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<30・黒い津波>
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赤ずきんが両手を上げると、ずん、と周囲の闇が重量を増すような感覚を覚えた。攻撃が始まる前からでもわかる、圧倒的な魔力の強さ。これが魔王ってヤツなのか、と凛音は身構える。
物語の能力は、恐らく見た目からの印象にかなり左右していると思われる。一寸法師は明らかに“小柄な体格を生かした素早さと手数”が武器の物理攻撃型だった。金太郎はまさにその逆、大柄で屈強な肉体を利用したパワーファイターである。豪腕を使った一撃必殺、それで勝負を決めてくるタイプ。
そして自分が一緒に訓練をした涼貴は、可愛らしい少女のシンデレラの見た目通り“遠距離補助・魔法型”に類すると見て間違いあるまい。遠くから魔法を撃ち込めるし、恐らく魔法の種類も随一と言っていいだろう。ただし腕力はまるでなく、体力や機動力もない。典型的な黒魔道士系だとでも言えばいいのか。
他のメンバーに関しては、先ほど簡単に情報を共有したところである。桃太郎である瑠衣は、一寸法師と金太郎の間――タイプとしては、かぐや姫である凛音とかなり近いだろう。パワータイプだが金太郎よりは威力に劣り、機動力では勝るといったところか。一寸法師とはその逆だ。
ピーターパンである莉緒は機動力と魔法の手数のタイプ。魔法型の一寸法師に近いだろう。手数は多く攻撃範囲も広めだが、一発一発の威力はさほどない。ただし、空を自由に飛ぶことができ、恐らく本気で翔べばちょっとしたジェット機並の速度は出せるかもしれないとのことらしい。まあ、今は負傷しているのでどこまでその本気が出せるかは怪しいが。
そして、最後の一人。母山羊のリーナはといえば――。
「“黒い津波”!」
どうやらあまり考える時間を与えてくれる気はないらしい。ぼこり、と真っ黒な床が盛り上がると同時にそれらが何匹もの狼へと変わった。やはり、技が元の童話のイメージを大きく反映するのは間違いないようだ。何匹もの黒い狼が生まれ、ぐるると喉を鳴らして牙を剥く。だらだらとそこから涎が垂れるのが見えた。腹を空かせて仕方ないと言うかのように。
「リーナ!」
「わかっているわ!」
長らく共に戦っていたらしき莉緒とリーナの二人は、こういう時息もぴったりだ。莉緒が叫ぶと同時に、リーナは自分の技の展開に入る。
次の瞬間。まるで大きな津波のごとく勢いをつけて、狼の群れが襲ってきた。その目の前に大きく立ちはだかる、もこもこの壁。
「“偉大なる母の守護”!」
リーナは、自分達と違って完全に防御・回復に特化した白魔道士タイプだ。攻撃手段は殆どない(皆無ではないようだが、役に立つレベルではないという)が、守りに関しては鉄壁に近いという。もこもこの大きな壁を作って敵のあらゆる攻撃を吸収し、防ぐことができる。特に先ほどのような、狭い室内での戦いは覆うのもたやすく、非常に防御がしやすいのだと言っていた。壁に隠れている間に、作戦を練り直したり体制を立て直すことも可能だ。
問題は今この空間は右も左も真っ黒な闇で、完全に狼の群れを防ぐことは不可能ということだが。いかんせん、壁を迂回して四方八方から襲い来るものだから。
――これなら、涼貴にも防護壁を作ってもらったほうがいいかも……!
「涼貴!」
「!」
鋭く声を飛ばすと、涼貴ははっとしたように顔を上げる。明らかに顔色が悪い。やはりこの真っ黒な空間は、彼にとってトラウマを刺激するもの以外の何物でもないらしい。魔王を前に、完全に余裕をなくしているようだった。
「す、すみません……!“硝子障壁”!」
防御は、ギリギリで間に合った。ドーム状に張られたガラスの壁に激突する狼達。一気に自分達の周囲が、ガラスの壁ごしに真っ黒な獣の海に溺れることになる。凄まじい数だ。これに一気に襲いかかられたらひとたまりもあるまい。
「数で押し切ってくるって、魔王にしちゃやることセコくないッスか……!?」
瑠衣が実に尤もなツッコミをしてくる。一般的なラスボスなら、自ら出てきてものすごく強力な魔法で圧倒する!とかしてきそうなものだというのに。狼の群れに溺れてしまって、これでは赤ずきん本人の姿を見ることも叶わない。あまりにも強い力を持っているがゆえに、感知が得意ではない凛音にも大体の方向くらいはわからないわけでもなかったが。
「いえ、これだけの数の召喚を一気にこなして平然としているなら十分な脅威です。魔王に相応しい大技だと思いますよ。ただ……」
青ざめながらもどうにか壁を維持している涼貴が言う。
「狼の牙は、どうやら一匹一匹はさほど高い威力ではないようです。というか、数の割に壁に当たる衝撃が随分弱いので……もしかしたら、半分くらいは幻が混じってるかも」
「見掛け倒しか」
「ただ、それを見分けるのは非常に難しいです。……僕の“王子の騎士達”を使えば、幻とそうでなものを見分けることもできそうな気がしますが」
「が?」
「……“硝子の壁”と“王廷騎士団”は、併用できる技ではないんですよね……」
つまり、幻とそうではないものを見分けるためには、現在自分達を覆っている硝子のドームを解除しなければいけないということだ。壁を解除した瞬間狼達の餌食になるのは目に見えている。調査能力を発動している場合ではなくなることだろう。
「それにこの狼、多分ただの狼ってわけじゃないわね」
リーナが苦い顔で告げる。
「全体に、満ちている悪意がハンパないのよ。多分攻撃を受けたら、ただ怪我をするだけじゃ済まない気がするわ。こういう場合、白雪姫みたいな毒を持っているか、精神攻撃を付加してくる場合が多いと思うの」
「精神攻撃……」
「こう言ってはなんだけど、私達物語っていうのはみんな“トラウマ”の塊みたいなものでしょ。莉緒は人を殺すことに罪悪感が強いし、瑠衣君は争うことそのものを忌避したいと願っている。涼貴君は暗闇やらなにやら、諸々ありそうよね。凛音さん、貴女にもあるでしょう、触れられたくない傷が。物語の転生者って、そういうものだから。それを誤魔化すために、あるいは肯定するために欲望に任せて暴走してしまう者もいるけれど」
それは、なんとなくわかることだった。恐らく一番最後のそれは、今まで自分達が戦った“魔王の使徒”達のことだろう。彼らは、過去の物語を傷にしている様子はなかった。その代わり自分達を“選ばれた存在”と信じていたし、その力を振り回すために過去の己の物語や正義をひたすら肯定していたように思うのだ。魔王が、そういう思考に向かうように洗脳したというのもだるだろうが。
裏を返せばそれは、そうやって歪んだ肯定をしなければならないほどの傷を、物語の転生者は誰もが背負っているということ。
凛音にも勿論ある。自分のトラウマは。自由を奪われ、愛する者達を目の前で殺されること、だ。
――でも、それは……普通に生きていれば誰だって思う、当然のこと。愛する者を失いたくないなんて、私が転生者でなくても思うことだ。だから、私はまだ全然“背負える”。でも、多分、他のみんなは……。
調査能力を使って、涼貴に解析して貰う余裕はない。この能力のカラクリがわかれば簡単に戦うことも可能かもしれないが、今の精神的にも限界が来ている涼貴に能力をフル発動してくれというのは無茶がすぎる話だ。
同時に、莉緒は手負いだし、瑠衣も平気な顔をしているがダメージが残っているだろう。そして、彼らのフォローをするにはリーナの力が不可欠であるに違いない。
そして、狼がもし、精神攻撃を行ってくるたぐいだとしたら、耐えることができるのは――。
「なら……正面突破するしかないな」
「え!?」
凛音が告げた言葉に、涼貴を始め全員が驚いた声を上げた。そんなに意外なことを言っただろうか、自分は。ついつい苦笑しそうになる凛音である。
「このまま壁にこもっててもジリ貧だし。狼一匹一匹の威力が大したことないってなら、突破できる可能性は十分あるだろ。幸い、赤ずきんがどっちの方向にいるかくらいはわかるし。壁を解除してそのまま周辺の狼を技で吹っ飛ばし、赤ずきんのいるあたりまで一人がダッシュ、他の奴らはサポートに徹するってのはどうよ。当然、赤ずきんまで突っ走る役は……私がやる」
「駄目だ!」
声を上げたのは、瑠衣だった。涼貴が叫ぶかと思っていただけに意外に思って彼の方を見つめる凛音。
「駄目です、そんなの……そんな危ない役岸田さんにさせられない!今度は俺が守る、みんなを守らせてくださいッス!」
まさか彼から、そんな言葉が聞けるとは思わなかった。思わず場を弁えず、やめてくれよ、と言いたくなってしまう。
そんな優しいことを、言わないでほしい。――余計な期待をしてしまうではないか、と。元より気になっていた可愛い後輩男子にこんなことを言われて、何も思わないなんて無理に決まっているのである。
――ああ、私。すっごく幸せ者だなあ。
この世界に産まれたこと。自分の中のかぐや姫は、どう思っているのだろうか。少なくとも凛音自身は、幸せ以外の何者でもないのだと思うのだ。
自分はいつだって、出会いに恵まれてきた。何をやっても失敗ばかり、人と揉めてばかり、長続きさせることもできない自分だというのに。
「……出来ないよ、加賀美君。一応、理由があって言ってる」
だからこそ、凛音は。そっと彼の手を握り、そして突き返すのだ。
「単体で赤ずきんにトドメが刺せる攻撃力があって、突っ走れるそれなりの足がある。でもって、殆ど怪我をしてない。どう見ても私が適任だ。何より……私の方が、耐えられると思うんだ、自分の中の……闇に」
確かに、戦うのが怖い、戦うことにトラウマを覚えている瑠衣の優しさは。この場では、大きな枷になっているのかもしれない。
でも凛音は、そんな優しくて平和的な彼のことが好きで。それをただ、短所だと彼に思って欲しくないのである。その痛みを、どうかいつまでも覚えていられる人であってほしいのだ――今までも、これからもずっと。
だから、やる必要などない。それこそ赤ずきんを殺さなければならないかもしれない役目など、断じて。
「守りたいものがあれば、いくらでも抗える」
独りではない。独りには、けしてならない。
出会ったばかりの自分達だけれど、それでも。彼らが助けてくれるというのなら、自分はどこまでも征ける、行ける――生きる。
「私を信じて、託して欲しい……命を、未来を」
弱い自分でも、信じて立ち向かえば。可能性の道は必ず繋がるのだ。
奇跡は起こるものじゃない、自分達の手で起こしていくものなのだから。
物語の能力は、恐らく見た目からの印象にかなり左右していると思われる。一寸法師は明らかに“小柄な体格を生かした素早さと手数”が武器の物理攻撃型だった。金太郎はまさにその逆、大柄で屈強な肉体を利用したパワーファイターである。豪腕を使った一撃必殺、それで勝負を決めてくるタイプ。
そして自分が一緒に訓練をした涼貴は、可愛らしい少女のシンデレラの見た目通り“遠距離補助・魔法型”に類すると見て間違いあるまい。遠くから魔法を撃ち込めるし、恐らく魔法の種類も随一と言っていいだろう。ただし腕力はまるでなく、体力や機動力もない。典型的な黒魔道士系だとでも言えばいいのか。
他のメンバーに関しては、先ほど簡単に情報を共有したところである。桃太郎である瑠衣は、一寸法師と金太郎の間――タイプとしては、かぐや姫である凛音とかなり近いだろう。パワータイプだが金太郎よりは威力に劣り、機動力では勝るといったところか。一寸法師とはその逆だ。
ピーターパンである莉緒は機動力と魔法の手数のタイプ。魔法型の一寸法師に近いだろう。手数は多く攻撃範囲も広めだが、一発一発の威力はさほどない。ただし、空を自由に飛ぶことができ、恐らく本気で翔べばちょっとしたジェット機並の速度は出せるかもしれないとのことらしい。まあ、今は負傷しているのでどこまでその本気が出せるかは怪しいが。
そして、最後の一人。母山羊のリーナはといえば――。
「“黒い津波”!」
どうやらあまり考える時間を与えてくれる気はないらしい。ぼこり、と真っ黒な床が盛り上がると同時にそれらが何匹もの狼へと変わった。やはり、技が元の童話のイメージを大きく反映するのは間違いないようだ。何匹もの黒い狼が生まれ、ぐるると喉を鳴らして牙を剥く。だらだらとそこから涎が垂れるのが見えた。腹を空かせて仕方ないと言うかのように。
「リーナ!」
「わかっているわ!」
長らく共に戦っていたらしき莉緒とリーナの二人は、こういう時息もぴったりだ。莉緒が叫ぶと同時に、リーナは自分の技の展開に入る。
次の瞬間。まるで大きな津波のごとく勢いをつけて、狼の群れが襲ってきた。その目の前に大きく立ちはだかる、もこもこの壁。
「“偉大なる母の守護”!」
リーナは、自分達と違って完全に防御・回復に特化した白魔道士タイプだ。攻撃手段は殆どない(皆無ではないようだが、役に立つレベルではないという)が、守りに関しては鉄壁に近いという。もこもこの大きな壁を作って敵のあらゆる攻撃を吸収し、防ぐことができる。特に先ほどのような、狭い室内での戦いは覆うのもたやすく、非常に防御がしやすいのだと言っていた。壁に隠れている間に、作戦を練り直したり体制を立て直すことも可能だ。
問題は今この空間は右も左も真っ黒な闇で、完全に狼の群れを防ぐことは不可能ということだが。いかんせん、壁を迂回して四方八方から襲い来るものだから。
――これなら、涼貴にも防護壁を作ってもらったほうがいいかも……!
「涼貴!」
「!」
鋭く声を飛ばすと、涼貴ははっとしたように顔を上げる。明らかに顔色が悪い。やはりこの真っ黒な空間は、彼にとってトラウマを刺激するもの以外の何物でもないらしい。魔王を前に、完全に余裕をなくしているようだった。
「す、すみません……!“硝子障壁”!」
防御は、ギリギリで間に合った。ドーム状に張られたガラスの壁に激突する狼達。一気に自分達の周囲が、ガラスの壁ごしに真っ黒な獣の海に溺れることになる。凄まじい数だ。これに一気に襲いかかられたらひとたまりもあるまい。
「数で押し切ってくるって、魔王にしちゃやることセコくないッスか……!?」
瑠衣が実に尤もなツッコミをしてくる。一般的なラスボスなら、自ら出てきてものすごく強力な魔法で圧倒する!とかしてきそうなものだというのに。狼の群れに溺れてしまって、これでは赤ずきん本人の姿を見ることも叶わない。あまりにも強い力を持っているがゆえに、感知が得意ではない凛音にも大体の方向くらいはわからないわけでもなかったが。
「いえ、これだけの数の召喚を一気にこなして平然としているなら十分な脅威です。魔王に相応しい大技だと思いますよ。ただ……」
青ざめながらもどうにか壁を維持している涼貴が言う。
「狼の牙は、どうやら一匹一匹はさほど高い威力ではないようです。というか、数の割に壁に当たる衝撃が随分弱いので……もしかしたら、半分くらいは幻が混じってるかも」
「見掛け倒しか」
「ただ、それを見分けるのは非常に難しいです。……僕の“王子の騎士達”を使えば、幻とそうでなものを見分けることもできそうな気がしますが」
「が?」
「……“硝子の壁”と“王廷騎士団”は、併用できる技ではないんですよね……」
つまり、幻とそうではないものを見分けるためには、現在自分達を覆っている硝子のドームを解除しなければいけないということだ。壁を解除した瞬間狼達の餌食になるのは目に見えている。調査能力を発動している場合ではなくなることだろう。
「それにこの狼、多分ただの狼ってわけじゃないわね」
リーナが苦い顔で告げる。
「全体に、満ちている悪意がハンパないのよ。多分攻撃を受けたら、ただ怪我をするだけじゃ済まない気がするわ。こういう場合、白雪姫みたいな毒を持っているか、精神攻撃を付加してくる場合が多いと思うの」
「精神攻撃……」
「こう言ってはなんだけど、私達物語っていうのはみんな“トラウマ”の塊みたいなものでしょ。莉緒は人を殺すことに罪悪感が強いし、瑠衣君は争うことそのものを忌避したいと願っている。涼貴君は暗闇やらなにやら、諸々ありそうよね。凛音さん、貴女にもあるでしょう、触れられたくない傷が。物語の転生者って、そういうものだから。それを誤魔化すために、あるいは肯定するために欲望に任せて暴走してしまう者もいるけれど」
それは、なんとなくわかることだった。恐らく一番最後のそれは、今まで自分達が戦った“魔王の使徒”達のことだろう。彼らは、過去の物語を傷にしている様子はなかった。その代わり自分達を“選ばれた存在”と信じていたし、その力を振り回すために過去の己の物語や正義をひたすら肯定していたように思うのだ。魔王が、そういう思考に向かうように洗脳したというのもだるだろうが。
裏を返せばそれは、そうやって歪んだ肯定をしなければならないほどの傷を、物語の転生者は誰もが背負っているということ。
凛音にも勿論ある。自分のトラウマは。自由を奪われ、愛する者達を目の前で殺されること、だ。
――でも、それは……普通に生きていれば誰だって思う、当然のこと。愛する者を失いたくないなんて、私が転生者でなくても思うことだ。だから、私はまだ全然“背負える”。でも、多分、他のみんなは……。
調査能力を使って、涼貴に解析して貰う余裕はない。この能力のカラクリがわかれば簡単に戦うことも可能かもしれないが、今の精神的にも限界が来ている涼貴に能力をフル発動してくれというのは無茶がすぎる話だ。
同時に、莉緒は手負いだし、瑠衣も平気な顔をしているがダメージが残っているだろう。そして、彼らのフォローをするにはリーナの力が不可欠であるに違いない。
そして、狼がもし、精神攻撃を行ってくるたぐいだとしたら、耐えることができるのは――。
「なら……正面突破するしかないな」
「え!?」
凛音が告げた言葉に、涼貴を始め全員が驚いた声を上げた。そんなに意外なことを言っただろうか、自分は。ついつい苦笑しそうになる凛音である。
「このまま壁にこもっててもジリ貧だし。狼一匹一匹の威力が大したことないってなら、突破できる可能性は十分あるだろ。幸い、赤ずきんがどっちの方向にいるかくらいはわかるし。壁を解除してそのまま周辺の狼を技で吹っ飛ばし、赤ずきんのいるあたりまで一人がダッシュ、他の奴らはサポートに徹するってのはどうよ。当然、赤ずきんまで突っ走る役は……私がやる」
「駄目だ!」
声を上げたのは、瑠衣だった。涼貴が叫ぶかと思っていただけに意外に思って彼の方を見つめる凛音。
「駄目です、そんなの……そんな危ない役岸田さんにさせられない!今度は俺が守る、みんなを守らせてくださいッス!」
まさか彼から、そんな言葉が聞けるとは思わなかった。思わず場を弁えず、やめてくれよ、と言いたくなってしまう。
そんな優しいことを、言わないでほしい。――余計な期待をしてしまうではないか、と。元より気になっていた可愛い後輩男子にこんなことを言われて、何も思わないなんて無理に決まっているのである。
――ああ、私。すっごく幸せ者だなあ。
この世界に産まれたこと。自分の中のかぐや姫は、どう思っているのだろうか。少なくとも凛音自身は、幸せ以外の何者でもないのだと思うのだ。
自分はいつだって、出会いに恵まれてきた。何をやっても失敗ばかり、人と揉めてばかり、長続きさせることもできない自分だというのに。
「……出来ないよ、加賀美君。一応、理由があって言ってる」
だからこそ、凛音は。そっと彼の手を握り、そして突き返すのだ。
「単体で赤ずきんにトドメが刺せる攻撃力があって、突っ走れるそれなりの足がある。でもって、殆ど怪我をしてない。どう見ても私が適任だ。何より……私の方が、耐えられると思うんだ、自分の中の……闇に」
確かに、戦うのが怖い、戦うことにトラウマを覚えている瑠衣の優しさは。この場では、大きな枷になっているのかもしれない。
でも凛音は、そんな優しくて平和的な彼のことが好きで。それをただ、短所だと彼に思って欲しくないのである。その痛みを、どうかいつまでも覚えていられる人であってほしいのだ――今までも、これからもずっと。
だから、やる必要などない。それこそ赤ずきんを殺さなければならないかもしれない役目など、断じて。
「守りたいものがあれば、いくらでも抗える」
独りではない。独りには、けしてならない。
出会ったばかりの自分達だけれど、それでも。彼らが助けてくれるというのなら、自分はどこまでも征ける、行ける――生きる。
「私を信じて、託して欲しい……命を、未来を」
弱い自分でも、信じて立ち向かえば。可能性の道は必ず繋がるのだ。
奇跡は起こるものじゃない、自分達の手で起こしていくものなのだから。
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