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<23・毒林檎の方程式>
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白雪姫相手に、真正面から戦うのはあまりにも愚の骨頂である。莉緒もそれはよくわかっていること。本来ならば三人がかりで倒しにいくのが最も勝率が高いところであっただろう。
莉緒がその選択をしなかった理由は二つ。金太郎が存在し、三人がかりでタコ殴り!なんて手段が使えなかったこと。
そしてもう一つは、白雪姫の歪んだ執着が自分に向いていること。
――白雪姫は、俺のことは多分殺さない。よほど追い詰められない限り、生きて捕まえようとするだろう。裏を返せば、俺を生け捕りにするためならば他の二人を人質にするくらいは平気でやって来るってことだ。
あとの二人も、物語としての力は相当な者であるはずだ。ただしリーナは守りと回復専門であり攻撃参加が見込める能力ではなく、瑠依はまだ戦うことに躊躇いがある。白雪姫をかわし続けるには限界があるだろう。
ゆえに莉緒は、まず二人から白雪姫を引き離す選択をすることを選んだのである。彼らがブチ開けた穴から、地下の上層へ。廊下を通り、とにかく少しでも白雪姫を彼らから離すことに専念する。建物全体を鳥籠として反転させていたため、フィールドそのものは非常に広いのだ。
同時にここは、自分とリーナが住む実験場兼自宅である。地の利は当然、こちらにあるのだ。
「もう、足が速いんだからっ!」
ぷう、とむくれながらも追いかけてくる白雪姫。ひらひらの重そうな純白のドレス姿だというのに、彼女は意外と身軽であるしスピードもある。莉緒がそこそこ本気を出さなければ引き離せないと感じるほどには。――まあ今回は引き離してはいけないので、わざと追いかけてくることのできる距離を保ってはいるのだけれど。
「鬼ごっこはわたくしも嫌いではないけれど……あんまり言うことをきかない悪い子はめっ!って叱りますわよ?……“毒林檎の爆弾”!」
振り返れば彼女の手には、小降りな林檎がひとつ。さらに彼女の周囲に浮かび上がるいくつもの林檎達。うっそりと微笑む彼女が林檎を投げれば、浮き上がったいくつもの赤い実が弾丸のようにこちらに向かって飛んでくることになる。
ぶつかれば爆発四散か、あるいは毒の煙でも浴びることになるのか。
――どっちにしてもろくなことにならないのは確定的だな!
結論。避けるよりも、撃ち落とす方が無難。
「“妖精の光”!」
莉緒の背中に生えた妖精の羽が輝き、虹色の光で持ってして林檎爆弾を撃ち落としていく。威力に欠ける莉緒の技だが、それでも爆弾を破壊することくらいは可能だ。ついでに、発射速度にも自信がある。その気になれば拳銃の弾丸も撃ち落とすことができるだろう。
自分の強みは機動力と、技の出だしの速さしかない。ならばそれを生かして戦略を組み立てるしかないのだ。無い物ねだりをしたところで、何も解決はしないのだから。
「あらあら、まあ」
林檎爆弾は全て光に貫かれて爆発し、紫色の粉のようなものを巻き散らかして消えていく。きっと毒薬の一種であったのだろう。遠距離から撃ち落とす選択で大正解だったようだ。
しかし、白雪姫は大して驚いた様子もない。お上手ねえ、なんてにこにこ微笑んでさえいる。
「その羽根も本当に美しいわ。ちぎってしまうのは惜しいけれど……人形として保管するなら別にした方が良さそうね。大丈夫よ、綺麗に冷凍して、痛まないようにしてあげますわ」
「だから、嫌だって言ってるだろうが……!」
「またそんなこと言って。遠慮なんかしなくていいですのよ?」
どこまでが本気で、一体どこまでが彼女の嘘だというのだろう。
うっとりと頬を紅潮させて、一人の人間を生きた“人形”に変えてしまおうとする白雪姫のその目は、明らかにトチ狂っている。
元々こいつの物語も気にくわないんだ、と莉緒は歯噛みした。白雪姫の“原典”も、例のごとくろくでもないシナリオと結末で終わっている。彼女もまた己の罪を悔やむことなどない一人であろう。何故なら。
原典の白雪姫の物語では――継母ではなく、白雪姫こそが真の魔女であったのだから。そう。そして現代でも恐らく白雪姫は、そんな己の物語を当然のように繰り返そうとしているのである。
「わたくしのお人形になれば、永遠に生きることができますのよ。素晴らしいでしょう?」
長い金髪を掻き上げて、白雪姫が語る。
「現代の悲しみや苦しみ。弱くて馬鹿げた人々に従い、ぺこぺこと頭を下げなければ生き抜けない生活。その全てからおさらばできますの。人生ほど苛烈で、報われず、人々を切り刻むものはありませんわ。それは過去の……わたくし達の前世も現代も同じこと。突然襲い来る理不尽に耐えても変えられない運命はある……なら、無理に耐える必要もなくってよ。わたくしが全部、その苦しみを忘れさせてあげるのだから」
「過去の白雪姫が、王子や小人達にやったみたいに?」
「ええ、そうよ。……わたくしと前世の白雪姫のお願いは一致してますの。わたくしは無償の愛で、貴方達に永遠の時間を約束してあげる。永久に滅びることのない体と意思と……わたくしを愛する権利を」
以前白雪姫と戦った時に、既に莉緒は白雪姫の物語を見ているのだ。
彼女は――白雪姫は。あまりにも無邪気で、悪意もなく人々を傷つけ破滅させるサイコパスそのものだった。父を早々に亡くした彼女が求めたのは、継母からの愛情であったのだから。
――継母……本来ならば白雪姫に毒林檎を食べさせて最後には殺されるお妃様は。確かに魔女ではあったけれど、とても内気な人だった。それこそ、腹違いとはいえ娘を殺す決意などそうそうできないほどに。
そして、実の娘ではない白雪姫との接し方がわからず、距離を置いてしまっていたのである。白雪姫はそれが悲しくてたまらなかった。ゆえに、自分を見てもらうにはどうしたらいいのかを考え、狂った答えを出してしまったのである。
つまり――彼女に心底憎まれればいい、と。
――白雪姫は継母の気を引くために、周囲にバレないやり方で継母に嫌がらせをし続けた。大人しいお妃がそのストレスをどんどん腹の中に溜め込み、憎しみへと変えてしまうまで。
表向きの物語は、童話の白雪姫と変わらない。違うのは――お妃に刺客を差し向けられるのも、小人達と出会って親しくなるのも、おばあさんに変化した魔女に毒林檎を食べさせられそうに流れも。全て白雪姫のシナリオ通りであったということである。
同じく魔女であった白雪姫は、解毒剤を予め調合してあった。そもそもお城のわかりやすい場所に毒林檎を作る魔導書を放置しておいたのも白雪姫なのだから、その対処法がわからないはずがないのである。
白雪姫に毒はきかなかった。王子のキスで目覚めたのはただの演技に過ぎない。
お妃様が、王子と小人達に追い詰められて崖から落ち、大ケガをして捕らえられるのも計算通り。追い詰められ、牢屋の中でボロボロの体で惨めに這いつくばる女王を前にして白雪姫は一人囁くのだ。
『全てはわたくしの計算通り。ああ、そうよお母様。もっとわたくしを見て……憎んで、愛して!』
優しい優しい白雪姫の表の顔に騙され、王子も小人達も従者達も次々毒を盛られて眠らされていった。それは、生きたまま人形へと変えられてしまう恐ろしい毒。白雪姫はそんな人形達に囲まれて、永遠に一人城の中で幸せに暮らすのである。
そう、そんな結末であり、白雪姫が満足して死んだ以上。その転生者が、その結末を後悔しているはずがないのだ。彼女のせいでどれだけの人々が苦しめられ、人生を狂わせられ、魂の牢獄に捕らえられてしまったことだろう?
――こいつは、洗脳されてないかもしれない。ブレスレットは一応しているけど。
こんな危険思想がもし、白雪姫本来の考えであるのならば。そんな人間は、断じて野放しになどしておけないのである。それこそここで、息の根を完全に止めてしまわねばなるまい。
暴走し、危ない思想に陥った物語という存在の――どれほど恐ろしいものであることか。莉緒は知っているのだ――自分よりも前に白雪姫達に襲われ、悲惨極まりない末路を迎えた者がいたことを。あれは確か、親指姫だっただろうか?可愛らしい少女が血と汚物にまみれて逃げ惑い、殺される様は。正直トラウマになりかねないほど、恐ろしいものであったのである。
――だからもし、もし洗脳されてないなら。こいつは俺が殺す。……俺にしか、できない!
莉緒は廊下の突き当たりのドアを開き、中へと滑り込む。すぐに白雪姫が追いかけてくる気配。自分が部屋に入ってから、数秒の間。
「もう、そろそろ観念しなさいな。わたくしが手加減できているうちにね……!」
だが、その数秒があれば充分なのだ――彼女の隙を突くには。
「!」
白雪姫が入った瞬間、視界が真っ暗闇へと染まる。莉緒が電気のスイッチを切ったせいだ。窓のない、応接室としても使う部屋。次の刹那、視界がきかなかったのであろう白雪姫が何かにぶつかったのか転んだのか、大きな物音と共に悲鳴が聴こえる。そこに、天井付近に貼り付いていた莉緒はあるものに向かって小さな魔力の塊を放つのだ
そのあるものとは――スプリンクラー。
「きゃあっ!なんですの、なんですのーっ!?」
真っ暗闇の中、さらにスプリンクラーの強襲を浴びて転がる白雪姫。思った通りだ、と莉緒はニヤリと笑う。物語には夜目がきくタイプときかないタイプがいるらしいが、彼女は後者で自分は前者。おまけにここは自分達の自宅。彼らと違って、何処に何があるのかはバッチリと把握しているのである。
闇の中で踞る白雪姫。これだけ隙を作れば充分だろう。莉緒は妖精の羽根に魔力を集中させる。今の自分でも、全身全霊で魔力をかき集めて全弾撃ち尽くせば――十二分に、倒すチャンスはあるはずだ。
――くらえっ……!これで……っ!!
莉緒が腹を括った、まさにその時。
「……え?」
突然――全身から、力が抜けた。莉緒は空中浮遊を保てなくなり、勢いよくソファーの上に落下することになる。
一体何が、と思った瞬間嗅ぎ取ったのは――毒々しいほど甘ったるい、何かの香りだ。
「はあ。やっと効いてきましたのね。多少お遊びしたくて遅効性にしてしまったのは、失敗だったかしら」
パチリ、という音と共に再び電気がつく。白雪姫が、電気のスイッチを手探りで探り当てたのだ。まだ雨が降る室内で水浸しになりながらも、白雪姫は妖艶に微笑んで見せる。
「やっと気付いたかしら?……わたくし達、派手に爆発を起こして侵入する前から……充分に準備をしていましたのよ。例えば……家中に罠を仕掛けておく、とかね」
「そ、んな……」
「麻痺するだけの毒だから安心して。意識があるままたっぷりと楽しませてあげますわ」
頭がぐらぐらする。両足が痺れ、殆ど身動きが取れそうにない。まさか、自分以外の二人も毒にやられているのではないか。その可能性に思いいたり、莉緒は血の気を引かせていく。
ああ、油断していたわけではなかったのに――まさか、こんなにあっさりとやられてしまうなんて。
「“毒林檎の方程式”。楽しんで頂戴ね?」
莉緒がその選択をしなかった理由は二つ。金太郎が存在し、三人がかりでタコ殴り!なんて手段が使えなかったこと。
そしてもう一つは、白雪姫の歪んだ執着が自分に向いていること。
――白雪姫は、俺のことは多分殺さない。よほど追い詰められない限り、生きて捕まえようとするだろう。裏を返せば、俺を生け捕りにするためならば他の二人を人質にするくらいは平気でやって来るってことだ。
あとの二人も、物語としての力は相当な者であるはずだ。ただしリーナは守りと回復専門であり攻撃参加が見込める能力ではなく、瑠依はまだ戦うことに躊躇いがある。白雪姫をかわし続けるには限界があるだろう。
ゆえに莉緒は、まず二人から白雪姫を引き離す選択をすることを選んだのである。彼らがブチ開けた穴から、地下の上層へ。廊下を通り、とにかく少しでも白雪姫を彼らから離すことに専念する。建物全体を鳥籠として反転させていたため、フィールドそのものは非常に広いのだ。
同時にここは、自分とリーナが住む実験場兼自宅である。地の利は当然、こちらにあるのだ。
「もう、足が速いんだからっ!」
ぷう、とむくれながらも追いかけてくる白雪姫。ひらひらの重そうな純白のドレス姿だというのに、彼女は意外と身軽であるしスピードもある。莉緒がそこそこ本気を出さなければ引き離せないと感じるほどには。――まあ今回は引き離してはいけないので、わざと追いかけてくることのできる距離を保ってはいるのだけれど。
「鬼ごっこはわたくしも嫌いではないけれど……あんまり言うことをきかない悪い子はめっ!って叱りますわよ?……“毒林檎の爆弾”!」
振り返れば彼女の手には、小降りな林檎がひとつ。さらに彼女の周囲に浮かび上がるいくつもの林檎達。うっそりと微笑む彼女が林檎を投げれば、浮き上がったいくつもの赤い実が弾丸のようにこちらに向かって飛んでくることになる。
ぶつかれば爆発四散か、あるいは毒の煙でも浴びることになるのか。
――どっちにしてもろくなことにならないのは確定的だな!
結論。避けるよりも、撃ち落とす方が無難。
「“妖精の光”!」
莉緒の背中に生えた妖精の羽が輝き、虹色の光で持ってして林檎爆弾を撃ち落としていく。威力に欠ける莉緒の技だが、それでも爆弾を破壊することくらいは可能だ。ついでに、発射速度にも自信がある。その気になれば拳銃の弾丸も撃ち落とすことができるだろう。
自分の強みは機動力と、技の出だしの速さしかない。ならばそれを生かして戦略を組み立てるしかないのだ。無い物ねだりをしたところで、何も解決はしないのだから。
「あらあら、まあ」
林檎爆弾は全て光に貫かれて爆発し、紫色の粉のようなものを巻き散らかして消えていく。きっと毒薬の一種であったのだろう。遠距離から撃ち落とす選択で大正解だったようだ。
しかし、白雪姫は大して驚いた様子もない。お上手ねえ、なんてにこにこ微笑んでさえいる。
「その羽根も本当に美しいわ。ちぎってしまうのは惜しいけれど……人形として保管するなら別にした方が良さそうね。大丈夫よ、綺麗に冷凍して、痛まないようにしてあげますわ」
「だから、嫌だって言ってるだろうが……!」
「またそんなこと言って。遠慮なんかしなくていいですのよ?」
どこまでが本気で、一体どこまでが彼女の嘘だというのだろう。
うっとりと頬を紅潮させて、一人の人間を生きた“人形”に変えてしまおうとする白雪姫のその目は、明らかにトチ狂っている。
元々こいつの物語も気にくわないんだ、と莉緒は歯噛みした。白雪姫の“原典”も、例のごとくろくでもないシナリオと結末で終わっている。彼女もまた己の罪を悔やむことなどない一人であろう。何故なら。
原典の白雪姫の物語では――継母ではなく、白雪姫こそが真の魔女であったのだから。そう。そして現代でも恐らく白雪姫は、そんな己の物語を当然のように繰り返そうとしているのである。
「わたくしのお人形になれば、永遠に生きることができますのよ。素晴らしいでしょう?」
長い金髪を掻き上げて、白雪姫が語る。
「現代の悲しみや苦しみ。弱くて馬鹿げた人々に従い、ぺこぺこと頭を下げなければ生き抜けない生活。その全てからおさらばできますの。人生ほど苛烈で、報われず、人々を切り刻むものはありませんわ。それは過去の……わたくし達の前世も現代も同じこと。突然襲い来る理不尽に耐えても変えられない運命はある……なら、無理に耐える必要もなくってよ。わたくしが全部、その苦しみを忘れさせてあげるのだから」
「過去の白雪姫が、王子や小人達にやったみたいに?」
「ええ、そうよ。……わたくしと前世の白雪姫のお願いは一致してますの。わたくしは無償の愛で、貴方達に永遠の時間を約束してあげる。永久に滅びることのない体と意思と……わたくしを愛する権利を」
以前白雪姫と戦った時に、既に莉緒は白雪姫の物語を見ているのだ。
彼女は――白雪姫は。あまりにも無邪気で、悪意もなく人々を傷つけ破滅させるサイコパスそのものだった。父を早々に亡くした彼女が求めたのは、継母からの愛情であったのだから。
――継母……本来ならば白雪姫に毒林檎を食べさせて最後には殺されるお妃様は。確かに魔女ではあったけれど、とても内気な人だった。それこそ、腹違いとはいえ娘を殺す決意などそうそうできないほどに。
そして、実の娘ではない白雪姫との接し方がわからず、距離を置いてしまっていたのである。白雪姫はそれが悲しくてたまらなかった。ゆえに、自分を見てもらうにはどうしたらいいのかを考え、狂った答えを出してしまったのである。
つまり――彼女に心底憎まれればいい、と。
――白雪姫は継母の気を引くために、周囲にバレないやり方で継母に嫌がらせをし続けた。大人しいお妃がそのストレスをどんどん腹の中に溜め込み、憎しみへと変えてしまうまで。
表向きの物語は、童話の白雪姫と変わらない。違うのは――お妃に刺客を差し向けられるのも、小人達と出会って親しくなるのも、おばあさんに変化した魔女に毒林檎を食べさせられそうに流れも。全て白雪姫のシナリオ通りであったということである。
同じく魔女であった白雪姫は、解毒剤を予め調合してあった。そもそもお城のわかりやすい場所に毒林檎を作る魔導書を放置しておいたのも白雪姫なのだから、その対処法がわからないはずがないのである。
白雪姫に毒はきかなかった。王子のキスで目覚めたのはただの演技に過ぎない。
お妃様が、王子と小人達に追い詰められて崖から落ち、大ケガをして捕らえられるのも計算通り。追い詰められ、牢屋の中でボロボロの体で惨めに這いつくばる女王を前にして白雪姫は一人囁くのだ。
『全てはわたくしの計算通り。ああ、そうよお母様。もっとわたくしを見て……憎んで、愛して!』
優しい優しい白雪姫の表の顔に騙され、王子も小人達も従者達も次々毒を盛られて眠らされていった。それは、生きたまま人形へと変えられてしまう恐ろしい毒。白雪姫はそんな人形達に囲まれて、永遠に一人城の中で幸せに暮らすのである。
そう、そんな結末であり、白雪姫が満足して死んだ以上。その転生者が、その結末を後悔しているはずがないのだ。彼女のせいでどれだけの人々が苦しめられ、人生を狂わせられ、魂の牢獄に捕らえられてしまったことだろう?
――こいつは、洗脳されてないかもしれない。ブレスレットは一応しているけど。
こんな危険思想がもし、白雪姫本来の考えであるのならば。そんな人間は、断じて野放しになどしておけないのである。それこそここで、息の根を完全に止めてしまわねばなるまい。
暴走し、危ない思想に陥った物語という存在の――どれほど恐ろしいものであることか。莉緒は知っているのだ――自分よりも前に白雪姫達に襲われ、悲惨極まりない末路を迎えた者がいたことを。あれは確か、親指姫だっただろうか?可愛らしい少女が血と汚物にまみれて逃げ惑い、殺される様は。正直トラウマになりかねないほど、恐ろしいものであったのである。
――だからもし、もし洗脳されてないなら。こいつは俺が殺す。……俺にしか、できない!
莉緒は廊下の突き当たりのドアを開き、中へと滑り込む。すぐに白雪姫が追いかけてくる気配。自分が部屋に入ってから、数秒の間。
「もう、そろそろ観念しなさいな。わたくしが手加減できているうちにね……!」
だが、その数秒があれば充分なのだ――彼女の隙を突くには。
「!」
白雪姫が入った瞬間、視界が真っ暗闇へと染まる。莉緒が電気のスイッチを切ったせいだ。窓のない、応接室としても使う部屋。次の刹那、視界がきかなかったのであろう白雪姫が何かにぶつかったのか転んだのか、大きな物音と共に悲鳴が聴こえる。そこに、天井付近に貼り付いていた莉緒はあるものに向かって小さな魔力の塊を放つのだ
そのあるものとは――スプリンクラー。
「きゃあっ!なんですの、なんですのーっ!?」
真っ暗闇の中、さらにスプリンクラーの強襲を浴びて転がる白雪姫。思った通りだ、と莉緒はニヤリと笑う。物語には夜目がきくタイプときかないタイプがいるらしいが、彼女は後者で自分は前者。おまけにここは自分達の自宅。彼らと違って、何処に何があるのかはバッチリと把握しているのである。
闇の中で踞る白雪姫。これだけ隙を作れば充分だろう。莉緒は妖精の羽根に魔力を集中させる。今の自分でも、全身全霊で魔力をかき集めて全弾撃ち尽くせば――十二分に、倒すチャンスはあるはずだ。
――くらえっ……!これで……っ!!
莉緒が腹を括った、まさにその時。
「……え?」
突然――全身から、力が抜けた。莉緒は空中浮遊を保てなくなり、勢いよくソファーの上に落下することになる。
一体何が、と思った瞬間嗅ぎ取ったのは――毒々しいほど甘ったるい、何かの香りだ。
「はあ。やっと効いてきましたのね。多少お遊びしたくて遅効性にしてしまったのは、失敗だったかしら」
パチリ、という音と共に再び電気がつく。白雪姫が、電気のスイッチを手探りで探り当てたのだ。まだ雨が降る室内で水浸しになりながらも、白雪姫は妖艶に微笑んで見せる。
「やっと気付いたかしら?……わたくし達、派手に爆発を起こして侵入する前から……充分に準備をしていましたのよ。例えば……家中に罠を仕掛けておく、とかね」
「そ、んな……」
「麻痺するだけの毒だから安心して。意識があるままたっぷりと楽しませてあげますわ」
頭がぐらぐらする。両足が痺れ、殆ど身動きが取れそうにない。まさか、自分以外の二人も毒にやられているのではないか。その可能性に思いいたり、莉緒は血の気を引かせていく。
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