11 / 25
転機
しおりを挟む
目が覚めて、リハビリしてすごした日々が終わって、早くも10ヶ月が経とうとしていた。トラヴィ様と結婚して1年。
トラヴィ様とは、良好な関係になっていると思う。毎日顔を合わせて、一緒に眠る。
ーーその前にキスもするけど…濃厚なヤツ
目の前の手には、たった今執事のロヨから受け取った、彼が贈ってくれた一輪の薔薇の花。メッセージカードには、『今日は冷える 厚着をするように』と、添えられた無骨な文字で書かれている。
ふふ、と笑うと、周りにいるロヨやスミレや、他の使用人達も微笑ましいと穏やかな時間となる。
そんな日々を過ごしていたのだけど、平穏な日々も突然終わりを迎えた。
**************
ある晴れた日、
「奥様、こちらの商品は絹の生産地の最高品質の…」
貴族御用達の老舗の商人が屋敷へとやってきては、仕入れた商品の販売のために、熱心に説明をしている。
屋敷のそばのサロンで、スミレが淹れた紅茶を飲みながらその話を聞いていた。
ーーう~ん、あんまり欲しいとは思わないなぁ
と勧められた商品をチラッと見て、興味をなくしサロンの外の風景を見る。
「で、でっ、では、こちらは…」
と大荷物の中から次々に、補佐と共に商品を取り出しては紹介をしている。
「奥様、お茶のおかわりはいかがでしょうか」
いつの間にか空になっていたカップに注がれた太陽の日差しで、宝石のようにキラキラ光る赤い液体に、魅入られてしまう。
「…奥様」
儚げな雰囲気を漂わせ、紅茶に視線を落とすサーシャに見惚れて言葉を詰まらせてしまう百戦錬磨の商人とその補佐。そんな2人の事など気にもとめていないサーシャは、ため息をついた。
「…悪いけど、もういいわ、疲れたから休みたいわ」
そう言って立ち上がると、彼らの横をすり抜けサロンから出て行ってしまう。
ロヨもスミレも奥様の行動に驚きもせず、ロヨは驚いている来客の退席を促し、スミレは奥様のあとを追いかけた。
ーー気分が悪い…
スミレに適当な用事を頼み、一人きりになると訪れる嫌な感情。先日届いた手紙の中に、トラヴィ様と結婚する事となったきっかけを作った弟からの手紙も入っていた。いつもなら仕分けしてあるはずの手紙を読んでしまったのには、訳があった。
新人メイドが私の手紙の束とトラヴィ様宛の束を間違えて持ってきてしまい、宛名など見ずに開けてしまったのが原因だ。幸いにも3通ほど開けた手紙は、トラヴィ様のお母様で近く会いましょう、という内容と、トラヴィ様の元部下からの季節の便り、そしてーー弟からの手紙だった。弟の字で書かれた手紙を読み始めてすぐに固まった私を見て、間違いに気がついたロヨがすぐに私から手紙を取り上げなかったら、この思いはもっと私を苦しめただろう。
『姉様、将来皇帝となる僕に意見を言うなんて』
と最後に会った時に言われた言葉が、一瞬で蘇りフラッシュバックする。私の意思なんてその場になかったのに、深く頭に刻み込まれているのには、多分初めて言われた言葉にショックを受けたのとあの侮蔑の眼差しを向けられた事が大きいのだと思う。
手紙の内容はよく分からない…頭で理解するよりも前に身体が金縛りにあったように身体も思考も停止したから。
その日の夜に帰ってきたトラヴィ様は、誤って手紙を受け取った事と勝手に読んだ事を素直に伝え謝ったが、
「サーシャが気にする事じゃない」
と逆に優しい言葉をかけてくれ、反対に管理不足でロヨからも新人メイドからも謝罪された。
結局どの攻略対象のルートに行こうが、私はもう断罪を(今はそう思っていないけど)受けたから、これ以上何かあるわけじゃないと思う。
しかし、弟からの手紙が届いているという事実に驚きと恐怖しかない。きっとサーシャは、仲がいい方だと思っていた弟との出来事をきっかけに、軽い人間不信となったのだろう。心を閉ざして粛々と結婚を迎えたに違いない。
ーーだからってサーシャの行為を肯定するつもりはないけどね
そんな事を思っていると、意外と早く用事を済ませたスミレが部屋に戻ってきて1人の時間が終わりを告げた。
最近…特に思うことがある。それは、
ーー1人になる時がほぼない
最初は気のせいかと思っていたが…特にこうして部屋で1人物思いにふけっていたりすると、必ずスミレかロヨがいた。一度すぐに終わらなそうな用事をスミレにお願いしたら、私しか居なかった部屋にロヨがやってきて、届いた手紙を持ってきたり、急ぎじゃないのに屋敷の書類を見せて、どうしますか?と決断を促された。普段ならトラヴィ様と一緒にいる時にしか見せない書類だった。
だからさっきもスミレに用事を頼んだが、大変な用事だとすぐにロヨが来てしまうため、ほんの数十分でもいいから1人になる時間を作りたかったのだ。
人の気配があると、考えが上手くまとまらないと言うか…でも結局は何にも考えられないし、一人きりでいるとよりマイナス思考になってしまって、誰かそばに居てくれる有難さも感じている。
ーー本当、矛盾した考えだ…
私はスミレにバレないように、こっそりため息をついたのだった。
トラヴィ様とは、良好な関係になっていると思う。毎日顔を合わせて、一緒に眠る。
ーーその前にキスもするけど…濃厚なヤツ
目の前の手には、たった今執事のロヨから受け取った、彼が贈ってくれた一輪の薔薇の花。メッセージカードには、『今日は冷える 厚着をするように』と、添えられた無骨な文字で書かれている。
ふふ、と笑うと、周りにいるロヨやスミレや、他の使用人達も微笑ましいと穏やかな時間となる。
そんな日々を過ごしていたのだけど、平穏な日々も突然終わりを迎えた。
**************
ある晴れた日、
「奥様、こちらの商品は絹の生産地の最高品質の…」
貴族御用達の老舗の商人が屋敷へとやってきては、仕入れた商品の販売のために、熱心に説明をしている。
屋敷のそばのサロンで、スミレが淹れた紅茶を飲みながらその話を聞いていた。
ーーう~ん、あんまり欲しいとは思わないなぁ
と勧められた商品をチラッと見て、興味をなくしサロンの外の風景を見る。
「で、でっ、では、こちらは…」
と大荷物の中から次々に、補佐と共に商品を取り出しては紹介をしている。
「奥様、お茶のおかわりはいかがでしょうか」
いつの間にか空になっていたカップに注がれた太陽の日差しで、宝石のようにキラキラ光る赤い液体に、魅入られてしまう。
「…奥様」
儚げな雰囲気を漂わせ、紅茶に視線を落とすサーシャに見惚れて言葉を詰まらせてしまう百戦錬磨の商人とその補佐。そんな2人の事など気にもとめていないサーシャは、ため息をついた。
「…悪いけど、もういいわ、疲れたから休みたいわ」
そう言って立ち上がると、彼らの横をすり抜けサロンから出て行ってしまう。
ロヨもスミレも奥様の行動に驚きもせず、ロヨは驚いている来客の退席を促し、スミレは奥様のあとを追いかけた。
ーー気分が悪い…
スミレに適当な用事を頼み、一人きりになると訪れる嫌な感情。先日届いた手紙の中に、トラヴィ様と結婚する事となったきっかけを作った弟からの手紙も入っていた。いつもなら仕分けしてあるはずの手紙を読んでしまったのには、訳があった。
新人メイドが私の手紙の束とトラヴィ様宛の束を間違えて持ってきてしまい、宛名など見ずに開けてしまったのが原因だ。幸いにも3通ほど開けた手紙は、トラヴィ様のお母様で近く会いましょう、という内容と、トラヴィ様の元部下からの季節の便り、そしてーー弟からの手紙だった。弟の字で書かれた手紙を読み始めてすぐに固まった私を見て、間違いに気がついたロヨがすぐに私から手紙を取り上げなかったら、この思いはもっと私を苦しめただろう。
『姉様、将来皇帝となる僕に意見を言うなんて』
と最後に会った時に言われた言葉が、一瞬で蘇りフラッシュバックする。私の意思なんてその場になかったのに、深く頭に刻み込まれているのには、多分初めて言われた言葉にショックを受けたのとあの侮蔑の眼差しを向けられた事が大きいのだと思う。
手紙の内容はよく分からない…頭で理解するよりも前に身体が金縛りにあったように身体も思考も停止したから。
その日の夜に帰ってきたトラヴィ様は、誤って手紙を受け取った事と勝手に読んだ事を素直に伝え謝ったが、
「サーシャが気にする事じゃない」
と逆に優しい言葉をかけてくれ、反対に管理不足でロヨからも新人メイドからも謝罪された。
結局どの攻略対象のルートに行こうが、私はもう断罪を(今はそう思っていないけど)受けたから、これ以上何かあるわけじゃないと思う。
しかし、弟からの手紙が届いているという事実に驚きと恐怖しかない。きっとサーシャは、仲がいい方だと思っていた弟との出来事をきっかけに、軽い人間不信となったのだろう。心を閉ざして粛々と結婚を迎えたに違いない。
ーーだからってサーシャの行為を肯定するつもりはないけどね
そんな事を思っていると、意外と早く用事を済ませたスミレが部屋に戻ってきて1人の時間が終わりを告げた。
最近…特に思うことがある。それは、
ーー1人になる時がほぼない
最初は気のせいかと思っていたが…特にこうして部屋で1人物思いにふけっていたりすると、必ずスミレかロヨがいた。一度すぐに終わらなそうな用事をスミレにお願いしたら、私しか居なかった部屋にロヨがやってきて、届いた手紙を持ってきたり、急ぎじゃないのに屋敷の書類を見せて、どうしますか?と決断を促された。普段ならトラヴィ様と一緒にいる時にしか見せない書類だった。
だからさっきもスミレに用事を頼んだが、大変な用事だとすぐにロヨが来てしまうため、ほんの数十分でもいいから1人になる時間を作りたかったのだ。
人の気配があると、考えが上手くまとまらないと言うか…でも結局は何にも考えられないし、一人きりでいるとよりマイナス思考になってしまって、誰かそばに居てくれる有難さも感じている。
ーー本当、矛盾した考えだ…
私はスミレにバレないように、こっそりため息をついたのだった。
2
お気に入りに追加
659
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~
白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。
国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。
幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。
いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。
これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる