セヴェリの受難

鳫葉あん

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第一部 Sweet home

01 導入

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※スライム姦(孔に入られる程度)が少しだけあります


 あのダンジョンは生きている――命からがら生還を果たし、証言する冒険者の顔は怯えきっていた。
 瞬く間に構造の変わる迷宮を抜け、最奥に山と積まれた黄金を見つけ。興奮し駆け寄った体は突然宙に浮く。石造りの床が男の足元だけぽっかりと穴を開け憐れな獲物を階下へ落とす。
 己の中でもがく人間を嘲笑い、からかい、虐めて愉しんでいる。そう理解し恐怖しながら、その男は再びダンジョンへ向かい、消えた。




「次の仕事は遺跡調査に向かう学者様の護衛だとよ」

 立ち寄った街の酒場の中。静かに酒を飲んでいた所に告げられ、頷くセヴェリの顔に感情はない。ただ与えられた仕事を全うするだけだ。
 長く伸ばした青い髪の隙間から同色の目が相手に向けられる。大柄な男が傍らに立っていた。

「ひ弱な学者先生を守らんとならねえ。面倒なわりに払いがよくねぇや」
「貧乏学者なんだろう。どこも世知辛いさ」
「違いねぇ」

 がはは、と大きく口を開けて笑う男はセヴェリの所属する傭兵団の長をしている。数年前から世話になっているというのに愛想のないセヴェリにも気さくに話しかけてくれる数少ない人だ。

「魔物の巣だろうからな。お前の魔術、いつも通り頼りにしてるぜ」

 大きな手にバシンと音を立てて背を叩かれる。男なりの激励だ。嫌ではないけれど、わかっていても痛いのでやめてほしい。
 他の団員にも話を伝えに向かう背中を見送る。男の言葉の通りセヴェリは魔術の才を生まれ持っていた。
 孤児だったセヴェリは運良く魔術師の老人に拾われ、彼のもとで才能を開花させ彼の死と共に一人立ちとなり旅の傭兵団に身を寄せた。
 屈強な戦士達の中にはセヴェリのような術者も数人抱えている傭兵団は強く、粗野な男達だが金を裏切ることはない。依頼人を必ず守る。

「セヴェリ」

 聞き慣れた声が名前を呼ぶ。空いていた隣の椅子に声の主が座る。いちいち許可を求めるような間柄ではなく、相手は酒を注文している。セヴェリが飲んでいる物と同じだ。

「次の仕事聞いた?」

 頷く。すると「知ってる?」と尋ねられ、何がと目で促す。相手は端正な顔に意味深な笑みを浮かべた。

「次の遺跡。いわく付きらしいよ」
「いわく?」

 遺跡のあった場所は元々村があり、ある晩一瞬でその姿を変えたのだという。村の名残もない迷宮は入った者を捕らえ、二度と出られない。

「二度と出られないならなんで知ってるんだ」

 そういった話のそもそもの疑問。矛盾を指摘する。

「たまに逃げ出して誰かに話をする奴がいるんだよ。迷宮の脅威を身をもって知った筈なのにそいつらは必ず再び迷宮に入っていき、今度こそ帰らない」
「それが次に行く遺跡……」
「どこまで本当か知らないけど中に入った奴は必ず遺跡の中で黄金の山を見るんだ。けれど手に入れることは出来ない。それがなくとも学術的な価値があるのかもね」

 話をしているうちに先程注文した酒が運ばれる。促されるままに乾杯をしてやると、形のいい唇がグラスに吸い寄せられていく。

「……あまっ」
「果実酒だからな」

 言いながら一口飲む。酒の酸味より果実の甘さが勝っている。他の仲間にはジュース扱いされてしまうがセヴェリはこれを気に入っている。

「セヴェリは俺が守るから安心してね」

 掛けられた言葉から改めて相手を見る。珍しくはない金髪碧眼の、歌劇役者のように整った美貌の持ち主はセヴェリと同じ傭兵だ。団長が気に入る程に剣術に秀でた彼はセヴェリより後に入団し、年が近いからかセヴェリによく絡む。ほとんど一緒にいるので親子鳥のようだと笑われたものだ。
 最初は鬱陶しいしからかわれるのが嫌だったけれど今では彼が隣にいるのが当然となった。相棒だと互いに認識し合っている筈だ。

「頼りにしてるよ。シルヴォ」

 飴のつもりで与えた返事に返される微笑みは飲んでいる果実酒よりも甘ったるい。
 頼りになるのは彼だけではない。傭兵団の仲間達もいる。いわくのある迷宮だろうと何も恐れることはない。
 そう、本当に思っていたのだ。




 遺跡は森の奥深くにひっそりと眠っていた。石造りの迷宮はぽっかりと口を開けて侵入者を迎え入れる。入口に扉はない。
 魔物の気配を感じ、傭兵達が盾になりながら学者達が遺跡の中へ入っていく。セヴェリとシルヴォは殿を任されていた。
 遺跡に入った途端、セヴェリの背筋が冷える。何か強烈な拒否感のような、今すぐこの場から逃げたい衝動に駆られてしまう。

「セヴェリ。どうかした?」

 セヴェリの手首が大きな手に掴まれる。シルヴォの手だ。

「シルヴォ。ここは」

 何かおかしいと。予感めいたものを伝えようとした刹那。背後から入り込んでいた光が消えた。
 えっ、と振り返ったセヴェリは壁を見た。つい先程までは入口として開いていた何もなかった筈の空間は突如現れた壁に閉ざされている。

「え」

 遺跡への恐怖に似た何かに加え、混乱し始めたセヴェリは逞しい体に包まれる。シルヴォに抱き寄せられたのだ。

「セヴェリ、大丈夫だ。俺がいるだろ」

 耳元に寄せられた声が、腰や頭を撫でる大きな手が、セヴェリを落ち着かせようとあやしている。恥ずかしいことをするなと抵抗するとすぐに離され、悪戯っぽく笑ったいつものシルヴォを見ていくらか平静を取り戻す。
 悪寒のようなものは消えないが立ち止まっていても仕方ない。

「……あれ、みんな先に行っちゃったのか」
「らしいね。セヴェリがぐずるから」

 遺跡の入口に取り残された二人は団員達を追いかける。シルヴォが一歩分先を歩き、セヴェリも警戒しながら続く。前を見て、シルヴォの背中を見て歩いていた筈なのにセヴェリは突然壁にぶつかった。

「いっだ!!!」

 石の壁に頭を打ち叫ぶ。シルヴォは道をまっすぐ進んでいて、セヴェリもそれに従って歩いていた。壁にぶつかるのはおかしいけれど実際セヴェリは頭を打ち、その場にシルヴォの姿はない。
 シルヴォとセヴェリを隔てるように壁が突然現れたのだ。

「シルヴォ」

 少し大きめの声で呼ぶが返答はない。分厚い壁の奥に彼がいるのかわからない。
 右を向くと道が続いている。後ろにあるのは閉じた入口だけなのでそちらに行くしかないセヴェリが動かそうとした足に、何かが触れた。
 買い替えたばかりのブーツの爪先に半透明の物体がのしかかっている。セヴェリの頭程の大きさのそれはスライムと呼ばれる魔物だ。
 姿を認めた瞬間、反射的に足を蹴り上げる。壁に叩き飛ばされたスライム目掛けて魔術で生み出した炎の弾をぶつけると甲高い悲鳴を上げた。

「死なない?」

 スライムはそこまで強い魔物ではない。水分を多量に含んだ体には低い知性しかなく、旅慣れた冒険者なら一瞬で退治してしまう。
 セヴェリの当てた魔術なら一撃で蒸発して消えてしまうというのに、目の前のスライムは体積は減ったようだがぴぃぴぃ喚いて――再びセヴェリに向かってくる。
 大きいから一撃では死ななかったのかともう一度火球をぶつけてやろうとしたセヴェリの背に何かが触れた。冷たく滑るものがローブの隙間から入り込み、セヴェリの肌に触れていく。
 振り返ることが出来ず固まるセヴェリの頬に半透明の体がすり寄る。本当にすりすりと、何かを確めるように明確な動きを持ってセヴェリを触っている。
 火球を受けた小さなスライムもセヴェリのもとへたどり着き、再びブーツの上にのしかかった。その個体はそれ以上のことはしなかった。
 セヴェリの何倍も大きなスライムがセヴェリの体を這い回る中。脱げたブーツの上から動かず、時折思い出したようにブーツへ体を擦り付けるだけだ。


 セヴェリの纏っていたローブは脱がされてしまった。知性のない筈のスライムは器用に体を動かしてセヴェリの衣服を奪い取ってしまった。ありえないことだ。

「いやだっ! はなせ化け物!!」

 ただ黙って受け入れる筈もなく、セヴェリは抵抗した。服を脱がせようと蠢くスライムに向けて何度も魔術で攻撃したが巨体の動きは止まらない。効いていない。

「ひっ」

 冷たく滑ったものに尻を撫でられ、その奥に踏み込もうとされる。慎ましく閉じた孔の周りを確めるように触れられたのだ。
 溢れる嫌悪のままそれまでとは桁違いに巨大な火球を生み、自分もろともこの異質な魔物を滅ぼそうとしたセヴェリだったがそうはならなかった。
 スライムは火球を真っ正面から受け止め、体を蒸発させたがそれも極僅かな量でしかない。スライムによって庇われたセヴェリに怪我はなく、理解も出来てしまった。
 セヴェリにはこのスライムを倒せない。捕食されるしかない。その為にスライムは動いているのだ。
 スライムは獲物を体に包み込み、ゆっくりと吸収するのだという。セヴェリもこの巨大な肉体の一部にされてしまうのだと絶望し諦める。

「……なんなんだ……ひぃっ…………やめろ……そんなとこっ」

 一思いにさっさと食ってくれればいいのにスライムはセヴェリの体を検分するかのように這い回る。乳首をつんつんとつつかれたり、尻の孔を念入りに探られる。

「ひっ、やめろっ」

 ゆっくりと拓かれた孔の中に冷たい体が入り込んでいく。隘路に沿うように、可変的な体は無理なくセヴェリの奥深くまで侵入する。痛みはないが異物感がある。胎の中が気持ち悪い。
 突然だった。セヴェリの中に入ったスライムの体から、突然液状の何かが排出された。
 胎の奥から冷やされる感覚に悲鳴を上げる。何を出されたのか混乱するセヴェリの耳に石を蹴る音が聞こえた。

「セヴェリ!!」

 相棒の声だった。もう大丈夫だとセヴェリの頭が言い聞かせる。こんなスライムごとき、シルヴォならすぐに倒してくれる。
 セヴェリの信頼通りシルヴォはスライムを追い払った。あんな魔物にいいようにされた無惨な体をきつく抱き締めてくれる。

「セヴェリ。ごめん、ごめんな」

 はぐれたことに対する謝罪だろう。いいんだと返したかったセヴェリの唇はそう動かなかった。
 胎の奥から生まれた熱がセヴェリの体を勝手に動かしていく。裸のまま逞しい男の首へ腕を伸ばし、耳元で囁く声は甘ったるい。

「シルヴォぉ……たすけて……」

 胎の中が疼く。熱が覚めない。何かで滅茶苦茶にされたいと本能が叫ぶ。
 スライムに吐き出された液体のせいだと、シルヴォの中に残された理性が推理すると本能が祭り上げた。それなら仕方ない。
 スライムにおかしなことをされておかしくなってしまったから自分はシルヴォに、信頼する相棒に抱いてくれとせがんでいるのだ。
 媚び売る犬のように腹を見せて尻を上げ、両手で孔を拓いて見せるのも仕方のないことだ。
 シルヴォがのしかかってきてくれるのも。犬のような甘えた鳴き声を上げる口を塞がれるのも。舌を、口内を舐め回されるのも。
 全部仕方のないことで、悪いのはあの巨大なスライムなのだ。
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