上 下
10 / 50

10 聖王国軍

しおりを挟む
『遅い!』

 断絶の大隧道と呼ばれる巨大な地下空間で、侵攻軍、聖王国軍の実質的総指揮官ローベルト公爵は、あまりの進軍の遅さに苛立っていた。
 やせぎすな体を煌びやかな鎧を着こみ、赤いマントを馬上でなびかせている。

『どうやら、クリスト卿の行軍が滞っているご様子でございます』

『あの、死霊めが!』

『閣下、ご注意を。どこに奴のしもべが潜んでいるやもしれません』

『ええい、うるさい! その程度わかっておるわ!』

 並んで馬を進める副官の忠言に、ローベルトは苛立たしさを増す。

『ええ、閣下はちゃんと結界を張っておられますものね』

 斜め後ろから、バサラ伯爵が指揮官の憤慨など気にせず、朗らかな声を発する。

『うむ。死霊とはいえ、奴の魔術はあなどっておらん!』

『偉大なる大魔導士にして、生きながらリッチとなり、更には死を超越した存在ですものね』

『うむ』

『王国など、あのお方お一人で滅ぼすことも出来ましょうに』

『死人ばかりの国などいらんわ』

『ホホホ、まさに。正論でございますわ』

 バサラは、手の甲で口元を覆い、甲高い笑い声を上げる。
 トンネルの中だが、あまりに大きすぎる空間であり、その空間を埋めるように数万という人間がひしめいているために、笑い声の反響は響かない。
 幅は百メートルを越え、高さも数十メートルのトンネル。それが20キロに渡って続く。途中には支道が無数に走り、場所によってはモンスターが住まう。けれど、このトンネルを行かなければ、王国へ向かう道は数千メートル山脈を越える道か、海路しかない。大軍を動かすには、この断絶の大隧道しか選択肢は無く、王国への侵攻軍はこのトンネルを進む。
 断絶の大隧道は、南方にある王国と北側の国々を繋ぐ。
 王国側の出口は、王都にある。元々、出口を守る要塞が、交易の要衝であったために発展し、王都となった。
 王都を守るため、この断絶の大隧道には、多くの兵が配置されていたが、クリスト将軍の率いるアンデットたちに蹂躙された。

『アンデットの良いところは、侵攻軍には死者を出さず、代わりに王国軍兵士の死体を戦力に加えられるところなのだがな』

『けれども、代償として余り複雑な命令はできませんものね』

 そのため、トンネルの出口で、騎兵と歩兵で編成された第1軍20000を先頭にし、アンデットたちは第2軍として入れ換えた。
 本体は、今ここにいる第3軍5万。
 予備兵力2万の第4軍。輜重を中心とした第五軍。そして最後方に、アンデットの別部隊5万が続く。
 この兵力ならば、王国を落とすことも可能であろうが、彼らが担当するのは王都の北半分。威力偵察と初期制圧を担当する第1軍と、第2軍だけでも十分な戦力だと、ローベルトは考えている。

『公爵、あまりクリストの事を悪く言うものではないわ』

 後方から鈴を転がすような声が聞こえてくる。

『……お耳に入りましたか。殿下の御前で失礼いたしました』

 振り返れば、金色の鎧、白いマントに身を包む少女が後ろから、供回りを連れ、しずしずと馬を進ませて近づいてくる。
 その姿に、思わず息をのみながら、ローベルトはかしこまる。

『進軍が滞っていると聞きました』

 まだ少女の時期に入ったばかりの澄んだ声が響く。金糸のような長い髪が影を作る真っ白な芙蓉の顔《かんばせ》は、見る者の魅了する美しさ。

『はっ! 面目ございません。王女殿下。
 されど、ご心配はいりません。優秀なクリスト殿のこと、一弾指の間に解決されることと存じます』

 少女の肩書は、王国討伐遠征軍総指揮官。聖王国第二王女アンネリース。今回の大掛かりな遠征の旗印として大将役には王族が必要と判断された。そのお飾りの指揮官として連れてこられていた

『そう、ならばよいのだけれど』

 抑揚のない、感情のこもらない声。あわせて無表情で応じる。

『あなたもそう思われますか。男爵?』

 王女は、青い瞳で、参謀記章をつけた若い貴族に問う。

『……クリストさまでも手こずるほど、抵抗が厳しいのでしょうか?』

 参謀のはずなのに疑問形で答える部下に、ローベルの頬が赤くなる。

『バカな。それならば、第1軍から連絡が入って来るわ!』

 薄気味悪く、嫌ってはいるが、ローベルトも死の王クリストの力は侮っていない。
 第1軍の騎兵歩兵と連携を取り、抵抗の強い箇所へアンデットを差し向け、力づくで押し切っているはずだ。
 トンネルという性質上、どうしても出口を狭められたり、待ち構えられていれば、進行は遅くなる。だが、そのような連絡はきていない。

『けれど、外へ出た魔術師から全く連絡が無いというのも気にかかります』

 指揮官の顔色をうかがいながらも、側近が不安を漏らす。
 途端に、公爵は不機嫌そうに口元をゆがめる。

『連絡がないのですか?』

 王女も、静かな口調で疑問を発する。

『……』

 連絡がないからこそ、判断に困っている。ローベルトは、連絡担当の魔術師を見るが、その視線を受け、魔術師は首を振るばかり。普段ならば、魔法で連絡を欠かさないはずが、今回は、どうしたものか通信が入ってこない。

『さてさて、それに致しましても、こうも情報が入って来ないのでは判断もできかねますわね』

 そんな沈黙する場の雰囲気も気にせず、バサラはたおやかな仕草で小首をかしげる。

『もし許可を頂けるのでありましたれば、私が供回りと先行させていただきますが、いかがで御座いしましょう?』

『ふむ。……将軍ならば、融通無碍か』

 総指揮官は、細い顔の貧弱な髭をいじり考える。

『よかろう。念のため、魔法でなく、馬による伝令を密にせよ』

『御意のままに』

 尊大な命令の仕方にも、バサラは、優雅に一礼して応える。

『バサラさま』

 今まで、人形のように感情がうかがえなかった少女が呼びかける。真っ白だった頬に、ひと刷毛《はけ》さっとはいたように朱がさしている。

『気を付けて、ね』

『は、殿下』

 優しく微笑み、騎士の礼をしたバサラ伯爵は、きびすを返して馬に拍車を入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

戦車で行く、異世界奇譚

焼飯学生
ファンタジー
戦車の整備員、永山大翔は不慮の事故で命を落とした。目が覚めると彼の前に、とある世界を管理している女神が居た。女神は大翔に、世界の安定のために動いてくれるのであれば、特典付きで異世界転生させると提案し、そこで大翔は憧れだった10式戦車を転生特典で貰うことにした。 少し神の手が加わった10式戦車を手に入れた大翔は、神からの依頼を行いつつ、第二の人生を謳歌することした。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...