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後輩の執着

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『そんなつもりじゃなかった』
どんなに恋人同士の甘いひと時を過ごす夢を見ても、先輩は夢から覚める前にいつもこの言葉を吐いて俺を絶望的な気持ちにさせる。
元々眠りは浅い方で、誰かが隣にいると息遣いや寝返りの気配が気になって熟睡出来ないタイプだった俺は、先輩──まいと一緒に眠るようになって、ぐっすり寝れるかな、ってぐらいになった。
まいの寝返りしたのを機に目を覚まして起き上がると、まだ日は上がっていなく部屋は暗い。タバコを吸おうと、いつも仕事から帰ってきたらポケットから取り出したタバコを、置いているローテーブルを見て思い出した。
──そうだ、まいがいるんだった
彼女の前ではタバコを吸わないようにしている、それは俺のタバコの匂いを嗅いで過去の記憶を今は思い出して欲しくないからだ。
まいが起きないようにベッドから降り、俺はローテーブルの上にある彼女のスマホを取り出した。

***************


幼い頃から両親は共働きで、学校から帰ってもいないのが当たり前だった俺は、学校の中でも素行の良くないヤツとつるむようになると、堕落的な日々を送るようになった。起きたい時に起きて、たばこやアルコール、誘われたら女を抱いた。だが、その生活も20歳はたちを過ぎると飽きて、アルバイトをして少額ながらも自分で稼ぐようになると、1時間で得られる最低時給がバカらしくなる。いつしかいかによく効率的に稼げると考えるようになり、他の求人を見ては、もう少し稼ぎたいと時給のよい職を転々とするようになった。ただ稼ぎは順調に良くなるのに、その後のお金の使い道なんかあるわけではないから、ものに執着もしないし貯まっていく一方だった。
自然と仕事があるから昔の友人とも疎遠になり、起きて仕事に行き、終わったら帰って寝る、その繰り返しになる。
まいと出会ったのは、俺が高校卒業してフリーターとしてあちこち働いた後に入った、その中でも時給のいい遅番の居酒屋でバイトした時だった。俺よりも居酒屋の職歴が長く、俺の新人教育係として先輩は俺の指導に入った。最初は笑うと可愛い人だな、ぐらいの認識だったが、次第に先輩に恋するようになったのは必然だった気もする。
常に何事にも無関心で、返事もやる気のない聞いているのかいないのかわからないような俺なんかにも優しくして、困っていたら手を差し伸べてくれる。気配りも出来るし、接客業なのに愛想ひとつ振りまけない無愛想だった俺に、酔っ払いからのイチャモンを先輩は守ってくれた。それが新人教育係の務めだからと何度言われても、俺に優しくしてくれる先輩の事を独占したいと思うようになったのはいつからだったのか忘れた。
──今まで誰にも優しくされなかったから、私に執着するのよ
俺の常軌を逸する行動を目の当たりにし、先輩は俺を突き放すために、わざとキツイ言葉を発するようになっていたが、彼女が俺から離れてしまうと感じた俺は、より一層先輩に執着をする結果となった。
先輩は俺を拒絶するかのようになり、出会った頃は茶髪だった髪を金髪へと変え、スカートの出勤が多かった服装から目を見張るような色の服装へと変貌していく。
──あの時は笑ったな
そこまでして俺から離れたいのか、と一瞬頭をよぎったが、先輩が俺のためにこんな格好しているのかが可愛く、俺を意識しているとポジティブに捉えた俺は嬉しくてしょうがなかった。
『いずれは俺の元へくればいい、だが男がいるのだけは許さない』
まるで恋人のように彼女を扱うと、先輩は最初の頃は俺の行動に戸惑っていたのに、彼氏でもないのに!と溜まっていた鬱憤を爆発させるようになった。
仕事を辞めても先輩との関係は続き、SNSのメッセージが届かないようにブロックや着信拒否も出来るのに、先輩はしなかった。今思うと怖かったのかも知れないが、あまりにも既読スルーが続くと──といっても数時間の猶予しか与えてなかったが、どんなに仕事で遅くなっても先輩の所へ返事がない事を伝えに会いに行った。
次第に先輩は彼氏を作らなくなり、飲み屋の仕事からアパレルへと職を変えた。先輩のいない仕事は酷くつまらなくて、連絡先も交換したから、俺は以前と同じ金を稼ぐ事に戻った。それが今の職場で、まいに教わった居酒屋で培った対人スキルのおかげで今も問題なく過ごせてる。

全てが変わったのは、まいが事故に巻き込まれた時だ。
俺はまいを自分のものにしなかったのを死ぬほど後悔し、彼女をこんな目に合わせたヤツを殺したくなった。彼女が死ぬなら俺も死ぬと固く誓い、毎日先輩の容態が気になって、身体を引きずるようにして仕事をした。毎日病院へと通って、当たり前だが病室には入らせてもらえなかったが、まいの友達はお見舞いを結構な頻度でしているとわかると、俺は彼女の親友に近づいた。
まいの親友は俺のことを、まいに恋する少し困った後輩と認識していたから、親友に全てを告げてないんだな、とまいの人の良さがここでも伺えた。
優しそうなまいの両親にも気の利く好青年として偽って取り入り、信頼を得たら、まいを自分のものにした。
──まいの記憶が戻ったら、きっと怒り狂うな
まいが俺に怒りの感情をぶつけ、罵詈雑言を浴びせられても…それでもいいと思った。一度触れたらもう、甘美なひと時は俺の身体が覚えてしまって、手放す手放さないなどの選択肢などはなっからない。
キスをすれば柔らかな唇は甘い吐息を出し、身体に触れたら甘い声で俺の頭の中を沸騰させる。蜜を啜ればこの時間が止まればいいと、本気で思う。


そんな時、彼女と俺の関係を知る人物を見かけ、その後に親友と会うと言われたら──俺は彼女を失いそうで怖くなり、無理矢理会う約束を取り付けたのだ。
顔認証となっているスマホの画面をタップして、まいの顔に向けると、高性能なスマホは暗闇の中でもまいを認識した。
慣れた動作でスマホのSNSのメッセージアプリを開いて友人のやり取りを見て、修理したこの・・スマホに過去でやり取りした俺の痕跡があるかを入念に調べた。
「…おっと…これは」
まいのスマホには一緒に撮った写真や食べ物の写真が多数占めていたが、これはこの間代替えスマホでチェックしたから、指を上から下へスワイプしてどんどん視界から消していく。
記憶を消した彼女との思い出が始まった5月以前の写真があるのを見つけ、1枚だけ俺とのSNSのメッセージアプリのやり取りのスクショを見つけた。
──これをスクショしたのか
声に出なかったが、まいがなぜこの画面をスクショしたのか不思議だった。これだけのスクショ画面を見れば、俺がまいに怒っているみたいだが、このあと俺が送ったメッセージは多分、好きとかそんな事を送った気がする。まいを詰るメッセージの後はいつも、愛の告白をするのだ。
『それはね、DV男の言動そっくり!』
相手を傷つける酷い言葉と暴力の後に、好きとか泣くとか許しを乞う行動は典型的なDVの症状だと、以前まいが言っていたのを思い出した。だが、俺からしたらまいの方が酷いと思うんだ。こんなにも愛してるのに彼女は俺に冷たくするんだから。
ひと通りまいのスマホを弄り終わると、俺はスマホの側面にあるボタンを押して画面を暗くした。
「…まい」
スマホを元々あったローテーブルの上に置いて、まいの眠るベッドに入ると、俺は彼女を抱きついた。
──俺がまいを恨んでいると勘違いしなければいいが
まいの鎖骨に唇をつけて瞼を閉じると、俺は彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込み、ゆっくり吐いて心を落ち着けた。
──早くまいと一つになりたい
最後の一線を越えないのは、まだ彼女の中で俺は"仮"の彼氏だからだ。だが、それもそろそろ終わる。まいの周りには雑音が多過ぎる。俺も知らないヤツに、まいを取られたくない。そのために俺は、今まいとの旅行を計画しているのだ。
初めて・・・は海の見えるホテルで部屋で篭って、誰にも邪魔をさせない。豪華な夕食でロマンチックな雰囲気を演出させて──だが、これは俺がまいを離せたらの話だ。可能性は低いと思うが、ダメだったらルームサービスでもいいと思っている。それとも、まいは海より夜景派だろうか。それならホテルの選別から入らないといけない。
──12月にするか?…いや、俺が12月まで待てない
今でさえも、まいと夜一緒になると、先っぽだけを入れたいと欲望が先走りそうになるのを我慢しているのに、2か月も待てないと自分で自分を否定する。
──まい、早く一緒になろう
金ならあるし、稼ぎも過去最高を記録している。これならまいの両親も、交際を納得するだろう。まだ記憶喪失なんだから、そう焦る必要はないと思っているが、まいの仮でも彼氏になれた喜びで、自分の気持ちを押し進めて暴走してしまいそうだ。
──やっぱり旅行は来月にしよう、これ以上は待てない
甘く切なく鳴くまいの眼差しと、恥ずかしいのか赤くなる頬と潤む瞳に見つめられ、薄らピンク色になる身体と、どこを舐めても美味しい柔らかな肌。俺が背後から己の昂りをまいのお尻にくっつけると、背中がしなやかに動いて俺を煽っているようだ。今日は特にヤバかった、何度彼女の中に入れようとしたことか。
まいの身体を知った今、俺はもうたとえ彼女が俺との記憶を思い出して、俺を拒絶したとしても力づくで手中に収める。
──俺なんかに優しくするからだよ、まい
誰も俺に優しくしてくれなかった、友人も女も過去に関わった人も、そして親さえも俺の変化に戸惑って距離を置かれた。丁寧な指導が仇となって、こんな厄介なヤツに執着されるまいが可哀想だと思う。だが、俺には
──まいがいないと、俺の人生は無意味になったな
気持ちは通じ合っていないのに、ただ隣でまいが寝ているだけで満ち足りたこの気持ちはなんだろうか。この気持ちの答えは出ていない。きっと両思いとなったら全てが上手くいって、俺はもうなんだってできるようになる気もする。
彼女の匂いに包まれ俺は、幸せな夢を見るために、ゆっくりと眠りについた。
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