強面騎士団長と転生皇女の物語

狭山雪菜

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転機

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目が覚めて、リハビリしてすごした日々が終わって、早くも10ヶ月が経とうとしていた。トラヴィ様と結婚して1年。
トラヴィ様とは、良好な関係になっていると思う。毎日顔を合わせて、一緒に眠る。
ーーその前にキスもするけど…濃厚なヤツ
目の前の手には、たった今執事のロヨから受け取った、彼が贈ってくれた一輪の薔薇の花。メッセージカードには、『今日は冷える 厚着をするように』と、添えられた無骨な文字で書かれている。
ふふ、と笑うと、周りにいるロヨやスミレや、他の使用人達も微笑ましいと穏やかな時間となる。
そんな日々を過ごしていたのだけど、平穏な日々も突然終わりを迎えた。


**************



ある晴れた日、
「奥様、こちらの商品は絹の生産地の最高品質の…」
貴族御用達の老舗の商人が屋敷へとやってきては、仕入れた商品の販売のために、熱心に説明をしている。
屋敷のそばのサロンで、スミレが淹れた紅茶を飲みながらその話を聞いていた。
ーーう~ん、あんまり欲しいとは思わないなぁ
と勧められた商品をチラッと見て、興味をなくしサロンの外の風景を見る。
「で、でっ、では、こちらは…」
と大荷物の中から次々に、補佐と共に商品を取り出しては紹介をしている。
「奥様、お茶のおかわりはいかがでしょうか」
いつの間にか空になっていたカップに注がれた太陽の日差しで、宝石のようにキラキラ光る赤い液体に、魅入られてしまう。
「…奥様」
儚げな雰囲気を漂わせ、紅茶に視線を落とすサーシャに見惚れて言葉を詰まらせてしまう百戦錬磨の商人とその補佐。そんな2人の事など気にもとめていないサーシャは、ため息をついた。
「…悪いけど、もういいわ、疲れたから休みたいわ」
そう言って立ち上がると、彼らの横をすり抜けサロンから出て行ってしまう。
ロヨもスミレも奥様の行動に驚きもせず、ロヨは驚いている来客の退席を促し、スミレは奥様のあとを追いかけた。



ーー気分が悪い…
スミレに適当な用事を頼み、一人きりになると訪れる嫌な感情。先日届いた手紙の中に、トラヴィ様と結婚する事となったきっかけを作った弟からの手紙も入っていた。いつもなら仕分けしてあるはずの手紙を読んでしまったのには、訳があった。
新人メイドが私の手紙の束とトラヴィ様宛の束を間違えて持ってきてしまい、宛名など見ずに開けてしまったのが原因だ。幸いにも3通ほど開けた手紙は、トラヴィ様のお母様で近く会いましょう、という内容と、トラヴィ様の元部下からの季節の便り、そしてーー弟からの手紙だった。弟の字で書かれた手紙を読み始めてすぐに固まった私を見て、間違いに気がついたロヨがすぐに私から手紙を取り上げなかったら、この思いはもっと私を苦しめただろう。

『姉様、将来皇帝となる僕に意見を言うなんて』

と最後に会った時に言われた言葉が、一瞬で蘇りフラッシュバックする。私の・・意思なんてその場になかったのに、深く頭に刻み込まれているのには、多分初めて言われた言葉にショックを受けたのとあの侮蔑の眼差しを向けられた事が大きいのだと思う。
手紙の内容はよく分からない…頭で理解するよりも前に身体が金縛りにあったように身体も思考も停止したから。
その日の夜に帰ってきたトラヴィ様は、誤って手紙を受け取った事と勝手に読んだ事を素直に伝え謝ったが、
「サーシャが気にする事じゃない」
と逆に優しい言葉をかけてくれ、反対に管理不足でロヨからも新人メイドからも謝罪された。
結局どの攻略対象のルートに行こうが、私はもう断罪を(今はそう思っていないけど)受けたから、これ以上何かあるわけじゃないと思う。
しかし、弟からの手紙が届いているという事実に驚きと恐怖しかない。きっとサーシャは、仲がいい方だと思っていた弟との出来事をきっかけに、軽い人間不信となったのだろう。心を閉ざして粛々と結婚を迎えたに違いない。
ーーだからってサーシャの行為を肯定するつもりはないけどね
そんな事を思っていると、意外と早く用事を済ませたスミレが部屋に戻ってきて1人の時間が終わりを告げた。
最近…特に思うことがある。それは、
ーー1人になる時がほぼない
最初は気のせいかと思っていたが…特にこうして部屋で1人物思いにふけっていたりすると、必ずスミレかロヨがいた。一度すぐに終わらなそうな用事をスミレにお願いしたら、私しか居なかった部屋にロヨがやってきて、届いた手紙を持ってきたり、急ぎじゃないのに屋敷の書類を見せて、どうしますか?と決断を促された。普段ならトラヴィ様と一緒にいる時にしか見せない書類だった。
だからさっきもスミレに用事を頼んだが、大変な用事だとすぐにロヨが来てしまうため、ほんの数十分でもいいから1人になる時間を作りたかったのだ。
人の気配があると、考えが上手くまとまらないと言うか…でも結局は何にも考えられないし、一人きりでいるとよりマイナス思考になってしまって、誰かそばに居てくれる有難さも感じている。
ーー本当、矛盾した考えだ…
私はスミレにバレないように、こっそりため息をついたのだった。


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