強面騎士団長と転生皇女の物語

狭山雪菜

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皇族

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「お姉様、最近具合はいかがでしょうか」
にこやかに笑う第二皇子ーー弟が私の部屋のソファーで優雅にお茶を飲んでいる。若干目の下のクマが濃い気がするのは、執務をしているからなのかもしれない。
「…良くないわ、だから屋敷へ戻して」
ムッと投げやりになってしまうのは、この弟は私の話を全く聞いていない事を私は知っているからだ。
「ここは国1番の名医が居る城ですよ?屋敷に戻っても、しょうがないでしょう」
私がどんなに屋敷に戻りたいと言っても、弟はこの城以上に素晴らしい場所はないと私の言葉を遮る。
「…で、私はいつまでこの部屋に居ればいいのです?」
「…そうですね…間もなく父から呼ばれますよ…そうだ、この間お姉様が好きそうなーー」
と話を変えられて、もう同じ質問をしても答えてはくれないだろう。
ーーっていうか、サーシャの弟ヤバくない?!なんでこうも話を聞かないの?えっ…私が気にしているだけっ?!
と混乱する事もあったが、夜にトラヴィ様に会うと、
「けしからん」
と怒っていたから、やっぱり弟がおかしいんだな、と自分の感覚が間違ってなくてホッとした。
トラヴィ様と夜を一緒に過ごす事で、彼は私の精神安定剤になっていた。程よく疲れた身体でぐっすり眠れて、日中のストレスを軽減してくれる。屋敷では自由に歩き回ったり、庭園の散歩やスミレやロヨと話したりしていたのだが、この部屋の侍女は無口で必要最低限しか話さないので、一日がとてもとても長く感じるのだ。



***************


「サーシャ、城内で過ごしてどうだ」
「…大変過ごしやすくなっております」
皇族のみが使用する事が出来る専用の大広間で、一家全員が揃っている。細長い豪華なテーブルの上座に父、その父の斜め横に母、弟と、なんと兄も居る。その兄の横には6歳と4歳の幼い甥っ子達が座っている。
ーー大人の席に大人しく座ってる…賢い
みんなが神妙な顔をしているからなのか、眉を寄せて口をへの字にしている。可愛くて持参した扇子を口元で隠して、顔が緩むのを見られないようにする。
「陛下、私は自分の屋敷へ戻りたいですわ…既に結婚している身、理由もなく屋敷に戻らない妻を持つ夫の騎士団長の名誉が傷つきますわ」
遠回りに優しく諭しても、無駄だとこの数週間で学んだ私は、単刀直入に伝える事にした。
「おっ、お姉様っ!」
顔を青ざめる弟は、彼の横に座っている私を見る。
「…うむ、しかしサーシャ」
父ははっきりと言われるとは思って居なかったのか、少しだけたじろぐ。
「陛下、少しはサーシャの話を聞いてみたらどうです?」
すると今まで黙っていた兄が助け舟を出してくれる。
「…あなた、聞いていた話と違うわ」
そして母も私の顔を見て、心配そうな顔をする。
「…サーシャ、ではお前の気持ちを今話せ」
母と兄に促された父は、私にそう告げる。
ーー今正直に言わないと、一生トラヴィ様と居れない、建前を捨てて、自分の気持ちを
扇子を持つ手に力を込めて、ぎゅっと握りしめる。

「…結婚した当初は…それは…混乱して薬を飲んでしまったのは事実です…しかし、徐々にトラヴィ様と過ごしている内に、彼の優しく頼もしいお姿に惹かれておりました…いえ、愛しておりますわ、誰よりも」

私の断固とした想いに、みんなが黙っている。
「陛下、私はもうトラヴィ様が居ないとダメなんです…もし許してくださらないのであれば…死を…選びますわ」
これだけは、言わないつもりだったけど、抜け殻みたいに生きて、いつかトラヴィ様に他のひとが出来たと知ったら、発狂してしまう。だからこそ、どうしても彼の横に、おじいちゃんおばあちゃんになっても一緒に居たいのだ。
「…うっ…嘘だっ!お姉様は騙されているっ!言っていたじゃないか!彼の事が怖いと!だから、僕はっ…僕はお姉様に薬をっ」
突然立ち上がった弟は、頭を抱えて叫ぶような大きな声を出していた。
「…薬、どういう事だ」
弟の声に兄が反応して、低い声で問い詰める。
「…あ…それは」
自分の失言に気がついたのか、弟はワナワナと手を震わせ口元に手をやる。
「貴方…まさか」
母も驚いて目を見開き弟を凝視している。
「どういうつもりだ…姉を殺害しようとしたのか」
父も怒りの声を出し、立ち上がった。
「お父様っ…いや陛下っ誤解です…これはっ」
父に問い詰められ焦る弟は、椅子に座って自分を見る家族の視線に気がついた。
「…お姉様が散々僕の好きなルナと関わるなと言ったから、ちょっとした悪戯だったんだ…結婚初日に緊張が解れるように渡した薬を、本当に飲むとは思ってなくて」
ドスッと椅子に座った弟は、観念したように結婚した際の出来事を話し出した。
「弟から貰った物を疑いもせずに飲むのは当たり前だろう!」
兄が弟を強い口調で叱咤する。
過去皇族には暗殺など暗い歴史があったけど、私達はギスギスもしていないし、盛んな交流もあったから絶対的な信頼感があった。
「…そこまでして…私が嫌いだったの…?」
ポツリと溢れた言葉に、シンと静まった室内。
「…違う…お姉様が散々ルナと離れるように言っていたのに、お姉様自分は幸せになるのかと…悔しくなったんだ…お父様やお母様からも反対されたからルナとの結婚は無くなったけど」
ギッと睨んだ先は父と母だったけど、母は冷めた目で弟を見返した。
「…それはそうよ、皇族になるにはそれなりの品位と知性が必要だもの」
あっさりと弟の言葉を封じた母は、私の方を見て表情を和らげた。
「…サーシャ…貴方は今幸せかしら?」
そう問いかけられ、涙が溢れてくる。
「…はい…はいっ!もちろんですっ!」
胸がいっぱいでそれしか言葉は返せなかったけど、母は頷いた。
「陛下、サーシャを騎士団長の元へ返してください…娘の気持ち…幸福が一番大事ですわ」
母が父に意見を述べるのは、珍しく私の気持ちを後押ししてくれる。
「うむ…そうだな」
父は私の顔をじっと見つめ、嘘偽りないか確認すると、トラヴィ様の元へ帰る許可をくれた。
「しっ、しかし!お父様っ!」
なおも、異論を述べようとする弟に、父はひと睨みした。
「…お前の意見など聞いとらん、処分は追って知らせる、その間公務に出る事は許さん」
そう言って、扉の外にいる護衛に弟を連れ出すように命令をした。


***************


「…サーシャすまない、弟の意見ばかりに注目してお前の気持ちを無視してしまった」
父と母に直接謝られた私は、顔を横に振って笑顔を見せた。
「いいえ、私もちゃんと言わなければいけない所で黙ってしまい…申し訳ありません」
蟠りが無くなった訳じゃないけれど、私のトラヴィ様への気持ちが2人に伝わったのは、いい事だと前向きに考える事にした。


「…災難だったな、サーシャ」
「…お兄様」
父と母が居なくなり、兄が私のそばにやってきた…甥っ子達を連れて。
「サーシャ様っ、相変わらずお美しいです」
目をキラキラと輝かせ、満面の笑みで私を褒める兄の子供に、嬉しくなる。
「ありがとう」
にっこり微笑むと、6歳の皇子は真っ赤になる。
「僕も僕もっ」
と、ヤンチャな4歳の皇子は、私の周りをぐるぐると走り回り、私を綺麗と楽しそうに言う。
「こらっ!走るなっ!」
注意する兄は、立派なお父さんの顔だ。
「…サーシャ、もう帰れ…屋敷にな、あの騎士団長とは昨日会ったとは思うが」
屋敷に戻ってもいいと言われて喜ぶと、すぐにトラヴィ様との逢瀬を知られ顔が青ざめる。
「えっ…あっ、それはっその!違うんです!」
にやっと笑った兄は、
「…俺が許可したんだ、毎日顔を見せろとな、騎士団長と会っていなかったら、今よりも酷い顔だったろ」
夜は寝れてストレスは軽減されても、食事が喉を通らなくて何にもする気が起きなかった事を、兄は気がついていた。
「…お兄様」
また涙が出そうになって俯くと、4歳の皇子が、
「あー!パパが泣かせたー!」
と大騒ぎをして、その声にバンッと大広間の扉が開いた。
「サーシャさんっ!どうしたのっ?!」
現れたのは、間もなく出産を控えた兄の奥さんでーー
「違うっ!俺じゃないっ!」
と珍しく狼狽える兄に、私は笑いを堪える事が出来なくなってしまったのだった。
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