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<21・母山羊の愛>
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厄日にも程がある、とリーナは思う。出来ることなら、桃太郎が――瑠衣の覚悟がもう少し固まるまで、待って欲しかったというのに。
――私では……私では、莉緒を支えてあげることができないから。だからあの子が寄りかかることができる仲間が、あの子を助けられる仲間が欲しかったのに。
遠くで爆音が響いた。どうやらこの地下室では自分の機動力を活かすのに不充分と判断し、莉緒は壁の穴を通って別室に逃げる選択をしたらしい。そうすることで白雪姫が自分についてくる、彼女の注意を自分一人に完全にひきつけられるという計算もあったに違いない。
そういう子だった、西影莉緒という少年は。まだ小学生なのに、本当はいつだって自分のことより誰かを助けることばかり考えている。金太郎も厄介な相手だが、白雪姫はそれ以上だ。なんせ、彼女は魔王軍の幹部。下手をすればナンバー2である。実際、前回戦った時も得体の知れない実力を感じたのは彼女の方だ。相当な強敵であり、油断ならない相手。そんな相手を、自分達から引き離すことが得策だと思ったのである。
自分が狙われていることをわかっていながら。
そして捕まったら、死ぬより恐ろしい目に遭わされることを理解していながら。
――あの子が、力に目覚めたのがいつのことなのか。私には、正確にはわからない。ただ、駆け落ち同然で出て行った妹の行方がわかり、駆けつけた時にはもう……あの子は傷だらけで、死にそうな目をしてそこにいたから。
自分が知っていることといえば、莉緒が実の母親――リーナの妹に虐待されていたらしいということ。そして、その時にはもう物語の力に目覚めていた莉緒が、それゆえに母親に殺されかけていたということだけである。引き取った直後の莉緒はガリガリに痩せこけ、言葉も満足に話せない状態だった。一体どれほどの地獄にいたのか、その詳細をどうして自分の口から聞き出すことができようか。
確かなことは、一つ。
莉緒は一度だけ――たった一度だけ、言った。自分は、産まれる前から許されない、と。
『許されない。……許されないことをしてしまった。たくさん、たくさんの人を傷つけた、苦しめた、死なせた。……俺は、誰かの守り神には、なれなかった』
幼くして力に目覚めた者ほど、その制御に苦労してトラブルの種になることは珍しくないという。莉緒もその例に漏れなかったのだろう。そんな彼に、大人になってから前世に目覚め、どうにかコントロールを得たリーナが訓練を施すのは、きっと自然な流れであったに違いない。
若い時の事故のせいで、子供が産めない体になったリーナ。夫となった男性とも死別して等しく、それ以来は仕事一筋で打ち込んできた。そんな自分の元にやっていた、己と直接血が繋がらない子供。その姿が、前世で守れなかった我が子に――そして、現世で手にすることのできなかった温もりに重なってしまったのは、致し方ないことではなかろうか。
全ての物語には、罪がある。自分にも、莉緒にも等しく。
けれど自分達はただ、それを後悔して立ち止まっているわけにはいかない。その力を悪用して、この世界の理を壊そうとする者達がいるのを知ってしまった以上。自分達はその悪行を、黙って見ているなんてことはできないのだ。それが、莉緒の意思だから尚更に。
勿論リーナは、伯母として、母親として、危険な真似などしないで欲しいという気持ちはあったけれど。そこにある使命が唯一“己が生きることを許された理由”と信じている子供に、一体どうして“戦わないで欲しい”などと言うことができただろうか。前世でも現世でも、何一つ産まれてきたことを報われたと、そう信じることができなかったあの子が。初めて、自分が生きていることを認められた、たった一つの理由だというのに。
――だから、せめて私は……私はあの子の新しいお母さんとして。あの子の望みを助けないといけないの。どれだけそれが無茶なやり方でも、誰かに迷惑をかけるような真似だったとしても……!
莉緒がピーターパンの力を使って、瑠衣を攫うことを止めなかったのは自分である。
瑠衣には心底申し訳ないと思う。気の毒だと感じないわけでもない。それでも今、リーナにとって最も優先するべき事項は莉緒に他ならないのだ。彼のためなら、彼が報われるためならば自分はどんなことにでも手を貸そう。たとえそれが、誰かの幸せを犠牲にすることであっても。母親としては失格としか言い様のない行いであるとしても。
「おいおいおいおい、守ってばっかりじゃなくてさあ、反撃してこいよ草食動物さん達よお!」
もこもこの盾の向こうから、金太郎の声が聞こえてくる。ガンガンと衝撃が響くが、リーナの盾はそうそう破られるものではない。ダメージを与えるに至らず、多少イラつき始めているようだ。
「……さっさとあいつ倒して、莉緒君を助けに行かないと……ッスよね。白雪姫って、金太郎より強いんでしょ?」
「そうね、強いわ。幹部だもの」
不安げに天井を見上げる瑠衣に、リーナは告げる。
「多くの物語には、当然童話や昔話としての“知名度”ってものがあるでしょう?知名度が高いほど、その潜在能力も高い傾向にあると言っていいわ。私が知る限りでは、グリム童話の中でも最高峰に位置するのが“白雪姫”よ。だからちょっと驚いているの。……その白雪姫が、別の誰かに従っているっていうのが信じられなくて。白雪姫以上の力を持った物語なんて、そうそういるもんじゃないから」
つまり、その理屈で行くと――日本昔話の最高峰である“桃太郎”の瑠衣も、相当な潜在能力を持っているはずなのだが。生憎、彼は前世のトラウマから全力で戦うことを拒んでしまっている。本当は強いとしても、敵を殺す覚悟が決まらない状態では本気で戦うのは難しいだろう。
だからこそ、リーナは当面は莉緒と瑠衣での特訓に終始し、本番は先送りにしておきたかったのである。莉緒の説得に瑠衣が応じたタイミングで、敵地に乗り込んでカタをつけるのが最善であったはずだ。まあ、正直三人だけでは心もとないので、本音はもう少し物語の仲間が欲しかったところではあるけれど――シンデレラを莉緒が拒んでいる以上、そこは難しいところだったのかもしれない。
いずれにせよ、いきなり金太郎と白雪姫と戦うのは相当厳しいものがある。どちらもあまり、自分達と相性のいい相手ではないから尚更だ。
「白雪姫を、一人で相手にするのは厳しいわ……莉緒は戦闘経験値もなかなかあるし、敵を倒したことも勿論あるけれど。それでも地力の差は埋められないもの。何より、あの子は攻撃力に欠ける。それは訓練で戦った貴方が一番よくわかっているわよね?」
「ええ、まあ……」
「だからこそ、貴方のサポートを受けて一緒に戦えばまだ勝機があったんだけど。……とにかく、あの金太郎をなんとかするのが先決ね」
金太郎は、典型的なパワーファイターと言って過言ではない。大きな斧を振るっての物理攻撃は、それだけで洒落にならない破壊力を誇る。幸い彼は狭い場所で戦うのに向いているタイプではないため(攻撃が大振りすぎて周囲を巻き込むのと、コントロールが難しいためである)、その点はこちらに地の利があるが。それでも、あの攻撃範囲に巻き込まれたら、怪我では済まないだろう。
「なんとなく想像がついてるでしょうけど、私は完全に補助・回復型の物語なの。相手を足止めしたり、みんなのサポートに徹することはできるし……防護壁を張ったり、治癒力を高めて致命傷を避けることも可能だけど。それだけよ、攻撃に関しては殆ど期待しないで」
「それ、莉緒君と二人だけで戦ってた時は滅茶苦茶苦労したんじゃ……」
「ほんとにね。だからこそ、アタッカーが欲しくて貴方を攫ったわけ。反省してはいるのよ、これでも。完全に私達の都合に巻き込んでしまった形だもの」
ドン!と再び壁が揺れた。壁が壊される気配はないが、こうして防御している間もじりじりとリーナの魔力は削られ続けている。長時間続ければ、ジリ貧になるのはこちらだろう。
そうなる前に、早いところ決着をつけなければいけない。白雪姫と戦っている莉緒のことも心配だ。
「……瑠衣君。無茶でも、無理やりでも。貴方がそれを望まなくても……もう、戦う覚悟をするしかないの。貴方も、理性ではわかっているんでしょう?」
リーナの言葉に、瑠衣の瞳の奥が揺らぐ。そして――苦しげに、はい、と頷いた。
「救えなかったことを、過去の貴方が後悔するなら。……これから救うことを、全力で考えるべきだわ」
「これから、救うこと?」
「ええ。それだけが唯一、貴方が貴方を救い、過去の誰かに贖う手段になる。私は、そう思う」
勿論、桃太郎の罪がイコール瑠衣の罪になるなどとリーナも思ってはいない。けれど彼がどうしても、桃太郎と自分を切り離せないだろうことがわかっているから、あえてそう告げることを選んだのである。
戻らない過去を嘆くより、未来の誰かに尽くす決断を。
そのために出来ることを考えることでしか、結局人は自分を救うことなどできないのだ。
「目の前にも、いるわ。苦しんでいる人が。……金太郎も白雪姫も、元は物語が転生しただけの普通の人間で……魔王に洗脳されているだけの存在よ。少し自分の欲望が助長されてしまっているだけ。心の底から破滅を望んでいるわけじゃない。彼らを救うには、彼らと戦うしかないの。命を奪わなくても、気絶させたり負けを認めさせれば……魔王の支配は弱くなる。あのブレスレッドが壊れれば、洗脳は解けて一時的に力も封印されるわ」
瑠衣が気づいていたかどうかはわからないが、白雪姫も金太郎も同じ紫色のブレスレットを身につけているのである。あれが彼らから意思を奪っている元凶。つまり、殺さなくても救う方法はあるということだ。
「貴方に、その覚悟があるなら。……今から私の言う通りに動いて。白雪姫ならともかく、金太郎相手なら勝ち目はあるわ。貴方なら、できる」
リーナはまっすぐに、瑠衣の眼を見つめて言うのだ。
彼を信じるために――今こそ彼とも、本当の仲間になるために。
――私では……私では、莉緒を支えてあげることができないから。だからあの子が寄りかかることができる仲間が、あの子を助けられる仲間が欲しかったのに。
遠くで爆音が響いた。どうやらこの地下室では自分の機動力を活かすのに不充分と判断し、莉緒は壁の穴を通って別室に逃げる選択をしたらしい。そうすることで白雪姫が自分についてくる、彼女の注意を自分一人に完全にひきつけられるという計算もあったに違いない。
そういう子だった、西影莉緒という少年は。まだ小学生なのに、本当はいつだって自分のことより誰かを助けることばかり考えている。金太郎も厄介な相手だが、白雪姫はそれ以上だ。なんせ、彼女は魔王軍の幹部。下手をすればナンバー2である。実際、前回戦った時も得体の知れない実力を感じたのは彼女の方だ。相当な強敵であり、油断ならない相手。そんな相手を、自分達から引き離すことが得策だと思ったのである。
自分が狙われていることをわかっていながら。
そして捕まったら、死ぬより恐ろしい目に遭わされることを理解していながら。
――あの子が、力に目覚めたのがいつのことなのか。私には、正確にはわからない。ただ、駆け落ち同然で出て行った妹の行方がわかり、駆けつけた時にはもう……あの子は傷だらけで、死にそうな目をしてそこにいたから。
自分が知っていることといえば、莉緒が実の母親――リーナの妹に虐待されていたらしいということ。そして、その時にはもう物語の力に目覚めていた莉緒が、それゆえに母親に殺されかけていたということだけである。引き取った直後の莉緒はガリガリに痩せこけ、言葉も満足に話せない状態だった。一体どれほどの地獄にいたのか、その詳細をどうして自分の口から聞き出すことができようか。
確かなことは、一つ。
莉緒は一度だけ――たった一度だけ、言った。自分は、産まれる前から許されない、と。
『許されない。……許されないことをしてしまった。たくさん、たくさんの人を傷つけた、苦しめた、死なせた。……俺は、誰かの守り神には、なれなかった』
幼くして力に目覚めた者ほど、その制御に苦労してトラブルの種になることは珍しくないという。莉緒もその例に漏れなかったのだろう。そんな彼に、大人になってから前世に目覚め、どうにかコントロールを得たリーナが訓練を施すのは、きっと自然な流れであったに違いない。
若い時の事故のせいで、子供が産めない体になったリーナ。夫となった男性とも死別して等しく、それ以来は仕事一筋で打ち込んできた。そんな自分の元にやっていた、己と直接血が繋がらない子供。その姿が、前世で守れなかった我が子に――そして、現世で手にすることのできなかった温もりに重なってしまったのは、致し方ないことではなかろうか。
全ての物語には、罪がある。自分にも、莉緒にも等しく。
けれど自分達はただ、それを後悔して立ち止まっているわけにはいかない。その力を悪用して、この世界の理を壊そうとする者達がいるのを知ってしまった以上。自分達はその悪行を、黙って見ているなんてことはできないのだ。それが、莉緒の意思だから尚更に。
勿論リーナは、伯母として、母親として、危険な真似などしないで欲しいという気持ちはあったけれど。そこにある使命が唯一“己が生きることを許された理由”と信じている子供に、一体どうして“戦わないで欲しい”などと言うことができただろうか。前世でも現世でも、何一つ産まれてきたことを報われたと、そう信じることができなかったあの子が。初めて、自分が生きていることを認められた、たった一つの理由だというのに。
――だから、せめて私は……私はあの子の新しいお母さんとして。あの子の望みを助けないといけないの。どれだけそれが無茶なやり方でも、誰かに迷惑をかけるような真似だったとしても……!
莉緒がピーターパンの力を使って、瑠衣を攫うことを止めなかったのは自分である。
瑠衣には心底申し訳ないと思う。気の毒だと感じないわけでもない。それでも今、リーナにとって最も優先するべき事項は莉緒に他ならないのだ。彼のためなら、彼が報われるためならば自分はどんなことにでも手を貸そう。たとえそれが、誰かの幸せを犠牲にすることであっても。母親としては失格としか言い様のない行いであるとしても。
「おいおいおいおい、守ってばっかりじゃなくてさあ、反撃してこいよ草食動物さん達よお!」
もこもこの盾の向こうから、金太郎の声が聞こえてくる。ガンガンと衝撃が響くが、リーナの盾はそうそう破られるものではない。ダメージを与えるに至らず、多少イラつき始めているようだ。
「……さっさとあいつ倒して、莉緒君を助けに行かないと……ッスよね。白雪姫って、金太郎より強いんでしょ?」
「そうね、強いわ。幹部だもの」
不安げに天井を見上げる瑠衣に、リーナは告げる。
「多くの物語には、当然童話や昔話としての“知名度”ってものがあるでしょう?知名度が高いほど、その潜在能力も高い傾向にあると言っていいわ。私が知る限りでは、グリム童話の中でも最高峰に位置するのが“白雪姫”よ。だからちょっと驚いているの。……その白雪姫が、別の誰かに従っているっていうのが信じられなくて。白雪姫以上の力を持った物語なんて、そうそういるもんじゃないから」
つまり、その理屈で行くと――日本昔話の最高峰である“桃太郎”の瑠衣も、相当な潜在能力を持っているはずなのだが。生憎、彼は前世のトラウマから全力で戦うことを拒んでしまっている。本当は強いとしても、敵を殺す覚悟が決まらない状態では本気で戦うのは難しいだろう。
だからこそ、リーナは当面は莉緒と瑠衣での特訓に終始し、本番は先送りにしておきたかったのである。莉緒の説得に瑠衣が応じたタイミングで、敵地に乗り込んでカタをつけるのが最善であったはずだ。まあ、正直三人だけでは心もとないので、本音はもう少し物語の仲間が欲しかったところではあるけれど――シンデレラを莉緒が拒んでいる以上、そこは難しいところだったのかもしれない。
いずれにせよ、いきなり金太郎と白雪姫と戦うのは相当厳しいものがある。どちらもあまり、自分達と相性のいい相手ではないから尚更だ。
「白雪姫を、一人で相手にするのは厳しいわ……莉緒は戦闘経験値もなかなかあるし、敵を倒したことも勿論あるけれど。それでも地力の差は埋められないもの。何より、あの子は攻撃力に欠ける。それは訓練で戦った貴方が一番よくわかっているわよね?」
「ええ、まあ……」
「だからこそ、貴方のサポートを受けて一緒に戦えばまだ勝機があったんだけど。……とにかく、あの金太郎をなんとかするのが先決ね」
金太郎は、典型的なパワーファイターと言って過言ではない。大きな斧を振るっての物理攻撃は、それだけで洒落にならない破壊力を誇る。幸い彼は狭い場所で戦うのに向いているタイプではないため(攻撃が大振りすぎて周囲を巻き込むのと、コントロールが難しいためである)、その点はこちらに地の利があるが。それでも、あの攻撃範囲に巻き込まれたら、怪我では済まないだろう。
「なんとなく想像がついてるでしょうけど、私は完全に補助・回復型の物語なの。相手を足止めしたり、みんなのサポートに徹することはできるし……防護壁を張ったり、治癒力を高めて致命傷を避けることも可能だけど。それだけよ、攻撃に関しては殆ど期待しないで」
「それ、莉緒君と二人だけで戦ってた時は滅茶苦茶苦労したんじゃ……」
「ほんとにね。だからこそ、アタッカーが欲しくて貴方を攫ったわけ。反省してはいるのよ、これでも。完全に私達の都合に巻き込んでしまった形だもの」
ドン!と再び壁が揺れた。壁が壊される気配はないが、こうして防御している間もじりじりとリーナの魔力は削られ続けている。長時間続ければ、ジリ貧になるのはこちらだろう。
そうなる前に、早いところ決着をつけなければいけない。白雪姫と戦っている莉緒のことも心配だ。
「……瑠衣君。無茶でも、無理やりでも。貴方がそれを望まなくても……もう、戦う覚悟をするしかないの。貴方も、理性ではわかっているんでしょう?」
リーナの言葉に、瑠衣の瞳の奥が揺らぐ。そして――苦しげに、はい、と頷いた。
「救えなかったことを、過去の貴方が後悔するなら。……これから救うことを、全力で考えるべきだわ」
「これから、救うこと?」
「ええ。それだけが唯一、貴方が貴方を救い、過去の誰かに贖う手段になる。私は、そう思う」
勿論、桃太郎の罪がイコール瑠衣の罪になるなどとリーナも思ってはいない。けれど彼がどうしても、桃太郎と自分を切り離せないだろうことがわかっているから、あえてそう告げることを選んだのである。
戻らない過去を嘆くより、未来の誰かに尽くす決断を。
そのために出来ることを考えることでしか、結局人は自分を救うことなどできないのだ。
「目の前にも、いるわ。苦しんでいる人が。……金太郎も白雪姫も、元は物語が転生しただけの普通の人間で……魔王に洗脳されているだけの存在よ。少し自分の欲望が助長されてしまっているだけ。心の底から破滅を望んでいるわけじゃない。彼らを救うには、彼らと戦うしかないの。命を奪わなくても、気絶させたり負けを認めさせれば……魔王の支配は弱くなる。あのブレスレッドが壊れれば、洗脳は解けて一時的に力も封印されるわ」
瑠衣が気づいていたかどうかはわからないが、白雪姫も金太郎も同じ紫色のブレスレットを身につけているのである。あれが彼らから意思を奪っている元凶。つまり、殺さなくても救う方法はあるということだ。
「貴方に、その覚悟があるなら。……今から私の言う通りに動いて。白雪姫ならともかく、金太郎相手なら勝ち目はあるわ。貴方なら、できる」
リーナはまっすぐに、瑠衣の眼を見つめて言うのだ。
彼を信じるために――今こそ彼とも、本当の仲間になるために。
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