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初お出かけ1
しおりを挟む「奥様、大変…可愛らしいです」
そう言ってスミレは着替え終わった私を見て、ぽぅっと見惚れている。
ーーわかる…美しいっ、何この生き物っ尊いっ
今日は、待ちに待ったトラヴィ様とのお出かけの日。
大きな姿見の前にいる私も、スミレが施したメイクと服装に感動して、鏡の中の自分に見惚れていた。
銀色の髪はお下げになり、歩き回る予定なのでメイクが崩れないように薄く塗られている。白い長袖のブラウスの上に、淡いスカイブルーの太い肩紐が腰のスカートと繋がっている膝下のワンピース。そして白い靴下と歩きやすいヒールのないペタンコのワンピースと同色の靴。華美な服装だと浮いてしまうらしく、普段屋敷で過ごすよりも地味な格好だ。
左薬指には結婚式で交わしたシンプルな銀色の指輪。
ーーサーシャ本来のスタイルの良さは隠れているけど、すごく可愛いっ
鏡を見ながら私の服装の乱れに直接触れて入念にチェックしたスミレは満足したのか、鏡越しでニコニコと笑顔を見せていた。
「トラヴィ様が…気に入って…くれるといいわ」
「気に入らないなんてありえないですわ、奥様…ありえないですが、万が一気に入らなかったら私と出かけましょう!」
そんな必死のスミレを周りのメイド達はくすくすと笑っていたが、拳を握ったスミレの目は笑っていなかった。
**************
「トラヴィ様、こちらは?」
「これは牛の肉を特製のタレをつけて串刺しにした食べ物です」
「…いい匂いですね」
「…お食べになりますか…しかし」
ジョンソン家の紋章もないシンプルな馬車で街に入って、馬車の停車場に到着した。トラヴィ様の腕に手を添えて歩き噴水広場へと移動すると美味しそうな匂いと何かを焼いているような煙が大きな噴火広場の端から漂っていた。トラヴィ様が休みという事は世間一般も休みなのか、多くの人々が噴水を見ていたり、ベンチに座ったり、子供達が噴水の周りを追いかけっこしていた。
見たことのない雰囲気がとっても新鮮で、キョロキョロと周りを見回していたら、側にいるトラヴィ様にその匂いの正体を教えてもらった。間もなくお昼時という事もあり、匂いを嗅いでお腹が空いてきたのだ。
ーーここまでくるの凄い大変だったから…
そう、私の隣で眉を寄せて考え事をしているトラヴィ様が、私の服装を見て出かけるのを渋ってしまったのだ。
「このスカートは…その、少しひらひらしすぎていないか?風が吹いたら足が見えてしまう、それにこの白い長袖の生地は薄すぎるっ肌の色が透けて」
玄関ホールで待ち合わせしていて、先に待っていたトラヴィ様と合流すると、眉を顰めた彼は私の服装で出かけるのに難色を示した。
「旦那様、奥様の年代の方の無難な服装ですわ」
こうなる事を分かっていたのか、黙ってしまった私とは対照的にすらすらと反論するスミレ。
「しかしっ」
なおも何かを言おうとしたトラヴィ様に、スミレは近寄った。
「流行のものを取り入れたら…ごにょごにょ」
途中から小声になってしまって聞こえなくなり、何を話しているのだろうか、と不安になっていると、
「っ!何だとっ!…うむ…なら仕方ない」
急に青ざめて慌てたトラヴィ様が、この格好で出かける事を了承したのだった。
「……街に到着したら、私から離れないように」
玄関から出る時も、馬車に乗り込む時も、ふとした馬車内での会話の途中でも、馬車を降りた時も何度も私にそう告げた。
出かける前の出来事を振り返っていたら、トラヴィ様の視線を感じて彼の方に視線を向け見上げた。
「…食べたいか?」
「…はい、出来たら」
なんせ、今日は護衛も居ない初めての外出だ。結婚してから護衛も解かれ自由の身ではあるけど元・皇女として迂闊に街の食べ物を食べさせて、何かあってからじゃ遅いからトラヴィ様も慎重に行動しているのだろう。
「では私が先に毒味として口にしてから、サーシャに渡そう」
「どっ…毒味って」
「それぐらい当然だ」
心外だったのか、少しだけムッとしたトラヴィ様は屋台がやっている方へと歩き出したので、自然と私もそちらへと向かう。
同じ串を2人で分け合うなんて、本当にデートしているみたいでドキドキとする。
ーーいや、私はデートだと思っているけど…相変わらず表情が変わらないから…トラヴィ様がどう思っているかなんて分からないけど…
トラヴィ様が4つの牛肉が連なる串刺しを購入して噴水の前にあるベンチへ並んで座ると、彼が最初の2つを頬張った。
「…美味しいですか?」
眉間に皺を寄せて食べる姿はとっても凶悪な顔をしていて、まるで串刺しに恨みでもあるかのように睨んでいる。
「…うむ、特に変な味はしないから…毒は入ってないだろう」
同じ串刺しを頼んで食べていた周りの人が、トラヴィ様の不穏な言葉にギョッとしている。
私の目の前に差し出された串刺しを両手で受け取り、牛肉のひとつを口で挟み、串から取ってひと口噛む。
少し甘いタレが染み込んだ牛肉は柔らかくて、噛むたびに口いっぱいに広がる牛肉の味がとても美味しい。
ーー何だろ、いつも食べている料理と違って美味しいっ、すごい道の駅とかにありそうなB級グルメ…最高っっ!
あまりの美味しさに夢中で食べていたら、フッと笑う声が聞こえて、彼の方を向いたら優しい眼差しで私を見ていた。
「…何ですか?」
「いや、美味しそうに食べるから」
くくっと笑う彼の表情は柔らかな雰囲気が出ていて、初めて見る笑顔にドキドキと胸が熱くなる。
「…おっ、美味しいですからっ」
じっと見られていた事に急に恥ずかしくなって、彼から顔を背けると、
「くっ、悪い、悪い」
と、彼から背を向けた私の頭をぽんぽんと撫でてしばらく笑っていた。
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