと消えたいくらい情けなくなって、チラッと果南の方を見ると、果南と春山は身体を密着させていた。
いい雰囲気の2人の間を邪魔したくないし、果南はまだ気づいてないみたいだけど彼女の目は春山を見つめて恋をしてるのが一目瞭然だった。
──もうやだ、ここから居なくなりたい
強烈な思いが込み上げてきて、塩川がぶつかった女に掴まっている間に、私は人混みの中に紛れて帰った。
***************
それから果南の誕生日前に塩川と会った時は、無理矢理外に出されて買い物した。馴れ馴れしさは相変わらずだったけど、連絡先を聞いて来ないって事は、ただのヤリ目的だと結論づけた…のに、
「まさか今日会うとはね」
「ん?なんか言った?」
「別に」
私が帰る時間を看護師に聞いたのか、私がお会計を済ませようと1階のロビーに行くと、警察官の青い制服姿の塩川が居て、私が持っていた荷物を私の手から取り上げると、彼の運転する黒の乗用車に乗せられて自分の家へと向かった。
「へー、ここが未知ちゃんの家ね」
「…なんか言い方」
私のマンションは5階建で、私は3階に住んでいた。エレベーターで3階に降りると、塩川は意外と玄関前まで止まり中に入ろうとはしなかった。
「ゆっくり休んで、夜様子見にくるから」
「来なくていい…です」
彼からの荷物を受け取り、仕事を抜け出したのだと気がついたのに、口から出るのは最低な言葉だけだ。
「ははっ、それは聞けないなー倒れたばかりだよ?」
などといつものおふざけが始まり、私の頭に手を置くと撫でた。
「…夜くるから、ちょっとでも違和感あったら教えて、番号はこれだから今俺の携帯に着信残して」
ふざけていたのに急にマジなトーンになって、私の前に自分のスマホを出して彼の番号が載った電話帳を開いて見せてきた。
私もバッグからスマホを取り出して表示されている番号を入力して通話ボタンを押すと、塩川の持っているスマホに着信を知らせる画面に変更された。
「…おっけー、すぐに連絡して、すっ飛んでくるから」
「…うん」
「ほら、家に入って」
「うん、ありがと…ごさいます」
なんか気まずくなって一応頷くと、彼は私が家の中に入るまで待っていたのに気がついて、私は家の鍵を開けて中に入って塩川と別れた。
それからというと、彼は連日私の家にやってきた。それも決まって昼と夜。夜はまだいい、だって倒れてるかもしれないと眉を下げて心配しているって表情をされたら、部屋の中にいれるしかないからだ。彼が家に来た時に人畜無害そうな顔をして私の部屋に居座り、私の職業やこれまでの成長過程を全部話すように促された。私も馬鹿正直に話したのが運の尽きで、次の日からパトロールと称して家にふら~っとやってくるのだ。
──しかも警察官の制服で!信じられる?私悪い事してるみたいじゃない?
なんて思ってちょっと強めに止めてと言ったら、塩川は
「なら嗣朗って呼んでよ」
とか意味わかんない事を言い始めて、
「うん…いいね!俺って天才かもしれない、ついでに俺の好きな飲み物置いていくわ…毎日持ってくるの地味に大変なんだわ」
なんて言って、じゃあ来なきゃいいじゃんとか私も言えばいいのに、塩川…嗣朗が置いて行く彼の物が家に増えるたびにそれを見て、嬉しい気持ちになるから死にたくなる。
その間軽く抱きついて来たりするが、それ以上の接触はなくて、いつもヘラヘラして…なのに、嗣朗の話が面白くてつい聞き入ってしまう。
嗣朗が休みの時なんて──警察官ってシフト制で夜番もあるってこの時知った──朝早くから夜までいるので、最初は何にもせずにぼーっと座っていたりしたが、
「未知仕事あるでしょ?俺見てるからしていて」
いつの間にか私の事を呼び捨てにして、アクセサリーを作っている姿を見られる。主導権は完全にこの男なのに、ムカつくとか思わないのは彼が醸し出す雰囲気と本当に私が嫌な事は言わないからだ。
観察眼がすごいのか、持って生まれた才能なのか分からないけど、一緒にいて嫌だと思った事がまだない。
誰かと付き合った事ないからわからないけど、私の生活の中に嗣朗がいるのが当たり前になりつつあった。
「未知、俺酢豚食べたい」
「え~ウーバーあるかなぁ?」
「未知の作ったやつがいいんだけど」
「この間私が頼んだから、次は嗣朗が払って」
「おーい、聞いてる?」
「酢豚って作るの大変なんだよ?コラッどさくさに紛れて何で抱きつくのよ」
「なら、10分このままなら未知の好きなスタバのドリンクも頼む」
「はいっ、今から10分ね、1秒でもオーバーしたら殴る」
再会してひと月、軽口を言い合う仲はすごく楽しかった。それなのに、嗣朗は私の扱いがどんどん上手くなってムカつく。私は今だによくわからないっていうのにさ。それでも気まぐれに抱きしめられ、抱き返す勇気も持てない。
──これが経験の違いなの
30歳と言っていた嗣朗は人当たりも良くて、それなりに経験あるのは当たり前だと思うのに、私が最初じゃないんだと思い知らせる。
──これが好きってこと?ううん、最初からいいなって思ってた
毎日少しずつ一緒にいる時間が重なると、もう居て当たり前、口では言わないけど彼は私の物みたいな感覚になってくる。嗣朗に背後から抱きしめられるのも、私が作業をしているのを横だったり後ろから見られる視線にも慣れて、彼の存在を感じられない時──彼が帰る時間が来るのが嫌になってきてしまっていた。
「どうも、どう?ちゃんとしてる?」
「あのさ、昨日の夜も来てたじゃん?ちゃんとしてるよ?」
決まって13時にパトロールと称して警察官の正装──濃紺の帽子とポケットが胸元の右上に警察章と下に所属する警察署の名前があって、反対側の左には2つの小と大のポケットがついたチョッキを着て、その下に濃紺のネクタイと白いYシャツ、黒いベルトと警棒、帽子とネクタイと同じ色のズボンを履いた制服姿で来る嗣朗。止めてと言って名前で呼ぶようになっても、週に一回か二回は私の家に来る。
家の前で警察官と話してると、引きこもりの私ですらご近所の目を気にして、嗣朗を玄関の中に一応入れる。
「ははっ、確かに、じゃぁ平気って事だな…どした?何かあったの?」
いつもならこのまま嗣朗は一言二言他愛のない話して仕事に戻るんだけど、私が彼の腕を掴んだから、嗣朗が何かあったのかと勘違いをしている。だけどある意味勘違いではなく、私がこのまま離れたくないと咄嗟に彼の腕を掴んだだけなのだ。
「いつになったら私に手を出すの?」
思ったよりも低い声が出てしまって、家の中は一気にシンと静まり返ってしまった気がした。
「…手を出していいのか」
ほんの数秒前までヘラヘラと笑っていた嗣朗は、私の言葉に私よりも数段も低い声を出して真顔になった。
「違うならもう来ないで、私、嗣朗のことっ…んっ」
私が嗣朗の腕から彼のチョッキにあるポケットの上を掴み、自分の方に寄せて自分からキスをしようとする前に、嗣朗は私の首の後ろに手を置いて私の唇を奪った。突然のキスに鼻が少しぶつかったのに、お構いなしに嗣朗は私の口を塞ぐように口を大きく開けて舌を出して、固く閉ざした私の唇を舐めた。ヌルッとした舌に思わず薄く口を開けると、彼は自分の舌を無理矢理ねじ込んで私の口内に舌を這わした。すぐ口の中をいっぱいにする動く舌に、軽くパニックになって身体が硬直する。嗣朗の首の後ろにある手とは反対の手が私の腰に回り、彼に抱き寄せられた。
まだ暑いから黒いタンクトップと白い短パンの薄着だった私は、私服とは違い彼の制服のポケットやベルトや、ズボンが当たって頭が沸騰しそうなくらい熱くなる。
「ぅっ、ん」
少女漫画で読んだキスの仕方を思い出しながら、彼の首の後ろに腕を回して、私の口内を暴れ回る彼の舌を受け止めた。
「…ッ…舌出して」
ひと通り口内を舐められた後、キスを中断させ彼が私にして欲しいことを言い、その通りに舌を出すと彼は甘噛みしてちゅう、と強く吸い付いた。そしてまた私の舌を押して口の中に戻すと、濃厚で息もままならないキスの時間に戻る。
顔の角度を何度も何度も変えて、鼻の呼吸だけでは追いつけない酸素が途切れ、全力疾走したかのように苦しくて肩で息をしてるのに、どちらも止めるつもりはなく、むしろ彼ともっと近くに感じていたくて、さらに腕に力を入れると、嗣朗の帽子が取れて床に落ちた。落ちる音が聞こえたのに、それよりもキスよりも大した事のないようだった。
「今から抱く…いいな?」
唐突にキスが終わり、額を合わせて鼻先が触れ合う。私も息をするのに必死で、口を開けて呼吸をしていると、嗣朗の口元に当たるはずなのに、彼は気にしていないみたいだ。彼も息が上がっていて、口から漏れた息が私の口元にも当たるからお互い様なのかもしれない。
「ッ…私…初めてでっ」
酸欠のぼぅっとする頭で考えられるはずもなく、言わなくてもいい事が口から溢れてしまうけど、嗣朗は真顔だったのに、ふっ、と笑って破顔した。
「そんなの、もう知ってる…いい?大事にする」
この見た目で処女だというのをバレていたなんて思ってもいなかったから、びっくりして目を見開くと、嗣朗はますます笑みを深めた。
「俺が触ると未知固まっていたし、まぁそれ以外もあるけど…どうする?」
揶揄われていると思っても、異性と触れ合った事などないから身構えるのは当たり前だと思っても、今選択を迫られて反論するところではない。
「…ッ…今したら、もう嗣朗は私のものになるの?これからもずっと?他のとこっ…行かない?」
側から見たら必死すぎて笑えると思っても、彼を引き留めたい想いの方が強くて、どうしたら私の側に居てくれるのか分からなくて半泣きになってしまう。
「んな事っ、当たり前だろ、初めて会った時から未知は俺のだよ」
とそんなわけないのに、嗣朗の言葉に嬉しくて抱きついた。
「抱いてっ、私嗣朗の彼女になりたいっ」
「もうとっくに…って、まぁいいか…これから抱く、もう今から俺以外誰とも関わるのはだめだ」
生まれて初めての両想いが嬉しくて、舞い上がっていた私は、嗣朗が告げた言葉を聞き流してしまった。
まずしたのは、職場への嗣朗の体調不良の電話だった。『はい…すいません』と、直属の上司らしき人に直帰する旨の電話をする彼の横で、思いの外体調悪そうな声色を出すから、本当に体調が悪いのかと思って心配していたら、電話を切った瞬間私の顔を見て、彼は不思議そうに首を傾げた。
「…どした?」
「具合悪いのにごめん…休む?」
「へっ?」
部屋に入ってソファーに、私は彼の右側に座って抱きついて座っていた。肩に腕を回され、いつもとは違う角度から身体が密着してドキドキしていたけど、無理をさせるつもりはないと伝えたのに、私が何を言っているのか理解していなかった。彼は目を見開いていたが、私の意味が分かると盛大に笑い出した。
「何?」
「ひー、いや…うん、平気、俺の演技も捨てたもんじゃないね…あっ、一応誓ってこんな電話今までした事ないから」
「?」
「これから抱くって言ったろ?…サボりだよ」
と彼は笑うと、私は意味が分かって顔を真っ赤にした。
「はー、腹痛い…さっ、準備はオッケー?」
打って変わって彼は真顔になって、私の肩に置いた手に力を入れると、雰囲気ががらりと変わった。
「待って…お風呂」
「いらない、もうずーっと生殺し、そろそろ爆発しそうだったから無理」
昨日の夜お風呂入ったし、空調のの効いた部屋から出かけてないから汗もかいてないけど、このままでいいのかわからなくてお風呂と言ったけど、すぐに却下された。
「あとで一緒に入ろう?」
私のこめかみにキスをしながら嗣朗は囁き、恋人同士は一緒にお風呂に入るんだよ、と言う。
「…今までの彼女とも入ってた?」
彼の言葉が嬉しいのに、過去がちらついて雰囲気をぶった斬る言葉が出てしまい、しまったと思ったがもう訂正は出来ない。
「ないよ、俺には未知だけ…ふたりの思い出増やしていこう」
それなのに嗣朗は、私の言葉に怒るわけでもなく優しく返してくれた。
「その嫉妬可愛いな」
それに加えて私を褒めるから、私の扱いが上手い。だって、もう私だけだと言ってくれ嬉しくてしょうがないと思っているのだ。
「大事にする、初めてもこれからも」
そう言って嗣朗は私の顎を掴んで上を向かせると、揶揄う表情でもなく真剣な表情で言う。
「嗣朗…ごっ」
だけど、謝ろうとする言葉を遮って彼が私の口を塞いだら、雰囲気が変わった。
「もう話はおしまい、後で話そう、今はこっちに集中して」
そう言って彼は、私を自分の足の上に向かい合わせで座らせると、私のお尻に腕を回して私を持ち上げるとソファーから立ち上がった。
「嗣朗…私怖い」
思わず口から本心が出るけど、彼は私を安心させるように私のこめかみにキスを一つした。
「大丈夫、気持ちいい事しかしないから…確かこっちだよな寝室」
「…うん」
嗣朗は何度も私の家に来ていたが、私の寝室には足を入れた事がなかった。急に寝室の単語が出てきて、これからする事を意識すると途端に恥ずかしくなって彼の肩に顔をつけて緊張を見られないように隠したのに、抱きしめられているから結局バレバレだ。
「ははっ、そんな緊張しなくても、食べないよ」
と嗣朗は笑うのに、やっぱり彼の声も心なしか固い気がした。
ベッドにそっと仰向けで寝かされ、その上に嗣朗が覆い被さる。まだお昼を過ぎたばかりだから、カーテンが半分だけ閉まっていたけど部屋の中は明るく、ベッドから窓の外の青空が見えた。そして、彼の表情も制服姿もばっちり見えるから、彼からも私の全部が見えるはずだ。
「…優しくしたい、理性持つかな」
彼は私が初めてだから安心させたいのか、それとも不安にさせたいのか全くわからないけど、緊張して胸がドキドキうるさい。
「キスはどう?」
「…うん、好き」
嗣朗は私の顔の横に肘をついて、私の頬に右の手のひらを添えて唇を親指の腹で左右になぞって聞いてきたから、思った事を素直に言うと彼はなぞっていた指を止めて固まった。
「そう…もしかして俺の理性試してる?」
「それ…は…わからない」
ゆったりとした口調なのに、追い詰められている気がするのは気のせいだろうか。私が読む少女漫画ではキス以上の事は描いてないから、これ以上は全部初めてで、もちろん嗣朗の理性も何も分からない。
「まぁいいか、時間はたっぷりあるしね」
彼は私の上唇を甘噛みして軽く吸い付いた後に、起き上がって、着ていた制服を脱ぎ始めた。チョッキを脱いでネクタイ、腰の警棒とベルトを取って、ベッドの下に投げ捨てる。Yシャツのボタンを取って徐々に露わになっていく彼の上半身裸は、あの夏に見たきりと変わらなかった。真っ白な肌で分厚い胸板、綺麗に6つに割れた腹筋、Yシャツから抜いた腕は私の二の腕より数倍も太かった。ズボンのボタンの留め具を外した彼が、脱いでいる彼の姿をじっとみていた私に気がつくと口角を上げた。
「ごめんごめん、先に脱がないと余裕がないと思って」
と言って私の上にまた覆い被さると、彼は私の口から頬、首筋をキスをしながら舌を這わしていく。どうすればいいか分からないから、彼の肩に手を置いたら、彼の口がそのまま左肩と腕、二の腕へと移動して、二の腕の内側を強く吸われ、チクリとした痛みを感じた後、彼は嬉しそうに目を細めて舌を這わした。彼の顔が手先に移動したのを見て、二の腕に痛みが出たところを見たら赤い丸の印のキスマークが出来ていた。
──こうやって付くんだ
と、感心していたら、嗣朗は今度は右側の方に同じように軽く吸い付いついて舌を這わした。
「首にはつけないの?」
彼がまた二の腕にキスマークをつけたから思わず聞いたら、
「ん、それは後で、お風呂の時にでも」
と返事をされた。今は付けないけど、後で付けるならいいや、と彼の髪が私の肌に当たって擽ったい気持ちを我慢した。
彼は私の両手を掴んで、仰向けで寝ていた私を起き上がらせると、タンクトップの裾を掴んで上にたくし上げて脱がせてしまう。
「隠してもどうせ見るよ?」
「ぅっ…ん、でも」
ブラを着けていたけど、流石に恥ずかしくて、腕をクロスさせながら曲げて胸を隠すと、彼は私を抱きしめて私の背後にあるフックを外した。胸を纏めていた物がなくなって、締め付けがなくなった。彼の手のひらが私の背中のラインをなぞって、肩のブラの紐を退かして私の手の中から引っ張り出すと、私の腕が伸びてブラが外れた。
「綺麗だよ、未知、ここも」
手を伸ばした時に、彼の前で2つの乳房を無防備に晒してしまったが、私の腕がまた胸を隠す前に、嗣朗の顔が乳房に近づいて宝物のように下から大切そうに掬って乳房の先端が彼の口の中へと消えた。
「んっ…あっ」
ちゅうと吸われて初めて口から自分の声じゃない初めて出す甘い声が漏れ、頭が痺れた。彼は私の乳房に顔を埋めて本格的に手と口を使って愛撫を始めると、キスの時とは違い身体の奥から何かが迫り上がってくるのを感じる。
自分が自分じゃなくなりそうで混乱したまま、彼の頭を抱きしめると、彼は私を押し倒してベッドへと仰向けに寝かせた。乳房を口入れて吸い付き甘噛みして、彼の口内で舌を這わされ、甘く痺れて下半身がむずむずして足が動くと、彼は私の短パンを下ろして下着も脱がせた。
「あっ、あっ…んっ、っ」
足を大きく開かされ、彼の身体が足の間にくると、彼の顔がどんどん下に移動していく。お腹に生温かい舌が這う感覚が、私をおかしくさせる。彼の肩に右手を置こうとすると、それを取られて手のひらを合わせてお互いの指先を曲げて恋人繋ぎで異性と初めて手を繋いだ。
「大丈夫怖くないから」
「あっぁあっ!」
時々私の反応を見ながら彼は、おへそにあるピアスに舌を這わした。ぴくんっと身体が反応して、背がのけぞって脚が上がった。嗣朗は上がった足の下に肩を入れると、私の下半身へと顔を埋めた。いきなり下生えの下にある花園を強く吸われて、頭が真っ白になる。
「はっ…あっ、やっ、はっ汚っ、いっ、んんっ」
彼に辞めさせようとしたのに、繋がれた手が離れる事を許さず、尚且つ肩に足を掛けてしまったから、簡単には逃れられない。
「やだっ、なんかくるっ、やだっぁああっ!」
漏らしそうになったような気持ちになって、首を横に振ってイヤイヤとすると、彼は口を蜜口にぴたりと付けて勢いよく啜った。目の前がチカチカして光って真っ白な思考になって、口はぱくぱく動くのに息は出来ない。
「あー、イッた?」
やっと息まできると、彼の言葉が頭の中に入った。
「イッ…た?」
「そう、気持ち良くなったって事」
彼は私の額に触れるだけのキスをしてくれていたのに、ぐったりと疲労感がして私の身体に力が入らないのに気がついた。
「ごめん、もう少し頑張って」
「んぁっ!」
ちゅっ、ちゅっ、と口以外のところにキスされて安心していたのに、下半身に異物感を感じて甲高い声が出た。異物感を確かめたくて下を向こうとすると、彼が私の顎を掴み上の自分の方を向かせた。
「だーめ、最初はとにかく感じて、俺で」
「んっ、んっ、だって声…っ、変」
「変じゃない、可愛い、もっと聞かせて」
恥ずかしいと彼の首の後ろに腕を伸ばして抱きついて、彼の首に顔を埋めた。すると彼は私の下半身に入れた物を動かし始めた。
彼に変じゃないと言われてから、口から甘い声が溢れて止まらない。
「…もうそろそろか」
どのくらいそうしていたのか分からないけど、彼の声で顔を上げると、下半身から物が無くなると、右足を上げさせられて、さっきの物より熱い物が当てがわれた。
「キスしよ、未知…ははっ可愛い」
さっきまでキスはしてくれなかったのに、求められたから口を突き出すと、彼は笑って私の唇を啄む。
「ん、っんんっ、っぁ!」
今日知ったばかりのキスに夢中になっていた私は、さっきの物とは比べられないくらい太くて固い物が下半身の中に侵入し始めた。お腹を圧迫するそれを、彼はキスから私の口を解放すると、低く唸った。
「はっ、ぐっ、きっ…つ…っ」
ズズっと入る感覚、苦しくて痛くて、涙がぽろぽろと目から溢れて零れる。嗣朗は目尻に溜まった涙を舌を出して掬って吸い付き、頬に流れた雫も舐めとる。
「いた…い、ん、っ…はっ、ぅっ」
「先っぽは入った、…っ…後少しだから」
と、苦しそうな彼の言っている意味の半分も理解できていない。彼のお腹が私のお腹に重なると、お腹が圧迫されて苦しくて、下半身にある物のせいで痛みも感じる。
「好きだよ、未知」
「あっ、喋んなっ…いでっ」
耳に直接息を吹きかけられながら囁かれてぞくぞくして、思わず下半身に力が入ると彼は、強い吐息を吐いた。
「やっと、ひとつになれた」
嬉しそうな彼は首の後ろに回した私の左手を掴んで、下半身へと伸ばすと、私の中に何が入っているのか理解した。
「あっ、嘘っ」
「んー、本当だよ」
ぽっと頬が赤くなると、彼は苦しそうに片眉を上げて、下半身へと伸ばした私の手を自分の首の後ろへと戻した。
「俺に捕まってて、動くよ」
「あっ、何っ?あっあっ、あっ、あっ」
動くって何?と言おうとしたら、彼の腰が動かし始めた。昂りを引き抜かれたと思ったら、重い衝撃が私の下半身に戻って、またさっきまで収まっていた痺れが身体中を巡って、突かれるたびに大きな声が出てしまう。
「気持ちい?な、俺は気持ちいいよ…っ、はっぐ、っ」
「あっ、んっ、んっ、はっ、ぁぅっ、っ」
だんだん嗣朗の腰の動きが早くなり、私は首から肩に手を移動させて強く掴まった。
「イくな、未知、イくッあっ」
嗣朗が早口になると、私の下半身から昂りを抜くと、私の下生えからお腹へ熱い飛沫を掛けた。
「あっ…熱い」
下半身が突然いなくなった昂りを求めているように、きゅんと締まると、彼は私の下半身に手を伸ばして指先を入れて、さっきまで入れていた昂りの動きのように指先を出し入れし、昂りを太ももに擦り付け始めた。
「イけっ、未知っ」
「あっ、あっぁああっ!」
彼の低い呟きと下半身の中に留まった指が曲がると、頭が真っ白となり今日1番で全身が痺れた。
「最初はこれくらいかな」
遠くなる意識に、嗣朗の呟きは記憶には残らなかった。
***************
「というわけで、未知ちゃんと付き合う事になりましたーイェーイ、はいっ!喜んで、イェーイ」
パトカーでパトロール中、両手で人差し指と中指を立てて、ダブルピースをする嗣朗はいつも以上にご機嫌だった。
「…そうか?何もしてないが」
「んにゃ、したよ、未知ちゃんが倒れたって連絡くれたの春山の果南じゃん、じゃなかったら未知ちゃんとまた会えなかったし」
俺のハイテンションに慣れている春山は、しばらく考えたが身に覚えがないみたいだが、そう未知が倒れた時、通行人は警察ではなく、119番の救急車を呼んだのだ。そして緊急搬送で運ばれた病院で、手荷物の携帯電話から果南へと連絡が入ったのだ。だが、果南がすぐには仕事を抜け出せないから、春山に連絡がいって、春山が俺に伝えたのが真実だ。
「それに…おっと」
「どうした?」
「いや、なんでも」
途中で話すのをやめた俺に、春山は怪訝な顔をするが、すぐに前を向いて運転に集中した。
普通に考えて、あの時炎天下で倒れたら熱中症の疑いが強く、事故殺人の事件性はないから、病院から警察に通報する義務は本来ならない。警察の出番はないと分かるのに、普段引きこもっている未知はそれに気がついていなかった。警察官がなぜ病室にいるのか、また本人の薬物の疑いなど病院の血液検査で分かるものを、疑いもないのにわざわざ聞いたりしない。俺の問いかけに未知は、素直に全部答えて個人情報を漏らした。
──今度知らない人に個人情報を漏らさないように、きつ~く教えないとな
などと純粋な彼女に自分が全部教えて、自分の色に染めるのを日々の楽しみにしている。どうしようもない男だと自覚している俺は、開き直って無垢な彼女に俺以外の人に警戒心を持たせようとしていた。
一目惚れなんてあり得ないと思っていた。漫画や小説の中だけだと思っていたんだ。初めて未知と会った時では。
自分の好みのタイプすぎて直視出来なかった。
小麦色の肌の上にある白いビキニも眩しかったが、細い手足とキュッと締まった身体と耳とヘソのピアスにゾクゾクした。吸い込まれそうな大きな瞳を見る事が出来たのは、春山が飲み物を買ってきた時だった。
──顔まで可愛いのは反則じゃね?
どうアプローチしようか、頭の中をフル回転させていたら、変な女に絡まれている間に彼女は居なくなってしまったが別に焦ってはいなかった。なぜなら、ダチの春山が未知の友達と惹かれあっていたのだから、すぐに未知に会えると思ったのだ。
春山の彼女に──なんと!春山同伴が必須の状況下で!──未知の過去に付き合った男がいないかのリサーチと、未知が俺と接する時の態度で、彼女が処女だったのがわかって、信じられないくらい嬉しな事だった。
──さて、次は何を吹き込もうか、今度からは最低でも3回はするとか言おうか
それなら、処女だった彼女が俺のものが馴染むまで、1回で終わりにしていたが…1回で満足出来るほどまだ俺の性欲は枯れていないから、エッチをする時は3回だと言いたい。
なんせ誰とも付き合った事のない未知の知識は、はちみつと砂糖を溶かした甘い水のような少女漫画と、俺が彼女に伝える俺に都合のいい言葉だけだ。そう、最初に俺が言った、恋人同士になったら一緒にお風呂に入るのが当たり前だと思っている。
──まぁ、俺が始め、そう言ったからだけど…
この間なんて俺が夜番だと知ると、『えっ?お風呂はどうすればいいの?』と困った顔をして聞いてきたから、その後は思わず押し倒してしまった。初めて身体を重ねた日からずっと、一緒にお風呂に入っているのだ。もちろん後で付けると言った身体中にキスマークは、お風呂に入る時にいちゃいちゃ戯れながら付けるのが当たり前の日課となっていた。
未知はすこぶる可愛いくてピュアだ。守りたい。俺の手だけで。
──そう、食べちゃいたいくらいにね
ヘラヘラしていると未知にもよく言われるが、その下の醜いどろどろとした執着と独占欲をカケラでも見せたら、未知は逃げ出してしまいそうだ。
そうさせないためにも、俺は今日も未知の前ではニヤニヤするのだ。
とよく言われる、私未知は、24歳の社会人だ──と言っても個人事業主だから、どんな格好をしても誰からも何も咎められない。
全身隈なく焼けた肌は綺麗な褐色で、根元まで金色に染めた髪は腰まで頑張って伸ばした。服に隠れてしまう事が多いけどへそにピアスもしているし、耳には合わせて8個のピアスもしている。
腰はキュッと締まり、手足はすらりと長い。我ながらスタイルがいいと思っていたけど、日焼けしていない…そう、親友の果南のように、白い肌の女が人気の今、私はなかなかモテなかった。ちなみに美容師である果南にこの髪を毎回染めてもらっている。
──いや、果南は誰が見ても美人だから、果南と同列に考えちゃダメだな
ふむふむ、と思いながら、私は今日の目的のために平日だというのに、街に出ていた。
美容師になった果南、私は昔から手先が器用だったからハンドメイドのアクセサリーを作って生計を立てていた。以前付き合っていたネットオタクの彼氏に作ってもらったHPからと、フリーマーケットに見本を載せて注文されるの待つ日々。完全受注生産だから、アクセサリーが売れなくて在庫が多くなる事もないし、空き時間に新たなデザイン画を描いて商品化にするかどうか考えて過ごしているから、気がついたら2年も続いていた。意外と私の作るアクセサリーは金属アレルギーに考慮したプラスチック製もあるから概ね好評で、衣食住には困らない程度に生活が出来ていた。この見た目とピアス跡の多さに、どこ行っても不採用続きで、お祈りメールが20社を超えた辺りで社会が嫌になって完全引きこもりの生活になったはいいが、ご飯を食べられないのは無理だから、TVの特集でやっていたハンドメイドでフリマに出品する主婦を見て、見様見真似で始めたのが最初だった気がする。
――いつかは自分のお店を持ちたいなぁ
と漠然と思うけど、そこまでまだ稼げてないのも事実なのだから、もう少し頑張らなければならない。
「…やっとついたよ」
過去の事を思い出していると、目的地に到着した。引きこもりの私が出かける時はいつも日焼けサロンか果南と遊びに行く時、そしてネットでは販売していないアクセサリーの原料を買いに行く時しかない。24時間Uber Eatはやってるから食事の心配はいらないし、日用品もネットで済ませられる時代だ。自分名義の一人暮らし用賃貸物件の1LDKのリビングの隅を、アクセサリーの作業場にしていたから、どこかへ行って作業する必要もない。このまま引きこもりに拍車が掛かりそうなんだけど、一度閉じこもってしまうと、知らない人とどう話していいのかわからなくなるが…これを変えようとはまだ思っていない。
今日の目的地である雑貨店は、ビーズの種類が日本で1番多いのにネット通販をしていないお店だった。
そろそろ家の在庫が切れそうだったから、やってきたんだけど…日差しが強過ぎて家を出て10分もしないうちに後悔していた。8月下旬だというのに夏のピークが続いてる中歩いてきたから、お店に着いた時は倒れるかと思った。日頃の運動不足のせいだが、それにしても暑かった。
「いつもありがとうございますー」
お店の冷房で涼みながらあれもこれもと、小さなビーズとワイヤーと金具、後はアクセサリーの飾りとしても使える金属パーツを大量に買ったら買い物が終了した。2、3ヶ月に一度しか買いにこないのに、毎回業者張りに購入する私を覚えてる店員にレジから見送られた。
お店を出るとそれはもう灼熱の暑さだった。お店の中で冷えていた身体から熱が奪われていく感覚がして、私はこのままでは熱中症で倒れてしまうと日陰を歩いた。
「あつー、今度から絶対に夏の前に買う…無理無理」
毎年夏と寒い冬に同じ事を思ってるのに、どうして私は毎年同じ事をして、学習能力がないのだろうか。
いつもよりゆっくりなスペースで歩いちゃうのは、めちゃくちゃ暑いからだ。ここで早く行っても余計に体力を消耗してバテるのが早くなるだけだ。なのでゆっくり歩いていたが家まで半分の所で、もう歩けなくなって木の下で立ち止まった。そしたら、歩いてる間に思っていた事が口から出てしまった。
バッグの中から飲み物を取ろうとして、お店に着く前に飲み終わったのを思い出した。周りを見ると、50m先にコンビニがあるのに気がついて、あそこで飲み物を買って涼もうと思って歩き出そうとして、視界がぐにゃっと歪んだ。
──あっやばい
自分の事なのに、遠くから傍観者のような冷静な私もいて、まるで他人事のようだ。そのままパタリと意識が途切れた。
「目が覚めた」
深い眠りから目を覚まし、真っ白な天井が目に入った。起きる前に思った暑さもなく涼しくて、なんなら全身が心地良い何かの上に寝かされていた。
口が勝手に動いて目が動いて辺りを見回すと、天井から吊るされた上部がレースの白いカーテンに囲まれてる半個室のような所の、ベッドの上に寝かされているのに気がついた。それに右手に針が刺さって、テープで止められて、そこから長いチューブが天井に向かって伸びていた。その先にはベッドの横にあるポールの引っ掻き棒に透明なパックがあり、その下には白いプラスチックの長方形の網目のあるカゴに持っていた荷物と1人掛けの丸い椅子が置かれていて、どうやら私は点滴を打たれて病院にいるのだろうと予想した。
頭がスッキリとしているのに、身体はまだ重くて起き上がるのが無理だ。
「目を覚ましたか」
「…あれ?」
シャッとカーテンが開き、ひょっこり顔を出したのは、制服姿の確か…名前は塩川だった。
塩川は私の親友の果南の恋人の友達で、果南と恋人の付き合うきっかけとなったスプラッシュアクアっていうイベントに参加した時に、私を終始揶揄っていたうざい男だ。日に焼けてないのに胸板や手脚が厚くて、警察官って職業柄いつも鍛えているらしかった。茶色の髪といつも目元を和らげてニヤニヤしているから、軽薄そうなイメージしかない。キリッとした眉も、スッと通った鼻も黙っていればモテるだろうに、ヘラヘラしているからチャラい男にしかみえないから残念だ。
だけどなんで彼がここにいるのだろうか?と目をぱちっと瞬きをすると、彼は珍しく真剣な表情をして──というか、会うのは最初とこの間果南の家で会った時以来3度目で珍しいかどうかなんてわからないけど、初めてみる──ため息をつくと、ベッドで横になる私の側にやってきて、いいと言っていないのに側の椅子に座った。
「道で倒れたって通行人から通報を受けて行ったら、未知ちゃんがさ、いて…めちゃくちゃびっくりしたよ」
「…それは…ごめんなさい」
謝るつもりはなかったが、彼の態度がなんだか悲しそうにしていて咄嗟に口から出てしまった。
気まずい沈黙が続いたけど、彼が防弾チョッキの胸ポケットから手のひらサイズの手帳を取り出すと、テキトーなページを開いてペンを取り出した。
「さ、道端で倒れていたから、看護師立ち会いの元で、バッグの中にあった身分証を確認したけど、一応名前から言ってもらうよ」
「…扇谷未知…えー、歳は」
「24だろ?」
自己紹介するのなんて何年振りだろうと、思いながら名前と歳を言おうとしたら先に言われて、口をつぐんでしまう。
「この間、春山の彼女の話になってさ、彼女は未知ちゃんと同い年だって言ってたろ?」
「…そうだけど」
なんか突っかかる言い方だなと思ったが、住所も言うと塩川はメモを取るのを止めて手帳を閉じた。
「これは一応警察に通報されたから聞いてるんだけど、何か薬の服用忘れたとか副作用とかで倒れたとかではないよね?」
「うん…あっはい、違います」
「ははっ、いつも通りでいいよ、じゃ、そろそろ看護師と交代するけど…その前にさ」
と言ってそのまま帰るのかと思ったら、彼は立ち上がって私が横になっているベッドに腰を曲げて顔を近づけた。
「どうして俺を拒否するの?」
「っ?!」
まさか今それを言われるとは思っていなかったから、驚いて目を見開くと、彼はいつも見せる軽薄そうな顔を見せて、にこっと笑って私の頬に指をそっとなぞった。
「看護師も問題なかったら、このまま帰ってもらうって言ってたから、時間を見計らって迎えに来るよ…帰ったらだめだからな、倒れたんだから」
「…ちょっ…ねぇ!」
突然思いもしなかった事を言われて返事が遅れると、塩川は迎えに来ると断言してカーテンの個室からいなくなってしまった。
気がついた時には彼が閉めたカーテンが揺れているだけで、私は1人取り残されてしまった。
──どうしよう、やばい
頭では彼を追い出そうと躍起になっているのに、心は塩川と一緒にいたいと矛盾している。
なんでここまで拗れたのか、私にも分からない。だけど一つだけ言えるのは…
「…なんで期待させるの」
これに尽きた。
***************
『新感覚 スプラッシュ アクア』
音楽と水が融合された新しい形のイベントは、フェスのように何組もいる様々な曲のジャンルのアーティストが歌い、観客に向け水が放出される。濡れてもいい服または水着で参加するのが必須で、イベントに参加する観客も水鉄砲を用いて見知らぬ参加者に水を掛ける──と、あったけど、私にはお目当てのグループがいるわけでもない。スプラッシュアクアで果南を誘ったのはたまたまだった。元々引きこもりの私が出かけるのは──いや、出かけようと思うのこと自体すごい事なんだけど──夏用にデザインをしたピアスがもの凄く売れて、個人事業主としては過去最高の103個の納品を済ませてテンションが爆上がりしていたのもあった。流石に徹夜はしなかったけど、大量受注が発生したおかげで、臨時収入ができて、なら果南と思い出を作りたいと無料の動画配信サービスを見ていた時に音楽と水の融合するイベントがあると知ったのだ。
果南とお揃いの水着を着て、いつもはすっぴんが多いけど、この時ばかりはめちゃくちゃギャルメイクをした。アイライナーを強めに引いて、目をぱっちりにしたら、口紅も淡いピンクにして、頭のてっぺんにお団子にした金髪をまとめた。自分のオリジナルのピアスを耳に付けたら、着替え終わった。同じ更衣室の隣にいる私とは正反対の果南を見て、ほう、っと見惚れた。
──やっぱり超可愛い、好き…あー、もう
果南は笑ったり大きな声を出したりしないけど、その瞳は雄弁に語っている。嬉しいと瞳を爛々とさせ、私とお揃いの水着を着ている。肌も白いし、黒い髪と腰にあるタトゥーも果南の美しさを引き出しているのに、彼氏がいないなんて世の中間違っている。
もう果南に抱きつきたかったけど、2人でイベントを楽しむ場所取りをするのが先だと、彼女の手を引いてステージの近くに行くと…そこで果南の彼氏となった春山って人と、塩川嗣朗に会った。
塩川って人は初対面なのに、ずかずかと私の心に入り馴れ馴れしいと思っていたのに、ちゃっかり私の横に陣取っている。果南と春山が飲み物を買いに行った時に2人きりになると、彼は私には触らないのに、音楽とシャワーのように注がれる水でテンションが上がった他の客が私達に雪崩れ込む前に、その人の身体を押して私を守ってくれる。
──何それ、きもっ
キモいのに嬉しいと思っちゃう私がもっとキモい。揶揄われると恥ずかしいけど嬉しい、笑う顔が可愛いのに、バリトンの声は心地いいから、音楽と参加者の声がうるさいと感じるくらいずっと聞いていたい。
自分の気持ちなのにわからなくて、モヤモヤしていると、果南達が帰ってきた。買ってきてもらった飲み物を飲んでいると、また次のグループの音楽が始まったんだけど果南の横はあの春山って人が陣取っていたけど、今は塩川の隣に居たかった。
「あっ、ごめんなさーい」
「ははっ、いいですよー」
水に濡れて楽しくしていたのに、隣にいるビキニ姿の女2人組が塩川にぶつかって、上目遣いで少し甲高い声で彼に話しかけて、塩川は楽しそうな声で返事をする。
──はっ?何なの?
さっき会ったばかりで塩川は私のじゃないのに、勝手に触るなとか、声を掛けるなとかムカムカした気持ちが頭を占める。
──コイツも何へらへらしてんのっ?
私の事触らないくせに、他の女に触るってどうなってるのと、いい加減私の方を向いて欲しくて口を開いた。
「…あのさぁ?一体…」
「わっすげっ、ギャルじゃん」
「ナンパすればいけるんじゃね?」
「ギャルは尻軽だしな」
だけど途切れ途切れで聞こえる誰かの声に、開いた口を閉じた。
──ナンパ…あっ、そっか…だからだ
私に一目惚れとかしちゃったりして、と思っていた自分が恥ずかしい。そうだ私はこの見た目だから、声を掛けられたんだと悟った。
──バカみたい本当
こんな口の悪い私の事好きになるなんて、とんだ勘違いだと消えたいくらい情けなくなって、チラッと果南の方を見ると、果南と春山は身体を密着させていた。
いい雰囲気の2人の間を邪魔したくないし、果南はまだ気づいてないみたいだけど彼女の目は春山を見つめて恋をしてるのが一目瞭然だった。
──もうやだ、ここから居なくなりたい
強烈な思いが込み上げてきて、塩川がぶつかった女に掴まっている間に、私は人混みの中に紛れて帰った。
***************
それから果南の誕生日前に塩川と会った時は、無理矢理外に出されて買い物した。馴れ馴れしさは相変わらずだったけど、連絡先を聞いて来ないって事は、ただのヤリ目的だと結論づけた…のに、
「まさか今日会うとはね」
「ん?なんか言った?」
「別に」
私が帰る時間を看護師に聞いたのか、私がお会計を済ませようと1階のロビーに行くと、警察官の青い制服姿の塩川が居て、私が持っていた荷物を私の手から取り上げると、彼の運転する黒の乗用車に乗せられて自分の家へと向かった。
「へー、ここが未知ちゃんの家ね」
「…なんか言い方」
私のマンションは5階建で、私は3階に住んでいた。エレベーターで3階に降りると、塩川は意外と玄関前まで止まり中に入ろうとはしなかった。
「ゆっくり休んで、夜様子見にくるから」
「来なくていい…です」
彼からの荷物を受け取り、仕事を抜け出したのだと気がついたのに、口から出るのは最低な言葉だけだ。
「ははっ、それは聞けないなー倒れたばかりだよ?」
などといつものおふざけが始まり、私の頭に手を置くと撫でた。
「…夜くるから、ちょっとでも違和感あったら教えて、番号はこれだから今俺の携帯に着信残して」
ふざけていたのに急にマジなトーンになって、私の前に自分のスマホを出して彼の番号が載った電話帳を開いて見せてきた。
私もバッグからスマホを取り出して表示されている番号を入力して通話ボタンを押すと、塩川の持っているスマホに着信を知らせる画面に変更された。
「…おっけー、すぐに連絡して、すっ飛んでくるから」
「…うん」
「ほら、家に入って」
「うん、ありがと…ごさいます」
なんか気まずくなって一応頷くと、彼は私が家の中に入るまで待っていたのに気がついて、私は家の鍵を開けて中に入って塩川と別れた。
それからというと、彼は連日私の家にやってきた。それも決まって昼と夜。夜はまだいい、だって倒れてるかもしれないと眉を下げて心配しているって表情をされたら、部屋の中にいれるしかないからだ。彼が家に来た時に人畜無害そうな顔をして私の部屋に居座り、私の職業やこれまでの成長過程を全部話すように促された。私も馬鹿正直に話したのが運の尽きで、次の日からパトロールと称して家にふら~っとやってくるのだ。
──しかも警察官の制服で!信じられる?私悪い事してるみたいじゃない?
なんて思ってちょっと強めに止めてと言ったら、塩川は
「なら嗣朗って呼んでよ」
とか意味わかんない事を言い始めて、
「うん…いいね!俺って天才かもしれない、ついでに俺の好きな飲み物置いていくわ…毎日持ってくるの地味に大変なんだわ」
なんて言って、じゃあ来なきゃいいじゃんとか私も言えばいいのに、塩川…嗣朗が置いて行く彼の物が家に増えるたびにそれを見て、嬉しい気持ちになるから死にたくなる。
その間軽く抱きついて来たりするが、それ以上の接触はなくて、いつもヘラヘラして…なのに、嗣朗の話が面白くてつい聞き入ってしまう。
嗣朗が休みの時なんて──警察官ってシフト制で夜番もあるってこの時知った──朝早くから夜までいるので、最初は何にもせずにぼーっと座っていたりしたが、
「未知仕事あるでしょ?俺見てるからしていて」
いつの間にか私の事を呼び捨てにして、アクセサリーを作っている姿を見られる。主導権は完全にこの男なのに、ムカつくとか思わないのは彼が醸し出す雰囲気と本当に私が嫌な事は言わないからだ。
観察眼がすごいのか、持って生まれた才能なのか分からないけど、一緒にいて嫌だと思った事がまだない。
誰かと付き合った事ないからわからないけど、私の生活の中に嗣朗がいるのが当たり前になりつつあった。
「未知、俺酢豚食べたい」
「え~ウーバーあるかなぁ?」
「未知の作ったやつがいいんだけど」
「この間私が頼んだから、次は嗣朗が払って」
「おーい、聞いてる?」
「酢豚って作るの大変なんだよ?コラッどさくさに紛れて何で抱きつくのよ」
「なら、10分このままなら未知の好きなスタバのドリンクも頼む」
「はいっ、今から10分ね、1秒でもオーバーしたら殴る」
再会してひと月、軽口を言い合う仲はすごく楽しかった。それなのに、嗣朗は私の扱いがどんどん上手くなってムカつく。私は今だによくわからないっていうのにさ。それでも気まぐれに抱きしめられ、抱き返す勇気も持てない。
──これが経験の違いなの
30歳と言っていた嗣朗は人当たりも良くて、それなりに経験あるのは当たり前だと思うのに、私が最初じゃないんだと思い知らせる。
──これが好きってこと?ううん、最初からいいなって思ってた
毎日少しずつ一緒にいる時間が重なると、もう居て当たり前、口では言わないけど彼は私の物みたいな感覚になってくる。嗣朗に背後から抱きしめられるのも、私が作業をしているのを横だったり後ろから見られる視線にも慣れて、彼の存在を感じられない時──彼が帰る時間が来るのが嫌になってきてしまっていた。
「どうも、どう?ちゃんとしてる?」
「あのさ、昨日の夜も来てたじゃん?ちゃんとしてるよ?」
決まって13時にパトロールと称して警察官の正装──濃紺の帽子とポケットが胸元の右上に警察章と下に所属する警察署の名前があって、反対側の左には2つの小と大のポケットがついたチョッキを着て、その下に濃紺のネクタイと白いYシャツ、黒いベルトと警棒、帽子とネクタイと同じ色のズボンを履いた制服姿で来る嗣朗。止めてと言って名前で呼ぶようになっても、週に一回か二回は私の家に来る。
家の前で警察官と話してると、引きこもりの私ですらご近所の目を気にして、嗣朗を玄関の中に一応入れる。
「ははっ、確かに、じゃぁ平気って事だな…どした?何かあったの?」
いつもならこのまま嗣朗は一言二言他愛のない話して仕事に戻るんだけど、私が彼の腕を掴んだから、嗣朗が何かあったのかと勘違いをしている。だけどある意味勘違いではなく、私がこのまま離れたくないと咄嗟に彼の腕を掴んだだけなのだ。
「いつになったら私に手を出すの?」
思ったよりも低い声が出てしまって、家の中は一気にシンと静まり返ってしまった気がした。
「…手を出していいのか」
ほんの数秒前までヘラヘラと笑っていた嗣朗は、私の言葉に私よりも数段も低い声を出して真顔になった。
「違うならもう来ないで、私、嗣朗のことっ…んっ」
私が嗣朗の腕から彼のチョッキにあるポケットの上を掴み、自分の方に寄せて自分からキスをしようとする前に、嗣朗は私の首の後ろに手を置いて私の唇を奪った。突然のキスに鼻が少しぶつかったのに、お構いなしに嗣朗は私の口を塞ぐように口を大きく開けて舌を出して、固く閉ざした私の唇を舐めた。ヌルッとした舌に思わず薄く口を開けると、彼は自分の舌を無理矢理ねじ込んで私の口内に舌を這わした。すぐ口の中をいっぱいにする動く舌に、軽くパニックになって身体が硬直する。嗣朗の首の後ろにある手とは反対の手が私の腰に回り、彼に抱き寄せられた。
まだ暑いから黒いタンクトップと白い短パンの薄着だった私は、私服とは違い彼の制服のポケットやベルトや、ズボンが当たって頭が沸騰しそうなくらい熱くなる。
「ぅっ、ん」
少女漫画で読んだキスの仕方を思い出しながら、彼の首の後ろに腕を回して、私の口内を暴れ回る彼の舌を受け止めた。
「…ッ…舌出して」
ひと通り口内を舐められた後、キスを中断させ彼が私にして欲しいことを言い、その通りに舌を出すと彼は甘噛みしてちゅう、と強く吸い付いた。そしてまた私の舌を押して口の中に戻すと、濃厚で息もままならないキスの時間に戻る。
顔の角度を何度も何度も変えて、鼻の呼吸だけでは追いつけない酸素が途切れ、全力疾走したかのように苦しくて肩で息をしてるのに、どちらも止めるつもりはなく、むしろ彼ともっと近くに感じていたくて、さらに腕に力を入れると、嗣朗の帽子が取れて床に落ちた。落ちる音が聞こえたのに、それよりもキスよりも大した事のないようだった。
「今から抱く…いいな?」
唐突にキスが終わり、額を合わせて鼻先が触れ合う。私も息をするのに必死で、口を開けて呼吸をしていると、嗣朗の口元に当たるはずなのに、彼は気にしていないみたいだ。彼も息が上がっていて、口から漏れた息が私の口元にも当たるからお互い様なのかもしれない。
「ッ…私…初めてでっ」
酸欠のぼぅっとする頭で考えられるはずもなく、言わなくてもいい事が口から溢れてしまうけど、嗣朗は真顔だったのに、ふっ、と笑って破顔した。
「そんなの、もう知ってる…いい?大事にする」
この見た目で処女だというのをバレていたなんて思ってもいなかったから、びっくりして目を見開くと、嗣朗はますます笑みを深めた。
「俺が触ると未知固まっていたし、まぁそれ以外もあるけど…どうする?」
揶揄われていると思っても、異性と触れ合った事などないから身構えるのは当たり前だと思っても、今選択を迫られて反論するところではない。
「…ッ…今したら、もう嗣朗は私のものになるの?これからもずっと?他のとこっ…行かない?」
側から見たら必死すぎて笑えると思っても、彼を引き留めたい想いの方が強くて、どうしたら私の側に居てくれるのか分からなくて半泣きになってしまう。
「んな事っ、当たり前だろ、初めて会った時から未知は俺のだよ」
とそんなわけないのに、嗣朗の言葉に嬉しくて抱きついた。
「抱いてっ、私嗣朗の彼女になりたいっ」
「もうとっくに…って、まぁいいか…これから抱く、もう今から俺以外誰とも関わるのはだめだ」
生まれて初めての両想いが嬉しくて、舞い上がっていた私は、嗣朗が告げた言葉を聞き流してしまった。
まずしたのは、職場への嗣朗の体調不良の電話だった。『はい…すいません』と、直属の上司らしき人に直帰する旨の電話をする彼の横で、思いの外体調悪そうな声色を出すから、本当に体調が悪いのかと思って心配していたら、電話を切った瞬間私の顔を見て、彼は不思議そうに首を傾げた。
「…どした?」
「具合悪いのにごめん…休む?」
「へっ?」
部屋に入ってソファーに、私は彼の右側に座って抱きついて座っていた。肩に腕を回され、いつもとは違う角度から身体が密着してドキドキしていたけど、無理をさせるつもりはないと伝えたのに、私が何を言っているのか理解していなかった。彼は目を見開いていたが、私の意味が分かると盛大に笑い出した。
「何?」
「ひー、いや…うん、平気、俺の演技も捨てたもんじゃないね…あっ、一応誓ってこんな電話今までした事ないから」
「?」
「これから抱くって言ったろ?…サボりだよ」
と彼は笑うと、私は意味が分かって顔を真っ赤にした。
「はー、腹痛い…さっ、準備はオッケー?」
打って変わって彼は真顔になって、私の肩に置いた手に力を入れると、雰囲気ががらりと変わった。
「待って…お風呂」
「いらない、もうずーっと生殺し、そろそろ爆発しそうだったから無理」
昨日の夜お風呂入ったし、空調のの効いた部屋から出かけてないから汗もかいてないけど、このままでいいのかわからなくてお風呂と言ったけど、すぐに却下された。
「あとで一緒に入ろう?」
私のこめかみにキスをしながら嗣朗は囁き、恋人同士は一緒にお風呂に入るんだよ、と言う。
「…今までの彼女とも入ってた?」
彼の言葉が嬉しいのに、過去がちらついて雰囲気をぶった斬る言葉が出てしまい、しまったと思ったがもう訂正は出来ない。
「ないよ、俺には未知だけ…ふたりの思い出増やしていこう」
それなのに嗣朗は、私の言葉に怒るわけでもなく優しく返してくれた。
「その嫉妬可愛いな」
それに加えて私を褒めるから、私の扱いが上手い。だって、もう私だけだと言ってくれ嬉しくてしょうがないと思っているのだ。
「大事にする、初めてもこれからも」
そう言って嗣朗は私の顎を掴んで上を向かせると、揶揄う表情でもなく真剣な表情で言う。
「嗣朗…ごっ」
だけど、謝ろうとする言葉を遮って彼が私の口を塞いだら、雰囲気が変わった。
「もう話はおしまい、後で話そう、今はこっちに集中して」
そう言って彼は、私を自分の足の上に向かい合わせで座らせると、私のお尻に腕を回して私を持ち上げるとソファーから立ち上がった。
「嗣朗…私怖い」
思わず口から本心が出るけど、彼は私を安心させるように私のこめかみにキスを一つした。
「大丈夫、気持ちいい事しかしないから…確かこっちだよな寝室」
「…うん」
嗣朗は何度も私の家に来ていたが、私の寝室には足を入れた事がなかった。急に寝室の単語が出てきて、これからする事を意識すると途端に恥ずかしくなって彼の肩に顔をつけて緊張を見られないように隠したのに、抱きしめられているから結局バレバレだ。
「ははっ、そんな緊張しなくても、食べないよ」
と嗣朗は笑うのに、やっぱり彼の声も心なしか固い気がした。
ベッドにそっと仰向けで寝かされ、その上に嗣朗が覆い被さる。まだお昼を過ぎたばかりだから、カーテンが半分だけ閉まっていたけど部屋の中は明るく、ベッドから窓の外の青空が見えた。そして、彼の表情も制服姿もばっちり見えるから、彼からも私の全部が見えるはずだ。
「…優しくしたい、理性持つかな」
彼は私が初めてだから安心させたいのか、それとも不安にさせたいのか全くわからないけど、緊張して胸がドキドキうるさい。
「キスはどう?」
「…うん、好き」
嗣朗は私の顔の横に肘をついて、私の頬に右の手のひらを添えて唇を親指の腹で左右になぞって聞いてきたから、思った事を素直に言うと彼はなぞっていた指を止めて固まった。
「そう…もしかして俺の理性試してる?」
「それ…は…わからない」
ゆったりとした口調なのに、追い詰められている気がするのは気のせいだろうか。私が読む少女漫画ではキス以上の事は描いてないから、これ以上は全部初めてで、もちろん嗣朗の理性も何も分からない。
「まぁいいか、時間はたっぷりあるしね」
彼は私の上唇を甘噛みして軽く吸い付いた後に、起き上がって、着ていた制服を脱ぎ始めた。チョッキを脱いでネクタイ、腰の警棒とベルトを取って、ベッドの下に投げ捨てる。Yシャツのボタンを取って徐々に露わになっていく彼の上半身裸は、あの夏に見たきりと変わらなかった。真っ白な肌で分厚い胸板、綺麗に6つに割れた腹筋、Yシャツから抜いた腕は私の二の腕より数倍も太かった。ズボンのボタンの留め具を外した彼が、脱いでいる彼の姿をじっとみていた私に気がつくと口角を上げた。
「ごめんごめん、先に脱がないと余裕がないと思って」
と言って私の上にまた覆い被さると、彼は私の口から頬、首筋をキスをしながら舌を這わしていく。どうすればいいか分からないから、彼の肩に手を置いたら、彼の口がそのまま左肩と腕、二の腕へと移動して、二の腕の内側を強く吸われ、チクリとした痛みを感じた後、彼は嬉しそうに目を細めて舌を這わした。彼の顔が手先に移動したのを見て、二の腕に痛みが出たところを見たら赤い丸の印のキスマークが出来ていた。
──こうやって付くんだ
と、感心していたら、嗣朗は今度は右側の方に同じように軽く吸い付いついて舌を這わした。
「首にはつけないの?」
彼がまた二の腕にキスマークをつけたから思わず聞いたら、
「ん、それは後で、お風呂の時にでも」
と返事をされた。今は付けないけど、後で付けるならいいや、と彼の髪が私の肌に当たって擽ったい気持ちを我慢した。
彼は私の両手を掴んで、仰向けで寝ていた私を起き上がらせると、タンクトップの裾を掴んで上にたくし上げて脱がせてしまう。
「隠してもどうせ見るよ?」
「ぅっ…ん、でも」
ブラを着けていたけど、流石に恥ずかしくて、腕をクロスさせながら曲げて胸を隠すと、彼は私を抱きしめて私の背後にあるフックを外した。胸を纏めていた物がなくなって、締め付けがなくなった。彼の手のひらが私の背中のラインをなぞって、肩のブラの紐を退かして私の手の中から引っ張り出すと、私の腕が伸びてブラが外れた。
「綺麗だよ、未知、ここも」
手を伸ばした時に、彼の前で2つの乳房を無防備に晒してしまったが、私の腕がまた胸を隠す前に、嗣朗の顔が乳房に近づいて宝物のように下から大切そうに掬って乳房の先端が彼の口の中へと消えた。
「んっ…あっ」
ちゅうと吸われて初めて口から自分の声じゃない初めて出す甘い声が漏れ、頭が痺れた。彼は私の乳房に顔を埋めて本格的に手と口を使って愛撫を始めると、キスの時とは違い身体の奥から何かが迫り上がってくるのを感じる。
自分が自分じゃなくなりそうで混乱したまま、彼の頭を抱きしめると、彼は私を押し倒してベッドへと仰向けに寝かせた。乳房を口入れて吸い付き甘噛みして、彼の口内で舌を這わされ、甘く痺れて下半身がむずむずして足が動くと、彼は私の短パンを下ろして下着も脱がせた。
「あっ、あっ…んっ、っ」
足を大きく開かされ、彼の身体が足の間にくると、彼の顔がどんどん下に移動していく。お腹に生温かい舌が這う感覚が、私をおかしくさせる。彼の肩に右手を置こうとすると、それを取られて手のひらを合わせてお互いの指先を曲げて恋人繋ぎで異性と初めて手を繋いだ。
「大丈夫怖くないから」
「あっぁあっ!」
時々私の反応を見ながら彼は、おへそにあるピアスに舌を這わした。ぴくんっと身体が反応して、背がのけぞって脚が上がった。嗣朗は上がった足の下に肩を入れると、私の下半身へと顔を埋めた。いきなり下生えの下にある花園を強く吸われて、頭が真っ白になる。
「はっ…あっ、やっ、はっ汚っ、いっ、んんっ」
彼に辞めさせようとしたのに、繋がれた手が離れる事を許さず、尚且つ肩に足を掛けてしまったから、簡単には逃れられない。
「やだっ、なんかくるっ、やだっぁああっ!」
漏らしそうになったような気持ちになって、首を横に振ってイヤイヤとすると、彼は口を蜜口にぴたりと付けて勢いよく啜った。目の前がチカチカして光って真っ白な思考になって、口はぱくぱく動くのに息は出来ない。
「あー、イッた?」
やっと息まできると、彼の言葉が頭の中に入った。
「イッ…た?」
「そう、気持ち良くなったって事」
彼は私の額に触れるだけのキスをしてくれていたのに、ぐったりと疲労感がして私の身体に力が入らないのに気がついた。
「ごめん、もう少し頑張って」
「んぁっ!」
ちゅっ、ちゅっ、と口以外のところにキスされて安心していたのに、下半身に異物感を感じて甲高い声が出た。異物感を確かめたくて下を向こうとすると、彼が私の顎を掴み上の自分の方を向かせた。
「だーめ、最初はとにかく感じて、俺で」
「んっ、んっ、だって声…っ、変」
「変じゃない、可愛い、もっと聞かせて」
恥ずかしいと彼の首の後ろに腕を伸ばして抱きついて、彼の首に顔を埋めた。すると彼は私の下半身に入れた物を動かし始めた。
彼に変じゃないと言われてから、口から甘い声が溢れて止まらない。
「…もうそろそろか」
どのくらいそうしていたのか分からないけど、彼の声で顔を上げると、下半身から物が無くなると、右足を上げさせられて、さっきの物より熱い物が当てがわれた。
「キスしよ、未知…ははっ可愛い」
さっきまでキスはしてくれなかったのに、求められたから口を突き出すと、彼は笑って私の唇を啄む。
「ん、っんんっ、っぁ!」
今日知ったばかりのキスに夢中になっていた私は、さっきの物とは比べられないくらい太くて固い物が下半身の中に侵入し始めた。お腹を圧迫するそれを、彼はキスから私の口を解放すると、低く唸った。
「はっ、ぐっ、きっ…つ…っ」
ズズっと入る感覚、苦しくて痛くて、涙がぽろぽろと目から溢れて零れる。嗣朗は目尻に溜まった涙を舌を出して掬って吸い付き、頬に流れた雫も舐めとる。
「いた…い、ん、っ…はっ、ぅっ」
「先っぽは入った、…っ…後少しだから」
と、苦しそうな彼の言っている意味の半分も理解できていない。彼のお腹が私のお腹に重なると、お腹が圧迫されて苦しくて、下半身にある物のせいで痛みも感じる。
「好きだよ、未知」
「あっ、喋んなっ…いでっ」
耳に直接息を吹きかけられながら囁かれてぞくぞくして、思わず下半身に力が入ると彼は、強い吐息を吐いた。
「やっと、ひとつになれた」
嬉しそうな彼は首の後ろに回した私の左手を掴んで、下半身へと伸ばすと、私の中に何が入っているのか理解した。
「あっ、嘘っ」
「んー、本当だよ」
ぽっと頬が赤くなると、彼は苦しそうに片眉を上げて、下半身へと伸ばした私の手を自分の首の後ろへと戻した。
「俺に捕まってて、動くよ」
「あっ、何っ?あっあっ、あっ、あっ」
動くって何?と言おうとしたら、彼の腰が動かし始めた。昂りを引き抜かれたと思ったら、重い衝撃が私の下半身に戻って、またさっきまで収まっていた痺れが身体中を巡って、突かれるたびに大きな声が出てしまう。
「気持ちい?な、俺は気持ちいいよ…っ、はっぐ、っ」
「あっ、んっ、んっ、はっ、ぁぅっ、っ」
だんだん嗣朗の腰の動きが早くなり、私は首から肩に手を移動させて強く掴まった。
「イくな、未知、イくッあっ」
嗣朗が早口になると、私の下半身から昂りを抜くと、私の下生えからお腹へ熱い飛沫を掛けた。
「あっ…熱い」
下半身が突然いなくなった昂りを求めているように、きゅんと締まると、彼は私の下半身に手を伸ばして指先を入れて、さっきまで入れていた昂りの動きのように指先を出し入れし、昂りを太ももに擦り付け始めた。
「イけっ、未知っ」
「あっ、あっぁああっ!」
彼の低い呟きと下半身の中に留まった指が曲がると、頭が真っ白となり今日1番で全身が痺れた。
「最初はこれくらいかな」
遠くなる意識に、嗣朗の呟きは記憶には残らなかった。
***************
「というわけで、未知ちゃんと付き合う事になりましたーイェーイ、はいっ!喜んで、イェーイ」
パトカーでパトロール中、両手で人差し指と中指を立てて、ダブルピースをする嗣朗はいつも以上にご機嫌だった。
「…そうか?何もしてないが」
「んにゃ、したよ、未知ちゃんが倒れたって連絡くれたの春山の果南じゃん、じゃなかったら未知ちゃんとまた会えなかったし」
俺のハイテンションに慣れている春山は、しばらく考えたが身に覚えがないみたいだが、そう未知が倒れた時、通行人は警察ではなく、119番の救急車を呼んだのだ。そして緊急搬送で運ばれた病院で、手荷物の携帯電話から果南へと連絡が入ったのだ。だが、果南がすぐには仕事を抜け出せないから、春山に連絡がいって、春山が俺に伝えたのが真実だ。
「それに…おっと」
「どうした?」
「いや、なんでも」
途中で話すのをやめた俺に、春山は怪訝な顔をするが、すぐに前を向いて運転に集中した。
普通に考えて、あの時炎天下で倒れたら熱中症の疑いが強く、事故殺人の事件性はないから、病院から警察に通報する義務は本来ならない。警察の出番はないと分かるのに、普段引きこもっている未知はそれに気がついていなかった。警察官がなぜ病室にいるのか、また本人の薬物の疑いなど病院の血液検査で分かるものを、疑いもないのにわざわざ聞いたりしない。俺の問いかけに未知は、素直に全部答えて個人情報を漏らした。
──今度知らない人に個人情報を漏らさないように、きつ~く教えないとな
などと純粋な彼女に自分が全部教えて、自分の色に染めるのを日々の楽しみにしている。どうしようもない男だと自覚している俺は、開き直って無垢な彼女に俺以外の人に警戒心を持たせようとしていた。
一目惚れなんてあり得ないと思っていた。漫画や小説の中だけだと思っていたんだ。初めて未知と会った時では。
自分の好みのタイプすぎて直視出来なかった。
小麦色の肌の上にある白いビキニも眩しかったが、細い手足とキュッと締まった身体と耳とヘソのピアスにゾクゾクした。吸い込まれそうな大きな瞳を見る事が出来たのは、春山が飲み物を買ってきた時だった。
──顔まで可愛いのは反則じゃね?
どうアプローチしようか、頭の中をフル回転させていたら、変な女に絡まれている間に彼女は居なくなってしまったが別に焦ってはいなかった。なぜなら、ダチの春山が未知の友達と惹かれあっていたのだから、すぐに未知に会えると思ったのだ。
春山の彼女に──なんと!春山同伴が必須の状況下で!──未知の過去に付き合った男がいないかのリサーチと、未知が俺と接する時の態度で、彼女が処女だったのがわかって、信じられないくらい嬉しな事だった。
──さて、次は何を吹き込もうか、今度からは最低でも3回はするとか言おうか
それなら、処女だった彼女が俺のものが馴染むまで、1回で終わりにしていたが…1回で満足出来るほどまだ俺の性欲は枯れていないから、エッチをする時は3回だと言いたい。
なんせ誰とも付き合った事のない未知の知識は、はちみつと砂糖を溶かした甘い水のような少女漫画と、俺が彼女に伝える俺に都合のいい言葉だけだ。そう、最初に俺が言った、恋人同士になったら一緒にお風呂に入るのが当たり前だと思っている。
──まぁ、俺が始め、そう言ったからだけど…
この間なんて俺が夜番だと知ると、『えっ?お風呂はどうすればいいの?』と困った顔をして聞いてきたから、その後は思わず押し倒してしまった。初めて身体を重ねた日からずっと、一緒にお風呂に入っているのだ。もちろん後で付けると言った身体中にキスマークは、お風呂に入る時にいちゃいちゃ戯れながら付けるのが当たり前の日課となっていた。
未知はすこぶる可愛いくてピュアだ。守りたい。俺の手だけで。
──そう、食べちゃいたいくらいにね
ヘラヘラしていると未知にもよく言われるが、その下の醜いどろどろとした執着と独占欲をカケラでも見せたら、未知は逃げ出してしまいそうだ。
そうさせないためにも、俺は今日も未知の前ではニヤニヤするのだ。
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