ダブルス!

澤田慎梧

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第三話「今までと、これからと」

一.初めての練習試合

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『練習試合!?』
「そう、練習試合。アタシの……友達が沖縄の学校にいるんだけど、その子が所属してるeスポーツ部が中々の強豪らしいのよ。それで、ウチの部の話をしたら『良かったら練習試合しませんか?』って」
 六月に入り、段々と雨の日が多くなってきた頃のことだ。レイカが「練習試合をセッティングできるかも」と言ってきた。
 今、沖縄ではeスポーツが盛んになっていて、部活レベルでも強豪校が多いそうだ。しかもレイカが紹介してくれるという学校は、「名護市立大東中学校」と言って前回の「ダブルス!」全国大会出場校だという。
 沖縄県の出場枠はわずかに一つ。つまり大東中学校は、前回の沖縄大会優勝校ということになる。
「沖縄の大東中学校……なるほど、結構な強豪みたいですね。『ダブルス!』以外のゲームでも、全国大会の常連らしい。そんな強い所が、よくウチみたいな初心者マークとの練習試合を申し出てくれましたね」
 エイジが黒縁メガネを「クイッ」としながら先輩に尋ねる。別に恰好つけているのではなく、メガネの通信機能を使って大東中学校の情報を検索していたのだろう。
「あはは、それはね、ちょっと理由があって……。その友達って言うのがね、去年までこの学校に通ってた人なの。しかもバドミントンの経験者で、アツシくんとエイジくんのことも知っててね。二人がeスポーツを始めたって教えたら、スゴイ食いついてきて」
「へぇ、もしかしてオレ達も知ってる人ですか?」
「ううん、二人は会ったことないはずだよ。……本当なら、今年二人に紹介できてたかもなんだけどね」
 そう言って、レイカは何故か少しだけ暗い表情を見せた。その表情に、アツシはピンくるものがあった。
(もしかして、レイカ先輩が選手を辞めたのって、その友達が関係してるのか?)
 何となくではあるが、そう思った。だが、尋ねはしない。何となく、訊いてはいけない気がしたのだ。
「とにかく! 二人さえ良ければ明日にでも早速セッティングできるけど、どうする? 小峠先生には先にオッケーしてもらってる」
「……それなら断る理由はない、よな? エイジ」
「そうだね。先輩、その話ぜひとも受けてください」
 そういうことになった。
   ***
 ――翌日。
『はじめまして。大東中学eスポーツ部の部長、渡辺です』
『私は二年の樋口です。去年の途中までそちらの中学にいました。……違う競技でとはいえ、あの須磨・渋沢ペアと戦えるなんて、光栄です』
 アツシ達は「ダブルス!」内にある大東中学の「ホーム」に招かれていた。白い砂浜に波が打ち寄せる、美しい海岸が彼らの「ホーム」だった。
 目の前には色黒短髪のイケメンと、ヒョロリと背の高い女子がいる。イケメンの方が渡辺、女子が樋口だ。そして、この樋口がレイカの友達というわけだった。
「須磨です! よろしくお願いします!」
「渋沢です。光栄とまで言われると、さすがにくすぐったいです。ボクらなんて関東大会止まりでしたから」
 アツシ達も自己紹介して返し、渡辺と樋口と、それぞれ握手をかわす。
 アバターなのにわずかに体温を感じて、アツシはちょっとドキッとした。面識のない年上の女子と握手したのは久しぶりだった。
『ふふ、謙虚なんですね。二人は強豪ひしめく関東大会でも注目のペアだったじゃないですか。――その実力が「ダブルス!」でも健在なのかどうか、楽しみです』
 樋口が、そのキレイな顔に不敵な笑みを浮かべる。アツシはまたもやドキッとしてしまい、軽く頬を染めた。
(イカンイカン! レイカ先輩も見てるのに鼻の下伸ばしてる場合じゃない!)
 今回は学校の部同士の正式な交流ということで、ホームにいる間のアバターは四人とも本人の外見そっくりなものになっている。もちろん服装は制服だ。
 遠く離れた沖縄にいる人たちと、実際に会っているかのような感覚で話ができる――アツシ達は、改めて「エル・ムンド」のフルダイブ技術のすごさを思い知らされた気分だった。
『さて、時間もあまりありませんし、練習試合開始といきましょうか。そちらの準備はよいですか?』
「問題ありません。では、予定通り三本勝負。クラスは試合ごとに変更ありで」
 渡辺の確認に、エイジがうなずく。いよいよ、初めての素性を知っている相手との試合が始まる。
(なんか、ドキドキしてきた)
 誰にも悟られぬよう、アツシは心の中でそう呟いた。
   ***
 第一試合のマップは、東南アジア風の「漁村」だった。
 バトルエリアが海、村、そして熱帯雨林の三種類に分かれている。中々トリッキーなマップだ。
 アツシとエイジは様子見とばかりに、得意の「長弓使い」と「重戦士」の組み合わせで出撃した。出現ポイントは「村」エリアのただ中。建物が多いので、身を隠しやすそうに見える。
 「さて、敵さんはどんなクラスでどんな攻撃を仕掛けてくるやら」と、二人が漁村の粗末な建物の陰に隠れながら、相手チームの動きを探っていると――。
「アツシ! ボクの後ろに隠れるんだ!」
 エイジが盾を構えてアツシをかばうように前に出た。その直後、二人に矢の雨が降り注いだ! しかも、左右両方からの挟み撃ちだ。
 とっさに盾で自分とアツシの身を守るエイジだったが、「重戦士」の盾は一方向からの攻撃しか防げない。片方からの攻撃は全て防いだが、もう片方の矢が無防備なアツシ達に雨あられと突き刺さる。
 それでも、「重戦士」であるエイジのダメージは軽微だった。硬い鎧が幸いしたのだ。だが、防御力に劣るアツシはそうはいかない。体力の半分を削られてしまった。
「な、なんだ今の!?」
「多分、あっちは『短弓使い』のコンビなんだ。それぞれボクらを挟んで線対称の位置取りをして、挟み撃ち……って感じだろうね」
「なるほど。中距離から一方的にこちらを釘付けにする戦法か」
 安全な距離を確保しつつ、中距離からこちらの体力をコツコツと削る。地味だが確実な戦法だ。「軽戦士」がいれば矢を避けつつ距離をつめて攻撃できたのだろうが、、あいにくとアツシ達のクラスは揃って鈍足だ。
 運が悪いとしか言いようがない。
「仕方ない。アツシ、ボクが表に出てオトリになるから、アツシは片方の『短弓使い』の位置を割り出して、攻撃してくれ」
「りょーかい!」
 一度方針を決めればアツシ達の行動は速い。エイジが建物から飛び出す。すると、たちまち矢の雨が降り注いだ。
 アツシは建物の中からそれを観察し、矢の飛んでくる方を見定めようとした。窓から様子を窺うと……いた。熱帯雨林エリアで、木の陰から陰へと素早く移動しながら短弓を連射する男の姿が見えた。
 おそらく渡辺だろう。
 そのまま、相手から気付かれないように、窓枠ギリギリのところで弓を構え狙いを定める。まだあちらには気付かれていない。これなら――と思った、その時だった。
「っ!?」
 視界の端に、何か動くものが見えた――と思った次の瞬間、アツシは何かの攻撃を受けて倒れていた。
 体力表示は無情にも「0/1000」を示している。完璧にしてやられた。
 「ダブルス!」では、体力がゼロになるとその場で地面に倒れ動けなくなる。ただ、視界を動かすことだけはある程度できる。自分を倒した相手の確認くらいはできる仕組みだ。
 だからアツシも、自分を倒した相手を確認しようと視界を動かしてみたところ……なんと、窓のすぐ外に女の「短弓使い」が立っていた。樋口だ。
 どうやらアツシが渡辺に気を取られている間に、こっそりと近寄ってきていたらしい。つまりアツシがエイジをオトリにしたように、樋口も渡辺をオトリにしていたわけだ。
 同じ作戦だったのに後れを取った形になる。アツシは動けぬ体のまま、悔しさに歯ぎしりした。
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