ダブルス!

澤田慎梧

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第一話「新たな『ダブルス』」

六.「結果を出せ」

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「遅かったな、アツシ」
「げぇ、オヤジ……」
 アツシが帰宅すると、玄関を上がったところで父親のタカシが仁王立ちして待ち構えていた。どうやら、今日は仕事が早上がりだったらしい。
 その表情は険しく、明らかに怒っていた。それも、かなり。
「話がある。夕飯食べたら、そのままリビングに残れ」
「……分かった」
 それだけ返事をして、逃げるように自分の部屋へと駆け込む。
 タカシの怒りようはただ事ではなかった。……が、アツシにはその理由に察しがついていた。先延ばしにしていたツケが回って来たのだと、覚悟を決める。
 部屋着に着替えてリビングへ向かうと、キッチンからは豪快な炒め物の音が響いていた。母親はまだ仕事から帰って来ていないので、タカシが夕食を作っているのだ。
 恐らくだが、得意料理のチャーハンだろう。タカシの料理はとにかく味が濃くて量が多い。きっと山盛りのチャーハンが出てくるに違いなかった。
   ***
「いただきます」
「……いただきます」
 二人で手を合わせて、黙々と夕飯を食べ始める。
 出てきたのは、アツシの予想通りチャーハンだった。ラーメンどんぶりをひっくり返したかのような大盛りの、ガーリックチャーハンが今晩のメニューだ。
 傍らには、やはり大盛りのサラダがそびえ立っていた。
 正直、育ち盛りのアツシでも食べきれるかどうか分からない量だ。それでも残さず食べる以外の選択肢は、アツシに与えられていなかった。
 タカシは生まれる時代を間違えたかのようなガンコ者で、とても厳しい父親だった。料理を残そうものなら、それはそれは盛大に怒られることだろう。
 ――しばらくの間、レンゲがチャーハン皿を叩く音ばかりがリビングに響いた。
 そして十数分後、お互いに完食したのを確認すると、タカシがおもむろに切り出した。
「バドミントン部を辞めたそうだな」
 「やっぱりその話か」と、うんざりしながらアツシが無言でうなずく。
「なぜだ?」
「なぜって……他にやりたいことができたから、じゃダメか?」
「ダメではないが、ならなぜ事前に父さんや母さんに相談しなかった。反対されると思っていたからなんじゃないのか?」
 タカシの言葉に思わずギクリとする。
 スポーツには金がかかる。アツシがバドミントンをやっていた小学校の六年間、ずっとクラブにも入っていた。もちろんタダではなく、毎月安くない月謝を払っていた。ラケットやシューズ、ウェア代だってかなりの金額になったはずだ。
 それをあっさり「やめる」と言えば、当然反対される。そう思ったので、アツシは「eスポーツ部」を作ってきちんと活動を始めて「今更やめたら周りに迷惑がかかる」という状況になってから、両親に打ち明けようと考えていたのだ。
 しかし、そもそもの話だが、一体どこからバレたのだろうか?
 アツシにはそれが不思議だった。が――。
「お前の学校のバドミントン部のコーチな、父さんの後輩なんだ。そいつから『息子さんが突然辞めてしまった』と連絡があってな。びっくりしたぞ」
 タカシがあっさりと情報元を暴露する。どうやらコーチから漏れたらしい。「個人情報の管理はどうなってるんだ?」と、アツシは内心で悪態をついた。
 そもそも、バドミントン部のコーチには、入部初日の挨拶以来、指導はおろかまともに会話してもらった事さえないというのに。
「その……オレにも深い事情ってやつがあって……」
「ほう? なんだ、その事情とやらは。話してみろ」
 腕を組んで、鬼瓦もかくやといった表情を見せるタカシ。
 アツシは仕方なく、「eスポーツ部」設立までの出来事を父親に語り始めた。
「――なるほど、エイジくんの事故のことは話には聞いていたが……確かに、決して軽い理由ではないようだな」
「だろ? 別に不真面目な理由で新しい部を創ったわけじゃないんだ。問題ないだろ?」
 しかし、アツシの話を聞いてもタカシの表情は硬いままだった。
「ああ、お前なりに考えた結果だというのは分かった。事情も理解できる。だが、それならなんで父さんや母さんに一言も相談しなかったんだ?」
「それは……」
「お前の中にやましい気持ちや甘えがあったんじゃないのか? 父さんが怒っているのはそういう部分だ。お前がまっすぐに気持ちをぶつけてきてくれれば、父さんたちも喜んで賛同しただろう。だが、お前は嘘をついた。父さんたちをだまして、その場を乗り切ろうとした――お前の言う『全国』は、そんな甘い気持ちで辿り着ける場所なのか?」
「……」
 父親の言葉に、アツシは何も答えられなくなってしまった。まったくの図星だった。
 一分一秒でも早くエイジと新しい世界へ飛び込みたかった。だから、両親に反対されてもたつくようなことには、なりたくなかった。
 だがそれは、結局アツシの「甘え」でしかなかったらしい。目の前の問題をちょっと横に置いておいて、近道をしようとしてしまったのだ。
「今更、新しい部を辞めろとは言わん。だが、お前の覚悟を示せ」
「覚悟……? えーと、具体的には?」
「言葉はこれ以上いらん。結果で示せ。その、夏の全国大会とやらで結果を残せ。できなければ、バドミントン部へ戻れ。それが嫌なら、お前がこれからやろうとしていることが、バドミントンをやっていた六年間よりも重いものだと、お前自身で証明してみせろ――」
 タカシの話はそれで終わった。
 つまり、eスポーツ部を続けたかったら、夏の大会でいい成績を残せ、ということらしい。
 eスポーツは遊びではない。それこそ、アツシとエイジが小学生の六年間をバドミントンに費やしたように、小さな頃からeスポーツに打ち込んできた少年少女たちが、山のようにいるはずだった。
 決して簡単なことではない。
(でも、やるしかない。やるしか、ないんだ――)
 自分の甘えが生んだ問題だ。エイジ達にはとても相談できない。
 アツシは一人、新たな決意を固めた。
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