予備校生日記

桜井雅志

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予備校生日記6

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      予備校生日記6


9/6(土)
思っていた通り9月になったら暑くなり、
思っていた通り、あの子は予備校に来なかった。
あの子の顔を見たら、素直に喜んだ顔ができないんじゃないかな。
病院に入院している小さな子どもが、
なかなか見舞いに来てくれないお母さんの顔を見るなり、
すねて見せるように。

あの子に会ったとたん、手紙の返事をくれなかったことを思い出して、
膨れ顔にならないように気を付けよう。

9/8(月)
今日、あの子は予備校に来た。
僕たちは、喫茶店でたくさん話した。
でも、僕は、うまく気持ちをストレートに伝えることはできなかったんだろう。

いつの頃から、あの子には深入りしない方がいいって思い出している自分に気づいている。
あの子は、僕には、ムリだよって。

9/9(火)
帰り際、あの子は、筆箱からボールペンを取り出すと、
僕の手のひらに電話番号を書いた。
そうくれば、電話ちょうだいって意味だと思うでしょ。
それで、電話すれば、
「用もないのに電話するな」
って、何?
どーゆーのかね、まったく、ナニ考えてんだか・・・

9/10(水)
あいつ、僕といる時、何であんなに楽しそうな顔するんだろう。
そんなに楽しい? 僕といて。

喫茶店で話しているとき、
コーヒーとレモンティを挟んで話しているとき、
君が楽しくて、
そんな君を見ている僕が楽しければ、
それでいい。
それで・・・

9/11(木)
あの子は今日、予備校に来なかった。
熱でも出たのかなあ・・・
そう言えばきのう、少し風邪気味っていう君を喫茶店に連れ込んで、
冷房の中1時間も話しに突き合わせちゃったから。
明日は、元気な顔が見れますように。

9/19
大人になれと、大人はよく言うけれど、
大人になるって、
要は、老け込むことでしょう?
若いころにはできたこと、たとえば、
全てを投げうって、新しいことを始めるとか、
しなくなるよね。
言う内容を怖がったり、
失うことを気にするようになる。
今ある立場や地位を維持しようとして、
前進できなくなるのはいやだ。

あの子から、離れよう。
新しい道を見つけてみよう。

9/20
今日、あの子を喫茶店に誘うか迷った末、
結局、手を振った。
僕の笑顔の中にある何かを、
彼女は見つけたはず。
何が、僕にそうさせたのか、はっきりとはわからない。
あの子と、僕との間に、
「友達」と言う線を引きたかったのかもしれない。
「あの子の心をうばっている男がいる」
と、いう事実が、
以前のような笑顔を、僕の表情から消した。

数日前に、僕は、
「君には、女性をあまり感じなくてすむ」
みたいなことを言った。
ある意味で、ひどいことを言ってしまったのだけれど、
僕にそれを言わせたのは、
あの子の日ごろの仕草に原因があった。
つまり、
「私には、友達としての好意以上の感情を持たないでね」
という仕草を、僕は、感じ、
忠実に守っていたんだ。
それとやっぱり、
あの子のことを考えると、
心が痛くなって、
もう、別れてしまいたくなるような気になる。
自分の気持ちを打ち明けることで、
「終わり」にしたくなるんだ。

少しづつ、ほんの少しづつ、
君への態度を変えていったら、
君は、いったい、何を思うんだい?
ほんの少しでも、
寂しさを感じてくれるのかい?
それとも、何も感じないのだろうか。

9/22
あの子の前へ出ると、
普段は思っていないようなことばかり口にしてしまう。
後から、後悔ばかり。
ほんとは好きなのに、
「なんか、女性ってかんじないなあ」なんて・・・

9/23
外はすっかり秋の色。
もう、Tシャツ姿では、
ちょっぴり、風が冷たい。
秋はすぐに行ってしまい、
そして、冬がくる。

9/24
あの子との会話は、とても楽しい。
女の子といるっていう、
あの堅苦しさがまるでないし、
言葉を選ぶ必要がないほど、
何でも話せる。
「恋人」なんて言葉以上に、
二人は親しい。

9/25
お姉さんの節ちゃんの写真を見せてもらい驚いた。
すごい美人!
いるところにはいるもんだねえ・・・

9/26
「もし、節ちゃんとドライブ行ったらどうする?」
「そんな怖いことできるわけないじゃない」
「こわい?」
「私にとってはよ」
そう言って、少し、不機嫌になった。
もう、お姉さんの話はしない方がいいのかなあ。
いやいや、まだまだ、あの子のした罪は、
償いきれないのだ。
僕をあんなに、苦しめ、悩ました罪は、
そうやすやすとは、許されるものではないのだ、ハッハツハー。

9/29
寒くなった。
風が冷たい。
試験の季節と同じになってしまった・・・
あと、4か月。

10/1
あの子はお姉さんに対して、
ほんの少しだけ、引け目を感じている。
美人で、何でもできるお姉さんに対して、
あの派手やかさや、
誰とでも、いつでも、笑い合える
明るさと自信に対して。

10/16
グラウンドを見下ろす道を、
散歩に誘う。
初めはいつも断るくせに、
そ、じゃって僕が駅の方へ向かうと、
行くわよぉって言う君。

日記ぐらい、誰にも見せない日記ぐらい、
正直に書こう。
正直に言って、僕は、紀子が好きで、
彼女を独占したい気持ちでいっぱいだ。
けど、できなかったときのショックを和らげようと、
ムリに冷めたふりをしている。
それがいつものあんな態度に出てしまうんだ。
だから、できれば、君には、
僕の芝居を見抜いてほしい。
そうじゃなければ、
僕といるとき、
もっと、つまらなそうな顔をしてくれ。
そうじゃなきゃ、
諦めきれない。


予備校生日記6 終わり

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