ダブルス!

澤田慎梧

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第四話「全国大会開始!」

五.地区大会準決勝

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 「エル・ムンド」のシートに座り、アツシとエイジは深く息を吸い、そして吐いた。
 向かい側の「エル・ムンド」には斎藤ペアがいるはずだが、既にヘッドギアを着けているので何も見えない。だが、なんとなく「迫力」のようなものは感じていた。
「やろう、アツシ。斎藤さんたちを倒して、全国へ行こう!」
「おうよ!」
 ――ついに、地区予選準決勝が始まった。
   ***
 バトルフィールドは「農村」マップだった。
 キャラクターの背丈より高い麦が生い茂り、身を隠せる広大な「麦畑」。さえぎるものがない「牧草地」。そして、両者に挟まれる位置にある、家々が建ち並んだ「住宅地」。その三つのエリアからなる標準的なマップだ。アツシ達は「住宅地」に転送された。
 クラスは得意の「重戦士」「長弓使い」のコンビだ。ここまで来て小細工は無駄だと思ったのだ。問題は斎藤ペアがどんな組み合わせなのかだが――。
「アツシ! 右前方に光! 魔法攻撃が来るぞ!」
 エイジの声に、アツシが右前方――「麦畑」エリアの方を見やると、畑の中ほどからまばゆい光が放たれていた。畑の中に隠れている誰かが、「魔法攻撃」を放とうとしているのだ。ギリギリ長弓で狙えない距離だ。
 迎撃が無理だと判断すると、アツシ達はすばやく近場の住宅に逃げ込み身を隠した。直後、外から熱風と轟音が舞い込んでくる! 先ほどまで二人がいた場所に「魔法攻撃」が降って来たのだ。
「どうも上手く誘導されちゃってるみたいだね。もう一方のクラスは、やっぱり長弓使いかな?」
「まだ何とも言えないな。案外、ダブル魔法使いかもしれないぞ?」
「ははっ、まさか。ダブル魔法使いは大東中の人たちも使ってたけど、練習試合ならではの奇策だからね。大事な試合でそんなリスクのあることをやるはずが――」
 アツシの冗談にエイジが笑顔を見せながら答えた、その直後。二人が隠れている住宅を、衝撃と熱波が襲った!
「ぐわぁ!? な、なんだ?」
「アツシ、魔法攻撃だ!」
「はぁ!? だって、まだ数秒しか経ってないぞ。魔法攻撃はそんなに連発できるもんじゃ――って、まさか」
 アツシは冗談で言ったつもりだったが、もはや疑いようがなかった。魔法攻撃が連続で来たということは、相手のクラスは二人とも「魔法使い」に違いない。
「まさか、天下の斎藤ペアがそんなリスキーな作戦を立てるなんて!」
「驚いてる場合か! この建物はもうダメだ。逃げる……いや、攻めるぞ!」
 マップ上の建物には、それぞれ「耐久度」が設定されている。体力と同じで、ゼロになるとその建物は倒壊する。それに巻き込まれれば、アバターもダメージを受けてしまう。最悪、建物に押しつぶされて一巻の終わり――ということもあり得るのだ。
 二人は慌てて建物から逃げ出し、その足で「麦畑」へと向かった。「麦畑」まではかなりの距離があったが、反撃するには、まずは長弓の射程内に敵を捉えなければならない。逃げるのではなく、攻めるしかないのだ。
「くそ、これも斎藤さんたちの作戦の内、か!」
 エイジが珍しく舌打ちをする。恐らく、「魔法使い」二人という敵の組み合わせは、エイジの予想を超える奇策だったのだろう。
 だが、エイジなら必ず「勝利へのカギ」を見付けてくれると、アツシは信じていた。だから今は、自分の「野生のカン」でこの場を凌いでみせると、感覚を研ぎ澄ませた。
 そのまま、全速力で「住宅地」と「麦畑」の境目まで駆ける。――と、その時。右前方と左前方で、ほぼ同時に畑の中が光った!
 斎藤ペアが同時に「魔法攻撃」を発動した証だった。あと十数秒後には攻撃が飛んでくる。
(狙いはオレ達が進む先か? それともオレ達が避けるのを見越して、逃げる先に撃ってくるか? ……どちらにしてもジリ貧だ。だったら――)
 アツシは、走りながら長弓を構え、引き絞った。射程はギリギリ。動きながらの弓攻撃は命中精度がガクンと落ちる。しかも、相手は畑の中に隠れている。漏れ出てくる光でおおよその位置は分かるが、あくまでも「おおよそ」だ。常識的に考えれば、当てるのは難しい。
(これで当たったら――我ながらスゴイぞ!)
 だが、今は自分の腕とカンを信じるしかない。「魔法攻撃」が飛んでくるであろう数秒前、アツシは祈りを込めながら矢を放った。
 矢は恐るべきスピードで弧を描きながら麦畑の頭上を飛び――右前方の光の中心に飛び込んでいった。次いで、麦畑の上に「100」の数字が浮かぶ。
(やった!)
 当たり損ないだったが、「魔法攻撃」は準備中に攻撃を受けると、その時点で強制的に中断させられてしまう。これで片方の攻撃は防いだことになる。ならば、もう片方は――。
「アツシ! そのまままっすぐだ!」
 エイジの言葉通り、アツシは進路を変えずまっすぐに「麦畑」へと突っ込んだ。すると、アツシ達のすぐ右手側に「魔法攻撃」が着弾し、畑を焼き払った!
 ――危なかった。もし少しでも躊躇したり、欲を出して右側の「魔法使い」を追撃しにいったりしていたら、二人とも今頃コンガリ丸焼けになっていたことだろう。
「アツシ、さっきみたいに移動しながら右前方の敵に向かって矢を放てるかい?」
「できるけど、敵さんもう移動してると思うぞ」
「カンでいいから『ここだ!』ってアツシが思うところに、とにかく射ちまくってくれ!」
「オッケー!」
 エイジには何か作戦があるらしかった。ならば、アツシはそれを実行するだけだ。
 アツシは走り続けながら、何となく「この辺かな?」と思ったところに、次々と矢を放ち始めた。他のクラス相手ならば自分の位置を敵にわざわざ知らせるようなものだが、相手は「魔法使い」だ。どうせ「使い魔」の偵察スキルでこっちの位置は最初からバレバレなので、今更だった。
「全然当たってないけど、これでいいのか?」
「うん。そのまま続けて。右側の敵に対するけん制になれば十分だから。そちらの攻撃が手薄になれば、左側の敵に接近しやすくなる」
「なるほど、本命はそっちってわけか」
 ようやく、アツシにもエイジの作戦が分かってきた。右側の敵「魔法使い」をけん制しつつ、左側の敵に狙いを絞って接近し、先にそちらを倒してしまおうということのようだ。つまりは「各個撃破」だ。
 そのまま「麦畑」の中をジグザグに駆け抜けながら、アツシは右側にけん制の矢を放ち続けた。
 そのけん制が効いたのか、右側からの魔法攻撃がピタリと止んだ。だが、左側からの「魔法攻撃」は断続的に飛来し、アツシ達の走るスレスレの場所に何度も着弾した。
 しかし、「魔法使い」の攻撃は発生までに時間がかかる上に、自分の位置を相手に知らせてしまう欠点がある。攻撃すればするほど、敵の接近を許すリスクは増していくのだ。
 敵もそのことを理解しているのか、段々と手数が減っていき――やがて、相手方の攻撃が止んだ。恐らく、アツシ達に距離を詰められるのを嫌がって、逃げの一手を打っているのだろう。
 チラリと残り試合時間を確認すると、なんともう五分程度しかない。残りわずかだった。既に十分ほどの時間が経過している計算になるが、体感ではもっと短く感じられた。
 やっている事自体は単純なものだったが、そこまで時間を短く感じる程に、アツシ達は集中していたらしい。
 この手の感覚は、バドミントン時代にも何度か経験していた。強敵との試合で集中力が極限まで高まった時、まるで時間が圧縮されたかのような感覚に包まれ、気付けば試合が終わっていた、等ということがあったのだ。
 相手が前回王者という強敵だからこそ、起こった現象と言えるかもしれない。
 ――と。
「おかしい、あまりにも敵に動きが無い」
 不意にエイジが不審そうな声を上げた。確かに、先ほどから右側の敵からも左側の敵からも攻撃がない。まるでどちらも逃げの一手を打っているかのような――。
「しまった! アツシ、すぐに引き返そう! 敵はもうこの『麦畑』を捨ててる! 『住宅地』の方へ移動してるはずだ!」
「ど、どういうことだ?」
「こちらが各個撃破を狙っていた、その裏をかかれたんだ! 僕らは相手を追い詰めていたつもりだったけど、実際にはおびき寄せられたいたんだよ――って、アツシ後ろ!!」
 エイジの悲鳴交じりの声に振り向くと、アツシ達の遥か後方、「住宅地」寄りの辺りの麦畑から光が漏れていた。しかも二つ。ずっと前の方を警戒していたせいで、後ろに回られたことに全く気付いていなかったのだ。
 ――そして、気付くのがあまりにも遅かったようだ。今まさに、二つの光から巨大な火の玉が発射され猛スピードでアツシ達めがけて飛来し……。
「アツシ、後は……任せた!」
 突然エイジがアツシのアバターを持ち上げ、ハンマー投げのようにグルグルと振り回し遠心力を付けて――投げた!
 流石は「重戦士」、凄いパワーだった。アツシのアバターは完全に宙を舞っていた。地面がはるか遠い。そして――そんなアツシとすれ違うように、二つの火球がエイジめがけて飛んでいった。
「っ!? エイジィィィ!!」
 アツシの眼下で、エイジのアバターが二つの火球の直撃を受けていた。二発分の「魔法攻撃」を盾で防がずまともに食らったのだ。エイジの体力は一気に削られ……ゼロになった。
(――オレ達の負け、か?)
 アツシの脳裏に「敗北」の二文字がよぎる。だが、エイジは「後は任せた」と言った。ならば、アツシが簡単にあきらめるわけにはいかなかった。
 体はまだ宙を舞っている。地面に落ちるまで、あと数秒はかかるだろう。
 はるか向こう、「右畑」エリアと「住宅地」エリアの境目の辺りに、二人の「魔法使い」の姿がはっきりと見えた。アツシはその姿をしっかりとアバターの両眼で捉えると、宙を舞ったまま長弓を引き絞り――矢を放った。
 まさか。その状態から矢が飛んでくるとは思ってもみなかったのか、「魔法使い」の片方の胸にアツシの放った矢が直撃した。ダメージ表示は「1000」。「魔法使い」なら間違いなく撃破できているダメージだった。
(もう一人……)
 そのまま次の矢を放とうとして、アツシふと気づく。もう地面が目の前に迫っていた。
 慌てて受け身を取ろうと体をひねったが時すでに遅く、アツシは背中から地面に落下した。体中に衝撃が走り、「200」のダメージ表示がチカチカとした視界に乱舞する。残りの体力は「800」。「魔法攻撃」の当たり損ないでも、下手をすればやられてしまうレベルだった。
 ぼやぼやしている時間はない。アツシは、すばやく体を起こし弓を構えた。
(どこだ? もう一人の敵はどこだ!?)
 今のアツシは冴えに冴えている。敵の姿がチラリとでも見えれば、一瞬で射抜く自信があった。
「さあ、出てこい! オレは……ここだ!」
 叫ぶ。ゲームのシステム上、どんなに大声で叫んでも相手に聞こえるわけではないのだが、アツシは叫ばずにはいられなかった。
 今の攻防の間に、残り時間が更に減っていた。いくら相手が鈍足の魔法使いであっても、隠れ場所の多い「住宅街」エリアの中で逃げの一手を打たれれば、あっという間に残り時間が無くなってしまう。
「うおおおおおおおおおおっ!」
 雄たけびを上げながら、麦畑の中を疾走する。少しでも早く、少しでも近くに敵の姿を捉えなければならない。だが、敵の姿はどこにも見えない。一方の「魔法使い」がやられている間に、もう一方は素早く逃げの一手に切り替えたのだ。
 そして、逃げているということは、敵には「自分の残り体力の方が多い」という自信がある訳で――。
 生き残っているのが、たとえアツシが「100」のダメージを与えた方だとしても、その残り体力は「900」だ。対するアツシの残り体力は「800」このままでは、確実に負ける。
 だが、時間は無情にも過ぎていく。「住宅街」エリアは残酷なまでに遠い。敵の姿はどこにも見えない。
 そして――5,4,3,2,1……運命を告げるブザーが鳴った。
『そこまで! 時間切れ、試合終了! 体力残量の合計は……金沢第二が「900」! 梶原が「800」! よって勝者は――金沢第二中学校・斎藤ペア!』
 無情にも、運営のアナウンスがアツシ達の敗北を告げた。
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