旅鉄からの手紙

山陰本線

続・京都で寄り道～泣き虫先生物語より～

生まれて初めて泊まりで一人旅してから１６年経った別の旅にて京都市南部の稲荷駅で途中下車した。稲荷駅周辺は伏見稲荷が有名であるが私が向かったのはお稲荷様とは反対の伏見工業高校であった。伏見工業と言えば実話を基に高校ラグビー部の青春を描いた人気ドラマ「スクールウォーズ」発祥の地ともいえる。

この物語の原作は、ＮＨＫのドキュメンタリー番組「プロジェクトＸ」でも取り上げられた。その番組が放送されていた当時、学生で世の中に何となく反発していた私は「プロジェクト」というビジネスの世界でもよく出てきそうな言葉にも反発を覚えその番組に全く興味がなかった。その伏見工業ラグビー部の放送も最初はニュースの直後にただ何となく見ていた。

その番組は当時の私以上に世の中に反発していたのであろうツッパリ達により校庭や校舎にバイクが乱入したり窓ガラスが割られたりさらに麻雀の一番高得点である「役満」を獲ったことを自慢する声が教室に響くなど学校が荒れていた内容から始まった。そんな荒れた学校にラグビー元全日本代表の一人の教師が赴任して来てラグビー部の顧問となった。その教師はよく涙を流しながら生徒達を指導することから泣き虫先生と呼ばれた。泣き虫先生とラグビー部員を中心にツッパリ生徒達の戦いは始まった。最初ツッパリ生徒達は

「何が元全日本代表だ！」

と泣き虫先生に反発をしていた。酷い時は部員全員で練習試合をボイコットもした。そんなツッパリ生徒達の反発する態度を変えた出来事があった。何と公式戦で名門校相手に０対１１２で大敗したのだった。

「悔しいー！先生！花園（０対１１２で大敗した名門校）に勝たせてくれー！」

という生徒達の声がグランドに響いた。
それからツッパリ生徒達はだんだん真面目に練習するようになって行く。泣き虫先生の口先だけで

「どうしてできんのや！？」

と言うような感じでただ単に生徒達を上から目線で偉そうにしているだけであった指導も変わって行く。ボールを追いかけ気が遠くなるような回数のパスを回しながらグランドを走り回る猛練習など私以上に世の中に反発をしていたツッパリ生徒達が物凄く頑張っていた様子が次第に伝わって来て番組が終わる頃には私の胸は随分熱くなっていた。

この物語の舞台ともなった伏見工業高校の校舎を実際に見た印象は、一見大都市周辺になら何処にでもあるような鉄筋コンクリート建ての普通の公立高校であった。

その一見普通に見える公立高校で、かつて学校を荒らしていたツッパリ達が泣き虫先生の熱血とも言われている指導により一年前に０対１１２で大敗した名門校に勝ってしまったのだ。

伏見工業のラグビー部はその後も飛躍的な成長を続けやがて全国制覇も出来る程の強いチームとなった。

０対１１２で大敗した名門校に勝つという目標に向かって校門越しから見えたあのグランドを何人もの生徒達がラグビーボールによるパスを何回も何回も気が遠くなる程多くまわしながら走り回ったのか。

テレビの物語程すぐには足を洗えなかったツッパリ達もグランドの外でも戦っていたのか。

一見何処にでもあるような校舎やグランドからなる学校や、その周辺の街並みでも地道な努力の積み重ねの先にある奇跡のようなドラマは起こり得ると改めて感じた。

伏見工業高校に寄り道した翌日京都盆地北西部にある化野念仏寺にお邪魔した。そこの境内の一角である「西院の河原」では家族や親戚など身元の引き取り手が無いままに三途の川へ渡って行った方々を表しているのであろう無縁仏の石像が数多く並べられていた。誰にも知られずに引き取り手もないままあの世に旅立って行く孤独死を一部ながら生んでしまっている人間社会に警笛が鳴らされているように思えた。家族は基より生まれや育った環境が違う人同士が一緒に過ごす夫婦や会社などの社会の人間関係は確かに相手の欠点や、話を合わせないといけないなどの気遣いが煩わしい時もよくある。恐らく孤独死をされた方々の中には数多くの煩わしさを避け過ぎたあまり周りからほっとかれる回数を積み重ねてしまった方も多くいたであろう。
そのように感じながら数多くの無縁仏の石像を眺めていた時に、ふと昨日寄り道した伏見工業高校にゆかり深い泣き虫先生の

「子供達は大人にかまって欲しいんですよ。」

というコメントも頭に浮かんだ。もしかしたら無縁仏になられた方々の中には子供の頃に大人から愛情を充分に与えられなかった方もいらっしゃるかも知れない。

泣き虫先生は一見多くの大人でさえ手を引いて見て見ぬ振りをしてしまうくらいおっかない感じのするツッパリ達も瞳の奥はまだ子供のあどけなさが残っているという。とにかく先生や親に放っておかれる子供達がかわいそうであったという。

自分の息子も含めて多くの子供達は大人達に対して

「かまって！」

と常に心の中で叫んでおりそれが発言や行動に出ることがしばしばあるように思える。そんな子供達に対して大人達は放ったらかし過ぎたり、期待や要求だけをしたり、大人達の考え方や価値観を押しつけたりするのではなく色々な事を経験させるなどをして自分から色々なことに気づいて行動が出来る人間に成長させることが大切である。バスのことを「コーチ」と呼ぶことがあると聞いたことある。泣き虫先生も含めた指導者を表す「コーチ」という言葉には元々バスのように「目的地まで運ぶ」という意味がある。

誰にも萎縮せずに誰からも押しつけられることもなくありのままの自分の個性に自信を持っている一人一人が、家族・親戚・友達など人との繋がりを持つことの大切さを訴えるメッセージがその警笛から発信されているように思えてならない。

ここ化野念仏寺では毎年８月の最終土日の夕方から夜にかけて数多くの無縁仏にろうそくを供える「千灯供養」が行われる。暗闇の中で数々の石仏がろうそくのあかりの中に浮かぶ幻想的な風景が見られる。その幻想的な風景は無縁仏から発信されている警笛の音量を増幅させる効果があるのかも知れない。