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風流先生 3日目 ラジオの話
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風流先生 3日目 ラジオの話
登場人物
風流先生(58)
自宅の一室で生徒に勉強を教えてる塾講師。
高木結(ゆい)(20)
風流先生のところでアルバイトしている女子大生。
1.
授業が終わり、階段を降りてゆくと、いつものように先生は縁側に座って庭を見ていた。
桜の花は先週より、一層見ごろになっていた。
「桜の花はもう7,8分咲ですね。梅はだいぶ散りました。」
私がそう言うと、
「梅が咲き春が来る。梅が散り、桜が咲き春になる。」
とつぶやいた。ほんと、風流な人だ。
「お腹、空いてるだろ」
先生が優しそうな笑顔でそう言った。
また、何かご馳走してくれるらしい。
2.
先生はホットプレートにフライパンを乗せ、用意しておいた食材をキッチンから縁側へ運んだ。
先生はまず、熱したフライパンに溶いた小麦粉を丸く薄く広げ、その上に千切りのキャベツをひとつかみ乗せた。
「お好み焼きですね」
「小学校の時、プールの帰りに屋台が出てて、食べたかったんだけど母親が衛生面を心配してだめだって言ってね、その代わり家で作ってくれたんだ」
先生はそう言いながら、パテでお好み焼きの下をなぞった。
キャベツの上には、あげ玉、紅ショウガがふられ、真ん中に卵が落とされた。
「おいしそう!」
「それからね、これがうちのオリジナル」
と、先生は卵の上に炒めたひき肉を乗せた。
「醤油と砂糖で甘辛く炒めてある。おじいちゃんの家の近くの縁日に出てた屋台のお好み焼きにはこれが乗ってたんだ」
そう言って先生は、小麦粉をおたまでもう一度かけると、手際よくお好み焼きをひっくり返した。
「あざやかぁ」
お好み焼きの焼ける、おいしそうな音がフライパンに立った。
先生はもう一度お好み焼きをひっくり返すと、お多福ソースと青のりを掛け、半分に切ると、皿に盛り私に差し出してくれた。
先生の作ってくれたお好み焼きはふわふわで屋台の味がした。
「今週も何か話聞かせてください。先週のフィリピンの話面白かったです」
「そうかい、じゃあ今日は僕がラジオの仕事をしていた時の話をしよう」
と、言った。
3.
「いつ頃の話ですか?」
「そうだなあ、根岸のアパートで塾をやってた頃だから、1997年ぐらいかなあ」
「以前も塾をやってたんですね」
「若い頃の僕は、塾以外に何か仕事ができないか探し回ってたんだ。詞とか脚本とか書いてね。そしたら、僕の作品を気に入ってくれるアイドルのマネージャーの品田さんって人が現れて、僕をある飲み会に誘ってくれたんだ」
「へえ・・」
「結ちゃんは、演歌とか聴く?」
「紅白で聴くぐらいですかね」
「千葉一夫って演歌歌手知ってる?」
「知らないですねw」
「全然売れてない、演歌歌手」
私は笑った。
「その、千葉一夫さんのマネージャーがその飲み会に来てたんだ」
「へえ・・」
「で、その人が、坂本さんっていうんだけど、かつしかFMで千葉一夫さんが番組やってるから、その構成を書いてくれって言ってくれたんだ」
「よかったですね」
「そんなのがきっかけで、坂本さんの事務所、まあマンションの一室だけど、そこに出入りするようになったんだ」
4.
「水貴かおりって演歌歌手知ってる?」
「いや、知らないですw」
「じゃあ、野中彩央里 は? 雪国恋人形の」
「だから、知らないですってw」
「野中彩央里 はそこそこ売れたらしいよ。その雪国恋人形を作詞したのが万城たかしって人で、その人の事務所が浦和にあって、そこのスタジオで水貴さんの番組をMDに録音するって仕事やらしてもらったんだ」
「どうやるんですか?」
「水貴さんと、あとゲストの人に話してもらってそれを録音して、話の間に曲を入れて54分何秒かにして、局に送るの」
「すごいですね」
「ゲストに、売れてない演歌歌手、たくさん来たなあ」
先生は懐かしそうな眼をした。
「当時はまだほんの少しだけどバブルの影が残ってた時代だったから、そんな人たちにも小さな仕事が来てたんだね。あと、今でもあるのかなあ『演歌ジャーナル』って演歌専門の雑誌の編集長とか」
「演歌専門の雑誌ってあるんですねw」
「そういう人に来てもらって番組を作ってたんだ」
5.
「テレビ埼玉の営業で加藤さんって人がいて、その人がある企画を万城先生の事務所に持ってきたんだ」
「どんな企画ですか?」
「稚内市がスポンサーになってくれて稚内市の公会堂でカラオケ大会を開くツアーを主催したんだ」
「すごい」
「水貴さんと千葉さんの後援会の人たちが中心になって、80人ぐらいで行ったんだ。で、カラオケ大会やって、カニをたらふく食べたw」
「いいですねえ」
「あと、同じようなことを萩でやって、中国でもやった」
「中国ですか!」
「楽しかった」
「そんな風にしながら塾やったりラジオの仕事やったりしてたらある日、事務所に行ったら山崎って言う歳は30ちょっと前のひげの濃い小太りのしょぼくれた男がいた。坂本さんを頼って岡山から来たとかで、そいつと売れないアイドル呼んで写真の撮影会とかやったな」
「売れないばっかりじゃないですかw」
「あと、この山崎ってのはバンドを売り出すのが夢で、マスクっていう男2人女1人のバンドを連れて、全国のライブハウス周りをするって出かけて行ったんだ」
「すごいじゃないですか」
「それが全然すごくなくて、何日かしたら坂本さんの携帯に警察から電話があって山崎が詐欺で捕まったって」
「えっ!」
「金がないのに出かけてるからさ、どうしてもがまんできなくて宿に泊まって飲み食いして、朝、お金がありませんって言ったらしい」
「あらあら」
「結局そのことがきっかけで僕は坂本さんたちから離れたんだ。当時僕は塾の収入があったから山崎にお金を貸してたんだけど、そのお金を彼のお母さんが2年ぐらいかけて返してくれた。山崎がこう言ってたのを今でも覚えてる『僕は、この仕事に夢をかけてるんです』って」
「夢、叶ってるといいですね」
「そうだね」
風流先生 3日目 ラジオの話 終わり
登場人物
風流先生(58)
自宅の一室で生徒に勉強を教えてる塾講師。
高木結(ゆい)(20)
風流先生のところでアルバイトしている女子大生。
1.
授業が終わり、階段を降りてゆくと、いつものように先生は縁側に座って庭を見ていた。
桜の花は先週より、一層見ごろになっていた。
「桜の花はもう7,8分咲ですね。梅はだいぶ散りました。」
私がそう言うと、
「梅が咲き春が来る。梅が散り、桜が咲き春になる。」
とつぶやいた。ほんと、風流な人だ。
「お腹、空いてるだろ」
先生が優しそうな笑顔でそう言った。
また、何かご馳走してくれるらしい。
2.
先生はホットプレートにフライパンを乗せ、用意しておいた食材をキッチンから縁側へ運んだ。
先生はまず、熱したフライパンに溶いた小麦粉を丸く薄く広げ、その上に千切りのキャベツをひとつかみ乗せた。
「お好み焼きですね」
「小学校の時、プールの帰りに屋台が出てて、食べたかったんだけど母親が衛生面を心配してだめだって言ってね、その代わり家で作ってくれたんだ」
先生はそう言いながら、パテでお好み焼きの下をなぞった。
キャベツの上には、あげ玉、紅ショウガがふられ、真ん中に卵が落とされた。
「おいしそう!」
「それからね、これがうちのオリジナル」
と、先生は卵の上に炒めたひき肉を乗せた。
「醤油と砂糖で甘辛く炒めてある。おじいちゃんの家の近くの縁日に出てた屋台のお好み焼きにはこれが乗ってたんだ」
そう言って先生は、小麦粉をおたまでもう一度かけると、手際よくお好み焼きをひっくり返した。
「あざやかぁ」
お好み焼きの焼ける、おいしそうな音がフライパンに立った。
先生はもう一度お好み焼きをひっくり返すと、お多福ソースと青のりを掛け、半分に切ると、皿に盛り私に差し出してくれた。
先生の作ってくれたお好み焼きはふわふわで屋台の味がした。
「今週も何か話聞かせてください。先週のフィリピンの話面白かったです」
「そうかい、じゃあ今日は僕がラジオの仕事をしていた時の話をしよう」
と、言った。
3.
「いつ頃の話ですか?」
「そうだなあ、根岸のアパートで塾をやってた頃だから、1997年ぐらいかなあ」
「以前も塾をやってたんですね」
「若い頃の僕は、塾以外に何か仕事ができないか探し回ってたんだ。詞とか脚本とか書いてね。そしたら、僕の作品を気に入ってくれるアイドルのマネージャーの品田さんって人が現れて、僕をある飲み会に誘ってくれたんだ」
「へえ・・」
「結ちゃんは、演歌とか聴く?」
「紅白で聴くぐらいですかね」
「千葉一夫って演歌歌手知ってる?」
「知らないですねw」
「全然売れてない、演歌歌手」
私は笑った。
「その、千葉一夫さんのマネージャーがその飲み会に来てたんだ」
「へえ・・」
「で、その人が、坂本さんっていうんだけど、かつしかFMで千葉一夫さんが番組やってるから、その構成を書いてくれって言ってくれたんだ」
「よかったですね」
「そんなのがきっかけで、坂本さんの事務所、まあマンションの一室だけど、そこに出入りするようになったんだ」
4.
「水貴かおりって演歌歌手知ってる?」
「いや、知らないですw」
「じゃあ、野中彩央里 は? 雪国恋人形の」
「だから、知らないですってw」
「野中彩央里 はそこそこ売れたらしいよ。その雪国恋人形を作詞したのが万城たかしって人で、その人の事務所が浦和にあって、そこのスタジオで水貴さんの番組をMDに録音するって仕事やらしてもらったんだ」
「どうやるんですか?」
「水貴さんと、あとゲストの人に話してもらってそれを録音して、話の間に曲を入れて54分何秒かにして、局に送るの」
「すごいですね」
「ゲストに、売れてない演歌歌手、たくさん来たなあ」
先生は懐かしそうな眼をした。
「当時はまだほんの少しだけどバブルの影が残ってた時代だったから、そんな人たちにも小さな仕事が来てたんだね。あと、今でもあるのかなあ『演歌ジャーナル』って演歌専門の雑誌の編集長とか」
「演歌専門の雑誌ってあるんですねw」
「そういう人に来てもらって番組を作ってたんだ」
5.
「テレビ埼玉の営業で加藤さんって人がいて、その人がある企画を万城先生の事務所に持ってきたんだ」
「どんな企画ですか?」
「稚内市がスポンサーになってくれて稚内市の公会堂でカラオケ大会を開くツアーを主催したんだ」
「すごい」
「水貴さんと千葉さんの後援会の人たちが中心になって、80人ぐらいで行ったんだ。で、カラオケ大会やって、カニをたらふく食べたw」
「いいですねえ」
「あと、同じようなことを萩でやって、中国でもやった」
「中国ですか!」
「楽しかった」
「そんな風にしながら塾やったりラジオの仕事やったりしてたらある日、事務所に行ったら山崎って言う歳は30ちょっと前のひげの濃い小太りのしょぼくれた男がいた。坂本さんを頼って岡山から来たとかで、そいつと売れないアイドル呼んで写真の撮影会とかやったな」
「売れないばっかりじゃないですかw」
「あと、この山崎ってのはバンドを売り出すのが夢で、マスクっていう男2人女1人のバンドを連れて、全国のライブハウス周りをするって出かけて行ったんだ」
「すごいじゃないですか」
「それが全然すごくなくて、何日かしたら坂本さんの携帯に警察から電話があって山崎が詐欺で捕まったって」
「えっ!」
「金がないのに出かけてるからさ、どうしてもがまんできなくて宿に泊まって飲み食いして、朝、お金がありませんって言ったらしい」
「あらあら」
「結局そのことがきっかけで僕は坂本さんたちから離れたんだ。当時僕は塾の収入があったから山崎にお金を貸してたんだけど、そのお金を彼のお母さんが2年ぐらいかけて返してくれた。山崎がこう言ってたのを今でも覚えてる『僕は、この仕事に夢をかけてるんです』って」
「夢、叶ってるといいですね」
「そうだね」
風流先生 3日目 ラジオの話 終わり
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