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その日のクラレンスの予定には昼過ぎから治療院への慰問が入っていた。
華美になりすぎない程度に身支度を整えていると扉が叩かれる。誰かと問えばいつもクラレンスの護衛に付いてくれる親衛隊の騎士だった。
「ああ、忘れてた」
「予定をお忘れでしたか? しばらくお待ち致しますか、それとも慰問の日程を」
「あ、いや。そうではないんだ。しばらく私の護衛は騎士団から選ぶから」
そこまで言って、外から入室の許可を求められる。了承すると見慣れた顔を青くした騎士が足を折り、手をついて頭を下げる。土下座だ。
「私は殿下をご不快にさせたのでしょうか!?」
「いや。きみは何も悪くないよ。私の問題なんだ」
親衛隊と騎士団は同じ騎士なのだが、組織としては少し違う。騎士団に入り騎士となり、剣の腕だけでなく王族の傍らに控えて問題ない品位も認められた者だけが親衛隊に選ばれ、王族に侍ることを許される。謂わば精鋭エリート部隊だ。
名誉と責任のある地位に彼らは誇りを持っている。それが突然護衛を変えると言われれば焦りもするだろう。
事情を教えてほしいと懇願する騎士をどうにか宥めて帰し、しばらくすると再び扉が叩かれる。誰かと問えば今日の護衛の声が聞こえてきた。
入室を促し、扉が開かれる。入って来たのは年若く美しい騎士。アレンだ。
先日、アレンとメルヴィンはクラレンスの婚約者候補となった。とりあえず一年間の準備期間を設け、互いに理解を深め、どうするかをクラレンスに委ねられてしまった。
慈善活動の他にも王族としての公務があり、何かと忙しいクラレンスの護衛をアレンに変えることを提案したのはクラレンスだった。クラレンスの人となりを見せるならその方がいいだろうし、護衛としての役目もアレンなら問題ない。剣の腕は申し分なく、品位に関しては公の場であっても静かに待機出来れば充分だ。
「お待たせ致しました、殿下」
「ちょうど支度が終わった所だ。行こうか」
「本日は」
「治療院への慰問だが、行くのは私ときみだけだ。物々しい騎士を大勢引き連れていくような場所ではないからね」
王族の権威を見せつけに向かうわけではなく、ただクラレンスが治療院に入院している患者の声を聞き、言葉をかけて少しでも励みになればいいと思っているだけの行動だ。馬車も使わず護衛は最低限でいい。クラレンスも自分の身を守るくらいのことは出来る。
若く美しい騎士を連れたクラレンスが治療院へ赴くと、修道士に迎えられる。孤児院と治療院は教会によって作り運営されており、国税と富裕層からの寄付で成り立っている。
支援者達に支援を続けてもらう為にもクラレンスは孤児院や治療院の様子を把握し、説明をする必要がある。だが治療院を訪れるのはそれだけではなく、患者と会話がしたかった。
病に苦しみ懸命に闘う人々の話を聞き、何か励みになればいいと言葉を尽くす。病室を回り、一人一人と対話するクラレンスに彼らはしっかりと向き合ってくれる。
老婆はクラレンスとの再会を喜び、次も会えたらいいと笑う。クラレンスも頷き、外で会えたならもっといいと微笑む。
中年の男性は足に怪我を負っていた。仕事中の不注意だと恥ずかしげに笑う彼にクラレンスは快復を祈った。
母親と共に診察に来ていた少女はクラレンスに色んな話を教えてくれる。町の流行りに疎いクラレンスが礼を言うと、得意気に笑って帰っていった。
王子様の気まぐれだと揶揄する者はもういない。
治療院の患者全員と話を終える頃には外はすっかり暗くなっていた。
「遅くまで居座って申し訳ない」
「そんな。殿下にお言葉を貰えると皆さん元気になりますから。こちらこそ遅くまでありがとうございます」
最後までにこやかに対応してくれた修道士に礼を言い、クラレンスとアレンは城への道を歩き出す。
「護衛の仕事はどうだった? 私のことはわかりそうかい?」
「はい。改めて、やはり殿下はお変わりないと思いました」
何かを思い出すように目を細め、感慨に耽った様子のアレンの言葉を待つ。
「民に寄り添う貴方の心根に、私は恋をしたのだと。そう、思い知りました」
「……それは」
問いが声になる前に、クラレンスは呼び止められた。前方から灯りを手にした一団が近付いてくる。
「メルヴィン卿?」
「はい。貴方のメルヴィンでございます」
侯爵家の私兵だろう、城の騎士とは違う武装をした男達を連れたメルヴィンはジェロームを訪ねていたらしい。クラレンスは慰問に行くと帰りが遅くて心配だと言われ、メルヴィン自ら迎えに来てくれたそうだ。
「ありがとうございます。でも、私なら大丈夫ですよ。身を守るくらいのことは出来ますし、優秀な騎士もいます」
クラレンスの言葉にアレンが力強く頷く。メルヴィンの冷やかな視線がアレンに向けられる。鼻で笑われた気がした。
「殿下がただ守られるだけの方でないことは重々承知しております。ですが私は……貴方を案じ、心のままに動くことを、ようやく許されたのです」
「……はぁ」
含んだ意図を察しきれず首を傾げるクラレンスの手を、メルヴィンの両手が包み込む。愛おしげに撫でられる。くすぐったかった。
「殿下は御身の尊さをわかっておられない。私はいつだって貴方の傍らに侍り、その身をお守りしたい。そう思っても侯爵家の嫡男ですらない私に出来ることなど高が知れていました」
「そんなことないと思います。メルヴィン卿がいなければ私の今はありませんよ」
メルヴィンには尊敬と感謝を抱いている。メルヴィンが申し出なければ他の支援者が付くことはなかっただろう。そもそも他の支援者を口説き落としたのはクラレンスの活動を喧伝した彼の言葉だ。
言われた当人は時が止まったようにぴしりと固まってしまう。感激しているだけだった。
断りきれないままメルヴィン達を護衛に引き連れ、クラレンスは城へ戻った。別れ際にメルヴィンは勿論、彼の私兵達へも礼を言う。
護衛の任務を終え詰所に戻るアレンにも礼を言い、ついでに言いかけた問いを投げようかと思ったがやめた。そんな気分にならなかった。
「……憧れ、か」
年若い騎士はすっかり遠くなっあ記憶を呼び起こす。
かつて叶わぬ恋をした幼い少年。十代の頃のクラレンスを。
華美になりすぎない程度に身支度を整えていると扉が叩かれる。誰かと問えばいつもクラレンスの護衛に付いてくれる親衛隊の騎士だった。
「ああ、忘れてた」
「予定をお忘れでしたか? しばらくお待ち致しますか、それとも慰問の日程を」
「あ、いや。そうではないんだ。しばらく私の護衛は騎士団から選ぶから」
そこまで言って、外から入室の許可を求められる。了承すると見慣れた顔を青くした騎士が足を折り、手をついて頭を下げる。土下座だ。
「私は殿下をご不快にさせたのでしょうか!?」
「いや。きみは何も悪くないよ。私の問題なんだ」
親衛隊と騎士団は同じ騎士なのだが、組織としては少し違う。騎士団に入り騎士となり、剣の腕だけでなく王族の傍らに控えて問題ない品位も認められた者だけが親衛隊に選ばれ、王族に侍ることを許される。謂わば精鋭エリート部隊だ。
名誉と責任のある地位に彼らは誇りを持っている。それが突然護衛を変えると言われれば焦りもするだろう。
事情を教えてほしいと懇願する騎士をどうにか宥めて帰し、しばらくすると再び扉が叩かれる。誰かと問えば今日の護衛の声が聞こえてきた。
入室を促し、扉が開かれる。入って来たのは年若く美しい騎士。アレンだ。
先日、アレンとメルヴィンはクラレンスの婚約者候補となった。とりあえず一年間の準備期間を設け、互いに理解を深め、どうするかをクラレンスに委ねられてしまった。
慈善活動の他にも王族としての公務があり、何かと忙しいクラレンスの護衛をアレンに変えることを提案したのはクラレンスだった。クラレンスの人となりを見せるならその方がいいだろうし、護衛としての役目もアレンなら問題ない。剣の腕は申し分なく、品位に関しては公の場であっても静かに待機出来れば充分だ。
「お待たせ致しました、殿下」
「ちょうど支度が終わった所だ。行こうか」
「本日は」
「治療院への慰問だが、行くのは私ときみだけだ。物々しい騎士を大勢引き連れていくような場所ではないからね」
王族の権威を見せつけに向かうわけではなく、ただクラレンスが治療院に入院している患者の声を聞き、言葉をかけて少しでも励みになればいいと思っているだけの行動だ。馬車も使わず護衛は最低限でいい。クラレンスも自分の身を守るくらいのことは出来る。
若く美しい騎士を連れたクラレンスが治療院へ赴くと、修道士に迎えられる。孤児院と治療院は教会によって作り運営されており、国税と富裕層からの寄付で成り立っている。
支援者達に支援を続けてもらう為にもクラレンスは孤児院や治療院の様子を把握し、説明をする必要がある。だが治療院を訪れるのはそれだけではなく、患者と会話がしたかった。
病に苦しみ懸命に闘う人々の話を聞き、何か励みになればいいと言葉を尽くす。病室を回り、一人一人と対話するクラレンスに彼らはしっかりと向き合ってくれる。
老婆はクラレンスとの再会を喜び、次も会えたらいいと笑う。クラレンスも頷き、外で会えたならもっといいと微笑む。
中年の男性は足に怪我を負っていた。仕事中の不注意だと恥ずかしげに笑う彼にクラレンスは快復を祈った。
母親と共に診察に来ていた少女はクラレンスに色んな話を教えてくれる。町の流行りに疎いクラレンスが礼を言うと、得意気に笑って帰っていった。
王子様の気まぐれだと揶揄する者はもういない。
治療院の患者全員と話を終える頃には外はすっかり暗くなっていた。
「遅くまで居座って申し訳ない」
「そんな。殿下にお言葉を貰えると皆さん元気になりますから。こちらこそ遅くまでありがとうございます」
最後までにこやかに対応してくれた修道士に礼を言い、クラレンスとアレンは城への道を歩き出す。
「護衛の仕事はどうだった? 私のことはわかりそうかい?」
「はい。改めて、やはり殿下はお変わりないと思いました」
何かを思い出すように目を細め、感慨に耽った様子のアレンの言葉を待つ。
「民に寄り添う貴方の心根に、私は恋をしたのだと。そう、思い知りました」
「……それは」
問いが声になる前に、クラレンスは呼び止められた。前方から灯りを手にした一団が近付いてくる。
「メルヴィン卿?」
「はい。貴方のメルヴィンでございます」
侯爵家の私兵だろう、城の騎士とは違う武装をした男達を連れたメルヴィンはジェロームを訪ねていたらしい。クラレンスは慰問に行くと帰りが遅くて心配だと言われ、メルヴィン自ら迎えに来てくれたそうだ。
「ありがとうございます。でも、私なら大丈夫ですよ。身を守るくらいのことは出来ますし、優秀な騎士もいます」
クラレンスの言葉にアレンが力強く頷く。メルヴィンの冷やかな視線がアレンに向けられる。鼻で笑われた気がした。
「殿下がただ守られるだけの方でないことは重々承知しております。ですが私は……貴方を案じ、心のままに動くことを、ようやく許されたのです」
「……はぁ」
含んだ意図を察しきれず首を傾げるクラレンスの手を、メルヴィンの両手が包み込む。愛おしげに撫でられる。くすぐったかった。
「殿下は御身の尊さをわかっておられない。私はいつだって貴方の傍らに侍り、その身をお守りしたい。そう思っても侯爵家の嫡男ですらない私に出来ることなど高が知れていました」
「そんなことないと思います。メルヴィン卿がいなければ私の今はありませんよ」
メルヴィンには尊敬と感謝を抱いている。メルヴィンが申し出なければ他の支援者が付くことはなかっただろう。そもそも他の支援者を口説き落としたのはクラレンスの活動を喧伝した彼の言葉だ。
言われた当人は時が止まったようにぴしりと固まってしまう。感激しているだけだった。
断りきれないままメルヴィン達を護衛に引き連れ、クラレンスは城へ戻った。別れ際にメルヴィンは勿論、彼の私兵達へも礼を言う。
護衛の任務を終え詰所に戻るアレンにも礼を言い、ついでに言いかけた問いを投げようかと思ったがやめた。そんな気分にならなかった。
「……憧れ、か」
年若い騎士はすっかり遠くなっあ記憶を呼び起こす。
かつて叶わぬ恋をした幼い少年。十代の頃のクラレンスを。
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