三重生活

鳫葉あん

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 優紀は本当に、これといった何かを持っていない。社内の女性達の噂の的となり、恋人の座を狙われている肇と違い顔立ちは至って平凡で、変に崩れていないだけで印象に残らない。
 同じ黒髪黒目でも肇は『自然体で爽やか』だの『清潔感がある』だの言われるが、優紀は何も言われない。悪目立ちしない、ただ普通なだけだ。
 人混みに入ると風景にとけてしまう優紀に対し、恋人という位置についた男は「俺と違ってあどけないってか、可愛いじゃん」とおかしなことを言う。
「かわいい?」
「そう。すれてなさそうっていうか……俺が何とかしてやらないとな、ってなる」
 頼りないということだろう。実際、仕事でも私生活でも肇に助けられることはあっても優紀が彼の力になれることはない。一人でそつなく解決してしまう。
「優紀には優紀がわからないかもしれないけど、俺は優紀がいいよ。側にいると気が休まる」
 そう言って肇の手が優紀の肩へ伸びる。恋人になってから訪れた初めての週末を、二人は優紀の部屋で過ごしていた。
 優紀一人ならちょうどいいサイズのシングルベッドへ二人並んで腰掛け、青臭いカップルよろしく惚気る。端正な顔が近付き、唇が重ね合わされる。生涯知ることはないかもしれないと恐れていた触れるだけのキスの感覚は、絶妙な柔らかさの不思議なものだった。
 ただの同僚だった頃、優紀も肇も互いの話はしていた。趣味や関心のあるものなど、当たり障りのない一般的な世間話だけだった。恋人という枠組みに入ると肇は優紀の深い部分まで知りたがり、優紀も同じことを求めた。


「あっ、はっ、あ、あっ、ああっ……」
 狭いベッドの上で大の男が二人、裸になって睦み合っていた。四つん這いになった優紀の背後、尻と下腹をぴったりと重ねる肇が腰を振ると優紀の口からあられもない声が溢れていく。
 二人は繋がっていた。優紀は尻孔で肇の性器を咥え込み、腸を突かれて喜んでいた。
「はっ、すげっ……ほんとに、初めて?」
 長く硬く太い、大きな雄肉に胎を突かれる痛みに息を詰めていたのは体を繋げて初めの頃のこと。前立腺を叩いて得られる快感をすぐに覚え、感じ入るままに声を上げながら優紀は必死に肯定した。
「は、めでぇっ……はじめてっ……あっ……あ、あ、あ、あ~っ……♡」
「……そっか」
 自力ではもう這うことも出来ず、崩れる体を背後から掴み支えられているだけの優紀には肇の顔が見えなかった。ひどく嬉しそうに顔を歪ませる男の心は庇護欲と独占欲で満ちている。
「あっあぁあっ♡ あん♡ あっ、あっ……♡♡」
「優紀、優紀ぃ……!」
 パンッパンッと音が立つ程に激しく、肇の腰が打ち付けられる。尻の奥、本来なら排泄するだけの器官に異物を咥え、胎を掻き回されているのに体は快感を拾っていく。
「前立腺? だっけ……おっ、くそ……すげー締め付けてくる……」
「はひ♡♡♡ わがんにゃ♡ わかな……あーっ♡ きもちぃ♡♡♡ もっとついてぇ♡♡♡」
 だらしなく顔を蕩けさせてねだる優紀に、肇はさらに興奮を募らせた。咥え込んだ男が太さを増し、割り開かれる痛みに声を上げる。
 初めて出来た恋人と、初めて体を繋げる。未知の体験は想像の何倍も緊張して、痛くて辛くて恥ずかしくて。それを乗り越えれば気持ちが良くて仕方がなかった。

 肇と優紀の仲は日に日に深まり、糖度を増していった。周りにバレたくないので社内では仲の良い同僚を装い、スキンシップは封じて会話に留めているが、会社を出て都合さえ良ければ二人で会って繋がり合う。
 肇との交際に充足感を覚えていた。満ち足りている。人生でかつてない程に幸福な優紀は肇という恋人がいながら、他の男に告白されて舞い上がって了承の返事をした。
 肇に不満があるわけでもなく、別れるつもりもなく、不誠実な浮気であることは理解している。けれど圭を、そしてもう一人の浮気相手からの告白を断ってしまうのは――勿体ないと思ってしまった。突然のモテ期に浮かれポンチになった頭は「ま、そのうち飽きて捨てられるっしょ」と考えていた。足りない子なのだ。



 優紀の会社は昨今うるさく言われているコンプライアンスだの企業倫理だの、そういったものに真摯に取り組んでいる。
 残業はなるべくしないように、と会社全体にお達しがあり、繁忙期以外はほとんど残業がない。この日も定時に上がれた優紀は会社を出ると、少し離れた公園で人を待っていた。
「優紀」
 ベンチに座り、スマホを弄っていた優紀へ声を掛けたのは肇だった。真っ直ぐ優紀の元へやって来る。昼休みに話がしたいので終業後に公園へ来てほしいと伝えておいたのだ。
「話ってなに? もしかしてさ、」
「……ここじゃなんだから、肇の部屋に行っていい?」
「いいよ」
 肇の暮らすマンションは会社から徒歩圏内にある。浮気のけじめとしてこれから別れるつもりでいる優紀は、肇の部屋で話をしてそのまま私物を回収してしまおうと考えていた。
「てかさ、俺わかってるよ。優紀の話」
 えっ、と思わず声が出る。肇にも浮気がバレているのかと思いきや、機嫌良さそうにニタニタと笑う。
「同棲してくれるんだろ?」
 見当違いの発言に再び「えっ」が出てくる。
「俺、前々から言ってたろ。一緒に住もうって。社内にバレてもルームシェアしてるって言っとけば変じゃないって。な?」
「あ。えぇと……や、今日はそういう話じゃないんだ」
「えー。じゃあ何だよ。人のいないとこで話したいって言ったら……同棲すっ飛ばして籍入れてくれるのか?」
「違うよ。部屋で話すから……」
 そうこうしているうちに肇のマンションに着き、何度も通った彼の部屋へ入る。男の一人暮らしとあって物が少し散らかっているが、優紀も口うるさく言える立場ではないしあまり気にしない。
「コーヒーでいいか?」
「いや。話したらすぐ帰るから……」
「泊まってけよ。着替えあるだろ?」
「……いいや。肇、話がある」
 二人掛けのテーブルを指差すと、肇は怪訝な顔をしながら大人しく座る。優紀も向かいに座り、しっかりと目を合わせてから頭に浮かべていた言葉を集め、告げた。
「俺、その、浮気……してます。昨日一人と別れましたが、もう一人浮気相手がいます」
 優紀の告白に肇の目が一瞬揺らぐ。表情は大きな変わりはなく、静かに優紀を見つめたまま、唇が動いた。
「で?」
「え? でって?」
 圭のように怒り狂われても困ってしまうが、平然と問い返されるのも困る。眉尻を下げる優紀に対し、肇はため息をついた。
「優紀は俺に何を望んでるの?」
「えっ、あの、せめて最後くらい誠実になろうと思って。許してくれとは言えないし、俺、会社辞めるよ。明日部長に相談するから今すぐ辞めるってわけにはいかないけど」
「何で辞めるの。だいたい最後って何?」
「え? 浮気して別れた相手が同じ会社にいるなんてやりづらくない?」
「何で別れるの?」
「え? 俺浮気してるんだよ。普通別れない?」
「別れない。俺に非は……ないよね? 俺、男同士の付き合い初めてだし……何か優紀の嫌なことした?」
 全くもってそんなことはない。頭を振る優紀に、肇はほっと息をつく。
「なら優紀に決定権はないね。俺は別れないよ」
「でも」
「優紀。有責側からは離婚出来ないんだよ。俺達はまだ籍入れてないけど、優紀に別れる権利はないよ」
 聞き分けのない相手を諭すようで言い従えるような声に、優紀はそれ以上言えなかった。押し黙る優紀を宥めるように、肇は薄く微笑む。
「優紀と別れるくらいなら間男がいる方がましだ。俺が男同士の距離感とかよくわかんなくて……寂しかったんだろ? 悪かったよ」
 席を立った肇に促され、優紀も立ち上がると並び立った肇からキスされる。額、瞼、頬、唇に触れられながら、いつの間にかベッドの上に押し倒されていた。
 優紀のシングルと違ってセミダブルのベッドは男二人で寝転がっても狭苦しさはない。
「優紀……」
「は、じめぇ……♡」
 優紀の上へ覆い被さる男から、もう一度唇を塞がれる。ゆっくりと重なり、唇を割って入り込む舌に歯列をなぞられ舌を嬲られ体液を啜られ、口内を犯されていく。
「っふ♡♡♡ はっ、あ♡ んふぅ♡♡」
「んーー、ぷは。……ちょっとキスしただけでエロエロになりやがってさぁ。浮気相手にもそんなんだったわけ?」
「……ひゃい。ちょっと、さわられると、もうだめぇ♡♡」
 着崩れたスーツの下、ボタンをきっちり留められたままのワイシャツ越しに、肇の指が胸を撫でる。突起を見つけぐりぐりと押されるだけで優紀の興奮は高まっていく。
「あっ♡ らめぇ♡♡ ちくびやめて♡ や、いや……」
「……むかつく」
 ぐにっぐにっと乳首を弄る力が強まっていく。痛みを与えているだろうと思いきや、優紀は力が強まる程に大袈裟な声を上げた。
「やっ♡♡ あんっ♡ あん、あっ……あっ……♡ 乳首もっと、もっといじめて……♡♡」


 芯を持って尖る乳首をくにくにと撫でてやると物足りないのか優紀がねだり声を上げる。淫乱と罵る代わりに乳首を思い切り捻りながら肇は唇を重ねてくる。口腔奥まで入り込む舌に触れ、舐められるのが気持ちいい。
「ん♡ ん♡ んーーっ♡♡♡ はっ♡ はじめぇ、もういや、した♡♡♡」
「べろちゅー嫌なの?」
「ちゅーすきぃ……ちがう。下、おちんぽ触って……俺のお尻に肇のおちんぽちょうだい♡♡♡」
 はやく抱かれたいと催促する恋人に、肇はだらしない笑顔で応えた。寛げたスラックスの下、トランクスのスリットから顔を出し、熱を持ち始めた優紀のぺニスを握り、扱いてやると声が上がる。母音だけを繰り返す優紀に、肇のぺニスは触れずとも硬く勃ち上がっていく。
「優紀……」
 はやく入れたいと主張する為にスラックス越しに太腿へ当て擦る。好色な笑みを浮かべて喜ぶ恋人に愛しさが募り、同じだけ憎たらしさもあった。
 衣服を手荒く剥ぎ取り、素っ裸になった優紀を見下ろす。白い体に他の男の痕はない。肇のものもない。いつからか「くすぐったいから吸い付くのは嫌だ」と懇願され、代わりに舐め回していたけれど、それは浮気相手に他の男を悟られない為の小賢しい嘘だったのか。
「あっ……いった、いたいっ♡♡♡」 
 首筋に顔を寄せ、思い切り肌を吸う。音が立つ程に吸い付いた箇所は赤く色付き、痕になった。所有の証だ。
「まぁ、さ。別れるつもりはないけど腹が立たないわけはない。わかるよな」
「……ん、はい、わかります……」
「償えよ。俺に。一生かけて。ってことで同棲しような♡」
 優紀の返事は必要なかった。肇からしたら決定事項だ。断る権利は優紀にはない。断る意思があったとしても、尻孔に勃起ちんぽを擦り寄せられるだけで逆らう意思は失せてしまう。
 肇を咥え込んだらどれだけ気持ち良くなれるか。初めて体を拓いた男から与えられた快楽は優紀の体は微塵も忘れず覚えている。目の前に好物を差し出された犬のように、性器から涎を垂らして恍惚に浸る優紀は恥じらいもなく尻を振った。
「どうせいするぅ、はじめとくらす……はじめといっしょ♡♡♡ まいにちセックスするぅ……」
「毎日は流石に無理だよ♡」
 ひくつき、愛する男の亀頭を食べたいと吸い付く孔へ向けて、肇は腰を進めた。縦に割れた小さな孔へ、よく肥えたちんぽが入りこんでいく。
「ああぁあ゛あっ……あ、う、あ……っ♡」
「……っ、ぐ、ぅ……」
 はやく入れろと吸い付いて来たくせにいざ入れば肇をきつく締め付け、外へ押し出そうとする。我が儘な隘路を奥へ目指して突き進む。
「ひっ♡ はひ♡ あ♡ んあ、あっ♡♡」
 少し進むだけで胎の中を押し潰され、優紀は嬌声を上げた。女とは違う艶めいた声に興奮し、はやく吐き出したいと腰を打つ速度が上がる。
 やわい肉は甘えるようにきゅうきゅうと男を締め付けていた。
「……あーっ、優紀、出す……」
「だしてぇ♡ んおっ♡♡ いっぱい出して……気持ち良くなって……♡」
 蕩けた目は男を見上げ、何かを訴えるように潤んでいた。小さく笑った肇の顔が寄る。唇を重ね合わせると優紀の舌が肇の舌を探し始めた。
 ん、ん、と声を上げて懸命に男を求める恋人に、肇はただひたすら腰を振った。程なく射精を迎え、優紀の中へ思いきり種を付けたがすぐに律動は再開される。
 どちらも疲れ寝入るまで、濃密な時間が過ぎていった。
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