ダブルス!

澤田慎梧

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プロローグ.「中学生になったら」

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 ――二〇三一年の秋のことだ。
「終わったぁぁぁ!」
「終わったね」
 大きな体育館の片隅で、アツシとエイジの二人は建物の大きさに負けない程の、大きなため息を吐いていた。少し離れたところでは、そんな二人をよそに表彰式が始まっている。
 その日は、この「関東小学生バドミントン大会」で、アツシとエイジのペアが小六ダブルス部門の優勝を飾る……はずだった。だが、結果は準々決勝敗退。よりにもよって前回の全国優勝ペアと早々に当たってしまい、惜敗したのだ。運が悪いとしか言いようがなかった。
「まあ、決勝で当たってたとしても、きっとボクらは勝てなかったよ」
「……強かったな、あいつら」
 エイジの言葉にアツシも頷く。今日の優勝ペアにして、アツシ達を準々決勝で降した小林・佐野ペアのプレイは完璧だった。パワーも、スピードも、テクニックも、そのどれもがアツシ達の一つ上をいっていた。スコア上は接戦だったが、事実上の完敗だった。
 アツシ達にとっては、今回が小学生最後の大会だ。悔しさも今までの比ではない。
『はぁ~』
 やり場のない悔しさを吐き出すかのように、アツシとエイジの口から同時にため息がもれた。――と、その時。
「アツシ少年にエイジ少年! ため息ばっかりついてると、運が逃げていくよ?」
 アツシ達の背後から、場違いに元気な女の子の声が聞こえてきた。
「ん~? ああっ! レイカ先輩!」
 振り向くと、そこにはアツシの憧れの先輩、ひじりレイカがまぶしい笑顔を浮かべ立っていた。
 レイカはアツシとエイジの一つ上。地元のバドミントンクラブの先輩だった。今日は中学の制服であるブレザーに身を包んでいて、アツシにはそれが何だかとても大人っぽく感じられた。
「惜しかったじゃん、二人とも」
「そう……見えましたか? ボク達はボロ負けだと思うんですが」
 レイカの言葉をなぐさめだと思ったのか、エイジがちょっと不機嫌になる。「オレの大好きな先輩になんて態度だ!」と、心の中でエイジを責めながらも、アツシもレイカのその言葉には疑問があった。「誰が見てもボロ負けだったと思うんだけど」と。
「そんなことないよ! 小林・佐野ペアは確かに強いけど、アタシの目から見れば二人との実力差はそこまでじゃない。『次』はきっと勝てるよ!」
「次って……レイカ先輩。もうオレ達の大会は終わっちゃいましたよ」
「何言っているの? 来年には中学生でしょ。次は中学大会でリベンジよ!」
 そのまま一人で「エイエイオー!」等と声を上げるレイカの姿に、二人は顔を見合わせ、はたと気付く。
 確かに、小学生の大会はこれで終わりだ。けれども、アツシ達には「次」がある。中学と言う新しい舞台が待っているのだ。
 二人は頷きあうと、レイカと一緒に「エイエイオー!」と威勢よく気合いの声を上げ始めた。表彰式を観ていた人々に、「なんだなんだ」と奇異の眼を向けられるのも気にせずに。
 今度こそ、自分達のペアこそが最強だと証明してやるのだ、と。

 ――けれども、この願いが叶うことはなかった。

 大会が終わってしばらく経った、ある日のことだった。
 アツシとエイジはご近所同士ということもあり、毎日のように一緒に登校していた。だが、その日は珍しくエイジが寝坊して、アツシは一人で小学校へと向かっていた。
 そしてアツシが小学校の校門に辿り着いた、その時。背後からけたたましいサイレンの音が響いてきたのだ。
 パトカーでもない、消防車でもない、救急車のサイレンの音が。
 アツシは恐らく、そのサイレンの音を一生忘れられないことだろう。
 果たして、それは「虫の知らせ」というものだったのか。アツシはそのサイレンの音に不思議な胸騒ぎを覚えて、気付けば通学路を駆け戻り始めていた。
 そして――その光景を目にした。
 見慣れた通学路は、見たこともない赤い世界に変わっていた。
 救急車のライトの赤、レスキュー車の車体の赤、歩道とアスファルトに散らばった赤いナニカ。
 赤、赤、赤。全てが赤に染まっていた。
 そんな赤い世界の中に、見慣れた顔があった。
『なになに? 事故?』
『子供が轢かれたらしいわよ』
『うわぁ……あれはもう駄目かもなぁ』
 ――そんな、野次馬たちが漏らすイミノワカラナイ呟きの中、救急隊員らしい大人達に囲まれて、エイジによく似た少年が倒れていた。
 顔は間違いなくエイジのものだったが、それが本人なのかどうか、アツシにはとても自信が持てなかった。
 何故ならば――何故ならば、エイジの顔は半分真っ赤で、もう半分は真っ青で。
 何より足が――足が両方ともあり得ない方向に曲がっていた。握るとゆらゆらと揺れるヘビの玩具みたいにグネグネグネグネ、グネグネグネと……。
 ――その後のことを、アツシはよく覚えていない。
 救急車で運ばれていくエイジのことを呆然と見送り、野次馬たちがいなくなっても、ただただ、そこで立ち尽くしていたことだけが、霧の向こうの出来事のように、ぼんやりと頭の中に残っているだけだった。
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