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魔王様故郷へ帰る
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「お久しぶりですね、シュトリ」
端麗な顔に微笑を浮かべるセーレは美しく、恐ろしかった。
彼を知らない者ならば見惚れてしまう美貌はシュトリには意味がない。生まれた時から美しい母と姉を見て育った彼の審美眼は肥えていた。
身構えるレジーを背後に庇う。シュトリがセーレに敵うわけがないが、彼の盾くらいにはなりたかった。
「久しぶり。あの、何しに来たの」
敢えていつもと変わらぬ態度で切り出す。相手の出方を見たかった。
「……何しに、ですか?」
「うん。手紙読んだでしょ。私は」
「魔王を辞める?」
うん、と頷くシュトリの両肩をセーレの手が掴む。骨の軋む音が鳴る程に力が込められ、シュトリは顔を歪めた。
「いっ、」
「おいお前」
「許さない」
痛みに呻くシュトリに反応するレジー。無表情に呟くセーレ。一触即発の瞬間に、割り込んできた存在によってその場は凌がれた。
「シュトリごめーん。負けちゃった」
わざとらしく間延びした声を上げ、ヴィネとバアルを連れたベリアルだった。
「ひっ……」
セーレだけでなくヴィネもバアルも勢揃いとあっては流石のベリアルでも敵わない。実際そう諦めたからバアル達と共に戻って来たのだろう。
小さな悲鳴を上げて怯えるシュトリを、今度こそレジーは助けた。介入者が現れようとも変わらずシュトリを掴むセーレの手を掴み、退けようとする。悪魔の馬鹿力に勝てず、僅かも動かないそれに驚くレジーへ、セーレはようやく目を向けた。
「何だお前」
「この人は私の恩人で……」
「シュトリの新しい男だ」
セーレに答えるシュトリを遮り、ベリアルが笑顔で言い放った言葉に三人が眉を顰め、空気が凍った。
「シュトリ。本当ですか? こんな人間ごときが?」
嘲るような声にシュトリが眉を寄せる。自分を貶されるのは慣れているが、自分のものを貶されるのは腹が立った。
「……そうだよ。レジーは私の男だ。魔王じゃなくても、何の力もなくて……弱くて役に立たない私でもいいって言ってくれるような人だ」
恐怖も忘れてセーレを睨み、自分の男を擁護するシュトリに、セーレは内心動揺していた。シュトリがセーレに対して本当の怒りを向けたことはなかった。
「そう。私は魔王じゃない。元々そんな器じゃない。調子に乗って好き勝手したから、殺されるのは仕方ないけど」
「……殺される?」
「お前達、私を殺しに来たんだろう?」
そもそもの勘違いはここでようやく終わりを迎えることになる。怪訝そうなバアルの声に答えたシュトリへ向けて、男達は表情を変えた。
笑うベリアル。納得顔のバアル。驚くヴィネ。呆然とするセーレ。何となく察し始めたレジー。
それぞれ異なる反応を見せられ、シュトリは首を傾げたが、大切な主張は忘れない。
「私を殺すのは構わないけど、レジーやベリアルは許してやってほしい。二人は私を助けてくれただけだから」
「殺しませんよ! いえ、ベリアルは殺したいですけど」
突っ込んだのはヴィネだった。思わずといった様子で声を荒げている。
「え? じゃあ何しに来たんだ?」
「シュトリ」
頭を抱えたバアルに呼ばれ、反射的に姿勢を正す。魔王であった頃からバアルには逆らえず、逆らうつもりもなく、自然と行儀良くしていた。
「それも一緒に連れてっていいから、帰るぞ」
それ、と指されたのはレジーである。帰るというのは魔界しかない。
バアルの言うことといえど、素直に頷くことは出来なかった。
「何で。私は帰らない。レジーと一緒にこっちに残る」
「帰るんだよ。お前は魔王様だろうが」
「魔王は辞めたって言ってるでしょう。だいたい私じゃなきゃいけない理由もないし、もっと……姉さん達みたいな、綺麗で強い魔王を担ぎ上げればいいじゃないか。皆で探せばすぐ見つか」
バアルがシュトリへ向けて指を掲げると、不自然にその口が止まった。瞼が閉じ、力が抜けて倒れそうになった体をレジーが抱き支える。
何が起きたのかと心配するレジーの耳にぐうぐうと気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。睡眠魔術だった。
「レジーといったか。面倒だからお前も来い」
レジーとシュトリが高度の魔力に包まれる。バアルによって魔界へ送られていった二人を追うように、ヴィネとベリアルもその姿を消した。
「お前はいつまで呆けているんだ」
「……シュトリが、私を睨んで。ああ……ああ……」
白く美しい手で己の顔を覆いながら、セーレの体がわなわなと震え始める。
バアルの知るシュトリは優しい、というより他者に怒り慣れていなかった。不快があっても口に出さず他者へ向けず、自分の中に留めて考え悩む。持ち前の卑屈さから他者へ強く出れないのだ。
そんなシュトリが自分の男を貶され、怒り、睨み付けてきた。まだ付き合いの短いバアルはシュトリの怒りを初めて見たが、下手をするとセーレすら初めてのことだったのではないかと、今のセーレを見ていて思う。
「睨んできた! 睨んできたんですよ! シュトリが! 私を見上げて、きっ! と睨んで! ああっ可愛いっ!」
思い出して喚くセーレを置いてバアルも魔界に戻っていった。
端麗な顔に微笑を浮かべるセーレは美しく、恐ろしかった。
彼を知らない者ならば見惚れてしまう美貌はシュトリには意味がない。生まれた時から美しい母と姉を見て育った彼の審美眼は肥えていた。
身構えるレジーを背後に庇う。シュトリがセーレに敵うわけがないが、彼の盾くらいにはなりたかった。
「久しぶり。あの、何しに来たの」
敢えていつもと変わらぬ態度で切り出す。相手の出方を見たかった。
「……何しに、ですか?」
「うん。手紙読んだでしょ。私は」
「魔王を辞める?」
うん、と頷くシュトリの両肩をセーレの手が掴む。骨の軋む音が鳴る程に力が込められ、シュトリは顔を歪めた。
「いっ、」
「おいお前」
「許さない」
痛みに呻くシュトリに反応するレジー。無表情に呟くセーレ。一触即発の瞬間に、割り込んできた存在によってその場は凌がれた。
「シュトリごめーん。負けちゃった」
わざとらしく間延びした声を上げ、ヴィネとバアルを連れたベリアルだった。
「ひっ……」
セーレだけでなくヴィネもバアルも勢揃いとあっては流石のベリアルでも敵わない。実際そう諦めたからバアル達と共に戻って来たのだろう。
小さな悲鳴を上げて怯えるシュトリを、今度こそレジーは助けた。介入者が現れようとも変わらずシュトリを掴むセーレの手を掴み、退けようとする。悪魔の馬鹿力に勝てず、僅かも動かないそれに驚くレジーへ、セーレはようやく目を向けた。
「何だお前」
「この人は私の恩人で……」
「シュトリの新しい男だ」
セーレに答えるシュトリを遮り、ベリアルが笑顔で言い放った言葉に三人が眉を顰め、空気が凍った。
「シュトリ。本当ですか? こんな人間ごときが?」
嘲るような声にシュトリが眉を寄せる。自分を貶されるのは慣れているが、自分のものを貶されるのは腹が立った。
「……そうだよ。レジーは私の男だ。魔王じゃなくても、何の力もなくて……弱くて役に立たない私でもいいって言ってくれるような人だ」
恐怖も忘れてセーレを睨み、自分の男を擁護するシュトリに、セーレは内心動揺していた。シュトリがセーレに対して本当の怒りを向けたことはなかった。
「そう。私は魔王じゃない。元々そんな器じゃない。調子に乗って好き勝手したから、殺されるのは仕方ないけど」
「……殺される?」
「お前達、私を殺しに来たんだろう?」
そもそもの勘違いはここでようやく終わりを迎えることになる。怪訝そうなバアルの声に答えたシュトリへ向けて、男達は表情を変えた。
笑うベリアル。納得顔のバアル。驚くヴィネ。呆然とするセーレ。何となく察し始めたレジー。
それぞれ異なる反応を見せられ、シュトリは首を傾げたが、大切な主張は忘れない。
「私を殺すのは構わないけど、レジーやベリアルは許してやってほしい。二人は私を助けてくれただけだから」
「殺しませんよ! いえ、ベリアルは殺したいですけど」
突っ込んだのはヴィネだった。思わずといった様子で声を荒げている。
「え? じゃあ何しに来たんだ?」
「シュトリ」
頭を抱えたバアルに呼ばれ、反射的に姿勢を正す。魔王であった頃からバアルには逆らえず、逆らうつもりもなく、自然と行儀良くしていた。
「それも一緒に連れてっていいから、帰るぞ」
それ、と指されたのはレジーである。帰るというのは魔界しかない。
バアルの言うことといえど、素直に頷くことは出来なかった。
「何で。私は帰らない。レジーと一緒にこっちに残る」
「帰るんだよ。お前は魔王様だろうが」
「魔王は辞めたって言ってるでしょう。だいたい私じゃなきゃいけない理由もないし、もっと……姉さん達みたいな、綺麗で強い魔王を担ぎ上げればいいじゃないか。皆で探せばすぐ見つか」
バアルがシュトリへ向けて指を掲げると、不自然にその口が止まった。瞼が閉じ、力が抜けて倒れそうになった体をレジーが抱き支える。
何が起きたのかと心配するレジーの耳にぐうぐうと気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。睡眠魔術だった。
「レジーといったか。面倒だからお前も来い」
レジーとシュトリが高度の魔力に包まれる。バアルによって魔界へ送られていった二人を追うように、ヴィネとベリアルもその姿を消した。
「お前はいつまで呆けているんだ」
「……シュトリが、私を睨んで。ああ……ああ……」
白く美しい手で己の顔を覆いながら、セーレの体がわなわなと震え始める。
バアルの知るシュトリは優しい、というより他者に怒り慣れていなかった。不快があっても口に出さず他者へ向けず、自分の中に留めて考え悩む。持ち前の卑屈さから他者へ強く出れないのだ。
そんなシュトリが自分の男を貶され、怒り、睨み付けてきた。まだ付き合いの短いバアルはシュトリの怒りを初めて見たが、下手をするとセーレすら初めてのことだったのではないかと、今のセーレを見ていて思う。
「睨んできた! 睨んできたんですよ! シュトリが! 私を見上げて、きっ! と睨んで! ああっ可愛いっ!」
思い出して喚くセーレを置いてバアルも魔界に戻っていった。
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