旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧

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第四話「『動く! 校長先生のお面』事件」

1.たまには何でもない日常を

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 「占い研究会乗っ取り事件」から数日が経った、六月中旬。俺達は平穏な日常を取り戻していた。
 基本的には、奇術部の部室に入り浸って奇術の勉強をしたり、はたまた真白先輩の道具作りの手伝いをしたり。
 家に帰れば帰ったで、毎日のように俺の部屋に入り浸る舞美が待ち構えている。彼女が古いファミコンのソフトを適当に遊び始めるのをぼんやりと眺めながら、雑談に花を咲かせたりして、一日が終わる。
 そんな、何でもない日常が数日ほど続いている。

 この時期は既に日が長くなっていたので、電灯の無い旧校舎にも長居出来るようになっている。けれども、先輩はきちんと下校時刻を守る人だった。
 他の部活の連中のように、教師の目を盗んで遅くまで部室に残る、なんてことはしない。自然、俺も下校時刻にきちんと帰るという、極めて健全な高校生活を送っていた。

「それじゃあ、藤本くん。また明日」
「はい、また明日」

 部室の戸締りをきちんとして、職員室に鍵を預けてから、校門まで先輩と歩く。
 お寺の山門のような古めかしい校門を出たところで、先輩と挨拶を交わし別れる。それが俺達の日常となっていた。

 先輩の家は、学校からも程近い「大町」と呼ばれる地域にあるらしい。有名な「小町通り」とは、鎌倉のメインストリートである「若宮大路」を挟んで、ちょうど反対側にある地域だ。
 大町には古い住宅や寺社が点在し、駅前の喧騒からは少し離れている。比企高があるのと同じような、緑豊かな丘も多い。
 なので、何だか落ち着いた「お金持ちが住んでそう」等といったイメージがある。少なくとも、俺の中では。
 真白先輩は祖父母の家で厄介になっているそうだが、どんな家なのか、少し興味があった。

 ――とはいえ、脈絡もなく「先輩の家に行ってもいいですか?」等と言えるはずもなく、今の今まで先輩の家を拝めずにいるのだが。

 さて、そんな真白先輩とは裏腹に、俺と舞美は鎌倉駅から離れた郊外に住んでいる。鎌倉駅から徒歩で四十分強ほど離れた「梶原」地区だ。
 鎌倉の中では古くからある地域の一つだが、戦後に開発が進み、低層マンションが建ち並ぶ団地や、山を一つ切り開いた住宅地があるので、人口は多い。
 その代わり、昔からある商店などは存在しない。スーパーもコンビニも殆どないので、まあ不便ではある。

 ただ、何かと道路事情が悪い鎌倉の中にあって、きちんと歩道が整備された大きな道路が通っていたり、循環バスが走っていたり等、交通の便は決して悪くない。ついでに言えば、観光名所になるような場所も少ないので、観光客の姿は殆ど見かけず、静かだったりもする。
 この辺りは一長一短なのかもしれない。

 先輩と別れ、バスに乗るために駅前へ向かうと、辺りはまだ人々でごった返していた。その殆どが観光客か、地元の学生や老人だ。
 鎌倉は都心から電車で一時間という、首都圏の中では手頃な観光地だ。JR横須賀線を使えば東京駅から乗り換えなしで来れるので、足を運びやすいらしい。
 その為なのか、一年の間で観光客の姿を見ない日はないくらいだ。平日休日関わらず、駅前はとても混雑している。

 けれども、これが夜になるとガラリと姿を変える。
 鎌倉の夜は早い。殆どの店は、日が暮れる頃には閉店してしまう。開いているのは数少ないファーストフード店か、お酒を出す店くらいのものだ。
 そのせいで、夜の鎌倉駅前は人通りも少なく、昼間の喧騒が嘘のように静まりかえってしまうのだ。

 地元民の中には、その雰囲気が好きと言う人もいる。だが、遊びたい盛りの若者には少々物足りない。裏路地の居酒屋なら賑やかだが、高校生の身分でそんな場所に行けるはずもない。
 とは言え、高校生ともなれば、ちょっとした夜遊びをしたくなる年頃だ。比較的育ちの良い生徒の多い比企高生だって、例外ではない。

 では、そんな比企高生が夜遊びをしようと思ったらどうするのかというと、電車で他の街へ向かうしかない。
 幸い、二駅隣りの大船駅前は、鎌倉の歓楽街とも呼べる場所だ。ゲームセンターもあるし、遅くまで開いている飲食店も多い。あまり羽目を外さなければ、快適そのものだ。

 更に上級者は、JRを乗り継ぐか、江ノ電こと江ノ島電鉄に乗って隣町の藤沢へと向かう。
 藤沢は鎌倉市の数倍の規模を誇る街だ。条例で高い建物が建てられない鎌倉と違い、駅前には複数のデパートがひしめいている。
 おまけに、この当時大人気だった対戦格闘ゲームのメッカと呼ばれたゲームセンターまであった。
 そのゲームセンターには、様々な「二つ名」を持つ猛者達が日夜集い、鎬を削っていた……らしいが、俺はあまり近寄らなかったので、詳しくない。

 後々知った話だと、そのゲームセンターの常連客には、後年大物芸能人となる某アイドルの卵もいたらしい。
 それを知った時は、「通っておけばよかった」等と思ったものだが。

 ――閑話休題。
 そんな訳で、俺は夜遊びもせず、真っ直ぐに家へ帰ることが多かった。
 鎌倉駅前のバスターミナルから、バスに揺られて十数分かけて梶原地区へと帰るのが常だ。
 鎌倉駅を出発して、若宮大路を抜け、長谷寺や鎌倉の大仏の近くを舐めるように走る路線バスは、外の人には大層羨ましがられる。
 が、地元民にしてみれば、時間帯によっては渋滞が酷いし、ひたすら狭く曲がりくねった道や暗いトンネルを抜ける必要がある、少々不便な路線でしかない。

 観光地というのものは、得てしてそういうものなのだろう。
 他の観光地に住んだことがないから、知らんけど。

 そんな訳で、バスに揺られながら俺は地元である梶原へと舞い戻った。
 
「あ、おおかえり~」

 部屋に戻ると、既に舞美が俺のベッドに陣取ってファミコンを始めていた。

「……舞美。いつも言ってるが、勝手にひとんちに入るな」
「勝手じゃないよ? おばさんから『よろしくね』って合鍵貰ってるし」
「じゃあ、せめて勝手に俺の部屋に入らないでくれよ」
「またまた~。ホントは嬉しいくせに~」

 悪ガキみたいにニマニマとした笑顔をこちらに向けながら、舞美がそんなとんでもないことを言ってくる。
 嬉しいだと? こっちはプライベートな時間をごっそり削られてるんだぞ。何が嬉しいものか。
 ――等と思いながらも、いよいよ薄着になりTシャツどころかタンクトップになった舞美の姿を、少々邪な視線で眺めているのも事実なので、俺は静かに口を閉じた。

 そんな俺の様子をどこか満足そうな表情で眺めると、舞美はまたテレビ画面に向き合った。
 十四型ブラウン管テレビの中では、どこぞのアクションスターをモデルにした黒髪の若者が、並みいる敵をキックやパンチでなぎ倒している。とある映画をモチーフにした、これまた古いアクションゲームだ。
 確か、悪党に捕まった恋人を助ける為に、単身で敵の本拠である塔を駆け上がるんだったか。
 元ネタの映画を観た時には、「ゲームと全然違うじゃないか!」と思ったものだが。

「あ、そういえばさ」
「ん?」
「あの話って、もう聞いた?」
「……すまん。どの話だ」
「美術室のウワサ」
「美術室? いや、全然知らんが」

 突然、舞美にそんな話を振られたが、全く心当たりがない。
 美術室なんて近寄ったこともないが、何か噂があるのだろうか。

「ダメだよ、貴教。もっと学校のウワサ話にはアンテナ張っておかないと! せっかく真白先輩好みの、面白そうなウワサなのに」
「……ってことは、心霊現象とか、そういう話か?」
「そーそー」

 舞美がコントローラーを鮮やかに操作しながら、話を続ける。
 テレビからはゲームの主人公の「ハッ!」とか「アチョー!」とかいう掛け声が響いてくるので、なんだかシュールだ。

「美術室にさ、なんか悪役の名前っぽいお面が飾ってあるじゃん?」
「……悪役の名前っぽいお面? いや、ごめん、全然分からん。というか美術室自体、殆ど入ったことないぞ」
「あれ、そうだっけ? まあ、いいや。え~とね、美術室の壁にね、校長先生のお面が飾ってあるんだヨ」
「校長先生の……お面?」

 頭の中に、縁日で売ってるようなお面の校長先生バージョンが思い浮かぶ。
 うろ覚えだが、比企高の校長は有名なフライドチキン屋に置いてある例の人形によく似ている感じなので、権利関係が大変そうな絵面だ。

「うん。なんかね、校長先生の顔の型を取って作ったヤツらしいよ」
「顔の型……? ああ、デスマスクか」
「ああ、それそれ」

 デスマスクというのは、死人の顔の型を取ったもののことだ。作る目的はよく知らないが、これのお陰で、写真が無かった時代の人物の顔が正確に残っている場合もあるらしい。
 ――ちなみに、舞美が「悪役っぽい名前」と言った理由も分かった。俺達が小さな頃に流行っていた、某・ギリシア神話をモチーフにした漫画の悪役に、そういう名前の奴がいたのだ。

「ん? でも、校長はまだ生きてるんだから、『デス』マスクではないんじゃ?」
「そういえば。じゃあ、なんて言うんだろ」
「さあ? ……って、そんな話はどうでもいいだよ。舞美、そのお面がどうかしたのか?」
「ああ、うん。実はね、そのお面が勝手に動いて、こっちを見てくるらしいんだよ!」
「それはまた、古典的なやつだな」

 学校には特有の怪談話が多い。「トイレの花子さん」だったり、「一段増える階段」だったり。学校という、閉鎖的かつ全国的に似たような作りが多い建物を舞台にしているせいか、地域を超えて同じような話が広まっていることも多い。
 中でも「学校の七不思議」というものは有名だろう。何が「七不思議」なのかは学校によって異なるが、何故か「七」という数は一緒だったりするのも不思議だ。
 まあ尤も、俺が通っていた小中学校では、「学校の七不思議」なんて一つも聞いたことなかったが。

「うし。舞美、明日は暇か? 早速、真白先輩に教えてあげようぜ」
「おうともさ!」

 さてさて。果たして、この「心霊現象」は、真白先輩のお気に召すだろうか?
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