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第三話「『占い研究会』乗っ取り事件」
2.納田は疫病神
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奇術部の活動内容はとても緩い。毎週水曜日にミーティングという名の雑談がある以外は、部室に顔を出すも出さないも自由だ。
とはいえ、バイトもしていない俺としては、友達との約束等がなければ放課後は基本暇なもの。家に帰ってもゲームくらいしかやることがない。なので結局、毎日のように顔を出すようになっていた。
「こんにちは、藤本君。あら、今日も一人なのね」
「四六時中あいつと一緒って訳じゃないですよ」
「ふぅん。私からは、とっても仲良しに見えるけど?」
舞美がいない時は、こんな感じで先輩にイジられるのが日常だった。
ちなみに、舞美の奴は、実は案外と忙しい身だ。運動神経抜群なので、運動部から助っ人として引っ張りだこなのだ。もちろん、公式の試合に出る訳ではなく、あくまでも練習相手としてだが。
この日も舞美はおらず、俺と先輩の二人きりだった。
そんな時は、先輩は道具の整理やメンテナンスを、俺は部室に置かれていた「マジック入門」という本を読みながら、簡単な手品の練習をするのが常だ。
活動時間は、概ね夕方まで。旧校舎には電灯がないので、冬場の活動時間は短く、夏場はだらだらと長い。五月下旬の今は、その中間と言ったところらしい。
「藤本君、調子はどうかしら。何か、モノになった手品はある?」
「……全然です。俺、思ったより不器用らしくて」
「マジック入門」に書かれているのは、小学生でも出来るような、本当に初心者向けの手品ばかりだ。市販の道具を使ったものや、客が引いたトランプの絵柄を当てるもの、コインとコップを使ったもの等など。
どれも、ステージの上で披露するような大がかりなものではない。間近にいる客に見せるようなものばかりだ。そういった手品を「テーブル・マジック」と言ったりするらしい。
折角入部したのだから、日常で披露出来そうな「テーブル・マジック」の一つでも覚えようと思ったのが、甘かったらしい。今のところ、一つもモノになっていなかった。
「焦らないでもいいわよ。おいおい覚えていけばいいわ」
そう言いながら、例の金属製のリングを、今度は五つばかり鮮やかに操り、繋いだり外したりする真白先輩。簡単にこなしているように見えるが、その裏には血の滲むような練習の日々があったのだとか。
ちょっとだけ自分が恥ずかしくなる。「不器用」を言い訳にしていては、いつまで経っても上達しそうになかった。
そんなこんなで、窓の外が夕暮れに染まり始めた頃、部室の扉が乱暴にノックされた。
返事も待たずにガラガラと開け放たれた扉の向こうから姿を現したのは――。
「げっ、納田先生……」
「担任に向かって『げっ』とはなんだ、『げっ』とは」
やって来たのは、俺の担任である納田だった。「比企高で一番嫌われている教師」のアンケートを取ったら、間違いなく上位に食い込む逸材である。
「なんだ、藤本一人か」
「はい? いえ、真白先輩――部長もいますけど」
言いながら振り返ると、なんと真白先輩の姿がない。見れば、部屋の一角を区切るカーテンが微かに揺れている。どうやら、あの中に逃げ込んだらしい。
「……納田先生、真白です。着替え中なので、こちらから失礼します」
しれっとそんな嘘まで吐き始める真白先輩。
なるほど、いくら納田が無神経な教師でも、着替え中だという女生徒に出てこいとは言えまい。どうやら先輩は、余程納田と顔を合わせたくないらしい。
気持ちは分かる。俺も出来れば二度と会いたくない。
「なんだ、真白もいたのか。そう言えば、お前が奇術部の部長だったな……ちょうどいい。藤本に相談があったんだが、そのままでいいから真白も聞いてくれるか?」
そう言うと、納田はこちらの返事も待たず勝手に椅子を引き寄せて、その汚い尻でドスンと座ってしまった。
どうやら、俺達がこいつの話を聞くのは決定事項らしい。いつもながら自分勝手な教師だった。
「藤本は、『占い研究会』って知ってるか?」
「いいえ。うちの学校の部活かなにかですか?」
比企谷高校には、数えるのも面倒くさい程、沢山の部が存在する。理由は不明だが、大昔の校長が部の設立要件を大幅に緩和した結果、生徒達が好き勝手作り放題になったから、とも言われている。
入学早々に、体育館で「部活紹介」のイベントもあったのだが、そこに出席しなかった部も数多あると聞いている。恐らく、「占い研究部」とやらも、その一つなのだろう。
「……二年の山崎さんが中心になって活動している部ね。部員は確か十人ほど。うちよりも大所帯だわ」
「お、流石に真白は知ってるか。そこだよ、そこ。付け加えるなら、部員は全員女子! 顧問も古文の上坂先生だ! 女の園ってやつだな」
真白先輩の言葉に、納田が「我が意を得たり」と言った感じで膝を叩く。
……気のせいか、「女子」とか「上坂先生」と言った時の声のトーンから、そこはかとなくスケベな感じがした。
そう言えば、先程から視線が俺ではなく、真白先輩が隠れているカーテンの方へ向けられている気もする。なんというか、目線がキモい。
「実はな、その上坂先生からの相談なんだが――占い研究会が乗っ取られたらしいんだ」
「乗っ取り、ですか?」
「ああ。藤本はクラスが違うから知らないだろうが、今年の一年に有名な占い師の娘ってのがいるらしくてな。そいつに乗っ取られたんだと」
「は、はぁ」
「部の乗っ取り」と言われても、いまいちピンと来なかった。
競技のある部活動なら、一年生にレギュラーを悉く奪われて先輩達が立つ瀬をなくす、という状況も考えられる。だが、それはあくまでも競技の上での話であり、部長や副部長は上級生が務めるものだろう。
そもそも、学校に認可され顧問の教師によって監督されている部活動で、「乗っ取り」等という物騒な状況が成立するのだろうか?
「乗っ取りというのがピンとこないんですが、具体的にはどんな状況なんです?」
「ああ。まずな、その一年の占いは滅茶苦茶当たるらしくて、部内の一年生の一部がすっかり心酔しちまったらしい。更に、そいつの信者みたいな連中が大挙して研究会に入部してな。気付いたら、主導権を全部その一年に持っていかれてたんだと」
「うわ、思ったよりも普通に乗っ取りですね、それ」
「だろ? 上坂先生も注意したらしいんだが、聞く耳持たないらしくてな」
ボリボリと頭をかきながら、納田が「困ったなぁ」と言った感じの視線をこちらに向けてくる。
――どうでもいいが、床にフケを撒き散らすのは止めて欲しい。
「先生、先ほど相談と言ってましたけど、その話が俺と何の関係があるんですか?」
「そりゃお前、この問題をどうにか解決してもらいたいんだよ!」
「は、はぁ……? なんで俺が」
「なんでって。お前、高岡の事件を鮮やかに解決してみせたじゃないか。先生方の間では、あの件のことがえらく好評でなあ。『困ったことがあったら藤本を頼ろう』って空気になってるんだぞ」
「……はいぃ!?」
そんな話、全く知らなかった。
そもそも、高岡さんの事件を解決したのは真白先輩だ。称賛されるのも頼られるのも、真白先輩のはずだが――そこまで考えて、俺はようやく思い出した。そう言えば、納田にも他の関係者にも、真白先輩が事件解決に関わったことを伝えていない。
当の真白先輩が、裏方に回ることを望んだのだ。だから、高岡さんと「犯人」のあの子、それに舞美以外は、事の真相を知らない。
思わず真白先輩の隠れている方を見やる。
だが結局、納田がいる間に先輩が姿を現すことはなかった――。
とはいえ、バイトもしていない俺としては、友達との約束等がなければ放課後は基本暇なもの。家に帰ってもゲームくらいしかやることがない。なので結局、毎日のように顔を出すようになっていた。
「こんにちは、藤本君。あら、今日も一人なのね」
「四六時中あいつと一緒って訳じゃないですよ」
「ふぅん。私からは、とっても仲良しに見えるけど?」
舞美がいない時は、こんな感じで先輩にイジられるのが日常だった。
ちなみに、舞美の奴は、実は案外と忙しい身だ。運動神経抜群なので、運動部から助っ人として引っ張りだこなのだ。もちろん、公式の試合に出る訳ではなく、あくまでも練習相手としてだが。
この日も舞美はおらず、俺と先輩の二人きりだった。
そんな時は、先輩は道具の整理やメンテナンスを、俺は部室に置かれていた「マジック入門」という本を読みながら、簡単な手品の練習をするのが常だ。
活動時間は、概ね夕方まで。旧校舎には電灯がないので、冬場の活動時間は短く、夏場はだらだらと長い。五月下旬の今は、その中間と言ったところらしい。
「藤本君、調子はどうかしら。何か、モノになった手品はある?」
「……全然です。俺、思ったより不器用らしくて」
「マジック入門」に書かれているのは、小学生でも出来るような、本当に初心者向けの手品ばかりだ。市販の道具を使ったものや、客が引いたトランプの絵柄を当てるもの、コインとコップを使ったもの等など。
どれも、ステージの上で披露するような大がかりなものではない。間近にいる客に見せるようなものばかりだ。そういった手品を「テーブル・マジック」と言ったりするらしい。
折角入部したのだから、日常で披露出来そうな「テーブル・マジック」の一つでも覚えようと思ったのが、甘かったらしい。今のところ、一つもモノになっていなかった。
「焦らないでもいいわよ。おいおい覚えていけばいいわ」
そう言いながら、例の金属製のリングを、今度は五つばかり鮮やかに操り、繋いだり外したりする真白先輩。簡単にこなしているように見えるが、その裏には血の滲むような練習の日々があったのだとか。
ちょっとだけ自分が恥ずかしくなる。「不器用」を言い訳にしていては、いつまで経っても上達しそうになかった。
そんなこんなで、窓の外が夕暮れに染まり始めた頃、部室の扉が乱暴にノックされた。
返事も待たずにガラガラと開け放たれた扉の向こうから姿を現したのは――。
「げっ、納田先生……」
「担任に向かって『げっ』とはなんだ、『げっ』とは」
やって来たのは、俺の担任である納田だった。「比企高で一番嫌われている教師」のアンケートを取ったら、間違いなく上位に食い込む逸材である。
「なんだ、藤本一人か」
「はい? いえ、真白先輩――部長もいますけど」
言いながら振り返ると、なんと真白先輩の姿がない。見れば、部屋の一角を区切るカーテンが微かに揺れている。どうやら、あの中に逃げ込んだらしい。
「……納田先生、真白です。着替え中なので、こちらから失礼します」
しれっとそんな嘘まで吐き始める真白先輩。
なるほど、いくら納田が無神経な教師でも、着替え中だという女生徒に出てこいとは言えまい。どうやら先輩は、余程納田と顔を合わせたくないらしい。
気持ちは分かる。俺も出来れば二度と会いたくない。
「なんだ、真白もいたのか。そう言えば、お前が奇術部の部長だったな……ちょうどいい。藤本に相談があったんだが、そのままでいいから真白も聞いてくれるか?」
そう言うと、納田はこちらの返事も待たず勝手に椅子を引き寄せて、その汚い尻でドスンと座ってしまった。
どうやら、俺達がこいつの話を聞くのは決定事項らしい。いつもながら自分勝手な教師だった。
「藤本は、『占い研究会』って知ってるか?」
「いいえ。うちの学校の部活かなにかですか?」
比企谷高校には、数えるのも面倒くさい程、沢山の部が存在する。理由は不明だが、大昔の校長が部の設立要件を大幅に緩和した結果、生徒達が好き勝手作り放題になったから、とも言われている。
入学早々に、体育館で「部活紹介」のイベントもあったのだが、そこに出席しなかった部も数多あると聞いている。恐らく、「占い研究部」とやらも、その一つなのだろう。
「……二年の山崎さんが中心になって活動している部ね。部員は確か十人ほど。うちよりも大所帯だわ」
「お、流石に真白は知ってるか。そこだよ、そこ。付け加えるなら、部員は全員女子! 顧問も古文の上坂先生だ! 女の園ってやつだな」
真白先輩の言葉に、納田が「我が意を得たり」と言った感じで膝を叩く。
……気のせいか、「女子」とか「上坂先生」と言った時の声のトーンから、そこはかとなくスケベな感じがした。
そう言えば、先程から視線が俺ではなく、真白先輩が隠れているカーテンの方へ向けられている気もする。なんというか、目線がキモい。
「実はな、その上坂先生からの相談なんだが――占い研究会が乗っ取られたらしいんだ」
「乗っ取り、ですか?」
「ああ。藤本はクラスが違うから知らないだろうが、今年の一年に有名な占い師の娘ってのがいるらしくてな。そいつに乗っ取られたんだと」
「は、はぁ」
「部の乗っ取り」と言われても、いまいちピンと来なかった。
競技のある部活動なら、一年生にレギュラーを悉く奪われて先輩達が立つ瀬をなくす、という状況も考えられる。だが、それはあくまでも競技の上での話であり、部長や副部長は上級生が務めるものだろう。
そもそも、学校に認可され顧問の教師によって監督されている部活動で、「乗っ取り」等という物騒な状況が成立するのだろうか?
「乗っ取りというのがピンとこないんですが、具体的にはどんな状況なんです?」
「ああ。まずな、その一年の占いは滅茶苦茶当たるらしくて、部内の一年生の一部がすっかり心酔しちまったらしい。更に、そいつの信者みたいな連中が大挙して研究会に入部してな。気付いたら、主導権を全部その一年に持っていかれてたんだと」
「うわ、思ったよりも普通に乗っ取りですね、それ」
「だろ? 上坂先生も注意したらしいんだが、聞く耳持たないらしくてな」
ボリボリと頭をかきながら、納田が「困ったなぁ」と言った感じの視線をこちらに向けてくる。
――どうでもいいが、床にフケを撒き散らすのは止めて欲しい。
「先生、先ほど相談と言ってましたけど、その話が俺と何の関係があるんですか?」
「そりゃお前、この問題をどうにか解決してもらいたいんだよ!」
「は、はぁ……? なんで俺が」
「なんでって。お前、高岡の事件を鮮やかに解決してみせたじゃないか。先生方の間では、あの件のことがえらく好評でなあ。『困ったことがあったら藤本を頼ろう』って空気になってるんだぞ」
「……はいぃ!?」
そんな話、全く知らなかった。
そもそも、高岡さんの事件を解決したのは真白先輩だ。称賛されるのも頼られるのも、真白先輩のはずだが――そこまで考えて、俺はようやく思い出した。そう言えば、納田にも他の関係者にも、真白先輩が事件解決に関わったことを伝えていない。
当の真白先輩が、裏方に回ることを望んだのだ。だから、高岡さんと「犯人」のあの子、それに舞美以外は、事の真相を知らない。
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