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皇女の夫3

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サーシャが眠ってしまったタイミングで、一度部屋から出なければいけなかった。
ーーちっ…こんな日にあの人・・・と会わなければいけないなんて
心の中で悪態をつき、スミレがいる部屋の外へと出た。
休みはサーシャと過ごすと決めていた。もちろん仕事もなるべく残業がないように調整もしていた。
だが、サーシャが目覚めてから幾度となく屋敷へ送られて来ていた皇族ーー主に弟からの手紙を、先月サーシャが見てしまったのだった。
サーシャの両親ーー国王陛下と王妃は、サーシャを大事に育てていて、深い愛情を持っていたので、サーシャが目覚めてから贈られてきた手紙や品物はサーシャへ届けるようにと、ロヨやサーシャ専属侍女のスミレには伝えていた。
しかし、反対にこの2人・・・・以外の皇族及び他の差出人の場合は、俺の元へと一度送るように指示していた。皇族ーー特にサーシャの弟の手紙は、サーシャに直接会って謝罪したい旨が書かれていた。ロヨに、まだ体調は万全じゃない、とオブラートに包んで返信を出してもらうまではよかったが…手紙が送られてくる頻度が多くなると、どういうつもりなのか問い詰めたくなってきた。
ーーサーシャの忠告を無下にした無能な弟
サーシャを苦しめた瞬間から、弟への俺の印象は変わらない。婚約者がいる身の、将来国王陛下になる可能性のある男が、感情を露わにし自分の愛を貫くと、当時は社交界の格好のネタとなっていた。婚約破棄された哀れな令嬢は、国王陛下と王妃の計らいで隣国の王族と婚姻を結んだ。そして、弟は公爵家、侯爵家の令嬢ではなく、男爵家の令嬢ーールナと言っていたか、結婚するかと思われていたが…俺たちの結婚式後にあっさりと別れて、今や夜会や公務も参加せずに執務に追われている。
ーーまあ…実質謹慎だな
弟の待遇など、俺にとってはどうでもいい。サーシャと過ごすはずだった休日を、彼女に休日出勤と嘘をついて約束の宿まで毎週通っている。しかし宿に到着すると毎週必ず、外せない執務が増えた、行けそうにないと連絡を受けて、怒りのまま騎士団本部へと赴き、部下の稽古で怒りを発散させていた。
ーーサーシャは誰かと愛し合っていると、誤解していたが…
サーシャへの口づけの時間は何よりも楽しみで優先される事柄だったが、いつからかそれだけじゃ満足しなくなっていた。彼女のそばにいるだけで幸せだったはずが、誰にも見せたくない、誰にも触れさせたくない。と、沸々と湧き上がるどす黒い感情に、手が追えなくなっていた。
キスはしたい、だが…満足出来ない自分には勝てずに、いつか彼女を抱いてしまうと、自分をセーブする事でやり過ごそうと思っていた。
ーー嬉しい誤算だったが…そうだ、この密会が終わったら彼女と数日一緒に過ごそう
と、イライラしていた気持ちをサーシャと過ごす計画を立てる事で、気持ちを切り替えた。


**************



「…毎回約束を違えて申し訳ない」
指定された312号室の部屋から他の部屋へと変えた俺に文句を言うわけでもなく、ソファーに座り頭を下げて謝るサーシャの弟を、対面のソファーに座って見ていた。
騎士団員みたいに鍛えていない身体は薄っぺらく、決闘したら吹き飛ばしてしまいそうだ。彼女に似た銀色の髪だけがフードを被った隙間からチラッと見えるが、俺の目にはサーシャ以上の美しい銀色の髪はいないだろうと、すぐに興味を無くした。
「…出来ぬなら、もう少し前に知らせて欲しいものですが…何故そんなにもサーシャに会いたいのですか」
なるべく落ちついた声を出し、眉を寄せるのもやめた。騎士団長という立場というのもあるが、腐っても皇族だ。彼女の夫となった今、彼女の弟でもある彼を無下には出来ない。
ーーこれでも義弟だしな
「そちらは申し訳ない、手配が後回しになってしまった」
時折城内で見かけた時も思ったが、忙しいのか頬がこけて目の下のクマが濃い。
「それで、サーシャに直接謝罪したいとの事だが…?」
彼の状況など今は知ったこっちゃない、早くサーシャの待つ部屋に行きたいがために、世間話をすっ飛ばして本題に入った。
「姉には大変な迷惑を掛けたのと…そのせいで結婚させてしまった事…申し訳なく思っているんだ」
ーーほぉ、俺に面と向かって"こんな男と結婚させて申し訳ない"と
一気に纏った空気が一変し、ピクピクと動く片眉にも他人の感情の変化にも気がつかない義弟をどうしようかと、思案する。義弟の背後に控えるメガネの秘書は、突然変わった空気を察したのか汗をかいて青ざめている。
すると、コンコンと控えめなノックが聞こえ、義弟が入室を許可すると、俺の直属の部下が入ってきた。入室前に一礼して、俺のそばに寄り耳元で『目覚めました』とひと言告げられれば、もうこの密会はこれで終わりとなる。誰が目覚めたのか、最早説明は要らない。
「…すまないが、急用が出来た…日程などは後でこちらから」
それだけ一方的に告げて、振り返る事もなく密会の部屋を出たのだった。

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