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リクエスト 運命の女〜宗輔編〜 推し×コンサート
しおりを挟む「げっ、もう15周年?早くね?」
同僚などがもう帰った後の会社のフロアで、残業していた俺は一休みしながら何気なく触った携帯に、ファンクラブから届いたメールを開いて口から勝手に言葉が出てしまっていた。
成田宗輔、32歳。
中途で入った車の営業マンで、清潔を心がけているスーツは、一応ブランドだがスーツブランドを知らないと、ぱっと見分からない。何故なら車の購買層が年収300万円以下のお客様もいるから、ブランドのスーツを全面に出しているのを着ると、途端に儲かってるんだろ、とか、車を販売した時の報酬のために無理矢理契約させられそうと、とんでもない事を言われるからだ。
長期休暇で遠出をするのに買い替えたり、新規で購入する人が多い夏の商戦が始まる前に、営業計画を立ててから帰ろうとしたら、いつの間にかみんな帰ってしまっていたのだ。
「どうしよ…まぁ、久しぶりだしな…この日…に一応抽選応募すっか」
サクサクと携帯メールからファンクラブサイトへいき、ログインすると、ツアー日程表を見て申し込みをした。"MANKAIGENKI"――通称マンゲンは、数年前にインディーズからメジャーデビューを果たした。メジャー移籍後の数曲発表した後に出た『シーザー』と言う曲が当たり、一気に全国区へと名を馳せた。
インディーズの時にたまたま知って好きになり、チケット取れやすかったのだが、インディーズ時代後半になるにつれてチケットが取れなくなると、俺はツアーDVDを購入して自宅でライブツアーに参加している気分に浸かっていた。
そんなバンドも15周年。久しぶりに行ってみようか、と軽い気持ちで参加するはずが、彼女いない歴7年目に突入した俺に彼女が出来るとは、その時の俺は思いもしなかった。
***************
「はっ…あっ、ンンン」
エアコンの効いた車内で、彼女――詩音は、俺の足の上で身体をクネクネと動かし、喘いでいる。容赦なく下から突き上げれば、繋がった下半身からぐちゅっ、と水音がして、彼女の口から甲高い声が大きくなって、余計に腰にくる。
――どうしてこうなった、そうだ
ライブツアーに参加するにあたって、このツアー限定のTシャツに身を包んだ。このツアー限定の白のTシャツは、裾から胸元までレインボーカラーがプリントされ、胸の中心にサングラスを付けたひまわりのバンドのゆるキャラとレインボー色で"MANKAI GENKI LIVE Power"のツアー名が描かれている。袖にもひまわりのゆるキャラが両方付いていて、とても普段使いは出来ないド派手なTシャツ。ペンライトと貴重品を入れた手提げのバッグは全体がレインボー色のひまわりのゆるキャラとライブツアー名がプリントされていた。
――くそーあちー
さんさんと輝く太陽は、容赦なくライブツアーの物販列に強い日差しを当てる。このままじゃライブ始まる前に、Tシャツが濡れると、追加でライブのTシャツとタオルを購入する事にした。
2列に並ぶ列が長くあり、ちらちらと前を向けば随分と先に見えるテントがゴールで、亀よりも遅い進行だったが、ライブツアーが始まる前には買えるだろう、と楽観視していた。
しばらく大人しく物販の列で並んでいたが、携帯を見ながら進んだ列を歩いていたら、目の前に並んでいた女性にぶつかった。
謝罪をして事なきを得たが、改めて目の前にいる女性を見ると、麦わら帽子を被って俺と同じTシャツを着ていて、手提げバックも同じだった。
――ちらっとしか見えなかったけど、可愛い顔してたな
もし彼女が俺の恋人だったら、と馬鹿な想像を膨らませていると、前にいる彼女がふらふらとし始めたのに気がついた。
もしかして、と考えるとすぐに彼女に声を掛けたら、軽い熱中症になっていて、今日は猛暑とニュースでやっていたので、念のため持ってきた保冷湿布を渡した。
少しすると彼女は体調が回復したのか、うしろを振り向き可愛い口でお礼を言った。そしてそのまま他愛のない話をしていると、俺の隣にいる人に声を掛けて、俺の横に来てもらった。
よく見ると、目がぱっちりしていて零れそうなほど大きい。小さな鼻と玉子のようにつるんとした顔、プルプルしている唇は彼女が喋るたびに魅入ってしまう。
俺より小さい華奢な身体で、身体を動かす彼女の首に貼った保冷湿布が見えて、何故か顔を埋めたくなる。
物販列の最終地に着くと、もう彼女――大津詩音の事が好きになってしまっていた。
――話しただけで好きになるとか、ヤバイやつだな…
だけど彼女が物販の列から抜けて、白いテントの下へと向かう姿を見て、居なくなるのが嫌だと気がついてしまった。
その後の展開は、もうどうやったら詩音ともっと仲良くなるか頭をフル回転させて考えた。その為にはもっと側にいなくちゃと、浅はかな考えしか出てこない。
まず、最初の目的を成し遂げることに集中した。物販の番になり行くと俺目当てのタオルが無くなっている事を知り、ショックだったが気持ちを切り替え急いで他のTシャツを購入した。じゃないと先に物販購入している彼女が行ってしまうからだ。今までで最速で買い物を済ませた俺は物販の出口へと向かうと、詩音が待っている事に気がついてまた嬉しくなり、更に俺のために売り切れそうになったタオルを先に購入したと知り、天にも昇る気持ちが顔に出ないように抑えるのに苦労した。
汗かいたから着替えようとTシャツを購入したが、着替えるつもりはなかった。恋人同士のペアルックをしている気持ちを、詩音は俺の彼女だ、と勝手に感じたかったからだ。
そしてレストランへと誘い、SNSメッセージアプリを交換して程よく距離を縮めたらライブ会場へと向かった。お互いの物販で購入した袋を椅子に置き、荷物座席へ向かおうと彼女が何気なく手提げのバッグを袋の上へと置いた時、俺の耳元で悪魔が囁いた。
『彼女のバッグと俺のバッグ入れ替えれば良いじゃん、そうすれば彼女とライブ終わった後も話せる口実ができる』
魅力的な悪魔の囁きに身体が勝手に動いて、さっと、俺の手提げバッグも彼女のバッグの上に置いて、携帯を見て座席を確認している詩音を見ながら、上下位置を逆にした。詩音はバッグの入れ替わりなんて気にせず、俺の荷物を持って立ち上がった。じゃぁ、とライブが始まるから、あっさりとした別れだった。
座席に着くと、彼女はあそこらへんかな、と自然と視線がそちらばっかりになってしまい、苦笑する。
――ヤバイやつだ、完璧に
すると、俺の携帯のバイブが震えているのに気が付き、彼女から電話を知らせる。
会場内のため短い通話だったが、可愛らしい声が聞こえて、ますます早く会いたいと思っていた。
「やっ、はっ…うっ…んっ」
ぼんやりと出会った時の事を思い出していた俺は、彼女の甘い声に我に返った。薄く開いた口に誘われて、彼女の唇を甘噛みすると、俺の肩に彼女の腕が乗る。
――いい匂いっ、柔らかくて
もう頭の中が、沸騰してしまうほど熱く彼女を求めた。獣のように後ろから、前から上から下からと、エッチ覚えたての厨房かと呆れながらも、自分からは止まる事が出来なかった。2人の結合部から注いだ白い証が、俺のズボンを汚し車の座席を汚したが、そんな事はどうでも良かった。
――後に詩音から、求められすぎて死ぬかと思ったと言われたのも、いい思い出だ。
「可愛い…っ好きだ」
「んふっ、っ…ん」
最初に繋がったばかりの時の体勢で、彼女は俺の足の上に座って俺の身体に身を預けている。こんなに好きって言ったことなかったが、自然と口から漏れて彼女の唇を求めれば、嬉しそうに俺のキスを受け止めてくれる。ぐったりとした彼女と離れ難く、この後どうする?なんて聞いても1ミリも動こうとしない。ツアー最終日である今日は日曜日なので、明日は仕事だから早く帰さないといけないと分かっていても、どうにも離れ難い。
「…家…くる?…その、ここから少し遠いけど」
掠れた声もまた可愛いな、と思っていた俺は、そう言って告げられたのは、俺の住む場所とは正反対の場所だった。
「行く…明日の朝まで居ていい?」
と聞けば、コクンと可愛らしく頷く。そのまま口を塞げば暫くの間、それしか出来ないかのように飽きませず、口づけを続けていた。
たった数分で恋に落ち、たった一日で彼女に溺れた俺は、彼女の部屋に泊まった時には、会社から遠くなるが車なら問題ないと、この家の付近の引っ越し先を探す事にした。
彼女の家にある軽食を食べて、一緒にお風呂に入って初めて彼女の全身を見て、また盛り上がり求めた後、疲れた身体を寄せて2人では小さなベッドに入ると、すでに朝の3時を回っていた。
――あと3時間後には起きないと…いや、もういっそ休むか?
今までの自分だったら、あり得ない考えをしている事に驚きつつも、甘ったるい同じ匂いのする彼女の髪に鼻を寄せて眠った。
数ヶ月もしない内に、詩音の近くに引っ越した俺は、遅すぎた春を目一杯楽しんだのであった。
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