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4月 記憶が蘇る

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分からない所は先輩に今だに聞いたりするが、1人で仕事をこなすようになった。多分記憶を無くす前も事務は未経験だったと思うから、少しだけ知らなかった職種が出来て嬉しい。
「桐崎さん…そろそろ上がる時間だよー」
「あっはい…これだけしたら…」
先輩に声をかけられて、手元にあるパソコンのモニターを見たら定時の時間となっていた。半分くらい作業を進めてしまった事務書類を終わらせてからと思ったら、先輩が私の手元を覗き込んだ。
「ほら、それは明日でも大丈夫だし、小脇くん待ってるから」
「あ…すいません」
先輩は苦笑しながら、明日でもいいと言ってくれたから、お言葉に甘えて作業を一旦切り上げる事にした。
「お先に失礼します」
「お疲れ様、小脇くん…達はまだ事務所に来てないわね」
「それなら喫煙所にいるわよー社長とかと煙草吸ってるー」
「いつも迎えに来てくれるから…たまには私から行ってみます」
片付け終わりタイムカードを押して、荷物を持って先輩に挨拶しながら事務所から出ようとしたら、まだ壱哉が事務所に顔を出してないのに気がついた。
先輩と社長夫人に言われ、いつも迎えに来てもらっている──と言っても彼も同じ会社の従業員だから事務所内に顔を出すから、迎えに来るって感じではないが、自然とその流れは迎えに来たように見える。待つ人がいると分かると集中するから仕事が早く終わるし、みんな私と壱哉は一緒に住んでいるのは知っているので、残業はほとんどした事ない。それにいつも迎えに来てくれて有難いと思っていたから、たまには私の方から行こうと先輩達に告げて事務所から出た。
事務所の建物の外にある駐車場の近くにある喫煙所は、倉庫にも通じているから、当日使った資材や道具を片付けたら、談笑しながら一服をするみたいだった。
「…あっ、壱…っ」
建物の壁沿いに歩いてると、社長と同僚の数名で笑いながら話す壱哉の背中が見え、声を掛けようとしたら、風が吹いて煙草の香りが私の顔に当たった。
鼻腔を掠めた匂いで頭がモヤッとして、身体が強張る。
──何?
自分が分からなくて、自問するが結局答えが出ない。
「あれ?まい終わったの?」
「あ…うん…お疲れ様」
答えのない思考がぐるぐる私の頭の中を巡っている間に、壱哉が私の元に来たのにも気が付かなかった。
──何か大事なことを思い出さなきゃいけないのに、そのかが分からなくて気持ち悪い
その違和感は家に帰っても、壱哉と話していても解消される事なく、自然と口数が減ってしまう。
壱哉はいつもと様子の違う私が疲れているだけだと思ったのか、この日は私を抱きしめて眠るだけになった。



***************



薄暗い部屋で目が覚めると、モヤモヤしていた気持ちもないし、視界がクリアになったみたいに頭が軽くスッキリしていて、昨日までは頭が重かったんだと今なら分かる。
「…まい?」
アラームも鳴っていないのに、私が身体を動かしたら、隣に眠る男も目が覚めたみたいだった。
「…いつから私の名前を呼ぶようになったの?小脇」
「え…先輩?」
目覚めたばかりだから、声も低くなっていて、小脇に冷たい言い方をしてしまったが、今は彼の事なんてどうでも良かった。
「ってか何で私ここにいるの?」
私が上体を起こすと、小脇も一緒に起き上がり、私の横で正座をして座った。
「先輩記憶が戻ったの?」
暗かった部屋に目が慣れて小脇の顔を見ると、やっぱりそこにいるのは小脇だった。
「何であんたと一緒に寝てるの?」
小脇の質問にはスルーして、もう一度問いかけると、彼が声を出さずに口をぱくぱくと動かした。
「…先輩が、俺と付き合ってるからだよ、記憶がないけど好きだとも言ってくれたから」
「…記憶がない…?ああ、そうか事故か」
彼が私のそばにいるのが不思議だったけど、確かに起きてから頭が働いたのか過去のことを少し思い出した。
──家を出る前って事しか覚えてないけど
その後の事は覚えてなくて、混乱する。私は今何でここで寝てるのか、今はいつで、私はどうしていたのか…考える前に、ベッドから足を出して立ち上がると、ふらりと眩暈がして身体が揺れた。
「先輩っ、大丈夫?」
「…っ、触らないでっ!」
倒れそうになる私を抱きしめようとして、手を伸ばした壱哉を咄嗟に拒絶してしまった。
ショックを受けている壱哉を置いて、手探りで部屋から出ると、まずはトイレへと向かった。自然と足が進む先にはちゃんとトイレがあったし、今日初めている知らない所のはずなのに、どこに何があるのか身体が覚えていて奇妙な感じだ。

「…先輩、俺仕事に行くね…帰って来たら話そう」
お互い無言の地獄のような時間は、意外と早く終えた。小脇が働きに行くらしく、見覚えはあるのにどこで見たか思い出せない作業着に着替えていた。大きな身体なのに、泣きそうな声を出すこの男は誰だろうか?私の知る小脇は、いつも自信満々で私のする事なす事全部に親よりも口を出して来ていたはずだ。それなのに、今は私のご機嫌を伺っていて、笑える。
「絶対にいなくならないでね、早く帰ってくるから待っていてね」
──なんで私がアンタの言う事を聞かないといけないのよっ!
いつもぶっきらぼうで無口な癖に、やけに甘えた声で饒舌でまた混乱した。



「さ、悩んでもしょうがない」
1人になり不安で押しつぶされそうになる。気合いを入れるのも兼ねて、声に出すといくらかマシになった。
まずしたのはスマホを取り出す事だ。私のスマホらしく暗証番号に不安があったけど、顔認証でいけた。スマホの待受画面は、私と小脇が顔を寄せて自撮りしている写真で、私と小脇は笑っていた。
──知ってる…これはこの間の旅行だ…ん?旅行?
少しずつ頭の中に、思い出が蘇っていく不思議な感覚を覚えた。
電話帳のボタンを押して母に電話をすると、母が出た。



「今後も記憶が上書きされますね」
母に電話をした後、母に付き添われて病院へと行った。また身に覚えがないのに、知ってる病院内に困惑した。だけど、待合室でしばらく待っていると、だんだんココで定期的に通ってる事を思い出した。
素直に自分の状況を説明したら、先生は大きなモニター画面に出たカルテに、追加で打ち込んでいく。
「じゃあ、事故の後の記憶は」
久しぶりの母は小さくなったような気がしたが、私は黙っていた。母が涙を流しながら主治医の先生に聞くと、
「いきなり全部は一気に思い出せないと思いますが、桐崎さんの頭の中で徐々に記憶の処理をしている所で…そうですね…この分だと数日中には全部思い出しますよ」
「じゃあ先生、また記憶を無くすのは」
「ないと思いますよ…現に今、桐崎さんは私の事を思い出してますから」
先生は苦笑して私を見ると、私は頬が赤くなってしまう。
「…お母さんは少しだけ待合室で待ってもらってよろしいでしょうか?桐崎さんに簡単な確認をしたいので」
「はい…先生、ありがとうございました」
母は頭を下げて診察室から出ると、私と先生の2人きりになった。
「今日は小脇くんは来ないの?」
「えっ」
先生は、私の方を向いて小脇の事を聞いて来た。
「いつも病院の日は、送迎と付き添いあったからさ」
「…それが」
言葉に詰まった私に先生は、優しい眼差しで微笑んだ。
「彼、すごく心配していたよ…今だから言えるけど、最初会った時、事故を起こした運転手を殺しに行くのかと思ったね」
「…まさかそんな…、っ」
ないとも言えないと、この先の言葉を使うのはやめた。私に異常に執着していたのを思い出したからだ。
「どうしたいの?」
「…わ、からなくて…私…困ってます」
「うーん…そうか…私が何が言うのは簡単だけど、じっくり自分で考えて答えを出すのも一つだよ」
先生には、記憶を無くす前の壱哉との事なんて教えてないのに、お見通しみたいで無理矢理答えを出さなくていいと言った。
先生の言葉を聞いて、焦っていた気持ちが小さくなっていく。
──そうだよね…明日には違う気持ちが出てくるかもしれない
先生との診断が終わって、母が診察室へと呼ばれると、私は待合室で待つことになった。待合室でもスマホに入ってる写真を見ていたら、壱哉と行った場所の写真や壱哉が台所で料理を作る後ろ姿を隠し撮りしたもの、一緒に写ってるのもあったけど、ほとんどが壱哉単独が多い。一緒に写ってるのは、私の笑顔が殆どで壱哉も嬉しそうにしている。
──私めっちゃ笑顔じゃん
と、記憶がなかった期間は辛い思いをしていなかった事が伺えた。写真を撮っていた時には嬉しかったのかもしれないけど、じわじわと頭の中に上書き保存されていく記憶は、楽しい思い出が占める。
──ってかそうだよねー、うん…私付き合ってるからだよね
十数枚の連写では壱哉から頬にキスをされて、背後に倒れる所で終わっていて、その後の出来事なんて言われなくても分かる。照れ臭くてカメラフォルダーを上にスクロールしたら、一番最古の写真が残っている所に辿り着いてしまった。
「…あっ」
そこにあったのは、壱哉とのSNSのメッセージアプリのトーク画面のやり取りのスクショだった。
──なんでこんなもの撮ったと思っていたけど…そうだ
初めて壱哉から好きと、文字として残された記念の一枚だったのを思い出した。
──スクショ失敗してるけど、誰かに見られたら恥ずかしいからそのままにしていたんだ…私だけが覚えてればいいって思ったし
最初は困った後輩だったのに、執着具合が酷くなるにつれて怖くなって逃げていたのに、今ならわかる…こんなの記念に残すくらい嬉しかったんだ。付き合ってきた誰よりも一途に私だけを見て、すでに私の心は壱哉に傾いていたのだ。
「まい、どうしたの?」
自分の気持ちが決まると、固まった私を見て診察室から出て来た母が心配そうに私の顔を見た。
「…お母さんお願いがあるんだけど」






【病院に行って疲れたから実家にしばらくいる】
と、壱哉に送ると、勤務が終わった時間に電話が掛かってきた。私も壱哉の休憩時間を知ってるから、あえてスマホを見られない働いてる時間に送ったんだけど、意外と早く着信があってびっくりした。
『今平気?どういうこと?』
『だから疲れたからしばらく実家にいるって』
『しばらくってどのくらい?病院は何て言ってたの?』
『多分大丈夫って』
早口に捲し立てる壱哉に返事をするのがいっぱいいっぱいで、壱哉の質問に答えるのが精一杯だ。
『…っはい!今行きます!…ごめんまた後で電話する』
『ああ、うん…じゃ』
やっぱりまだ会社の人といるみたいで、壱哉は電話口から大きな声を出して返事をした後切れてしまった。
──さて、どうしよう
先生は記憶が一緒になるのは数日って言ってたから、全部思い出したら壱哉の所に戻ろうと思っていたのに、なんだか
──そうだ、確か退院した時も、ちょくちょく実家に来ていたのを思い出した
結局離れていても意味ないか、と思ったけど、今更お母さんにやっぱり壱哉の所に行くって言えないし、お父さんが帰ってきたらお祝いするって決まっていたのだ。


「ただいまー、おーいまい!客だぞ!」
父が帰ってくると、大きな声を上げた。お母さんと一緒にリビングにいた私は、まさかと思いつつ、玄関に行くと、父と壱哉がそこにいた。
「さっきそこの駅でばったり会ってな」
「お邪魔します」
「あらーいらっしゃい、壱哉くん、ほら入って入って」
父はもうお酒を飲んで来たのように上機嫌で、私は壱哉を見ると彼は私を見て口元を上げた。
「…あとで話そうって言ったろ」
私の横を通り過ぎながらそう呟く言葉は、もう敬語がなくなっていて、ギロッと睨むと彼は肩をすくめてリビングへと入って行った。
──きっとお父さんが今日の病院で言われた事を言ったんだ
お母さんからお父さんに連絡したらしく、父は残業をしないで帰ってくると言っていた。そこで壱哉に会って──彼の事だ、きっと待ち伏せしたのかもしれない──一緒に帰ってくる間に病院の結果を伝えたのかもしれない。どのみちいつかは壱哉に話そうと思っていたから、伝える手間が省けたけど、まだ心の準備が出来ていなかった。
リビングに2人に続いて入ったら、私の好きな物の料理が並べられたテーブルに、4人で座ってちょっとしたお祝いが始まった。
退院した時もこうしてお祝いしたなぁと思っていると、気まずいと思っていたのは最初だけで、楽しい時間はあっという間に過ぎて、明日も仕事があってもう遅いからと壱哉が帰る準備を始めた。
「本当に帰るの?」
大した話も出来なかったはずだと、玄関で靴を履く壱哉に声を掛ければ、壱哉は私の方を向いた。
「まいの顔見れたし」
「…生意気…せめて、まいさんでしょ」
自信満々な壱哉にムカついて、口を尖らせると彼は笑顔を見せた。
「ははっ気にする所そこ?」
そう言って私の背中に腕を回して彼の方に抱き寄せられると、壱哉は私の肩に顔を埋めた。
「なるべく早く帰って来て、俺、まいがいないともう生きていけないや」
「…うん」
さっきまでの明るい雰囲気とは反対に、しんみりと話す壱哉の腕の中で私は目を閉じた。
「どうせ、明日も来るんでしょ?」
「もちろん、じゃ…後で連絡する」
壱哉に好かれている事実に、胸の奥底から湧き上がる歓喜がじわじわと身体中に巡ってむず痒くて、つい可愛くない事を言ってしまうけど、壱哉は気にしてはいなかったみたいだ。
──最悪、可愛くない
と思っていても、今更訂正するのもおかしいからそのままにしていたら、壱哉は私の首筋にキスを一つ落とした。
「連絡する、無視すんなよ…したら来るからな」
真夜中でも、と付け加えた彼は、冗談なのか本気なのかわからない言葉を残して帰ってしまった。



まず、壱哉が好きな気持ちは変わらなかった。それと記憶が一つのピースに繋がれたように、記憶喪失だった間の出来事を概ね思い出した。それはスマホに撮った写真のおかげもあるし、壱哉があの時はー、と軽く説明しながら話すから、そうだったと思い出したからだ。
壱哉は今日も実家うちに仕事の後にやって来て、ご飯を食べた。その後いつぞやの父も母も先に自分の部屋に戻ってしまって、私と壱哉しかリビングにいなかった。ソファーに並んで座ったのはたまたまだったけど、壱哉がそれを見逃すはずがなく、私の膝に自分の脚をくっつけた。別にイヤなわけないから、そのままにしていた。
「仕事はどうする?」
壱哉に聞かれて、明後日は勤務日だと気がついた。週に3日で毎日働いていなかったから、仕事のことを忘れていた。
「出来たら行きたい…できるかな」
記憶喪失の間の出来事を思い出しても、仕事は大丈夫なのか不安になる。せっかく覚えた仕事し、人間関係も良好な職場を、このまま辞めるって判断はなかった。
「出来るよ…どうする?ここから通う?」
「何それ?小脇の所から通って欲しいの?」
壱哉がただ提案してくれたのに、また難癖を付けてるみたいに可愛くない態度を取ってしまう。あっ、と思った時には遅く、口から出た言葉は取り消しが出来ない。
「そりゃね、ところでまい、名前で呼んで…ほら」
壱哉は私の背後のソファーの背もたれに右腕を乗せて、私の方に身体を寄せると、私の顎を掴んで顔を壱哉の方を向かせた。
「…壱哉…ンッ」
近い所に彼の顔があり、付き合っていたんだから名前で呼び合っていたのに今更照れくさかったけど、壱哉にお願いされたなんとか口にしたのに、名前を呼んだら壱哉の口が私の口に重なった。
まさかキスをされるなんて思わなくて、驚いて目を見開くと、壱哉は口を離すどころか、私の上唇を甘噛みした。唇のラインを舐められ、私の薄く唇が開くと待っていたかのように、彼の舌が私の口内に入って来た。顎にあった壱哉の手が私の腰に回され、背もたれに置かれた彼の手が私の後頭部を押さえた。深くなるキスに私は瞼を閉じると、壱哉の胸板に腕を置いた。
「っ…っ」
顔の角度を何度も変え、私の口内を弄る壱哉の舌は傍若無人に暴れている。苦しくなって壱哉の左腕に身体を預けると、動かなくなった私を壱哉は身を乗り出して、また好き勝手にキスを続けた。
ソファーの背もたれに背中が当たると、私は壱哉の首のうしろへ腕を回して、ちっとも終わる気配のないキスに応え始めた。
「帰って来て、まい」
「寂しい」
「俺以上にまいを好きなやつなんてこの世にいない」
「この間みたいにさ、まいのにずっといたい」
「まいも喜んでたじゃん」
キスの合間に囁かれ、返事をしようと口を開くと、まるで全部を思い出した私の言葉など聞きたくないかのようにすぐにキスが再開した。後半につれ下ネタになっていったが、壱哉に熱烈に求められている想いを感じて嬉しさが勝った。
「…明日帰る」
「本当?」
このあと壱哉は家に帰ってしまうと思うと、離れがたくなってしまった。
「うん…でもっ」
「ん?」
キスをしていたから瞼を開けて壱哉と視線が絡まると、彼の瞳の奥に籠る熱を感じて、言葉が出なくなる。
──この目すごい好き
壱哉の鼻先に自分の鼻先を擦り寄せると、壱哉は目を見開いて固まった。
「好き…壱哉の気持ち…いつも嬉しい」
「…っ…まい」
私の言葉の意味を理解したのか、固まっていた壱哉は私を抱きしめた。今日は告白するつもりはなかった。だけど、明日するのかと言われたら、もうこれからずっと一緒に過ごすから、恥ずかしくなって言い出せなくなると思ったのだ。壱哉の胸の中にいながら、彼の肩に頬をつけて目を閉じた。
「…離れたくない、せっかく両思いになったのにっ!」
「あははッ…連れて帰る?」
「…連れて帰りたいけど…まいの親に非常識なヤツだと思われたくない」
私が冗談を言ったら壱哉は一瞬悩んでいたけど、結局は1人で帰ることにした。
「…そろそろ帰る、明日は仕事終わったら迎えに来る」
「じゃあ、明日はご飯食べて帰る?」
そう言いながらも、壱哉は私から離れようとはしないので、私は壱哉の頭を撫でると、抱きしめられていたのに、私を抱きしめていた腕に力が入って持ち上げられ、彼の足の上に向かい合わせで座らされた。
「…いち…や」
「何?」
自然と小声になった私に、壱哉も同じトーンで返事をくれた。壱哉の頬を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を閉じた。そのまま壱哉に抱きついていたら、壱哉の手が私のお尻を掴んだ。
「…ちょっ…壱哉っ」
壱哉の思いもしなかった行動にびっくりして、最初は大きな声を出してしまったが、リビングだと思い出して声を顰めた。あまり大きな声を出すと2階にいる親にバレちゃうのに、壱哉はお構いなしに私のお尻を揉みながら私の胸元に顔を埋めた。
「…少しだけ…両想いなんだ…我慢出来るわけないだろ」
「だからっ…て…ん…ぁ…っ」
胸元に顔を埋めていただけなのに、服の上から甘噛みされて変な声が出た。壱哉の腰が私のお尻に自分の昂りを押し付け始めると、お尻に当たる壱哉の昂りが固くなっているを感じた。壱哉の両頬に手を添えて顔を上げさせたら、磁石のように唇同士がくっついた。自分から壱哉の口の中へ舌を入れ、壱哉も舌を出して私の舌に絡めた。
軽く下から突き上げられ、私のお尻も壱哉の腰に擦り付けるように前後に動かした。壱哉は私をソファーに押し倒すと、私のズボンの部屋着とパンツを片足だけ脱がせた。
「明日はちゃんと抱く」
私を見下ろす壱哉の目は鋭く、自分のズボンの下ろすと、大きくなった昂りを握って取り出した。
「壱哉っ」
手を伸ばして壱哉の首の背後に回すと、壱哉は上体を屈めて私の上に覆い被さり、私の蜜口に昂りの先端をあてがった。
「悪いっ、余裕ない」
このまま蜜壺の中に入れられるのかと思ったら、壱哉は私の太ももに昂りの側面を置いて腰を動かした。その間にも、壱哉は私の蜜口にいきなり2本の指を入れた。
「っあ…あっ、あっ」
「まいっ、まいっ…くっ、触りたい」
壱哉の余裕のない声に胸がドキドキしていると、彼は蜜壺に入れた指を動かし始めた。キスと彼の足の上にいた時から感じていたのがバレて、期待していたのかと思われちゃうかもと恥ずかしくなっていたが、彼はとにかく蜜壺の中を解すのに集中しているみたいで、私の様子に気がついてなかった。
「もっ、欲しい…壱哉っ」
「まいっ!煽るなっ」
壱哉の昂りに手を伸ばしたら、壱哉は最初は腰を引いたけど私の手に自分の昂りを添えた。
「明日はめちゃくちゃに抱く、絶対にだ」
私の蜜口に昂りの先端を付けると、腰を前後に動かして私の首筋に顔を埋めながら、蜜壺の中へと昂りを入れた。
「ンッ、ん」
壱哉に抱きつくと、短時間の声を殺した繋がりが始まった。お互いの荒い息のみの快感を終わらせるため、壱哉が私の蜜壺の中を一気に貫いた。
「…っ、っ」
腰を動かし抽送が始まると、短い情事はあっという間に終わる。久しぶりといっても数日ぶりだけど、記憶が戻ってからは初めてだ。こんなのが初日かと思ったが、もう壱哉と過ごした夜を思い出していた。
「…っ、ま…っい!」
切ない声で呼ばれて、下半身がきゅんと締まり、壱哉のを締め付けると、壱哉は私の蜜壺から昂りを抜くと私の下半身に熱い飛沫を放った。
「悪い先に…今度はまいを気持ち良くするから」
壱哉が私の首筋に顔を埋めると、さっきまで繋がっていた蜜壺の中に人差し指と中指と薬指を3本も入れて、パラパラと3本指をバラバラに動かし、指先を曲げたり、蜜壺の中を出し入れしたりと私の燻った快感を絶頂へと誘った。
「あっ、いちっ…っ、ん…やっ、ぁ」
性急に動いた指により私も達すると、壱哉は私を抱きしめた。
「明日、帰ろう」
「…ん」
キスが始まり、それ以上の触れ合いは終わり、この日は壱哉の帰る時間がいつもよりも遅くなった。
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