邪教

鳫葉あん

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堕落

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 子供は、子供達は捧げられた。降りた。子供の中に彼は降りてきた。
 子供は彼のものになり、彼が子供となった時、子供から不安は消えた。悲しみもない。怒りも憎しみも、寂しさも。
 あるのは揺るがぬ万能感。慈悲。赦しの心。
 子供は赦しを与えた。その証に彼のもとへ送り届けてやった。
 崇拝する彼の腹の中へ。歓びの悲鳴を上げながら、全て全て、喰わせてやった。



 シェルトの記憶を見て知った気になってはいたが、実際に目にするとレネにすら思うものがあった。
 復讐すべき国の民は人間らしく図に乗っていた。油断した愚か者を滅ぼしてやったと嘲笑い、戦利品として持ち帰った若い女達は好きに使われる。精を吐き出す便所として。主人に代わり労働をこなす奴隷として。
 子供達の大半は殺され、洗脳を受け入れた少数は軍人となるべく訓練を受けている。第一に教わるのは特攻の仕方だが、それもとても簡単だ。爆弾を腹に巻くだけでいい。

「……男は全員ね。生き残ってないもの。女子供は……犬のような首輪をしてる子達以外ね。わかりやすくて助かるわぁ」

 けらけら笑うフィロメナが見つめると、人間達の首筋に小さな紋様が浮かぶ。マーキングだった。

「お父様、喰べきれるかしら」
「どうかしらねぇ……最近よく喰べてるし……まぁ、大丈夫でしょぉ」

 ミシェレの心配は杞憂に終わり、その夜国は滅びた。水分を奪い尽くされたような枯れた遺体がそこらに残り、その顔は苦悶に満ちている。

「満足した?」

 レネの問いかけにシェルトは「わからない」と首を振る。それでも、後悔はなかった。

「……復興ごっこの、集落を見てみたい」
「ああ、いいよ。どうせ今から行くから」


 人里離れた深い森の中に、それはあった。邪神によって人の目から隠され、行き場のなかった者達が助け合って暮らしている秘境。

「みなさんお久しぶりです。今日はお願いがあります」

 普段の着飾った姿とは違い、清貧な服装で清楚な笑みと言葉を浮かべたフィロメナを見つけた集落の人々が農作業の手を止め、わらわらと集まり思い思いに声をかける。そんな彼らに挨拶を返しながら、フィロメナが頭を下げると彼らは何でもすると頷いた。

「実は……戦争で家族を失われた女性と子供達を保護しているの。ここでみんなと暮らせないかと思って……」
「そりゃお辛いでしょうに。おれ……いえ、私らで面倒見させてもらいますよ」
「他ならぬフィロメナさんの頼みだしなぁ」
「まぁありがとう! 彼女達のこと、私だと思って仲良くして助けてあげて下さいね」

 そうして引き合わされた女達は集落の新たな住人となる。フィロメナに記憶を弄くられ、奴隷の記憶は消され、孕まされたのは戦死した愛する夫の子供だと疑わず。
 今日を生きて終われるか、という暮らしをしてきた住人達はそんな場所から救い上げてくれたフィロメナの頼みを喜んで聞く。大切にしろと言われたら心を砕き、彼女らの子を可愛がることだろう。

「あのままよりはマシじゃない?」

 一部始終を見守っていたレネがシェルトに尋ねると、彼は頷いた。人間扱いを受けているだけ、こちらの方がまともだろう。

「レネ」

 シェルトの呼び声にどうかしたかと見上げる。肩に手を置かれ、彼の端正な顔が近付き、唇がレネのものに触れた。

「俺は死ぬまで君に忠義と敬愛を捧げる。叶わなかった悲願を果たしてくれた君に。君の姉君と妹君にも。君の父上にも」
「……そっ、そう。期待してるよ」

 出会った時から澄ました笑顔の多かったレネが、面食らった顔をしていた。



 シェルトという手駒を手に入れ、再び姉妹と行動を共にするようになったレネは以前のように各地を転々としていた。
 フィロメナが権力者を虜にして贅を尽くし、飽きれば全てを終わらせる。
 姉妹を祖とし、レネは敬虔な信徒の振る舞いをして邪教を広める。
 邪神の贄を喰い尽くさぬよう人の営みを作り出そうとする。
 遊びながら贄を集め、愛する父に捧げる悪魔達を、彼は変わらず追っていた。



「シェルト。僕は用があるから、姉さん達の所へ先に帰ってて」

 新しい街で邪神の教えを広め始めていたある日のこと。夕暮れ時の教会の前でそう言い、何処かへ行こうとする背中にシェルトが声を掛けた。

「何をするんだ? 俺も――」
「僕一人じゃないとダメだから。……ああ、シェルトがいた方が愉しいかもね……でもいいや。うん、帰ってね」

 シェルトはレネに逆らえない。従順で可愛い手駒でしかないのだから。
 常に傍にいたいがレネの意向を尊重すべきだ。賢い犬のように言い付けを守り、シェルトはこの街での拠点へ帰っていく。
 その背を見送ってからレネは教会の中へと入った。人はおらず、正面に見えるステンドグラスから差し込む夕暮れの混じった光が神秘的な雰囲気を作り出している。
 一歩、二歩と足を進め、ステンドグラスを見上げる。しばらく待っていると背後の扉が静かに開かれる。
 誰かなんて、確かめなくともレネにはわかった。

「昔はよく教会へ行ったよ。礼拝日は欠かさず母に手を引かれて、いもしない神に祈ったものだ」

 足音がゆっくりと近付く。それでもレネは振り返らない。

「貴方と愛を誓ったあの日は久しぶりの礼拝だった。行ったのは宣誓だけどね」

 任務で各地へ遠征する忙しい合間を縫って、聖都の大聖堂で愛を誓い合った。祈る神が違ったが、彼への愛に偽りはなかった。本当に。

「なら何故……何故お前は……悪魔どもと共に在る?」
「僕も悪魔だからさ。もう人ではない。貴方と出会う何年も前から、僕はお父様のものなんだ」

 薄い体を逞しい腕が抱き締める。背中越しに感じる熱は懐かしい男のものだ。
 名前を呼べば苦しげな唸りが聞こえた。

「僕がお父様に……貴方達にとっての邪神に救われる寸前まで。僕は貴方達の神へ祈り続けたよ」

 助けてほしい。愚か者達を罰してほしい。自分は勿論フィロメナもミシェレも、父さんと母さんのもとへ帰してほしい。
 子供の無垢な願いが叶うわけがなかった。

「もうわかったでしょう。貴方の愛したレネは偽物なんだ。腕を離して。それともこのまま殺す?」
「……殺せるわけがないだろう」
「神の御前だからね。汚せるわけがない」
「違う!!」

 腕の拘束が解けるが肩を掴まれ強い力で体の向きを返られる――彼と、ヴィレムと向かい合う形に。
 久しぶりに見た顔は酷く疲れていた。

「ああ……レネ……レネ、ようやく……」
「んん……」

 レネと目が合うなり恍惚とした微笑を浮かべたヴィレムがゆっくりと顔を近付け、そうするのが当然のようにレネへ口付けた。足りないとばかりに吸い付き、レネの体を押し倒してくる。

「何のつもり?」
「お前があいつに言ったんだろう。捧げるのなら口付けて誓えと。俺も俺を捧げよう。お前と共に在るために」
「……僕と共に、在るために」
「そうだ……ああレネ……お前のいない毎日なんて考えられない……」
「……ヴィレム。貴方は僕の可愛い手駒になる?」
「お前がいるなら何でもいい。駒でも贄でも。何だって……」

 健気な男の首に腕を回し、レネから口付けを返してやる。煽られた男の手が体をまさぐるのを、レネは喜んだ。
 ヴィレムに打ち込んだ愛という名の毒はこうして彼を侵し、レネのもとへ堕とし込んでくれた。


 教会とは、神の御前とは、敬虔な信者であったヴィレムにとって神聖なものだったとレネの短い記憶に残っている。祈りを捧げる場所であり、決して騒ぎを起こす場所ではない。
 男を抱くなどもっての他だ。

「んんっ……ぁあ……ヴィレム、ヴィレム……」

 レネの衣服をはだけさせ、ヴィレムが首筋に吸い付いてくる。鎖骨へ肩へ胸へと場所を変えては吸い痕を残す。自分のものだと示すように。
 姉と同じく性に貪欲で淫乱な体は男の愛撫を喜んだ。尖り始めた乳首を舐め、噛まれると甲高い声を上げる。

「あぁ……あ……んん……ヴィレム、もっと……」

 好色な体の欲するままに男の名を呼び誘う。長い別れに落胆していたのはレネも同じだった。そう理解って、ヴィレムの心が喜んだ。

「……ねぇヴィレム……はやく挿入てほしい。ヴィレムでいっぱいになりたい……」

 可愛い男の体に抱き着いて耳へと顔を寄せ、砂糖菓子のような甘さを滲んだ囁きを注ぎ込んでやる。獣のような唸りが聞こえたかと思えば猛ったものを股へ押し付けられ、レネは笑った。
 残っていた衣服を脱ぎ捨て、四つん這いになったレネが自らの尻に手を当て、ゆっくりと孔を開いていく。
 久しぶりに見たそこから、白濁としたものが溢れ落ちていく。絶句するヴィレムに、流れ出る感覚に気付いたレネが答えを教えた。

「……ああ。今朝シェルトとやったんだっけ。あんまり美味しいから掻き出すの忘れてた」

 ごめんね。萎えちゃった? やめる?
 他の男との関係を露にし、悪びれもしないレネの腰を無言で掴む。何をされるか察し、それを待ち望んだレネは男の苛立ちにも動じない。

「んんんっ」

 下履きを寛げ、熱り立ち怒張した肉棒が突き立てられていく。怒りのままに揺さぶられ、他の男の残骸が胎の中から追い出されていく。
 久しく忘れていた愛しい男を思い出した体は正直に喜ぶ。奥の奥まで侵入してくる男をきつく抱いて迎え入れ、もっと尽くせと命じている。

「ああっ……んんっ……ヴィレム……ヴィレムぅ……」

 名前を呼ぶと喜び、もっと呼べと言わんばかりに動きを速める。犬のようだと笑いつつ、可愛いものだと思う。愛玩なんて、男を知るまでレネの中に存在しなかった。
 人間を虜にし、彼らを可愛がる姉の気持ちがわからなかった。

「くっ……」
「あん……あぁ……ヴィレムでいっぱい……熱いの出てるぅ……」

 可愛い男を包み締め付ける肉筒の中に、ヴィレムが精を吐き出す。まだ出るだろうと尻を振って続きを促すと繋がりを外され体を持ち上げられ、体の向きを変えられた。
 石の床に寝かされ、男と顔を合わせたまま抱かれる。体液全てを啜り出そうとするように口を吸われる。孔を犯されながら身体中を舐めて吸われる。淡く色付いた乳首は念入りにされた。
 ヴィレムとの久しぶりの情交は愉しく、レネも何度も吐精して、時には精以外も吐き出して、悦びを伝えた。レネの陰茎から液体が飛び出すとヴィレムはとても嬉しそうに笑っていた。

 誰も訪れることのない教会で。日が完全に沈み、夜を迎えるまで二人は抱き合って過ごした。



「……もっと、もっと増やしましょう。お父様のために……」

 情交に疲れ、気絶するように眠る男には聞こえぬ声が静かに響き渡った瞬間。街は小さな地響きに襲われ、人々は一瞬の衝撃に驚いていた。
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