魔王様の異世界逃亡生活

鳫葉あん

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魔王様の腹心

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 それは獣を従え、嵐を侍らせ、新参者に同伴する形でバアルの前に現れた。手首に輝く黄金の力でバアルの部下を魅了する彼は、バアルの好みそのものだった。
 バアルより小柄で愛嬌のある顔立ち、控えめなようで大胆な性格、他者に依存しなければ生きられない種族としての性。
 そして何より、彼はバアルの国以外を手に入れていた。
 北の国を支配する若い獣は彼のおかげで王となった。それもあってか彼に懐き、逆らわない。
 西の国を支配するいけすかない悪魔も単純に彼を気に入った様子だった。恐らく目的はバアルと同じなのだろう。
 南の国を制圧したのは彼の信奉者だった。美しい顔は常に彼を見ているのに、彼は見向きもしない。

 均衡は崩れなかった。崩したくなかった。崩す気もなかった。バアルに大それた野心などなく、ただ穏やかな暮らしを好んだ。
 バアルは生まれもっての王だった。ベリアルに引けを取らない力を持ち、国を想う心が部下は勿論民を惹きつける。バアルを慕いバアルの力を信じる民達はバアルこそ魔界を統べる存在になるべきだと信じ、侵攻を献言する。
 魔界を分ける四つの国は過度な干渉を避け、争いを避け、保たれている。どこかが動けば他も動き、その一つを皆で喰い散らすだろう。
 優しさではなく、予想の出来ない賭けを嫌っている。特に西、ベリアルはどう動くかがわからない。あの男が争いを避けるのは美しい国と良く育った部下が損なわれるのを面倒に思っているからだ。
 均衡が崩れ、争いが始まれば魔界の大半は焦土と化し、多くが死ぬ。ベリアルの軍勢だけではなく、北と南も充分な脅威なのだから。
 現状の魔界を何の代償もなしに手に入れられるならともかく、荒廃しきった土地と疲れきった民だけの世界を欲しいとは思わなかった。
 そんな時に現れたのが、まさしく前者を可能とする存在だった。


「えーっと、この国以外は私の下に降りました」
「バアルもシュトリに従うといい。断るなら俺と全面戦争になるだけだ。ここを野原にしてやろう」
「……拒否権はないじゃないか。ああ、我が国も貴方に従いましょう」

 ベリアルの言葉に頭を抱え、バアルはシュトリへ臣下の礼を取った。一連の流れはバアルの城の謁見の間で行われ、その場は警備の兵も見守っていた。
 言葉には出さず、けれど狼狽える彼らにも聞こえるように宣言する。

「貴方こそが魔界全てを統べる偉大なる王。魔王と呼ぶに相応しいお方でしょう」

 言われた本人は何とも浮かない顔をして、曖昧に頷いていた。


 四つの国の中心地に新たな城が造られた。魔王の城、つまりシュトリの家である。
 バアル達は魔王から領土を賜り、それぞれの国の統治は変わらずにバアル達が行う、ということになっている。変わったのは他国からの干渉を過度に気にしなくなったことが大きい。
 シュトリは魔王など飾りだと、象徴でしかないと思っているが、象徴こそ大切なのだ。
 国々の長が崇める絶対的な頂点。世界の象徴。それこそがバアルの求める平穏なのだから。 

 シュトリを魔王と定め、臣下となったバアルを部下達は見限るのではないかという懸念は杞憂に終わった。
 魅了の影響なのか、彼らもシュトリという新しい主を受け入れている。バアルに対し魔王の一番の寵愛を勝ち取るべきだと発破をかける者すらいる。
 醜く争うつもりはないが、シュトリのことは気にかけていたつもりだった。それが足りないから失踪してしまったのだろうが。
 もう一度対話をすべきだと、改めて思い直していた。



「……ヴィネがシュトリを探しに行った?」
「ええ。彼の兄達がそう言っていました」

 シュトリの失踪から数日が経ち、国を離れても問題ないよう手回しを済ませた頃。バアルのもとを尋ねてきたセーレからの報告だった。

「魔界にヴィネの魔力はありません。恐らく……人間界に行ったのではないでしょうか。私も向かいますので、その報告に参りました」

 セーレの中では決定事項だ。バアルが何を言おうと、彼は人間界へ行く。シュトリを連れ戻すために。
 止めることなどせず、バアルも人間界へ向かう。その為に支度を済ませたのだから。

「……ベリアルが全く姿を見せないのは気になるが……」
「西の城も訪ねましたが、相変わらず何処へ行ったかは誰も知らない様子でした。ただ、あのお方は……シュトリの失踪を知っているし、傍にいるのではないでしょうか」
「まぁ、そうだろうな」

 ベリアルはシュトリを気に入っている。シュトリが正しく理解しているかは不明だが、ベリアルとの付き合いが長い者からしたらわかる程度にシュトリを気にかけ、構っていた。

「……本当に、邪魔な男です」

 呟く美しい顔に表情はなく、言葉には隠せない憎悪を滲ませていた。
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