上 下
25 / 50

25 クリスト先生

しおりを挟む
 マントを翻し、天幕を出ていくバサラを見送り、ローベルトは難しい顔で床几に腰を下ろす。

『アステル子爵が裏切りとは驚きましたな』

 側近が、近侍の運んできた飲み物を差し出しながら、指揮官の顔色をうかがう。

『バサラめ。この事態に何を考えておる』

『……子爵、切られましたかな?』

『ふむ。……今は、よかろう。ただ、警戒は怠るな。”奴の笑顔”と”結婚の儀の永遠の愛の誓い”ほど信じられぬものは無い』

 そこでローベルトは、その話を打ち切り、地図に黒い駒を並べだし、空いた手で参謀を呼び寄せる。
 参謀から、新たな作戦分析を聞き、いくつか質問を繰り返した後に、指示を与える。

『バサラは、8000を率い、北東に向かう。バルツァーに兵6000を与え、第一軍と協力し南東に進ませろ。北西はゾンネ男爵が陣を構えておるな。リンデンベルクに、兵6000を与え、ともに陣を構え、拠点構築をさせよ。
 残りは、我が直卒する。バサラより先に敵陣を落とすぞ』

『かしこまりました。差配いたします』

 ローベルトは大きくうなずくと、一つ思い出したように尋ねる。

『捕虜は出来るだけ集めるよう、伝えよ。王国人の戦争奴隷を商人どもが見込んでおる。その需要に応えねばならぬ。王国ではないが、この国の方が捕虜は捕らえやすそうだ。放っておけば、どうせ帝国の妖魔、魔族どもの餌か、子を孕む袋にされるだけだ。
 我らが捕らえてやった方が温情だろうて』

『申し伝えます』

『王女殿下は、もうそろそろ隧道を抜けられる頃か?』

『は、予定通りであれば』

『あの屋根の青い城に御在所を設け、姫にはご滞在いただくこととしよう。眺めが良かろう』

『オオサカジョウでございますね。用意いたします』

『うむ。第4軍は、その周囲に控えさせよ。輜重隊も、問題ないな』

『かしこまりました。そちらも順調でございます』

『よかろう。では、蛮族を蹂躙してくれるか!』

 ローベルトは、飲み物を一気に煽ると、床几を蹴倒すように立ち上がった。




『魔法を打ち消そうと思えば、圧倒的な魔力で打ち消すか、体内の魔力やオーラを高め身体自身を強化するのが一般的だ』

 なぜか、友兼の肩の上にミニチュア骸骨が座り、魔法について語っている。

『だが、そなたの魔力はわしより極端に劣る。それに、魔力を高めた場合の術の消え方では無かった。
 あれは、同じ術を反転させてタイミングを合わせて、打ち消す手法だ』

「イヤホンのノイキャンみたいな感じなんかなぁ?」

 骸骨の語りに、隣を歩いている雛菊が友兼に尋ねる。

「ノイズキャンセリングも、雑音の音の振動に対して真逆の波を当てて相殺しているからね」

『だが、術の威力、タイミング、魔素の量、使い手による揺れや術式が少しでもズレれば効果は得られない』

 おじいちゃんの長い話に、聞いているような聞いていないような二人。けれど、クリストは気づいていないのか、自分の話に夢中なようだ。

「それを思うと、耳の中に入れるのんとか、あんな小っちゃいのに凄いねぇ」

『従って理論的に可能ではあるが、現実的には術が効果を発するまでの刹那の間では不可能というわけじゃ』

「確かにね」

『じゃろう?
 為に、思わず隠れていることも忘れ、叫んでしまったのじゃ!』

 友兼は雛菊に答えたつもりだったが、クリストは、同感を得られたと思い、話に力がこもりだす。

『異空間収納術により回収だけが目的のこの体だ。回収が済めば、とっととこの身も収納するつもりじやったが、あのような話を聞かされては、お前を研究したくならずにはおれんだろうて?』

「いや、そんな当然みたいに言われても……」

『なあに、対価は用意しよう。わしが師となり、お前さんには魔道の深淵なる回廊へと導いてやろう』

「え? あ、いや……」

『時間はある。弟子たちと同じように不死者という”人を越えた”新たな段階に進むがよい。
 食や性への欲も、睡眠も必要とせぬ身体を与えよう。
 悠久の時を、魔道の神髄追及の為、一意専心できる環境も整えてやろう』

 小さな骸骨は、友兼の肩の上に立つと、両手を広げ、狂信的な発言を行う。

「……なんか賽の河原で石を積んでは崩すことしてる未来が浮かぶ」

「せんせぇ、なんか大変やねぇ~。餓鬼に憑りつかれた感じかなぁ」

 前を行くミシェルは、意味は分からないが日本人二人の呑気そうな会話とクリスト卿の演説じみた話に頭が痛くなっている。
 そろそろ聖王国の兵士たちが散見され、前方には陣が構えている様子が見て取れるというのに、緊張感が無さすぎる。そのうえ、小さな骸骨を肩に乗せている友兼の姿は、聖王国でも異様な姿だ。前と後ろを歩くデスナイトが居なければ、目立ちすぎていただろう。
 そう思っていたところへ、騎士が一騎、馬を寄せてくる。

『止まれ!』

 制止の声に応じて、ミシェルが右手を上げる。それに、デスナイトも含め、赤い鎧の一団が歩みを止める。

『どこの隊だ? 所属、姓名、目的を名乗れ!』

『我らは、バサラ将軍親衛兵。私は、将軍の副官ミシェル・アステル子爵。将軍の命により、敵国との交渉の任につく』

 ミシェルは口上を述べ、部下の兵に持たせていた命令書を掲げて見せる。

『第1軍第4大隊隊長殿にお伝え願いたい!』

 騎士は視線を動かし、命令書、ミシェル、デスナイト、そして、友兼の肩上の骸骨に目をやり(ぎょっとして)、首を縦に振る。

『よかろう。ついて来られよ』

 騎士が馬首を巡らせる。

『さて、しばらくはおしゃべりを控えようかの』

「墓場まで黙といてくれてもエエんよ」

 口調は柔らかいが、雛菊の言葉がきびしい。

(ネックレスのせいで負けたことが悔しいんだろうな……)

 騎士についていきながら、ミニチュアクリストが同道すると言い出した時、引きちぎるように雛菊がネックレスを外していたのが思い出された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

戦車で行く、異世界奇譚

焼飯学生
ファンタジー
戦車の整備員、永山大翔は不慮の事故で命を落とした。目が覚めると彼の前に、とある世界を管理している女神が居た。女神は大翔に、世界の安定のために動いてくれるのであれば、特典付きで異世界転生させると提案し、そこで大翔は憧れだった10式戦車を転生特典で貰うことにした。 少し神の手が加わった10式戦車を手に入れた大翔は、神からの依頼を行いつつ、第二の人生を謳歌することした。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...