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プロローグ

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「アリカ様は本当に、美しいですわね」

春の社交界デビューが終わってからひと月後のある日。
成人する貴族の子供達が、舞踏会が行われた社交場で声を掛け合い繋がりを持とうとしていた。
私ーーアリカ・シュワルツは、この春社交界デビューを果たした18歳のシュワルツ公爵家の長女だ。
太陽の日差しでキラキラ輝く銀色の長い髪を青いリボンでポニーテールにし、誰もが羨む小顔に銀色の眉毛とまつ毛、碧眼の瞳は宝石のように輝き見るものを魅了する。ぷっくりと瑞々しい唇はチェリーのように赤く、紡ぎ出す声は美しい鈴の音色で、聞き惚れてしまう。
今日は舞踏会で挨拶した令嬢に招き入れられ、お茶会へと出かけた。公の行事ではなく親睦を深めるためなので、堅苦しいドレス姿ではなく、白いブラウスとプリンセスラインの青いワンピースで頭のリボンと同じ色だ。白い靴下と黒い靴を履いている。
本当は社交場では両親に、友達よりも結婚相手を探すように言われていたのだが、何故か私と目が合うと殿方はそそくさと背を向けると逃げてしまうのだ。アリカは自分が美しいという事をわかっていないのだ。
周りから褒められるのは社交辞令と受け取っているのは、アリカの両親の見た目が、それはそれは容姿端麗だからだ。親の顔を見て育ったアリカは、彼らの髪と瞳の色を受け継いだだけの自分は普通の人だと認識してしまった。それもそのはず、その両親も弟も自分達が美しいなどと微塵も思っていないからだ。


「アリカ様は本当に、美しいですわね」

先程と同じ言葉をまたかけられて、アリカは戸惑ってしまう。
ーーここは、ありがとうございます。でいいのかしら、それとも、そんな事はございません。の方がいいのかしら
目の前にいる令嬢ーーユルア・ムーゲル公爵令嬢に誘われて、屋敷にやって来る所までは良かったのに、
『お天気がよろしいので、外でお茶会をしましょう』
と言われ、かれこれ1時間ずっと容姿を褒められているのだ。もちろん嬉しい事なんだけど、学業以外で褒められた事のないアリカは、何か意図があるのかと勘繰ってしまう。
「ありがとうございます、ユルア様にそう言って頂けて光栄でございます」
となんとか絞り出した言葉に、ユルアは満足して紅茶を飲む。私以外にいないこのお茶会で、白いテーブルに所狭しに並べられたお菓子やケーキ、カップも一流品で持ち上げる度に緊張してしまう。

ーーだって、他人の家の陶器を割ったら…

お金にシビアな財務大臣も務めるシュワルツ公爵は、今日招待されたムーゲル公爵家がお客様に出す食器やカトラリーなどの情報を得ておおよその金額を算定し、ひとつでも傷を付けたらお小遣いから引き抜くと出発前に言ってきたのだ。

ーーうぅっ、お父様ったら酷いわ、私だってもうお転婆期は過ぎたのよ

小さな頃から木登りや鬼ごっこが大好きだった私に手を焼いていた使用人達にも、両親や弟にもたくさん迷惑をかけたけど、流石に人様のお家で暴れたりしない。
ーー家庭教師の先生の太鼓判も貰ったし!ちゃんと常識を身に付けたしね!
そんな事を云々と思っていたら、ユルアが紅茶のカップを置き真剣な表情で口を開いた。

「…アリカ様は、仮面舞踏会って知っているかしら」
「…仮面舞踏会…ですか?…聞いたことは…ありますが」

ーー仮面舞踏会

それは成人した紳士淑女が、一夜限りのダンスや交流を楽しむ娯楽。その舞踏会に参加するにあたり必須なのが顔の半分を隠す仮面。
舞踏会が行われる場所により仮面の種類は変わり、参加者のみに配布される仮面は身につける事で参加券としての役割も果たす。
しかし、実際には都市伝説的な位置付けだと思っている私に別次元の話だ。
ーー仮面舞踏会、本当に踊るだけ…なのかしら

そんな私の疑問が顔に出ていたのか、ユルアがにっこりと微笑んで頷く。
「一夜限りの時間を過ごす…成人を迎えたばかりの紳士淑女用の初心者向けの催しが来週あるのですが、是非アリカ様と行きたいのです」
「私…とですか?」
「ええ、お兄様に社会勉強として参加の仮面を貰ったのはいいのですが…1人じゃ行く勇気もありませんし…アリカ様となら初心者同士一緒に…行きませんか?」

ーーなぜ、仮面舞踏会に行かないといけないのかしら………でもココで断ったら公爵家同士の仲が悪くなってしまうのかな……それだけは避けたい。お父様達に新しく出来た友達と仲違いしたと知られたら、また我慢が出来てない子供と言われてしまうわ。


しばらく悩みぬいた末、

「はい、是非行きたいですわ」

とアリカは仮面舞踏会に行く事に決めたのだった。

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