魔王様の異世界逃亡生活

鳫葉あん

文字の大きさ
上 下
10 / 14

魔王様再会する

しおりを挟む
「シュトリ!」

 ヴィネと対峙していた筈のシュトリはレジーの腕の中にいた。転移魔術をかけられたのだと悟り、心配そうな目を向けてくれる男の胸に体を預ける。怖かった。
 辺りを見渡すと森の中で、どこだと考えるシュトリに「村を少し離れた所だ」とレジーが教えてくれた。異変を察したベリアルが人里から離れることを勧めたらしい。


「……もう駄目だと思った」

 腕輪のないシュトリなんてヴィネなら魔術も使わずに殺せる。ただ首をへし折ってしまえばいい。
 魔術の才能だけでなく、獣人として高い身体能力を持った彼なら簡単に、枝をそうするように折れることだろう。
 猫をけしかけ穏やかに話しかけてきたのは、いつでもお前なんて殺せるぞという余裕の表れに違いない。

「んふふっ」

 背後から聞こえる笑い声に振り向くと、ベリアルが笑っていた。

「ベリアルが助けてくれたんでしょ。ありがとう」
「いや……ふふっ。守るって約束したろ」

 それより、と切り替えられる。

「ヴィネが嗅ぎ付けてきたなら、バアルやセーレもすぐに来るだろうな」

 懐かしい名前にシュトリの体が震える。
 よくよく考えれば魅了の効かなかったベリアルと同等の力を持っていたバアルも正気だったと考えられる。ベリアルとの戦争を避けるために服従を受け入れた彼からしたらやはり、力のない淫魔に従わされるなんて屈辱でしかないだろう。
 セーレは言わずもがな。シュトリなんかの魅了で操られて怒っているに違いない。
 シュトリを追って人間界に来るなんて、憂さ晴らししか理由がない。

「……くくっ、うぐっ、ふふふっ」
「何が面白いんだよぉ」
「いや、何……可哀想な奴らだと思うとな。笑いが止まらないだけだ。まぁそれはいい。とりあえず俺はヴィネと遊んでくるからお前達は隠れていろ」

 返事も聞かず魔術が展開され、シュトリとレジーが世界から切り離される。何処かへと歩き出し、遠ざかっていくベリアルを追おうとしたレジーだが、見えない壁のようなものに阻まれてしまう。

「ベリアルが私達を結界の中に閉じ込めたんだよ。認識阻害の魔術がかかってるから私達の姿は見えないし聞こえない」
「結界の中なら安全ってことか」
「うん。ろくな魔力のない私と人間のレジーじゃ、ベリアルの邪魔にしかならないからなぁ」

 旅の途中で魔物や野盗と遭遇することがあり、レジーの剣術の腕が素晴らしいのはわかっている。だが、魔術と武術を多彩に操る彼ら相手では苦戦は必至だ。

「そんなに強いのか。お前の命を狙ってる奴らは」
「強いよ。魔界の……それぞれの国を治めてた、王だもの」

 腕輪の力で誤魔化した見せかけだけの頂点だった。ことの始まりから終わりまで、全てを話す。他にすることもない。

「……だから、人間界に逃げたんだよ。みんなきっとすごく怒ってる。殺されたって仕方ない」
「うーん、完全にシュトリ主観だからわからないが……魔王だったってのは本当みたいだな。ベリアルが部下だっていうのも納得だ 」

 レジーがシュトリと目を合わせる。彼らしい真っ直ぐな光を宿した、シュトリの大好きな目だ。

「まぁ、俺はお前を守るよ。化物相手にどこまで出来るかわからないけどな」
「その気持ちだけでいいよ。レジーは巻き込んじゃっただけだから……本当は私なんて見捨てた方がいいのに」
「寂しいこと言うなよ」

 肩を抱かれ、情熱の宿った目に見つめられる。それだけでシュトリの安っぽい心臓は高鳴り、うっとりとした目でレジーを見つめた。
 互いに名前を呼び合い、二人の世界に浸っていた頃。



「もう終わりか? 猫ちゃん」
「くそっ……」

 獅子の姿に戻ったヴィネが地に伏せられていた。土にまみれた衣服、肉体に残る痣が戦闘を物語る。
 魔術でも武術でもベリアルに勝てた試しがない。けれどこの男を排除しなければシュトリとの会話すら難しい。先程のように邪魔をされ続けるだけだ。

「お前……何を考えているんだ」
「俺の考えなんて簡単だろ。敬愛する魔王様のことか、楽しいことだけだよ」

 ベリアルがゆっくりとした足取りで近付いてくる。起き上がり臨戦する体力が残っていない。それ程痛めつけられていた。

「そのうち本当のことは知ってもらいたいが、まだはやいかな。お家にお帰り、ヴィネちゃん」

 高度の魔力を感じ、魔界へ還されるのを察する。大人しく諦めたヴィネに向けてベリアルの手が翳されたその時。

「おや」

 ベリアルの腹を何かが貫いていた。見覚えのあるそれは同僚となった男の剣だ。
 ベリアルに察知されないよう気配も魔力も消して近付ける相手なんて一人しかいない。

「いきなり酷くない?」
「お前に対して酷いも何もあるか。茶番はやめろ。シュトリは何処だ」
「はぁ、これで終わりか。あっけなかったなぁ」

 ヴィネの耳がぴくりと動く。突然シュトリの魔力を感じたからだ。腕輪で増幅されていたそれとは違う、細やかな力だが間違いなくシュトリのものだった。

「バアル、シュトリは近くに……」
「ああ。結界でも張っていたのか」
「まあね。ほら、迎えに行かないと」

 ベリアルの腹から剣が抜かれる。空いた穴はその手でさすれば立ち所に塞がってしまう。

「セーレに先を越されちゃうぞ。もう遅いけど」



「あれ?」

 ベリアルの施した阻害魔術が消えるのを感じ、シュトリが思わず声を上げる。どうした、と問いかけるレジーを見上げ、答えた。

「ベリアルが勝ったのかな。阻害魔術が外れて……ああ、結界も……消えて……」

 言葉と共にゆっくりと、ベリアルの結界が消えていく。遮断していたものが取り払われる頃にはそれはシュトリの前へ駆けつけていた。
 黄金のような眩しさの髪も、氷のような双眸も、それらに映える美貌も。小さな頃から変わらない、見慣れた男が。

「お久しぶりですね。シュトリ」

 たおやかに微笑んでいるのに、シュトリの背筋が凍った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

メランコリック・ハートビート

おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】 ------------------------------------------------------ 『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』 あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。 ------------------------------------------------------- 第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。 幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...