旅鉄からの手紙

naturalh1

文字の大きさ
上 下
35 / 87
木次線

神話の里を走るローカル線

しおりを挟む
朝早く出雲大社を参拝した後に、三段式スイッチバックで有名な木次線に初めて乗ったが、3月ではまだ時期的に早かったとように思えた。三段式スイッチバックとは「一二の三(いちにのさん)」と2回列車の向きを変えながら「Z」の文字を描くように、急な山をジグザグ状に登って行く方式である。今日では長いトンネルを掘ってしまえば中国山地を直ぐに通り抜けられるのに、開通した1916年当時の土木技術ではそのレベルまで到達していなかったのだろう。それだけ歴史のある路線とも言える。そのスイッチバックのある出雲坂根駅に着く頃には車内に他の乗客は殆ど居なかった。スイッチバックで一転二転と向きを変え、さらに出雲坂根駅の周りに大きめな半円を描くように、列車は中国山地を登って行った。山間部の車窓を見ても早春でまだ枯れ木もよく見られ、それらの根元にはまだ雪が残っていた。

「私が一番好きな季節で緑豊かな夏に来ればもっと良かった」

と何回思ったことやら。
終点の備後落合駅に着いても

「これが本当に終着駅か?」

と思ってしまうくらい周りには旅館や商店すらないし人影もほとんど見当たらなかった。駅にも売店もなく乗り鉄の従兄がかつて備後落合駅で食べた立ち食いうどんが美味かったと、自慢していたのが嘘みたいだった。そのまま再び木次線を宍道湖方面に引き返したが乗客は途中まで私一人であった。早春で木次線の旅にとってシーズンオフであった影響もあったかも知れないが、戦後の経済成長などに伴う若者の都市圏への流出などに伴い、中国山地で進んだ過疎化や輸送の主役が鉄道から高速バスやマイカーなど自動車にとっくに移っていた現状を物語っているように思えた。

備後落合駅ではローカル線廃止に危機感を抱いた、駅近くにお住まいのかつての蒸気機関士の方が、自主的に乗り換えの案内や駅の歴史などのガイドやトイレ掃除などを行なっているという。

あれから何回も夏場を中心に近くを通る度に、木次線に乗ろうと時刻表をチェックしたが、出雲横田から備後落合までのスイッチバックも含めた区間の本数が1日3本程と少ないのと、伯備線や芸備線との接続が上手く行かないのもあり再び乗る機会になかなか恵まれなかった。

全国で廃止になるローカル線があちこちで見られる中、木次線が生き残っているのはやはり今時珍しいスイッチバックの存在は大きい。加えて人の心を癒せるような奥出雲の里山や、中国山地の車窓を見ながら旅を楽しめるからではないか。木次線の活性化を図り1998年4月からトロッコ列車「奥出雲おろち号」が、毎年4月~11月迄の週末やゴールデンウィークや夏休みや紅葉の時期など集客が見込める日に運行されている。

ローカル線が生き残る厳しい環境の中で年間2万人近くの乗客が集まり、20年以上のロングセラーになっているくらいだから、本当に大したものだと思うし本当に一度は乗ってみたい。

緑豊かなもしくは紅葉が美しい季節に、亀嵩駅などで名物の出雲そばを味わい、スイッチバックの出雲坂根駅に湧く延命水で喉を潤しつつ、三段式スイッチバックで中国山地を越える汽車旅を満喫したい。しかもトロッコならではの車窓からの涼しい風を感じられれば最高であろう。

そもそも「おろち」とは木次線沿線の奥出雲が舞台となっている伝説「ヤマタノオロチ(八岐大蛇)」の「おろち」から来ている。文字通り8つの頭に別れた大蛇が娘を次々と食べて行った。次は自分がやられるとのちに奇稲田姫(くしいなだひめ)となる娘に助けを求められた須戔鳴尊(すさのおのみこと)がヤマタノオロチを退治してやがて奇稲田姫と結ばれる話。その須戔鳴尊(すさのおのみこと)の子孫が出雲大社に祀られている大国主命であるという。木次線でヤマタノオロチの舞台を辿るなどの伝説のロケ地を巡る旅をする度に先述した「因幡の白兎」と同様に私達の祖先が残した生きる勇気や教訓や知恵などを授かりその分賢くなれるかも知れない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ふと思ったこと

マー坊
エッセイ・ノンフィクション
たまにはのんびり考えるのも癒しになりますね。 頭を使うけど頭を休める運動です(笑) 「そうかもしれないね」という納得感。 「どうなんだろうね?」という疑問符。 日記の中からつまみ食いをしてみました(笑) 「世界平和とお金のない世界」 https://plaza.rakuten.co.jp/chienowa/  

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ほるぷ

名前も知らない兵士
エッセイ・ノンフィクション
 たまに僕は本当に小さくなってしまう。それは、他人と比べたり、自分に自信が無くなってたり、ひどく落ち込むときにおこる。  その日の朝も、重なる綿繊維の波の上に僕は立っていて、まるで違う惑星にいるかのように、壮大な場所でちっぽけになってしまった。  カーキ色の肌掛け布団が鼻背ですれる。それから静けさに気付かれないように両眼を宙空に移した。そういうときは、すぐに起きれなくて、陽射しに当たってきらきらと光る、遠方の人口衛星みたいな微小のホコリを、布団の中から見つめている。やがて、新鮮なコーヒーを淹れようだとか、今日はあの子と会おうだとか、まだ読み終えてない文庫を読もうとか、自分のためにシュークリームを買おうだとか考えて、何とかして元気を取り戻してもらい起きることにしている。  僕は仕事を辞めて、バツイチで、漫画原作志望者で、ようやく掴んだ青年漫画誌の連載の話も消えてしまう。それでも日常は進んでいって……あてもない世界を、傍にいつも暗い道がある人生を、日々進んでいく。 いつになったら抜け出せるのかと、自問自答を繰り返しながら。その積み重ねた日常を築くことが、その人の魂にとって、本当の価値があることを見出す物語。

新しい日本のことわざ図鑑

naomikoryo
エッセイ・ノンフィクション
日本には、古くから伝えられてきた知恵や教訓が込められた「ことわざ」が数多く存在します。これらの短い言葉は、時代を超えて人々の日常生活や文化に深く根付いており、人生の指針や人間関係のヒントを与えてくれます。 本図鑑では、代表的なことわざを厳選し、その意味、語源、そして日常での使い方を詳しく解説しています。また、それぞれのことわざに込められた教訓や、それに似た表現も紹介することで、ことわざの奥深い魅力を感じていただける内容となっています。 さらに、ことわざに関連するエピソードや、海外の類似表現との比較を通じて、日本の文化的な背景をより深く知ることができます。 ★こんな方におすすめ★ 日常の会話にことわざを取り入れたい方 日本の文化や歴史に興味がある方 学校や職場で教養としてことわざを学びたい方 海外の人に日本文化を紹介したい方 **「日本のことわざ図鑑」**は、読むだけで日本の言葉の美しさと知恵を感じられる一冊です。ぜひ、ことわざを通じて、古くから受け継がれる日本の精神文化に触れてみてください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

そんじょそこいらのたぬ記

月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
雑記(?)です。おまけに過去のマンガも載せていきます。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...