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皇女の夫1
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コイタ王国、第一皇女ーーサーシャ・コイタは、誰もが認める社交界の華だった。
どこに行っても僅かな光だけで、キラキラと美しい銀色の長い髪。ぱっちりと大きな瞳は吸い込まれそうな宝石のような碧眼。瑞々しいぷっくりとした唇、スッと伸びた鼻筋、卵のように小さい頭。彼女が好んで着るドレスは、首から下の胴体が隠れているが、腰はキュッと細く、腕がほっそりしていて、国一のデザイナーがデザインしたドレスを身につけたスタイルは抜群だとわかる。
そんな彼女、サーシャは長年婚約者も居ない状態が続いていた。何故ならこの俺ーートラヴィス・ジョンソンとの縁談が秘密裏に進んでいるからだ。
サーシャと会ったのは、騎士団長就任の28歳の時。就任式に出席したサーシャ皇女は13歳で、幼いながらもあまりの美しさに一目惚れをしたのだ。
成人してもいない子に本気で惚れた俺は、国王陛下に彼女との縁談を願った。しかし、
『娘の縁談の願いは国中、いや、国外からも多く貰っているが、全て断っている』
何度も何度も懇願しても素気無く断られ、毎回同じ返事だった。
そんなある日、国王陛下と王妃に異変が起きた。詳しい事は分からないが…何やらコイタ王国第二継承権を待つ第ニ皇子への婚約者との間に確執が出来てしまい、早急な対処が必要となったらしい。
この国は国王の血筋ーー直系の男性のみに国を統べる継承権があり、女性は継承権がない。歴代の皇女は外国との強固な繋がりのため、または平和交渉の証として政略結婚が主流となっていた。
ーー俺自身、皇女様は俺よりも地位の高い男と結婚するものだと思っていた
そんな訳で、彼女との縁談の申し込みが通り了承された時は、天にも昇る気持ちだったし、顔には出さなかったが結婚式当日まで、どんな事にも気分を害することはなかったし、全て許せると思っていた。
「まぁ…すぐに地獄に落ちたけどな」
ポツリと漏れた声は、俺しか居ない騎士団本部の団長室で事務処理していた手を止めてしまった。
結婚式での彼女は、ただ美しい。
ーーそれに尽きた
ガチガチに固まった態度は、式で緊張していると思っていた。
あの後彼女が目覚めるまで、俺は自分を責めた。何故こんな風になってしまったのか…と、日々眠っているようにしか見えないサーシャは、本当はただ寝ているだけでこの数ヶ月はゆめだったんじゃないのかと。
彼女が目覚めた時は、たまたま俺が屋敷にいた時だった。ロヨと話している時に、屋敷内を走るメイドをロヨが咎めようとすると、俺を見てサーシャが目覚めたと、とにかく来てください、とその知らせで部屋に行くと、床に座るサーシャが居た。
そのあとは、まるで信じられない出来事ばかりだった。
幸いにも後遺症など見られず、リハビリを兼ねて屋敷内を歩き、庭園へもいけるようになったと日々の報告で、彼女の体力も戻っていくのを知り、喜んだ。
ーーだが…だが、彼女の前に出る勇気はまだ持てない
そんな時、騎士団本部に一輪のひまわりが届いた。透明なビニールで傷つかないように保護された花。茎の先には持てるように紙が巻かれていた。ビニールのの隙間にはメッセージカードが挟まれており、
『お仕事頑張ってください from S.J』
と、少しだけ丸文字の読みやすい美しい文字が白いメッセージカードに書かれていた。
ーーサーシャ・ジョンソン
この2文字のアルファベットの頭文字だけで、どれだけ俺を幸せな気持ちにするのか、彼女は知っているのだろうか。
ーー俺も彼女にメッセージを送ってもいいのだろうか
そう思って次の日から彼女に贈る花に、メッセージを添える事にしたのだった。
「トラヴィ様、見てください」
彼女と寝室を供にする事になって、1週間。まだ手も触れ合っていない距離感だったが、俺は気にしなかった。
『夫婦ですから、一緒に…私がこう言うのは差し出がましいですが、トラヴィ様の事をもっと知りたいです』
そう言って始まった帰宅後から一緒に過ごし他愛のない話をして眠る。
どうしても出なければいけない仕事以外は、基本的に残業もしないで屋敷へと戻る。仕事人間と思われていた俺の変化に、部下や大臣ーーさらには、ロヨまでもが驚いていた。
「なんだ?」
窓の外を眺めていたサーシャが俺を呼んだ。彼女の横に立ち、彼女が指差す方向へと視線を向けると、森の先に明かりが付いていた。
「あそこにある明かりは、何があるんですか?」
「あれは…街…だな、仕事終わりに食べたり呑んだりする商店街がある」
「街…?商店街?」
コテンと首を傾げた姿が、美しくて思わず見惚れてしまう。
「…そうだ、昼間は食べ物やカフェ、屋台…いや、夜にも屋台はあるな、あとは雑貨屋だったり繁盛している」
「…トラヴィ様は行ったことあります…か…?」
「ああ、騎士団の仕事が終わるとよく先輩や同僚と行っていた」
「そうなんですね」
そう言って街の方をじっと見つめている彼女に、
「…今度の休みに…一緒に行ってみるか?」
そう提案すると、彼女はパッと俺の方を向いた。
「いいのですかっ?」
ぱぁっと喜ぶ顔は、美しい彼女とはまた違う可愛らしい、あどけない年相応の表情となる。
「ああ…だが、体調が悪くなったらすぐに帰るからな」
そう言うと、彼女はコクコクと頷き、
「もちろんっです!ありがとうございますっ!」
と喜びに満ちていた。
どこに行っても僅かな光だけで、キラキラと美しい銀色の長い髪。ぱっちりと大きな瞳は吸い込まれそうな宝石のような碧眼。瑞々しいぷっくりとした唇、スッと伸びた鼻筋、卵のように小さい頭。彼女が好んで着るドレスは、首から下の胴体が隠れているが、腰はキュッと細く、腕がほっそりしていて、国一のデザイナーがデザインしたドレスを身につけたスタイルは抜群だとわかる。
そんな彼女、サーシャは長年婚約者も居ない状態が続いていた。何故ならこの俺ーートラヴィス・ジョンソンとの縁談が秘密裏に進んでいるからだ。
サーシャと会ったのは、騎士団長就任の28歳の時。就任式に出席したサーシャ皇女は13歳で、幼いながらもあまりの美しさに一目惚れをしたのだ。
成人してもいない子に本気で惚れた俺は、国王陛下に彼女との縁談を願った。しかし、
『娘の縁談の願いは国中、いや、国外からも多く貰っているが、全て断っている』
何度も何度も懇願しても素気無く断られ、毎回同じ返事だった。
そんなある日、国王陛下と王妃に異変が起きた。詳しい事は分からないが…何やらコイタ王国第二継承権を待つ第ニ皇子への婚約者との間に確執が出来てしまい、早急な対処が必要となったらしい。
この国は国王の血筋ーー直系の男性のみに国を統べる継承権があり、女性は継承権がない。歴代の皇女は外国との強固な繋がりのため、または平和交渉の証として政略結婚が主流となっていた。
ーー俺自身、皇女様は俺よりも地位の高い男と結婚するものだと思っていた
そんな訳で、彼女との縁談の申し込みが通り了承された時は、天にも昇る気持ちだったし、顔には出さなかったが結婚式当日まで、どんな事にも気分を害することはなかったし、全て許せると思っていた。
「まぁ…すぐに地獄に落ちたけどな」
ポツリと漏れた声は、俺しか居ない騎士団本部の団長室で事務処理していた手を止めてしまった。
結婚式での彼女は、ただ美しい。
ーーそれに尽きた
ガチガチに固まった態度は、式で緊張していると思っていた。
あの後彼女が目覚めるまで、俺は自分を責めた。何故こんな風になってしまったのか…と、日々眠っているようにしか見えないサーシャは、本当はただ寝ているだけでこの数ヶ月はゆめだったんじゃないのかと。
彼女が目覚めた時は、たまたま俺が屋敷にいた時だった。ロヨと話している時に、屋敷内を走るメイドをロヨが咎めようとすると、俺を見てサーシャが目覚めたと、とにかく来てください、とその知らせで部屋に行くと、床に座るサーシャが居た。
そのあとは、まるで信じられない出来事ばかりだった。
幸いにも後遺症など見られず、リハビリを兼ねて屋敷内を歩き、庭園へもいけるようになったと日々の報告で、彼女の体力も戻っていくのを知り、喜んだ。
ーーだが…だが、彼女の前に出る勇気はまだ持てない
そんな時、騎士団本部に一輪のひまわりが届いた。透明なビニールで傷つかないように保護された花。茎の先には持てるように紙が巻かれていた。ビニールのの隙間にはメッセージカードが挟まれており、
『お仕事頑張ってください from S.J』
と、少しだけ丸文字の読みやすい美しい文字が白いメッセージカードに書かれていた。
ーーサーシャ・ジョンソン
この2文字のアルファベットの頭文字だけで、どれだけ俺を幸せな気持ちにするのか、彼女は知っているのだろうか。
ーー俺も彼女にメッセージを送ってもいいのだろうか
そう思って次の日から彼女に贈る花に、メッセージを添える事にしたのだった。
「トラヴィ様、見てください」
彼女と寝室を供にする事になって、1週間。まだ手も触れ合っていない距離感だったが、俺は気にしなかった。
『夫婦ですから、一緒に…私がこう言うのは差し出がましいですが、トラヴィ様の事をもっと知りたいです』
そう言って始まった帰宅後から一緒に過ごし他愛のない話をして眠る。
どうしても出なければいけない仕事以外は、基本的に残業もしないで屋敷へと戻る。仕事人間と思われていた俺の変化に、部下や大臣ーーさらには、ロヨまでもが驚いていた。
「なんだ?」
窓の外を眺めていたサーシャが俺を呼んだ。彼女の横に立ち、彼女が指差す方向へと視線を向けると、森の先に明かりが付いていた。
「あそこにある明かりは、何があるんですか?」
「あれは…街…だな、仕事終わりに食べたり呑んだりする商店街がある」
「街…?商店街?」
コテンと首を傾げた姿が、美しくて思わず見惚れてしまう。
「…そうだ、昼間は食べ物やカフェ、屋台…いや、夜にも屋台はあるな、あとは雑貨屋だったり繁盛している」
「…トラヴィ様は行ったことあります…か…?」
「ああ、騎士団の仕事が終わるとよく先輩や同僚と行っていた」
「そうなんですね」
そう言って街の方をじっと見つめている彼女に、
「…今度の休みに…一緒に行ってみるか?」
そう提案すると、彼女はパッと俺の方を向いた。
「いいのですかっ?」
ぱぁっと喜ぶ顔は、美しい彼女とはまた違う可愛らしい、あどけない年相応の表情となる。
「ああ…だが、体調が悪くなったらすぐに帰るからな」
そう言うと、彼女はコクコクと頷き、
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と喜びに満ちていた。
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