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贈り物
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1人寂しいお茶会も終わり、数人の使用人と廊下ですれ違いながら、ゆっくりと自室へ戻るために歩き始める。屋敷の中を知るためにも始めたリハビリ兼散歩は、思いのほか順調に進んでいた。
背後に付いてくる侍女のスミレの存在にも慣れてきた。皇女の時の行動のお供は大体護衛だったからだ。
「申し訳ありません、奥様」
サロンから自室まで半分くらい歩いた時に、呼ばれて振り向くと、執事のロヨがいた。
「どうしたの?」
「こちらへ、いらしていただけますか」
と、ロヨが立っている部屋の中へと誘われる。
ーー何だろう
と不思議に思いながら彼の元へと向かうと、部屋に通された。中は執務室みたいで、机の上には山積みの書類と本棚、シンプルな濃緑のソファーと木のテーブルが設置されている。
「奥様、こちらへおかけくださいませ」
そう言って、ロヨはソファーへと座るように私を促す。
「ありがとう」
いくら休憩なしで歩けるようになったとはいえ、まだ身体への負担が大きくて、自室に帰ったら休もうと思っていたのだ。
私が固いソファーに座ると、ロヨは私の横に立ち一礼して口を開いた。
「奥様、本来私が奥様のお部屋にお伺いしなくてはいけないのですが…奥様の部屋は男子禁制でして」
「…そうなの…?」
初めて聞く決まりに、背後に仕えているスミレに問いかけると、うんうんと頷いていた。
「ええ!旦那様が嫉妬してしまいますからっ!」
「…スミレ、奥様の前だ、口を慎め」
いつもは落ち着いている声なのに、初めて聞くロヨの窘める低い声が、新鮮で興味が湧いた。
「もしかして、普段そんなに低いのですか?」
「…申し訳ありません、奥様…これ以上は」
私がソファーの肘掛けに手を置いてロヨを見上げると、ロヨが慌ててしまう。
「コホン…奥様、私で遊ばないで下さい…ところで用件なのですが、もう既に気がついていると思いますが…一輪のバラですが…」
さっきまでの焦った顔から真剣な表情になったので、私も背筋をスッと伸ばしてロヨの話を聞く。
「えっ…と、トラヴィス様だと嬉しいのですが…」
他の人が私に贈っている可能性も捨て切れないので、ロヨの表情を探りながら、トラヴィス様かなと、伝えた。
「ええ…ええ!そうなのです!旦那様が毎朝庭園から摘んでいるのです!」
キラキラと喜ぶ顔を見せたロヨの目元の皺が刻まれた。
「旦那様は少しばかり、不器用なお方でして…メッセージを添えれば良いのでは、と毎朝言っているのですが…」
それなのにロヨは、だんだんとしょんぼり悲しそうな顔を見せる。
「ふふ、毎日届くのを楽しみにしておりますわ…そうだっ!ロヨ」
「はい、奥様」
私が告げた言葉にロヨもスミレも、ぱぁぁっと明るい表情となり、一同に盛り上がった。
「「是非、そうしましょう!」」
2人が私の提案にすぐに賛成してくれて、早速行動を起こす事になったのだった。
**************
ーー数日後の午後。相変わらずサロンで1人、お茶をしていた私。いつもと違うのは、私のご機嫌がすこぶる良いという事。
毎日届くのが楽しみな一輪のバラには、メッセージが添えられるようになったのだ。
無骨な筆跡のメッセージには、
『今日は、雨らしい』
とか
『帽子を被ること』
とか
『無理に身体を動かさないように』
と、私の事を心配してくれるメッセージだ。
私がロヨとスミレに提案したのは、私もトラヴィス様に毎日お花を贈りたい、と告げたのだ。バラでも良かったけど…少しでも彼の職場に届く花が癒されるように、一輪のひまわりにした。
ーーでも、私の場合はメッセージ付きだけどね
最初は、
『お仕事頑張ってください』
その次は、
『こまめな水分補給をしてください』
そのあとは、
『いつも先に休んでしまって申し訳ありません』
そして最後にーー今日送ったメッセージは、
『出来たら一緒に食事をしたいです』
だ。
ーー本当は、もっと色々書きたいのだけど…
仕事先でトラヴィス様の手を煩わせたくなかった。花を送ってから、彼から送られてくる一輪のバラにメッセージが付くようになった。彼からのメッセージは、ベッドサイドにあるナイトテーブルの引き出しの中で、寝る前に何度も目を通すのが当たり前になってきた。
ーー私の事…嫌いじゃないなら…結婚もしたし…気まずいまま過したくない
この世界は離婚するにも、酷く人の目を気にする。彼が私と離婚したいと思っているなら、黙って受け止めるつもりだ。
ーーだって…自殺未遂されたなんて…最悪すぎる
しかも結婚式当日だ。ありえない。私は文句も言わずに離婚に応じる。でも、彼の気持ちも何も、そもそもまだ喋っていないので、私をどう思っているのか分からない。
それなら、少しずつ距離…というか仲を改善したいと思うのが普通なんだと思う。
午前中に、もう彼から一輪のバラとメッセージを貰ったので、返事は分からないけど…前向きな返事だと嬉しいな。
そう思っていたら、スミレが1通の手紙を持ってサロンに入ってきた。
「奥様!旦那様からっおっ…お手紙がっ」
スミレからの手紙を受け取ると、シンプルな白い封筒は騎士団の紋章が描かれた赤い封蝋で封がしてある。その斜め下にトラヴィス様の文字で彼の名が書いてある。
「…手紙…何かしら…?何かあったのかしら」
ドキドキとして封を開けると、1枚の白い封筒と同じデザインのシンプルな便箋が入っている。じっと、書かれた文章を何度も何度も読み返す。
「…奥様…?何が書かれているのですか?」
黙ってしまった私を心配して、スミレが私に声を掛ける。
「………大…変……トラヴィス様がっ…夜こちらで食事をっ!」
そう言うと、私はすぐさまロヨを呼び出した。
背後に付いてくる侍女のスミレの存在にも慣れてきた。皇女の時の行動のお供は大体護衛だったからだ。
「申し訳ありません、奥様」
サロンから自室まで半分くらい歩いた時に、呼ばれて振り向くと、執事のロヨがいた。
「どうしたの?」
「こちらへ、いらしていただけますか」
と、ロヨが立っている部屋の中へと誘われる。
ーー何だろう
と不思議に思いながら彼の元へと向かうと、部屋に通された。中は執務室みたいで、机の上には山積みの書類と本棚、シンプルな濃緑のソファーと木のテーブルが設置されている。
「奥様、こちらへおかけくださいませ」
そう言って、ロヨはソファーへと座るように私を促す。
「ありがとう」
いくら休憩なしで歩けるようになったとはいえ、まだ身体への負担が大きくて、自室に帰ったら休もうと思っていたのだ。
私が固いソファーに座ると、ロヨは私の横に立ち一礼して口を開いた。
「奥様、本来私が奥様のお部屋にお伺いしなくてはいけないのですが…奥様の部屋は男子禁制でして」
「…そうなの…?」
初めて聞く決まりに、背後に仕えているスミレに問いかけると、うんうんと頷いていた。
「ええ!旦那様が嫉妬してしまいますからっ!」
「…スミレ、奥様の前だ、口を慎め」
いつもは落ち着いている声なのに、初めて聞くロヨの窘める低い声が、新鮮で興味が湧いた。
「もしかして、普段そんなに低いのですか?」
「…申し訳ありません、奥様…これ以上は」
私がソファーの肘掛けに手を置いてロヨを見上げると、ロヨが慌ててしまう。
「コホン…奥様、私で遊ばないで下さい…ところで用件なのですが、もう既に気がついていると思いますが…一輪のバラですが…」
さっきまでの焦った顔から真剣な表情になったので、私も背筋をスッと伸ばしてロヨの話を聞く。
「えっ…と、トラヴィス様だと嬉しいのですが…」
他の人が私に贈っている可能性も捨て切れないので、ロヨの表情を探りながら、トラヴィス様かなと、伝えた。
「ええ…ええ!そうなのです!旦那様が毎朝庭園から摘んでいるのです!」
キラキラと喜ぶ顔を見せたロヨの目元の皺が刻まれた。
「旦那様は少しばかり、不器用なお方でして…メッセージを添えれば良いのでは、と毎朝言っているのですが…」
それなのにロヨは、だんだんとしょんぼり悲しそうな顔を見せる。
「ふふ、毎日届くのを楽しみにしておりますわ…そうだっ!ロヨ」
「はい、奥様」
私が告げた言葉にロヨもスミレも、ぱぁぁっと明るい表情となり、一同に盛り上がった。
「「是非、そうしましょう!」」
2人が私の提案にすぐに賛成してくれて、早速行動を起こす事になったのだった。
**************
ーー数日後の午後。相変わらずサロンで1人、お茶をしていた私。いつもと違うのは、私のご機嫌がすこぶる良いという事。
毎日届くのが楽しみな一輪のバラには、メッセージが添えられるようになったのだ。
無骨な筆跡のメッセージには、
『今日は、雨らしい』
とか
『帽子を被ること』
とか
『無理に身体を動かさないように』
と、私の事を心配してくれるメッセージだ。
私がロヨとスミレに提案したのは、私もトラヴィス様に毎日お花を贈りたい、と告げたのだ。バラでも良かったけど…少しでも彼の職場に届く花が癒されるように、一輪のひまわりにした。
ーーでも、私の場合はメッセージ付きだけどね
最初は、
『お仕事頑張ってください』
その次は、
『こまめな水分補給をしてください』
そのあとは、
『いつも先に休んでしまって申し訳ありません』
そして最後にーー今日送ったメッセージは、
『出来たら一緒に食事をしたいです』
だ。
ーー本当は、もっと色々書きたいのだけど…
仕事先でトラヴィス様の手を煩わせたくなかった。花を送ってから、彼から送られてくる一輪のバラにメッセージが付くようになった。彼からのメッセージは、ベッドサイドにあるナイトテーブルの引き出しの中で、寝る前に何度も目を通すのが当たり前になってきた。
ーー私の事…嫌いじゃないなら…結婚もしたし…気まずいまま過したくない
この世界は離婚するにも、酷く人の目を気にする。彼が私と離婚したいと思っているなら、黙って受け止めるつもりだ。
ーーだって…自殺未遂されたなんて…最悪すぎる
しかも結婚式当日だ。ありえない。私は文句も言わずに離婚に応じる。でも、彼の気持ちも何も、そもそもまだ喋っていないので、私をどう思っているのか分からない。
それなら、少しずつ距離…というか仲を改善したいと思うのが普通なんだと思う。
午前中に、もう彼から一輪のバラとメッセージを貰ったので、返事は分からないけど…前向きな返事だと嬉しいな。
そう思っていたら、スミレが1通の手紙を持ってサロンに入ってきた。
「奥様!旦那様からっおっ…お手紙がっ」
スミレからの手紙を受け取ると、シンプルな白い封筒は騎士団の紋章が描かれた赤い封蝋で封がしてある。その斜め下にトラヴィス様の文字で彼の名が書いてある。
「…手紙…何かしら…?何かあったのかしら」
ドキドキとして封を開けると、1枚の白い封筒と同じデザインのシンプルな便箋が入っている。じっと、書かれた文章を何度も何度も読み返す。
「…奥様…?何が書かれているのですか?」
黙ってしまった私を心配して、スミレが私に声を掛ける。
「………大…変……トラヴィス様がっ…夜こちらで食事をっ!」
そう言うと、私はすぐさまロヨを呼び出した。
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