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魔王様再会する
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「シュトリ!」
ヴィネと対峙していた筈のシュトリはレジーの腕の中にいた。転移魔術をかけられたのだと悟り、心配そうな目を向けてくれる男の胸に体を預ける。怖かった。
辺りを見渡すと森の中で、どこだと考えるシュトリに「村を少し離れた所だ」とレジーが教えてくれた。異変を察したベリアルが人里から離れることを勧めたらしい。
「……もう駄目だと思った」
腕輪のないシュトリなんてヴィネなら魔術も使わずに殺せる。ただ首をへし折ってしまえばいい。
魔術の才能だけでなく、獣人として高い身体能力を持った彼なら簡単に、枝をそうするように折れることだろう。
猫をけしかけ穏やかに話しかけてきたのは、いつでもお前なんて殺せるぞという余裕の表れに違いない。
「んふふっ」
背後から聞こえる笑い声に振り向くと、ベリアルが笑っていた。
「ベリアルが助けてくれたんでしょ。ありがとう」
「いや……ふふっ。守るって約束したろ」
それより、と切り替えられる。
「ヴィネが嗅ぎ付けてきたなら、バアルやセーレもすぐに来るだろうな」
懐かしい名前にシュトリの体が震える。
よくよく考えれば魅了の効かなかったベリアルと同等の力を持っていたバアルも正気だったと考えられる。ベリアルとの戦争を避けるために服従を受け入れた彼からしたらやはり、力のない淫魔に従わされるなんて屈辱でしかないだろう。
セーレは言わずもがな。シュトリなんかの魅了で操られて怒っているに違いない。
シュトリを追って人間界に来るなんて、憂さ晴らししか理由がない。
「……くくっ、うぐっ、ふふふっ」
「何が面白いんだよぉ」
「いや、何……可哀想な奴らだと思うとな。笑いが止まらないだけだ。まぁそれはいい。とりあえず俺はヴィネと遊んでくるからお前達は隠れていろ」
返事も聞かず魔術が展開され、シュトリとレジーが世界から切り離される。何処かへと歩き出し、遠ざかっていくベリアルを追おうとしたレジーだが、見えない壁のようなものに阻まれてしまう。
「ベリアルが私達を結界の中に閉じ込めたんだよ。認識阻害の魔術がかかってるから私達の姿は見えないし聞こえない」
「結界の中なら安全ってことか」
「うん。ろくな魔力のない私と人間のレジーじゃ、ベリアルの邪魔にしかならないからなぁ」
旅の途中で魔物や野盗と遭遇することがあり、レジーの剣術の腕が素晴らしいのはわかっている。だが、魔術と武術を多彩に操る彼ら相手では苦戦は必至だ。
「そんなに強いのか。お前の命を狙ってる奴らは」
「強いよ。魔界の……それぞれの国を治めてた、王だもの」
腕輪の力で誤魔化した見せかけだけの頂点だった。ことの始まりから終わりまで、全てを話す。他にすることもない。
「……だから、人間界に逃げたんだよ。みんなきっとすごく怒ってる。殺されたって仕方ない」
「うーん、完全にシュトリ主観だからわからないが……魔王だったってのは本当みたいだな。ベリアルが部下だっていうのも納得だ 」
レジーがシュトリと目を合わせる。彼らしい真っ直ぐな光を宿した、シュトリの大好きな目だ。
「まぁ、俺はお前を守るよ。化物相手にどこまで出来るかわからないけどな」
「その気持ちだけでいいよ。レジーは巻き込んじゃっただけだから……本当は私なんて見捨てた方がいいのに」
「寂しいこと言うなよ」
肩を抱かれ、情熱の宿った目に見つめられる。それだけでシュトリの安っぽい心臓は高鳴り、うっとりとした目でレジーを見つめた。
互いに名前を呼び合い、二人の世界に浸っていた頃。
「もう終わりか? 猫ちゃん」
「くそっ……」
獅子の姿に戻ったヴィネが地に伏せられていた。土にまみれた衣服、肉体に残る痣が戦闘を物語る。
魔術でも武術でもベリアルに勝てた試しがない。けれどこの男を排除しなければシュトリとの会話すら難しい。先程のように邪魔をされ続けるだけだ。
「お前……何を考えているんだ」
「俺の考えなんて簡単だろ。敬愛する魔王様のことか、楽しいことだけだよ」
ベリアルがゆっくりとした足取りで近付いてくる。起き上がり臨戦する体力が残っていない。それ程痛めつけられていた。
「そのうち本当のことは知ってもらいたいが、まだはやいかな。お家にお帰り、ヴィネちゃん」
高度の魔力を感じ、魔界へ還されるのを察する。大人しく諦めたヴィネに向けてベリアルの手が翳されたその時。
「おや」
ベリアルの腹を何かが貫いていた。見覚えのあるそれは同僚となった男の剣だ。
ベリアルに察知されないよう気配も魔力も消して近付ける相手なんて一人しかいない。
「いきなり酷くない?」
「お前に対して酷いも何もあるか。茶番はやめろ。シュトリは何処だ」
「はぁ、これで終わりか。あっけなかったなぁ」
ヴィネの耳がぴくりと動く。突然シュトリの魔力を感じたからだ。腕輪で増幅されていたそれとは違う、細やかな力だが間違いなくシュトリのものだった。
「バアル、シュトリは近くに……」
「ああ。結界でも張っていたのか」
「まあね。ほら、迎えに行かないと」
ベリアルの腹から剣が抜かれる。空いた穴はその手でさすれば立ち所に塞がってしまう。
「セーレに先を越されちゃうぞ。もう遅いけど」
「あれ?」
ベリアルの施した阻害魔術が消えるのを感じ、シュトリが思わず声を上げる。どうした、と問いかけるレジーを見上げ、答えた。
「ベリアルが勝ったのかな。阻害魔術が外れて……ああ、結界も……消えて……」
言葉と共にゆっくりと、ベリアルの結界が消えていく。遮断していたものが取り払われる頃にはそれはシュトリの前へ駆けつけていた。
黄金のような眩しさの髪も、氷のような双眸も、それらに映える美貌も。小さな頃から変わらない、見慣れた男が。
「お久しぶりですね。シュトリ」
たおやかに微笑んでいるのに、シュトリの背筋が凍った。
ヴィネと対峙していた筈のシュトリはレジーの腕の中にいた。転移魔術をかけられたのだと悟り、心配そうな目を向けてくれる男の胸に体を預ける。怖かった。
辺りを見渡すと森の中で、どこだと考えるシュトリに「村を少し離れた所だ」とレジーが教えてくれた。異変を察したベリアルが人里から離れることを勧めたらしい。
「……もう駄目だと思った」
腕輪のないシュトリなんてヴィネなら魔術も使わずに殺せる。ただ首をへし折ってしまえばいい。
魔術の才能だけでなく、獣人として高い身体能力を持った彼なら簡単に、枝をそうするように折れることだろう。
猫をけしかけ穏やかに話しかけてきたのは、いつでもお前なんて殺せるぞという余裕の表れに違いない。
「んふふっ」
背後から聞こえる笑い声に振り向くと、ベリアルが笑っていた。
「ベリアルが助けてくれたんでしょ。ありがとう」
「いや……ふふっ。守るって約束したろ」
それより、と切り替えられる。
「ヴィネが嗅ぎ付けてきたなら、バアルやセーレもすぐに来るだろうな」
懐かしい名前にシュトリの体が震える。
よくよく考えれば魅了の効かなかったベリアルと同等の力を持っていたバアルも正気だったと考えられる。ベリアルとの戦争を避けるために服従を受け入れた彼からしたらやはり、力のない淫魔に従わされるなんて屈辱でしかないだろう。
セーレは言わずもがな。シュトリなんかの魅了で操られて怒っているに違いない。
シュトリを追って人間界に来るなんて、憂さ晴らししか理由がない。
「……くくっ、うぐっ、ふふふっ」
「何が面白いんだよぉ」
「いや、何……可哀想な奴らだと思うとな。笑いが止まらないだけだ。まぁそれはいい。とりあえず俺はヴィネと遊んでくるからお前達は隠れていろ」
返事も聞かず魔術が展開され、シュトリとレジーが世界から切り離される。何処かへと歩き出し、遠ざかっていくベリアルを追おうとしたレジーだが、見えない壁のようなものに阻まれてしまう。
「ベリアルが私達を結界の中に閉じ込めたんだよ。認識阻害の魔術がかかってるから私達の姿は見えないし聞こえない」
「結界の中なら安全ってことか」
「うん。ろくな魔力のない私と人間のレジーじゃ、ベリアルの邪魔にしかならないからなぁ」
旅の途中で魔物や野盗と遭遇することがあり、レジーの剣術の腕が素晴らしいのはわかっている。だが、魔術と武術を多彩に操る彼ら相手では苦戦は必至だ。
「そんなに強いのか。お前の命を狙ってる奴らは」
「強いよ。魔界の……それぞれの国を治めてた、王だもの」
腕輪の力で誤魔化した見せかけだけの頂点だった。ことの始まりから終わりまで、全てを話す。他にすることもない。
「……だから、人間界に逃げたんだよ。みんなきっとすごく怒ってる。殺されたって仕方ない」
「うーん、完全にシュトリ主観だからわからないが……魔王だったってのは本当みたいだな。ベリアルが部下だっていうのも納得だ 」
レジーがシュトリと目を合わせる。彼らしい真っ直ぐな光を宿した、シュトリの大好きな目だ。
「まぁ、俺はお前を守るよ。化物相手にどこまで出来るかわからないけどな」
「その気持ちだけでいいよ。レジーは巻き込んじゃっただけだから……本当は私なんて見捨てた方がいいのに」
「寂しいこと言うなよ」
肩を抱かれ、情熱の宿った目に見つめられる。それだけでシュトリの安っぽい心臓は高鳴り、うっとりとした目でレジーを見つめた。
互いに名前を呼び合い、二人の世界に浸っていた頃。
「もう終わりか? 猫ちゃん」
「くそっ……」
獅子の姿に戻ったヴィネが地に伏せられていた。土にまみれた衣服、肉体に残る痣が戦闘を物語る。
魔術でも武術でもベリアルに勝てた試しがない。けれどこの男を排除しなければシュトリとの会話すら難しい。先程のように邪魔をされ続けるだけだ。
「お前……何を考えているんだ」
「俺の考えなんて簡単だろ。敬愛する魔王様のことか、楽しいことだけだよ」
ベリアルがゆっくりとした足取りで近付いてくる。起き上がり臨戦する体力が残っていない。それ程痛めつけられていた。
「そのうち本当のことは知ってもらいたいが、まだはやいかな。お家にお帰り、ヴィネちゃん」
高度の魔力を感じ、魔界へ還されるのを察する。大人しく諦めたヴィネに向けてベリアルの手が翳されたその時。
「おや」
ベリアルの腹を何かが貫いていた。見覚えのあるそれは同僚となった男の剣だ。
ベリアルに察知されないよう気配も魔力も消して近付ける相手なんて一人しかいない。
「いきなり酷くない?」
「お前に対して酷いも何もあるか。茶番はやめろ。シュトリは何処だ」
「はぁ、これで終わりか。あっけなかったなぁ」
ヴィネの耳がぴくりと動く。突然シュトリの魔力を感じたからだ。腕輪で増幅されていたそれとは違う、細やかな力だが間違いなくシュトリのものだった。
「バアル、シュトリは近くに……」
「ああ。結界でも張っていたのか」
「まあね。ほら、迎えに行かないと」
ベリアルの腹から剣が抜かれる。空いた穴はその手でさすれば立ち所に塞がってしまう。
「セーレに先を越されちゃうぞ。もう遅いけど」
「あれ?」
ベリアルの施した阻害魔術が消えるのを感じ、シュトリが思わず声を上げる。どうした、と問いかけるレジーを見上げ、答えた。
「ベリアルが勝ったのかな。阻害魔術が外れて……ああ、結界も……消えて……」
言葉と共にゆっくりと、ベリアルの結界が消えていく。遮断していたものが取り払われる頃にはそれはシュトリの前へ駆けつけていた。
黄金のような眩しさの髪も、氷のような双眸も、それらに映える美貌も。小さな頃から変わらない、見慣れた男が。
「お久しぶりですね。シュトリ」
たおやかに微笑んでいるのに、シュトリの背筋が凍った。
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