ダブルス!

澤田慎梧

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第一話「新たな『ダブルス』」

三.新たな「全国」との出会い

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「らっしゃいませ~」
 コンビニに立ち寄ると、茶髪にピアスのチャラチャラした店員さんがアツシを出迎えた。見た目はちょっと怖いが、この店で長くバイトをしている馴染みの店員で、接客は普通だ。
 特に用事があって寄った訳では無いので、なんとなくマンガでもチェックしようと、アツシは雑誌棚へと向かった。
 まだ読んでいなかった「週刊少年コミック」の最新号を手に取ると、表紙は珍しく水着の女の人の写真だった。
 強調された胸の谷間が、思春期のアツシにはとてつもなく魅力的なものに見え、ドキッとした。けれども――。
(この人より、先輩の方が大きかったかもな)
 ふと、レイカの水着姿と大迫力であろう胸の谷間を妄想してしまい、ぶんぶんと頭を振りながら雑誌を棚に戻す。
 これ以上いやらしい妄想をすれば、きっとレイカと次に会った時に気まずい感じになってしまう。アツシは持てる理性を総動員して、その不埒な妄想を追い払った。
 気を取り直して、今度は色々なスポーツの話題が載っている雑誌を手に取る。真面目な雑誌なので、可愛い女の人の水着写真などは、間違っても載ってない――競泳選手の水着はあるかもしれないが、それをいやらしい目で見るのは失礼だという程度の常識は、アツシも持ち合わせていた。
 適当にパラパラとページをめくっていると、ある記事が目に留まった。
『小学生チャンプの小林・佐野ペア、横浜市立金沢第二中学に進学。中学でも全国制覇を目指す』
 バドミントンのコーナーの片隅に載っていたのは、小学生最後の大会でアツシとエイジのペアを破った、小林・佐野ペアの話題だった。二人はあの後、全国大会でも優勝を果たし連覇を達成していた。
 こうして雑誌で取り上げられるほどの「期待の新星」という訳だ。
 ――それに引き換え、オレは何をやっているんだろう?
 アツシの心に、やり場のない焦燥感と敗北感が去来する。
 エイジという唯一無二の相棒を失い、部活では偉そうな先輩たちに基礎練習を強いられる日々。憧れのレイカも選手を辞めてしまい、おまけに先程は何だか気まずい雰囲気にもなってしまった。
 イライラとも悲しみともつかない気持ちの悪い感情が、胸の中で渦巻く。思わず雑誌を床に叩きつけたくなったが、生来の育ちの良さがアツシの正気を呼び戻す。
 「コンビニの売り物を乱暴に扱っちゃいけない」と、少しだけ深呼吸すると、アツシは雑誌をそっと棚に戻した。が――。
「あれ、これじゃ逆向きじゃんか……」
 よく見れば表紙が裏を向いてしまっていた。後で、あの茶髪ピアスの店員さんが直してくれるだろうが、アツシの顔は覚えられているはずだ。今後の印象が悪くなるかもしれない。
 「ちゃんと直しておこう」と雑誌を再び手に取り――アツシの目は、裏表紙に引き寄せられた。

 そこには、ファンタジーなキャラクター達が描かれていた。重そうな鎧を着こんだ戦士や、長い弓を構えた男、魔法使いっぽい女などが思い思いのポーズを決めている。どうやら、何かのゲームの広告らしかった。
『対戦型フルダイブ・アクション「ダブルス!」全国大会は今年も開催! 二対二の戦いを制し全国制覇を目指せ! 中学生の部・高校生の部・成人の部 エントリー受付中! 詳しくは雑誌内の特集記事を参照!』
 そのゲームには見覚えがあった。前に、テレビやネット動画で特集されていたものだ。
 「フルダイブ」というのは、特殊な機械を使って「実際にゲームの中に入ったかのような」環境で遊ぶことができるゲームだ。「アバター」と呼ばれるキャラクターに乗り移り、ゲームの世界の中を自分の体を動かす感覚で、自由に歩き回れる。視覚はもちろんのこと、音や物に触った感触も再現される、凄い技術らしいと記憶していた。
 このゲームは、その「フルダイブ」技術を使ってゲームの中に入り込んで、キャラクターになりきって対戦するものだ。二人一組のチーム同士で対戦するので「ダブルス!」という訳だ。
 確か、数年前からeスポーツの大会の正式種目にもなっていたはずだった。だが、中学生部門があるのは知らなかった。
 「詳しくは雑誌内の特集記事を参照」とある。再び雑誌を開くと、何ページにもわたる特集記事が見付かった。先程は気付かなかったものだ。とても立ち読みで覚えられる分量ではない。
(……仕方ない。ちょっと高い雑誌だけど、買って帰ってきちんと読もう)
 レジで手早く会計を済ませてコンビニを出ると、茶髪ピアスの店員さんの「あっしたー」というやる気のない声が背中越しに聞こえた。
   ***
 家に帰ると、アツシは着替えもそこそこに雑誌を机の上に広げ、読み始めた。
 アツシがこのゲームを気にしているのには、ある理由があった。
 「フルダイブ」の技術は、元々は障がい者――つまり手足や目や耳が不自由な人たちが、障がいを気にせずに広い世界に触れられる環境を実現することが、目的の一つだった。この「ダブルス!」の選手の中にも、目が見えない人もいれば耳が聞こえない人もいる。当然、手足が不自由な人もいる。
 つまり「フルダイブ」環境なら、エイジも元の身体と同じように飛んだり跳ねたり見たりできるはずなのだ。
 そして、この「ダブルス!」は二人一組のチームで戦う対戦ゲームであり、大会には中学生部門もある。
「これだ……これだよ!」
 我知らずそんな独り言をもらすくらいに、アツシは興奮していた。
 この「ダブルス!」なら、またエイジと一緒にペアを組んで「全国」を目指せるんじゃないか? と。
 ――もちろん、問題はいくつかある。細かいものも多いが、主な問題は二つ。
 一つ目は最も重要な問題だ。そもそも、エイジが「ダブルス!」に興味を持ってくれるかどうか、分からない。これは根気強く説得するしかないだろう。
 二つ目は、「フルダイブ」用の機械がとても高価なことだ。中学生のおこづかいで買えるレベルではなかった。
 だが、そちらについては雑誌の特集記事に解決のヒントが載っていた。記事にはこうある。
『なお、中学生部門・高校生部門は学校単位での参加のみとする。部活動などでフルダイブマシン「エル・ムンド」を必要とし、かつ所持していない学校には、無償での貸与を検討する』
 「無償での貸与」――つまり、部活なら無料で貸してくれるという訳だ。
 エイジを誘う為に学校中の文化部を調べて回ったことがあったが、eスポーツの部はなかった。もちろん、運動部側にもない。学校紹介などで、フルダイブマシンの「エル・ムンド」とやらが設置されているという話を聞いたこともない。
 つまり、アツシが新しく部を創れば、「エル・ムンド」をタダで貸してもらえるかもしれないのだ。
 大会へのエントリーは、この記事を読んでから参加を考える人のことを考えてか、七月頃が締め切りになっている。まだ十分に時間の余裕があった。
「でも、部ってどうやって作るんだろう?」
 アツシ達が中学に入って、まだ一ヶ月も経っていない。学校の決まり事など、半分も覚えてはいなかった。
「明日、担任の先生にでも訊いてみるか」
 アツシの頭の中には既にバドミントン部のことなど欠片もなく、エイジと共にまたペアを組んで「全国」を目指せるかもしれないという想いばかりが、グルグルと回っていた。
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