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<25・ピーター・パンの絶望>
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自分の心は、その実途方もなく狭いのかもしれない――莉緒にもそれは、わかっていた。シンデレラにもシンデレラの事情はある。“彼女”の過去は、多くの物語達の中でも群を抜いて凄惨なものであるということも既に知っているのだ。
それでも、受け入れられないと思ったのは。人を傷つけて平気でいられる人間がどうしても許せなかったからに他ならない。たとえそうしなければ、シンデレラがシンデレラとして幸せになるどころか、不幸のどん底のままなんの想いも遂げられずに死んでいた運命だとわかっていでもだ。
理性と感情は、往々にして噛み合わないものである。
そんなことを考えている場合じゃない、協力しあわなければいけない――そもそもそれは、現世を生きる物語の転生者の責任ではないはずだ。だからこれは、あくまで自分の我が儘にすぎない。それこそ子供じみた、意地にも近いものだ。そんなもので身を滅ぼすなどもってのほかだろう。
――でも、俺は。……争いを招くような奴らを……人を傷つけて平気な人間を、断じて許すわけにはいかないんだ。たとえそれが、復讐のためだったとしても。……俺の中にピーターパンが、認められないって騒ぐんだ。
永遠の子供の国――ネバーランド。そこは正確には、永遠に子供の姿で生きる妖精達の国であったのである。童話のピーターパン同様、原典のピーターパンもまた好奇心旺盛で自信家な性格であった。それが禁忌であると知りながら時折人間達の世界に降り立っては、子供達をからかったりネバーランドに誘って遊んだりを繰り返していたのである。
問題は。それを“素敵な妖精さんに攫われた楽しい思い出”と捉える子供達と、そうではない子供達がいたということ。
そしてネバーランドも、ピーターパンが支配する世界というわけではない。妖精達は誰も彼も勝手気ままに生きるイキモノだ。当然諍いもあるし、無秩序なエリアもある。あのフック船長もその諍いを引き起こす一人。ネバーランドの近海を縄張りとする海賊であり、ピーターパンとは犬猿仲だと言っていい。左手をピーターパンに切り落とされてワニに食べられたことから、報復を目論んでいる――なんてところも、童話と殆ど同じだろう。
そう、ネバーランドはけして平和なだけ、楽しいだけの楽園ではない。そんなことはわかりきっていたはずなのに、どうしてあの頃の自分は危機感があれほどまでに欠如していたのか。何故、ネバーランドの妖精が現世に行くことが禁じられているのだと気付くことができなかったのか。
――俺は、子供だった。体も、頭も全部。だから、本当に気付くべきことに気付けなかったんだ。
その時もピーターパンは、現実世界の少年少女達をネバーランドへと誘い、彼らを遊ばせるということをしていたのだが。
まさにそのタイミングに限って、フック船長が襲撃してきたのである。いや、海に出て遊ばせるということはつまり、フック船長に狙われる可能性があるということに他ならない。何故あんなにも油断ができたのか、自分でも理解に苦しむところである。
攫ってきた少年少女達は、六人いた。彼らは大家族の姉弟達。そのうちの一人の少女はとても臆病で、しかもファンタジーな世界に関して不信感を抱いていた。元来の真面目な性格と、聡明な頭が逆に理解を拒んだのだろう。ネバーランドでどれほど不思議なものを見せても彼女は手品だと言い張ったし、自分達は悪いペテン師に攫われたのではないかと疑ってかかったのである。子供でありながら子供としての純粋さを失っていた彼女は魔法にかからず、皆と同じように空を飛ぶことも叶わなかったほどだ。
そう、そんな子供達が――フック船長の襲撃に巻き込まれたのである。彼の狙いはピーターパンであったが、同じだけ現実世界の人間達のことも心底嫌っていた。魔法も使えぬ、弱くて愚鈍な現実世界の者達は、いつかその欲望にかられて自分達を襲うに決まっている。彼は過去人間に関して嫌な思い出でもあったか、頑なにそう主張してやまなかったのだ。
そして、悲劇が起きてしまうことになる。
『人間などが、この世界に相応しいはずがなかろう!この地を人間なんぞの汚れた血で侵す気とは言語道断……!クズどもはみんな、海の藻屑としてくれる!!』
『いや、いや……何するの、やめて!やめ……いやああああああああ!!』
子供達の一人。一番年長者であった姉が――フック船長に海に突き落とされ、地獄を見ることとなった。海にはフック船長の腕を食らったことで、人肉の味を覚えてしまった鰐がまさに口を開けて待っていたからである。
彼女の凄まじい絶叫を、今でも莉緒は忘れることができない。もがく少女の腕を噛みちぎったところで、その血の臭いに引かれて他の鰐もやってきて。彼女は複数の鰐に全身を噛まれて絶命することになるのである。
生きたまま腕を、足を、内臓を噛みちぎられた彼女は。最後凄まじい苦痛の形相で、胴体と首だけになった体で海に浮かぶことになるのだ。
――こんなはずじゃ、なかった。俺はただ、人間の子供達と友達になりたいだけだったのに。……どうして、こんなことになってしまうんだろう。
失意のまま、子供達を現実世界に送り届けるしかなかったピーターパン。そしてその行動が、最大の惨事を招くことになるのだ。
臆病で真面目だった少女が、バカ正直に自分が見たものを両親に話してしまったことで大騒ぎになったのである。
封じられた、異世界への扉が開いてしまう瞬間。これは妖精達の、人間への宣戦布告に他ならない――そう判断した人間達は、封じられた扉から一気に攻め込んでくることになるのである。
起こるべく起こった、人間VS妖精の戦争。図らずしもフック船長が預言した通り、人間達がまさに妖精達を滅ぼしつくさんと襲って来たのである。
――何十年、何百年。戦争は長く長く続き……そして、全てが沈黙した。世界は滅び、あとには……後悔だけが、残ってしまった。
自分が、禁忌を破らなければ。
子供達を現実世界から連れてきて、遊ばせるような真似などしなければ。
後悔しても、何もかもが遅い。ピーターパンもまたバッドエンドの果て、無残に朽ちていった主人公の一人であったのである。
――全ての物語には、罪がある。……ピーターパンの罪は。禁忌を破ったこと……望んではならないことを望み、争いの引き金を引いたことだ。
もう二度と。あのような、人と人が憎しみあい、全てを滅ぼすような戦争など起こしてはならないのである。物語が力を振り回せば、惨劇はあっという間に現実になることだろう。それだけは絶対に避けなければいけない。前世で見たような地獄を、この世界で繰り返すわけにはいかないのだ。
それが、莉緒がピーターパンとして戦うことを選んだ理由。争いを招き、人を傷つけながらも後悔しない者を許せない、理由。己が後悔しているからといって、他の者にも同じように悔やめというのは間違いであるのかもしれないけれど。どうしても莉緒には、譲れないものがあったのである。
――そうだ、だから……同じように後悔しない“白雪姫”にだけは、負けたくなかったっていうのに……!
「があっ!」
「もう、逃げないで頂戴。狙いが逸れて、顔に当たってしまったら困りますわ」
恐らく、白雪姫は登場前に――予めこの鳥籠の中に毒の煙か何かを充満させていたのだろう。自分と金太郎には解毒剤のようなものを打った上で。その効果が聴いて自分達が麻痺し、身動き取れなくなる瞬間をずっと待っていたに違いない。
ああ、完全に迂闊だった。白雪姫が毒物のエキスパートであることを、確かに事前の情報で知っていたというのに。
「ぐうっ!」
もう、這いずるくらいしかできそうにない。それでも必死で退路を探そうとする莉緒に向けて、ぽんぽんと爆弾林檎を投げつけてくる白雪姫である。殺す気がない、というのは本当なのだろう。さっきから爆弾は莉緒の腕や足に当たり、そこで爆発している。――先ほどからの激痛を思うに、きっと肉は抉れ血が噴出し、さぞかし素晴らしいことになっているに違いない。
残念ながらうつ伏せの姿勢では、それを確認することさえ叶わないわけだが。
「貴方の反抗心に敬意を評して……お人形として丁寧に加工して差し上げようと言ってますのよ。そうやって逃げたら、苦しみが長引くだけですわ」
背中の方から、白雪姫の声がする。とてもにこやかで、まるで今日の朝食のメニューでも語るような平然とした声が。
「だから、腕と足を一本ずつ、綺麗に消し飛ばして差し上げようと言っているんですの。とても痛いでしょうけど、抵抗したり逃げないようにしてくれればたった四回で全部終わりますのよ?大丈夫、出血多量で死ぬようなことには絶対させませんわ。わたくしの技術を信じて?死にそうな患者を活かす薬、死にそうな状態のまま永遠に命を永らえさせる薬……わたくしの手にかかれば全て、思いのままですもの」
「ふざ、けるな……!」
「あら?まだ元気があるのかしら」
「だ、れが……お前なんかの、言う通りにするもんか……!」
自分には、何もなかった。
物心ついた時には空を自由に飛ぶことができたし、魔法の力で誰かを攻撃することもできてしまった莉緒。母親や保育士達、周囲の子供達が気味悪がるのは当然のことだろう。かつての莉緒は、毎日泣き暮すしかなかった。自分が泣いていても、誰も助けてくれる人はいなくて。どれほど殴られても酷いことを言われても、「あれはバケモノだから仕方ない」と誰もが見て見ぬフリを決め込んだのである。
どうして生きているのだろう。どうして生きていなければいけないのだろう。莉緒の短い人生はその自問自答に終始している。己が産まれた意味が欲しかった。せめて、それが見つからなければ死ぬわけにいかないと思っていた矢先だ。
魔王が、自分のための新たな物語を作るべく――支配を進めているという事実を知った。それが完成した時、この世はまさに物語が支配する、おぞましい地獄になり果てるであろうということも。
――ああ、これだって、そう思ったんだ。産まれて初めて……このために産まれたんだって、そういう理由を見つけられたんだ。
自分の力は、人生の苦行は、全て魔王と戦い世界を救うためにあったのだ。
そう知ることができた時、どれほど莉緒が救われたかなど、きっと目の前の女は知る由もないことだろう。
じわり、と涙が滲む理由は、死ぬのが怖いからではない。このまま死んで、産まれた意味を成し遂げられないことが悔しくてたまらないのである。
――嫌だ……嫌だ。終わりたくない、こんなところで……!まだ僕は、魔王の顔も見ていないのに……!
白雪姫が近づいてくる足音。いい加減、終わりにしようというのか。それともまた新たな遊びを思いついたのか。
ギリリ、と悔しさに奥歯を噛み締めた、まさにその時だ。
「“硝子の矢”!」
光が。
強い光が、瞼の裏を焼いた。え、とどうにか顔を上げたその向こう。開け放たれたドアの向こうから、弓を構えてこちらに立っている少女が見える。
ああ、忌々しいけれど――なんと美しいのだろう。
「諦めるなら……死んでから諦めなさい、ピーターパン」
彼女、シンデレラは。真っ直ぐに白雪姫を見据えて、告げる。
「まだ何も、終わってなどいませんよ」
それでも、受け入れられないと思ったのは。人を傷つけて平気でいられる人間がどうしても許せなかったからに他ならない。たとえそうしなければ、シンデレラがシンデレラとして幸せになるどころか、不幸のどん底のままなんの想いも遂げられずに死んでいた運命だとわかっていでもだ。
理性と感情は、往々にして噛み合わないものである。
そんなことを考えている場合じゃない、協力しあわなければいけない――そもそもそれは、現世を生きる物語の転生者の責任ではないはずだ。だからこれは、あくまで自分の我が儘にすぎない。それこそ子供じみた、意地にも近いものだ。そんなもので身を滅ぼすなどもってのほかだろう。
――でも、俺は。……争いを招くような奴らを……人を傷つけて平気な人間を、断じて許すわけにはいかないんだ。たとえそれが、復讐のためだったとしても。……俺の中にピーターパンが、認められないって騒ぐんだ。
永遠の子供の国――ネバーランド。そこは正確には、永遠に子供の姿で生きる妖精達の国であったのである。童話のピーターパン同様、原典のピーターパンもまた好奇心旺盛で自信家な性格であった。それが禁忌であると知りながら時折人間達の世界に降り立っては、子供達をからかったりネバーランドに誘って遊んだりを繰り返していたのである。
問題は。それを“素敵な妖精さんに攫われた楽しい思い出”と捉える子供達と、そうではない子供達がいたということ。
そしてネバーランドも、ピーターパンが支配する世界というわけではない。妖精達は誰も彼も勝手気ままに生きるイキモノだ。当然諍いもあるし、無秩序なエリアもある。あのフック船長もその諍いを引き起こす一人。ネバーランドの近海を縄張りとする海賊であり、ピーターパンとは犬猿仲だと言っていい。左手をピーターパンに切り落とされてワニに食べられたことから、報復を目論んでいる――なんてところも、童話と殆ど同じだろう。
そう、ネバーランドはけして平和なだけ、楽しいだけの楽園ではない。そんなことはわかりきっていたはずなのに、どうしてあの頃の自分は危機感があれほどまでに欠如していたのか。何故、ネバーランドの妖精が現世に行くことが禁じられているのだと気付くことができなかったのか。
――俺は、子供だった。体も、頭も全部。だから、本当に気付くべきことに気付けなかったんだ。
その時もピーターパンは、現実世界の少年少女達をネバーランドへと誘い、彼らを遊ばせるということをしていたのだが。
まさにそのタイミングに限って、フック船長が襲撃してきたのである。いや、海に出て遊ばせるということはつまり、フック船長に狙われる可能性があるということに他ならない。何故あんなにも油断ができたのか、自分でも理解に苦しむところである。
攫ってきた少年少女達は、六人いた。彼らは大家族の姉弟達。そのうちの一人の少女はとても臆病で、しかもファンタジーな世界に関して不信感を抱いていた。元来の真面目な性格と、聡明な頭が逆に理解を拒んだのだろう。ネバーランドでどれほど不思議なものを見せても彼女は手品だと言い張ったし、自分達は悪いペテン師に攫われたのではないかと疑ってかかったのである。子供でありながら子供としての純粋さを失っていた彼女は魔法にかからず、皆と同じように空を飛ぶことも叶わなかったほどだ。
そう、そんな子供達が――フック船長の襲撃に巻き込まれたのである。彼の狙いはピーターパンであったが、同じだけ現実世界の人間達のことも心底嫌っていた。魔法も使えぬ、弱くて愚鈍な現実世界の者達は、いつかその欲望にかられて自分達を襲うに決まっている。彼は過去人間に関して嫌な思い出でもあったか、頑なにそう主張してやまなかったのだ。
そして、悲劇が起きてしまうことになる。
『人間などが、この世界に相応しいはずがなかろう!この地を人間なんぞの汚れた血で侵す気とは言語道断……!クズどもはみんな、海の藻屑としてくれる!!』
『いや、いや……何するの、やめて!やめ……いやああああああああ!!』
子供達の一人。一番年長者であった姉が――フック船長に海に突き落とされ、地獄を見ることとなった。海にはフック船長の腕を食らったことで、人肉の味を覚えてしまった鰐がまさに口を開けて待っていたからである。
彼女の凄まじい絶叫を、今でも莉緒は忘れることができない。もがく少女の腕を噛みちぎったところで、その血の臭いに引かれて他の鰐もやってきて。彼女は複数の鰐に全身を噛まれて絶命することになるのである。
生きたまま腕を、足を、内臓を噛みちぎられた彼女は。最後凄まじい苦痛の形相で、胴体と首だけになった体で海に浮かぶことになるのだ。
――こんなはずじゃ、なかった。俺はただ、人間の子供達と友達になりたいだけだったのに。……どうして、こんなことになってしまうんだろう。
失意のまま、子供達を現実世界に送り届けるしかなかったピーターパン。そしてその行動が、最大の惨事を招くことになるのだ。
臆病で真面目だった少女が、バカ正直に自分が見たものを両親に話してしまったことで大騒ぎになったのである。
封じられた、異世界への扉が開いてしまう瞬間。これは妖精達の、人間への宣戦布告に他ならない――そう判断した人間達は、封じられた扉から一気に攻め込んでくることになるのである。
起こるべく起こった、人間VS妖精の戦争。図らずしもフック船長が預言した通り、人間達がまさに妖精達を滅ぼしつくさんと襲って来たのである。
――何十年、何百年。戦争は長く長く続き……そして、全てが沈黙した。世界は滅び、あとには……後悔だけが、残ってしまった。
自分が、禁忌を破らなければ。
子供達を現実世界から連れてきて、遊ばせるような真似などしなければ。
後悔しても、何もかもが遅い。ピーターパンもまたバッドエンドの果て、無残に朽ちていった主人公の一人であったのである。
――全ての物語には、罪がある。……ピーターパンの罪は。禁忌を破ったこと……望んではならないことを望み、争いの引き金を引いたことだ。
もう二度と。あのような、人と人が憎しみあい、全てを滅ぼすような戦争など起こしてはならないのである。物語が力を振り回せば、惨劇はあっという間に現実になることだろう。それだけは絶対に避けなければいけない。前世で見たような地獄を、この世界で繰り返すわけにはいかないのだ。
それが、莉緒がピーターパンとして戦うことを選んだ理由。争いを招き、人を傷つけながらも後悔しない者を許せない、理由。己が後悔しているからといって、他の者にも同じように悔やめというのは間違いであるのかもしれないけれど。どうしても莉緒には、譲れないものがあったのである。
――そうだ、だから……同じように後悔しない“白雪姫”にだけは、負けたくなかったっていうのに……!
「があっ!」
「もう、逃げないで頂戴。狙いが逸れて、顔に当たってしまったら困りますわ」
恐らく、白雪姫は登場前に――予めこの鳥籠の中に毒の煙か何かを充満させていたのだろう。自分と金太郎には解毒剤のようなものを打った上で。その効果が聴いて自分達が麻痺し、身動き取れなくなる瞬間をずっと待っていたに違いない。
ああ、完全に迂闊だった。白雪姫が毒物のエキスパートであることを、確かに事前の情報で知っていたというのに。
「ぐうっ!」
もう、這いずるくらいしかできそうにない。それでも必死で退路を探そうとする莉緒に向けて、ぽんぽんと爆弾林檎を投げつけてくる白雪姫である。殺す気がない、というのは本当なのだろう。さっきから爆弾は莉緒の腕や足に当たり、そこで爆発している。――先ほどからの激痛を思うに、きっと肉は抉れ血が噴出し、さぞかし素晴らしいことになっているに違いない。
残念ながらうつ伏せの姿勢では、それを確認することさえ叶わないわけだが。
「貴方の反抗心に敬意を評して……お人形として丁寧に加工して差し上げようと言ってますのよ。そうやって逃げたら、苦しみが長引くだけですわ」
背中の方から、白雪姫の声がする。とてもにこやかで、まるで今日の朝食のメニューでも語るような平然とした声が。
「だから、腕と足を一本ずつ、綺麗に消し飛ばして差し上げようと言っているんですの。とても痛いでしょうけど、抵抗したり逃げないようにしてくれればたった四回で全部終わりますのよ?大丈夫、出血多量で死ぬようなことには絶対させませんわ。わたくしの技術を信じて?死にそうな患者を活かす薬、死にそうな状態のまま永遠に命を永らえさせる薬……わたくしの手にかかれば全て、思いのままですもの」
「ふざ、けるな……!」
「あら?まだ元気があるのかしら」
「だ、れが……お前なんかの、言う通りにするもんか……!」
自分には、何もなかった。
物心ついた時には空を自由に飛ぶことができたし、魔法の力で誰かを攻撃することもできてしまった莉緒。母親や保育士達、周囲の子供達が気味悪がるのは当然のことだろう。かつての莉緒は、毎日泣き暮すしかなかった。自分が泣いていても、誰も助けてくれる人はいなくて。どれほど殴られても酷いことを言われても、「あれはバケモノだから仕方ない」と誰もが見て見ぬフリを決め込んだのである。
どうして生きているのだろう。どうして生きていなければいけないのだろう。莉緒の短い人生はその自問自答に終始している。己が産まれた意味が欲しかった。せめて、それが見つからなければ死ぬわけにいかないと思っていた矢先だ。
魔王が、自分のための新たな物語を作るべく――支配を進めているという事実を知った。それが完成した時、この世はまさに物語が支配する、おぞましい地獄になり果てるであろうということも。
――ああ、これだって、そう思ったんだ。産まれて初めて……このために産まれたんだって、そういう理由を見つけられたんだ。
自分の力は、人生の苦行は、全て魔王と戦い世界を救うためにあったのだ。
そう知ることができた時、どれほど莉緒が救われたかなど、きっと目の前の女は知る由もないことだろう。
じわり、と涙が滲む理由は、死ぬのが怖いからではない。このまま死んで、産まれた意味を成し遂げられないことが悔しくてたまらないのである。
――嫌だ……嫌だ。終わりたくない、こんなところで……!まだ僕は、魔王の顔も見ていないのに……!
白雪姫が近づいてくる足音。いい加減、終わりにしようというのか。それともまた新たな遊びを思いついたのか。
ギリリ、と悔しさに奥歯を噛み締めた、まさにその時だ。
「“硝子の矢”!」
光が。
強い光が、瞼の裏を焼いた。え、とどうにか顔を上げたその向こう。開け放たれたドアの向こうから、弓を構えてこちらに立っている少女が見える。
ああ、忌々しいけれど――なんと美しいのだろう。
「諦めるなら……死んでから諦めなさい、ピーターパン」
彼女、シンデレラは。真っ直ぐに白雪姫を見据えて、告げる。
「まだ何も、終わってなどいませんよ」
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