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2月 社員旅行の温泉宿
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仕事にも慣れてきて余裕が出来ると、通勤に使うバスに乗るのも歩道を歩くのも抵抗なく過ごせるようになった。
それがいい事で、だんだん事故の前の自分に戻っているようで嬉しかった。
週に3日出勤するうち、必ず週に1日は壱哉と帰っていたし、なんなら私がスーパーに立ち寄って買い物をしていると、仕事が終わった彼が私のいる所まで来て一緒に帰るのが当たり前となっていた。
***************
そんな中、会社では1泊2日の社員旅行なるものがあり、私は入ったばかりだったが、壱哉の彼女ということもあり、一緒に同行することになった。
最初は1人で留守番をしようと思っていたのだが、壱哉が『まいが行かないなら俺も行かない』と、断ろうとしていた私に先手を打った。なんでも毎年ある社員旅行には、私と付き合う前から参加していたなら行けばいいじゃんと言っても、断固として1人で行くのに首を縦にしない。なので私も参加する事にしたのだ。
「いやー、疲れた疲れた」
全長9mほどの中型バスを貸切にして、木曜日の平日にも関わらず、会社の前で集合して、仕事をしないで朝早くから有名な温泉街へと出発した。金曜日に帰ってきて、そのまま土日は休みだ。
到着した時には10時を少し過ぎていて、軽く観光してから旅館に行く予定となっていた。
「まい、こっち」
「ああ、うん」
総勢20人の社員とその家族が揃うのは年に一度あるイベントで、ここで社員の絆をより深めるらしい。私は壱哉の同僚の人の奥さんや婚約者と、話せる仲になってほっとした。
──ここで壱哉の印象を悪くしたら嫌だし
なるべく愛想良くしていたのに、温泉街に近づくにつれ、壱哉の機嫌が悪くなるのがわかる。だけど、壱哉と毎日一緒にいないとわからないくらい微かな変化だった。
現場で働く社員の婚約者と話していた私を彼は呼ぶと、私は壱哉の隣に行った。
「…そばに居てって」
「ちゃんと仲良くならないと」
「そんなのはどうでもいい」
「良くない」
何度も同じ事を言われ、私も同じ返事をする。だが、私が彼の横にいったら壱哉の不機嫌も少しは改善した…のだが、女性軍に呼ばれたら彼のそばを離れると彼はまたむっつりと黙る。
壱哉の同僚の家族とはまた付き合いもあるだろうから、仲良くしようと思っているのに、なかなか上手く伝えられないくてヤキモキしてしまう。
そんなやり取りを何度かしていたが、次第に壱哉から呼ばれなくなり、彼は彼なりに他の同僚と行動を共にする事が増えた。
「…まいちゃん、これはね白いご飯の上に乗せて食べるとめちゃくちゃ美味しいのよ」
多分私が会社の新人で、壱哉の同伴者としては1番年下だからか、温泉街にあるお土産物の楽しみ方を教わるのが多くて、なら試しに買ってみようとオススメされた商品をカゴに入れていった。
実家の両親へのお土産もカゴに入れた所で、壱哉の親はどうなんだろうか、と思った。だけど壱哉の家族なんて知らないし、なんなら記憶喪失の前の私は彼の過去を知っていたのだろうかと疑問が頭をよぎる。
──私は距離を取りたがっていたから…多分知らないと思う…けど、全く知らなかったかと言われても分からないや
そういえば、私は家族と連絡を取って、その日あった出来事を壱哉に言っているが、彼の口から家族と連絡を取っている素ぶりを見せてない。私といる時はスマホでゲームをしたりしてるが、飽きたら私のそばにほぼいるし、会社にいる間に連絡をしているのだろうと、思うことにして壱哉の家族分のお土産をカゴに入れた。
「…すごい買ったな」
大きなビニール袋2つになって貸切バスに帰ってきた私を見て、バスの前で女性軍の帰りを待っていた壱哉は苦笑して2つとも袋を私の手から取り上げた。周りにいる壱哉の同僚も心なしか引いている。
「保冷必要なやつ買ってないから大丈夫だと思うけど」
さすがに最初に降りた所で、買いすぎたような気がして、気まずくも言い訳しながら壱哉に伝えると、
「まだ明日もあるのに、こいつが色々ススメたんだろ、ったく」
「まぁ!あなたもここの好きでしょ?…そんな事言うなら家でも食べさせないわよ!」
社長と社長の奥さんのやり取りが始まり、どっと笑いが起こる。幸いにもバスはトランクスペースが置けるから、私が買った荷物も楽々入るため、お土産の入った袋の口を縛り自分達の荷物の横に置いた。
「ほらっ、じゃホテルへ行く前にお昼を食べに行こうか」
思ったよりも、お土産屋を見て買う時間が掛かっていたらしく、すでに13時を過ぎていた。
ゾロゾロと中型バスに乗り込み、行きと同じ席に座ると、バスは出発した。
「…ごめん…壱哉気まずいよね」
「ん?いや?」
バスの前の列辺りの窓際に座って、私の右横に座る壱哉の顔に近づけて小声で謝ると、壱哉は特に気にしていなかったみたいだった。
2人の座席を仕切る腕置き場の下に手を忍ばせて、壱哉の太ももを触ると、彼は一度だけピクリと反応した。
今日は会社の人がいるから手も繋いでないため、いつもべったりしていた壱哉との距離感が上手く掴めないから、あえて離れたんだけど、私の方が寂しくなってしまって結局触ってしまう。
「……」
無言になった壱哉は腕を組むと黙ってしまったが、足をそのままにしていたから、触ってもいいのだと判断して壱哉の太ももの横に手を添え続けた。
バスで予め予約していた和食中心を出しているご飯屋に行くと、昼間だというのにアルコールも入っていく。このまま宿に戻るから飲んでも問題ないけど、夜に宴会をすると聞いていたから、まさかお昼から飲むとは思わなくて少しばかり驚いた。
そして、食事が終わって宿に着いた時には17時をすぎていて、各自割り振られた部屋に別れた。男女別で泊まるのではなく、家族または同伴者と泊まる。私と壱哉は、ツインベッドのあるビジネスホテルのようなシンプルな部屋で、宿って言われていたから和室かと思っていたけどそんな事はなかった。
壱哉は持ってきた着替えが入った荷物を近くのソファーと、買ったお土産をベッドのそばにあるテーブルに置くと、出入り口に一番近いベッドに座る。
私は壱哉の後ろに付いて歩いていたから、彼が座るとその横に座りながら腰に腕を回して抱きついた。
「…疲れたか?」
「ううん、平気」
彼は私の肩に腕を回して自分の方に引き寄せ、頭に口を付けた。
「宴会は18時からだから、先に風呂入るわ」
「うん」
多分壱哉が言っているのは、部屋に備えてつけられているお風呂じゃなくて、階数が上にある大浴場な事を言っている。多分、同僚にでも誘われていたのだろう。自分から私と離れると言うのは珍しい。
「まいは?」
「私はここのお風呂で…いい…んっ、っ」
聞かれたから顔を上げたら、壱哉に口を塞がれ、舌の絡まる濃厚なキスをされた。
「…あんま笑うなよ、他のやつが惚れちまうから」
「ははっ…うん」
みんな家族連れだし、そんなのあり得ないから可笑しくて笑ったのに、壱哉の眼差しが真剣だから思わず笑うのを引っ込めてしまった。
「…もう行くの?」
「ああ」
そろそろ行かせないといけないのに、壱哉の首の後ろに腕を回し、啄むキスを続けた。壱哉も私の肩に置いた手を背中を手のひらを這わせながら腰に置いた。
「そろそろ勃つな」
なんて言いながら彼は私をベッドへと仰向けに倒すと、首筋に顔を埋めた。壱哉の筋肉のついた太い腕が私の胸の上に置かれ、味見をするみたいにペロリと首を舐められる。
「…っ、するの?」
「んー、しない」
と言っているわりに、彼は私の上から退こうとしない。私もたった半日、日中そばにいるのに触れ合う事がなくて、離れがたくなってしまって壱哉の頭を抱きしめた。
「…そろそろ行くわ」
「うん」
「直接会場に行くつもりだから」
「わかった…私も時間になったら行くね」
別れの言葉を口にするのに、壱哉はなかなか私から離れようとしないから私は自分から離れるわけでもなく彼を抱きしめる。
やっと壱哉が顔をあげたと思ったら、今度は口を塞がれてキスをした。長いキスが終わったと思ったたら壱哉は私の上からいなくなった。
「…っ、ん」
濃厚なキスは息もままならないくらいだったから、頭に酸素が回らなく、ぼぅっとして視線だけは彼を追いかけた。
「…ああ、行きなくねぇ」
壱哉は唸り声を上げながら大浴場へと向かって、私も、壱哉とのキスでその気になってしまったもんもんとした気持ちを振り払うためお風呂に入る準備を始めた。
***************
頭をお団子にして上げて、部屋にあった浴衣で指定された時間の5分前くらいに宴会会場に行くと、男性陣はすでにお酒を飲んで盛り上がっていた。
「もう?早くない?」
私の後にも呆れた顔の社員の家族がゾロゾロとやってくると、どこでも座っていいといわれた席だったけどそれぞれの家族や同伴者の近くに座ったので、私も壱哉の近くに座ることにした。
対面で3人ずつで6人は座れる長机が2つ並び、それが2列ある和室の宴会場は座布団の上に座って食事をする。すでに1人用の鍋が置かれて、鍋を支える鉄の器の中に蝋燭のような固形燃料があって火が着いていた。その周りには副菜や刺身、ご飯と空のコップ、机の中央には瓶ビールが置かれていた。
「おまたせ」
「ああ」
あぐらをかいて座る彼の横に私は座ると、壱哉も浴衣姿になっており、彼の座る席の後ろにはビニール袋に入った大浴場に持って行った荷物があった。
「…なんだ小脇、彼女に冷てぇじゃねえか」
「…勘弁してくださいよ」
同僚だけど壱哉よりも年上の人と同じ席らしく、その人がにやにや笑いながら揶揄うと、壱哉は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「もう、あんたは壱哉くん達を揶揄うんじゃないよ!」
そんな同僚を嗜めるのは、その家族の人で、今日の朝軽く挨拶をした人だった。
「まいちゃんも気にしないでね」
と、その流れで言われ、私は愛想笑いをした。
こうして始まった宴会は食べ終わった後もまだ飲み会は続いていたが、私は先に部屋に戻った。
壱哉が部屋に戻ってきたのは、日付の変わる少し前で、ギリギリまで飲んでいたらしくべろべろに酔っ払っていた。
私が横になっていたベッドに入ると、強烈なアルコールの匂いが私を包み、私を背後から抱きしめた。
「…んー、寝とる?」
「壱哉?」
呂律の回らない壱哉を見るのは初めてで、物珍しさに振り返って彼を見ると目を瞑っていた。寝たのかと思って、壱哉と向き合うように身体を動かすと、壱哉は私の首の下に手を入れ、もう片方の手で私の腰に手を回して、すーすー、と寝息を立てた。
「…寝たの?」
起こされた身としては壱哉が寝落ちしてありえないと思ったけど、壱哉の匂いに包まれて、心がほっと安心した。誰にも嫌な事はされていないし起きていないけど、知らない人と行動するのは疲れてしまっていた。お風呂に入ってリラックスしたかと思ったけど、それだけじゃ張り詰めていた気がなくなったわけじゃない。
──変なの
壱哉の寝顔を見るなんて何回かあったのに、今すごく癒されてる。キツイ眼差しが閉じるだけでキリッとした眉が男前の雰囲気を感じさせる。
そうだ、と思って、ベッドの横にあるスマホを取ると、彼の寝顔をパシャッと写真を撮った。
珍しく熟睡している壱哉の寝顔をしばらく眺めていたが、私もだんだん眠くなってきて、壱哉の胸板に頬を寄せて寝た。
***************
「…失敗した」
「まだ言ってるの?」
朝セットしたアラームで起きて、朝食の出される会場に向かう準備をしていたら、壱哉も頭が痛いと言って二日酔いの状態で起きた。
──どんだけ飲んだのよ
壱哉は普段家でも飲むけど、二日酔いなんてならないから昨日は言葉通り浴びるほど飲んだのかと呆れてしまう。
そして壱哉は朝からずっと失敗したと言っている。なんでも、宴会から抜け出して私と過ごす予定だったらしいが、結局最後まで飲んでしまったと話す。でもアルコールの匂いが強い壱哉と過ごしても、しょうがないから、これはこれで良かったのかもしれないと思うことにした。
帰りのバスの中では、ちゃんと夜寝れなかったのか、私の肩に頭を乗せて寝ていた。二日酔いだから眉を寄せて眠る姿に、壱哉の同僚達はトイレ休憩で止まった先で、通路を通り過ぎて私達を見て寝顔が怖いと苦笑する。
それでも起きないから、結局解散場所の会社に着くまで熟睡していた壱哉は、夕方会社に着いた時には薬と睡眠のおかげか顔色が幾分かマシになっていた。
「はー、まじか」
ぶつぶつ言いながらバスから荷物を取り出して、会社の駐車場に停めた車に買ったお土産を乗せた。
みんなにひと通り挨拶して車に乗り込むと、家へと帰ってこうして初の社員旅行は幕を閉じた。
それがいい事で、だんだん事故の前の自分に戻っているようで嬉しかった。
週に3日出勤するうち、必ず週に1日は壱哉と帰っていたし、なんなら私がスーパーに立ち寄って買い物をしていると、仕事が終わった彼が私のいる所まで来て一緒に帰るのが当たり前となっていた。
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そんな中、会社では1泊2日の社員旅行なるものがあり、私は入ったばかりだったが、壱哉の彼女ということもあり、一緒に同行することになった。
最初は1人で留守番をしようと思っていたのだが、壱哉が『まいが行かないなら俺も行かない』と、断ろうとしていた私に先手を打った。なんでも毎年ある社員旅行には、私と付き合う前から参加していたなら行けばいいじゃんと言っても、断固として1人で行くのに首を縦にしない。なので私も参加する事にしたのだ。
「いやー、疲れた疲れた」
全長9mほどの中型バスを貸切にして、木曜日の平日にも関わらず、会社の前で集合して、仕事をしないで朝早くから有名な温泉街へと出発した。金曜日に帰ってきて、そのまま土日は休みだ。
到着した時には10時を少し過ぎていて、軽く観光してから旅館に行く予定となっていた。
「まい、こっち」
「ああ、うん」
総勢20人の社員とその家族が揃うのは年に一度あるイベントで、ここで社員の絆をより深めるらしい。私は壱哉の同僚の人の奥さんや婚約者と、話せる仲になってほっとした。
──ここで壱哉の印象を悪くしたら嫌だし
なるべく愛想良くしていたのに、温泉街に近づくにつれ、壱哉の機嫌が悪くなるのがわかる。だけど、壱哉と毎日一緒にいないとわからないくらい微かな変化だった。
現場で働く社員の婚約者と話していた私を彼は呼ぶと、私は壱哉の隣に行った。
「…そばに居てって」
「ちゃんと仲良くならないと」
「そんなのはどうでもいい」
「良くない」
何度も同じ事を言われ、私も同じ返事をする。だが、私が彼の横にいったら壱哉の不機嫌も少しは改善した…のだが、女性軍に呼ばれたら彼のそばを離れると彼はまたむっつりと黙る。
壱哉の同僚の家族とはまた付き合いもあるだろうから、仲良くしようと思っているのに、なかなか上手く伝えられないくてヤキモキしてしまう。
そんなやり取りを何度かしていたが、次第に壱哉から呼ばれなくなり、彼は彼なりに他の同僚と行動を共にする事が増えた。
「…まいちゃん、これはね白いご飯の上に乗せて食べるとめちゃくちゃ美味しいのよ」
多分私が会社の新人で、壱哉の同伴者としては1番年下だからか、温泉街にあるお土産物の楽しみ方を教わるのが多くて、なら試しに買ってみようとオススメされた商品をカゴに入れていった。
実家の両親へのお土産もカゴに入れた所で、壱哉の親はどうなんだろうか、と思った。だけど壱哉の家族なんて知らないし、なんなら記憶喪失の前の私は彼の過去を知っていたのだろうかと疑問が頭をよぎる。
──私は距離を取りたがっていたから…多分知らないと思う…けど、全く知らなかったかと言われても分からないや
そういえば、私は家族と連絡を取って、その日あった出来事を壱哉に言っているが、彼の口から家族と連絡を取っている素ぶりを見せてない。私といる時はスマホでゲームをしたりしてるが、飽きたら私のそばにほぼいるし、会社にいる間に連絡をしているのだろうと、思うことにして壱哉の家族分のお土産をカゴに入れた。
「…すごい買ったな」
大きなビニール袋2つになって貸切バスに帰ってきた私を見て、バスの前で女性軍の帰りを待っていた壱哉は苦笑して2つとも袋を私の手から取り上げた。周りにいる壱哉の同僚も心なしか引いている。
「保冷必要なやつ買ってないから大丈夫だと思うけど」
さすがに最初に降りた所で、買いすぎたような気がして、気まずくも言い訳しながら壱哉に伝えると、
「まだ明日もあるのに、こいつが色々ススメたんだろ、ったく」
「まぁ!あなたもここの好きでしょ?…そんな事言うなら家でも食べさせないわよ!」
社長と社長の奥さんのやり取りが始まり、どっと笑いが起こる。幸いにもバスはトランクスペースが置けるから、私が買った荷物も楽々入るため、お土産の入った袋の口を縛り自分達の荷物の横に置いた。
「ほらっ、じゃホテルへ行く前にお昼を食べに行こうか」
思ったよりも、お土産屋を見て買う時間が掛かっていたらしく、すでに13時を過ぎていた。
ゾロゾロと中型バスに乗り込み、行きと同じ席に座ると、バスは出発した。
「…ごめん…壱哉気まずいよね」
「ん?いや?」
バスの前の列辺りの窓際に座って、私の右横に座る壱哉の顔に近づけて小声で謝ると、壱哉は特に気にしていなかったみたいだった。
2人の座席を仕切る腕置き場の下に手を忍ばせて、壱哉の太ももを触ると、彼は一度だけピクリと反応した。
今日は会社の人がいるから手も繋いでないため、いつもべったりしていた壱哉との距離感が上手く掴めないから、あえて離れたんだけど、私の方が寂しくなってしまって結局触ってしまう。
「……」
無言になった壱哉は腕を組むと黙ってしまったが、足をそのままにしていたから、触ってもいいのだと判断して壱哉の太ももの横に手を添え続けた。
バスで予め予約していた和食中心を出しているご飯屋に行くと、昼間だというのにアルコールも入っていく。このまま宿に戻るから飲んでも問題ないけど、夜に宴会をすると聞いていたから、まさかお昼から飲むとは思わなくて少しばかり驚いた。
そして、食事が終わって宿に着いた時には17時をすぎていて、各自割り振られた部屋に別れた。男女別で泊まるのではなく、家族または同伴者と泊まる。私と壱哉は、ツインベッドのあるビジネスホテルのようなシンプルな部屋で、宿って言われていたから和室かと思っていたけどそんな事はなかった。
壱哉は持ってきた着替えが入った荷物を近くのソファーと、買ったお土産をベッドのそばにあるテーブルに置くと、出入り口に一番近いベッドに座る。
私は壱哉の後ろに付いて歩いていたから、彼が座るとその横に座りながら腰に腕を回して抱きついた。
「…疲れたか?」
「ううん、平気」
彼は私の肩に腕を回して自分の方に引き寄せ、頭に口を付けた。
「宴会は18時からだから、先に風呂入るわ」
「うん」
多分壱哉が言っているのは、部屋に備えてつけられているお風呂じゃなくて、階数が上にある大浴場な事を言っている。多分、同僚にでも誘われていたのだろう。自分から私と離れると言うのは珍しい。
「まいは?」
「私はここのお風呂で…いい…んっ、っ」
聞かれたから顔を上げたら、壱哉に口を塞がれ、舌の絡まる濃厚なキスをされた。
「…あんま笑うなよ、他のやつが惚れちまうから」
「ははっ…うん」
みんな家族連れだし、そんなのあり得ないから可笑しくて笑ったのに、壱哉の眼差しが真剣だから思わず笑うのを引っ込めてしまった。
「…もう行くの?」
「ああ」
そろそろ行かせないといけないのに、壱哉の首の後ろに腕を回し、啄むキスを続けた。壱哉も私の肩に置いた手を背中を手のひらを這わせながら腰に置いた。
「そろそろ勃つな」
なんて言いながら彼は私をベッドへと仰向けに倒すと、首筋に顔を埋めた。壱哉の筋肉のついた太い腕が私の胸の上に置かれ、味見をするみたいにペロリと首を舐められる。
「…っ、するの?」
「んー、しない」
と言っているわりに、彼は私の上から退こうとしない。私もたった半日、日中そばにいるのに触れ合う事がなくて、離れがたくなってしまって壱哉の頭を抱きしめた。
「…そろそろ行くわ」
「うん」
「直接会場に行くつもりだから」
「わかった…私も時間になったら行くね」
別れの言葉を口にするのに、壱哉はなかなか私から離れようとしないから私は自分から離れるわけでもなく彼を抱きしめる。
やっと壱哉が顔をあげたと思ったら、今度は口を塞がれてキスをした。長いキスが終わったと思ったたら壱哉は私の上からいなくなった。
「…っ、ん」
濃厚なキスは息もままならないくらいだったから、頭に酸素が回らなく、ぼぅっとして視線だけは彼を追いかけた。
「…ああ、行きなくねぇ」
壱哉は唸り声を上げながら大浴場へと向かって、私も、壱哉とのキスでその気になってしまったもんもんとした気持ちを振り払うためお風呂に入る準備を始めた。
***************
頭をお団子にして上げて、部屋にあった浴衣で指定された時間の5分前くらいに宴会会場に行くと、男性陣はすでにお酒を飲んで盛り上がっていた。
「もう?早くない?」
私の後にも呆れた顔の社員の家族がゾロゾロとやってくると、どこでも座っていいといわれた席だったけどそれぞれの家族や同伴者の近くに座ったので、私も壱哉の近くに座ることにした。
対面で3人ずつで6人は座れる長机が2つ並び、それが2列ある和室の宴会場は座布団の上に座って食事をする。すでに1人用の鍋が置かれて、鍋を支える鉄の器の中に蝋燭のような固形燃料があって火が着いていた。その周りには副菜や刺身、ご飯と空のコップ、机の中央には瓶ビールが置かれていた。
「おまたせ」
「ああ」
あぐらをかいて座る彼の横に私は座ると、壱哉も浴衣姿になっており、彼の座る席の後ろにはビニール袋に入った大浴場に持って行った荷物があった。
「…なんだ小脇、彼女に冷てぇじゃねえか」
「…勘弁してくださいよ」
同僚だけど壱哉よりも年上の人と同じ席らしく、その人がにやにや笑いながら揶揄うと、壱哉は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「もう、あんたは壱哉くん達を揶揄うんじゃないよ!」
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「まいちゃんも気にしないでね」
と、その流れで言われ、私は愛想笑いをした。
こうして始まった宴会は食べ終わった後もまだ飲み会は続いていたが、私は先に部屋に戻った。
壱哉が部屋に戻ってきたのは、日付の変わる少し前で、ギリギリまで飲んでいたらしくべろべろに酔っ払っていた。
私が横になっていたベッドに入ると、強烈なアルコールの匂いが私を包み、私を背後から抱きしめた。
「…んー、寝とる?」
「壱哉?」
呂律の回らない壱哉を見るのは初めてで、物珍しさに振り返って彼を見ると目を瞑っていた。寝たのかと思って、壱哉と向き合うように身体を動かすと、壱哉は私の首の下に手を入れ、もう片方の手で私の腰に手を回して、すーすー、と寝息を立てた。
「…寝たの?」
起こされた身としては壱哉が寝落ちしてありえないと思ったけど、壱哉の匂いに包まれて、心がほっと安心した。誰にも嫌な事はされていないし起きていないけど、知らない人と行動するのは疲れてしまっていた。お風呂に入ってリラックスしたかと思ったけど、それだけじゃ張り詰めていた気がなくなったわけじゃない。
──変なの
壱哉の寝顔を見るなんて何回かあったのに、今すごく癒されてる。キツイ眼差しが閉じるだけでキリッとした眉が男前の雰囲気を感じさせる。
そうだ、と思って、ベッドの横にあるスマホを取ると、彼の寝顔をパシャッと写真を撮った。
珍しく熟睡している壱哉の寝顔をしばらく眺めていたが、私もだんだん眠くなってきて、壱哉の胸板に頬を寄せて寝た。
***************
「…失敗した」
「まだ言ってるの?」
朝セットしたアラームで起きて、朝食の出される会場に向かう準備をしていたら、壱哉も頭が痛いと言って二日酔いの状態で起きた。
──どんだけ飲んだのよ
壱哉は普段家でも飲むけど、二日酔いなんてならないから昨日は言葉通り浴びるほど飲んだのかと呆れてしまう。
そして壱哉は朝からずっと失敗したと言っている。なんでも、宴会から抜け出して私と過ごす予定だったらしいが、結局最後まで飲んでしまったと話す。でもアルコールの匂いが強い壱哉と過ごしても、しょうがないから、これはこれで良かったのかもしれないと思うことにした。
帰りのバスの中では、ちゃんと夜寝れなかったのか、私の肩に頭を乗せて寝ていた。二日酔いだから眉を寄せて眠る姿に、壱哉の同僚達はトイレ休憩で止まった先で、通路を通り過ぎて私達を見て寝顔が怖いと苦笑する。
それでも起きないから、結局解散場所の会社に着くまで熟睡していた壱哉は、夕方会社に着いた時には薬と睡眠のおかげか顔色が幾分かマシになっていた。
「はー、まじか」
ぶつぶつ言いながらバスから荷物を取り出して、会社の駐車場に停めた車に買ったお土産を乗せた。
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ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
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