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<17・シンデレラの地獄>
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日本に伝えられ、絵本となっている童話の大半は“●●は幸せに暮らしました、めでたしめでたし”で終わっている。中にはよくよく考えるとハッピーエンドなのか疑問符がつくものもあるが、一般的には“基本は幸せな終わり方”が定番なのだろう。主人公が不幸になって終わる童話、というものはそう多いものではない。
けれど――恐らく。魔女に愛された自分達の物語は。実際のところどれもこれも相当に残酷で、悲劇に満ちたものばかりであるのかもしれなかった。恐らく彼女は、そういう物語を愛する趣向にあったのだろう。ある意味では非常に人間らしい魔女だったと言えるかもしれない。安全圏から、刺激的な物語を楽しむのが好きなのは、もはや人間の本能と呼んでも過言ではないからだ。
そしてシンデレラも。まさにそういう物語の一つであったのである。少なくとも現世では大した不幸に見舞われていないはずの涼貴が、幼少時から大人や暗闇を怖がるようになってしまうほどには。
「シンデレラが継母と連れ子の娘達にいじめられ、不遇な少女時代を過ごす……というのは、原典でもさほど変わりがありません。実際僕は、優しい父さんが亡くなってから、あの継母と子供達に散々な目に遭わされていましたからね。屋根裏に住まわされるだけならまだしも、ちょっとしたミスを咎められて殴られる、閉じ込められる、食事抜きにされるのは当たり前でしたよ」
「うわ……最悪だなそれ」
「本当にそうですね。でもって、父が亡くなったのは僕が八歳の時。舞踏会への参加資格は十三歳になった時ですから、虐待はおおよそ五年間も続いたわけです」
童話のシンデレラは、継母達のイジメにも屈せず、気丈に召使のような生活の中でも前を向いて生きていく。しかし、実際涼貴は――本当のシンデレラは、そんな殊勝な正確ではなかったのである。それは元々シンデレラの父が伯爵の地位を持つ貴族であり、シンデレラも名家の令嬢として厳しく育てられてきた人間であったからというのもあるだろう。
貴族としての、徹底した教育と同じだけの贅沢な暮らし。それが、継母と娘達のせいで一変したのである。シンデレラは理不尽に想い、自分を虐げる継母達に恐怖を抱きながらも――密かに復讐心を滾らせていたのである。
「狭くて、真っ暗な場所に閉じ込められたり。突然八つ当たりじみた罵倒を浴びせられて殴られたりはしょっちゅうでした。……おかげさまで転生後の僕も、暗い場所はあまり得意ではありません。前世の記憶など蘇る前からです」
何故自分が、このような目に遭わなければならないのか。
何故あのような品性の欠片もない醜い女達が、我が物顔で自分の家を、財産を自由にし、歩き回っているのか。此処は自分と、あの優しかった父のものだったというのに!
やがてシンデレラは、書庫から禁断の魔導書を見つけてしまうことになる。降り積もった憎悪を昇華させる、唯一無二の方法を。
「十三歳の誕生日を迎えた翌日が、舞踏会の日でした。僕は書庫で見つけた魔導書を使って、召喚を行います。……シンデレラの家柄は、古くから伝わる魔女の家系だったのです。父がそういう研究をし、書物を保管していたことを僕は知っていたのですよ。そして呼び出したのは……魔法使いのおばあさんなどではなく、悪魔だったわけですけれど」
どんな魔法にも、代償は必要だ。
ましてや悪魔に頼みごとなどをして、無事で済むはずがない。
それでもシンデレラは――命と引き換えでもいいから、あの忌々しい継母と娘達に復讐したいと、そう願ってしまったのである。
「虐げられ、己の価値さえ貶められ続けた僕は……自らの幸せさえ、願うだけの力が残っていませんでした。だから悪魔に望んだのは、復讐。僕は魔法の力を、誰かの不幸を願う為に使ってしまったのです」
「それで……悪魔の力でドレスを着て、舞踏会に行ったってことなのか?」
「そうですね。ただし靴のみならず、ドレスも馬車も何もかもがガラスやガラスの繊維でできた代物でしたが。キラキラと光り輝き、誰にも真似できない美しいドレスを身にまとい、舞踏会で王子の目を釘付けにすること。……それが何より、名誉に眼がくらんでいた継母達への報復になると知っていたからです」
十二時の鐘が鳴ると同時にお城から逃げた、というのは童話と同じだ。ただし逃げた最大の理由は魔法が解けてしまうタイムリミットだったからではなく、それが悪魔の指示であったからに他ならない。悪魔は、逃げる者を追いかけたがる王子の性格を正しく把握していたというわけだ。
このあたりの流れは、童話とあまり変わらないだろう。わざとガラスの靴を落として逃げ、王子がその持ち主を探し回るように仕向ける。全ては、ドラマチックにシナリオを演出する、そのためだけに。
「最終的に王子が我が家に辿り付き、僕を屋根裏に隠しておきたかった母達の目を盗んでドアの鍵を壊して開け、王子の目の前に降り立って悲劇のヒロインを演出する。……そして己の不幸な境遇を、伯爵家の正統後継者でありながら継母と娘達に虐げられている状況を王家に訴える。……目論見は大成功でした。継母達がやっていた行為は、王家の使徒とされる“貴族”への反逆……立派な違法・背叛行為でしたからね」
復讐は、果たされた。
継母と三人の意地悪な姉達は、法が定める通り残酷なやり口で無残に処刑されることになったのである。
「王子に見初められ、后となることを約束された僕は。高級なドレスを身に纏い……笑いながら、自分を虐げた継母達が苦しみぬいて死んでいくのを眺めていました。彼女達は最後まで、最高の栄誉を手にし、自分達では到底手が届かないドレスと冠を纏った僕に嫉妬し……呪詛を吐きながら死んで行きましたよ」
継母が全身の肉を生きたまま削ぎ落とされて、激痛に悶え苦しむ様も。
一番上の姉が焼けた鉄板の上で、悲鳴をあげながらダンスを踊らされるのも。
二番目の姉が苦痛の梨で、まだ男も知らぬ性器と肛門をずたずたに引き裂かれて泡を吹くのも。
三番目の姉が両手両足に縄を括りつけられ、両手両足を引きちぎられて絶命するのも。
全てはシンデレラにとっては、快感でしかなかった。自分が受けた何倍もの苦しみを、彼らに味わってもらわなければ気がすまなかったのだから。そう。
悪魔も、王子も、そこに愛などはなく。ただ復讐の道具だとしか思っていない、どろどろに薄汚れた姫君がシンデレラであったのである。童話にあるような、純粋無垢な心優しい姫は何処にもいなかったというわけだ。自分で言うのもなんだが、美貌だけは多分それなりであったのだろうけれども。
「本当のシンデレラは、そんな酷い女が主役の物語であったんですよ。人の不幸を悪魔に願い、自分を虐げた者達が苦しみぬいて死んでいくのを笑って見るような」
そう、だからあの結末は――必然であったのだろう。
「ゆえに。ハッピーエンドになんてけしてならなかった、なってはいけなかったんでしょうね。……シンデレラは……僕は。最後に自分が望んだ不幸に見合う、相応の罰を受けたのですから」
シンデレラが嫁いだ先の王子が、歪んだ性癖の持ち主であったと知ったのは。文字通り、己がその欲望に晒された後のことであったのだ。
彼は、けして女性を愛せない性質だった。同性愛者であったのか、無性愛者であったのか、あるいは他に理由があったのかはわからない。后などただ、己の血を繋ぎ、同時に己の楽しみを提供する道具であればそれでいいと思うような人間だったのである。あまりにも外面が良かったために、その本性を世間は全く知らなかったし、シンデレラも事実そうであったのだけれど。
嫁いだその日、まだ十三歳だったシンデレラは。婚姻の儀も早々に――王子に極めて乱暴なやり方で陵辱されることになるのだ。
「なんてことはないのです。僕を支配する人間が、継母から王子に変わった。それだけだったのですから。継母の虐待も酷いものがありましたが、王子も王子で……けして僕を人間扱いしてはくれませんでした。それ以降はずっと、性奴隷も同然の扱いですよ」
「せ、性奴隷って」
「王子の一人目の子供を産んだのが十三歳の時。二人目と三人目となる双子はその翌年に。三人目が男子であったので、以降は子供は必要なかろうと言われ、王子が僕を抱くことはありませんでした。むしろそれ以降は、いつ死んでも構わないと扱いが悪化しただけです。王子は己と趣味のあう親戚や知り合いを呼んで、僕を玩具にして遊ぶようになったんですから」
服を一日中、着せて貰えない日もあった。
誰の子供かも分からない子を孕み、膨れた腹を殴って流させられた時もあった。
むしろ出産をショーのように扱われ、産んだ子供を目の前で切り刻んで焼かれ、ステーキにして食わされた時もあった。
人の心を持たない者達の巣窟で――シンデレラは、身も心もズタズタに引き裂かれていったのである。
「何人子供を産んで、何人流したかなんて覚えていません。最後はボロ雑巾のようになって……死んだのは、二十歳になるかならないかといった年のことです」
こんな醜くて、汚れた物語など――誰にも知られたくないと思っていた。それでもこんな汚い過去を、恐怖を、一人で抱えるのは限界だと思っていたのも事実である。
ピーターパンが何故シンデレラを嫌うのか。非合理とわかっていても、自分を仲間にしたがらないのか。理由なんてわかる。純粋無垢の象徴であろう彼が、こんな醜い死に方をした“女”のことを好ましく思うはずがない。何より涼貴は――己の無残すぎる最期を知っていてもなお、悪魔に復讐を願ったことを完全に悔やみきれずにいるのだから尚更だ。
「僕は未だに……あの時どんな選択をするのが正解だったか、わからないんです。悪魔に頼ったから地獄を見た。けれど僕は……頼らずとも地獄の中にいました。悪魔に願わなければいずれあの継母達に虐げられて、餓死するなりなんなりで死んでいたことでしょう。……ならばどれほど恐怖の体験をしてでも、復讐を遂げられた結末の方がよほどマシだったのではないか……未だにそんなことを思ってしまうんです」
「それが……ピーターパンには許せない?」
「でしょうね。……全ての物語には、須く罪がある。誰かを傷つけ、誰かの幸せを奪ってしまった罪が。それを後悔することができない僕は、彼にとっては到底認めがたいものなんでしょう。実際、口にするのも憚るような、汚れた過去であることは事実です、し……」
言葉は、中途半端に途切れた。――何も言わず、ただ。凛音がその両腕を広げて、涼貴を抱きしめてくれたからだ。
「ここで。なんか……気の利いた言葉が言えればいいんだけど。私、そういうの全然、得意じゃないからさ……」
軽蔑されても、仕方ないと思っていた。せっかくできた仲間であるというのに、彼女から関係を解消されてしまう可能性も十分にあると。勿論、話したいと思ったから話したし、信頼したいと思ったからこそ語ったのは事実だけれど。
「私は。……汚れた過去だなんて、思わない。シンデレラも……シンデレラを抱えて戦ったお前も、本当に頑張ったと思う。やり方に賛否両論はあるだろうけどさ。シンデレラはただ……自分の境遇を打破するために、最大限努力したってだけだ、そうだろ」
「凛音さ、ん……」
「私が、ピーターパンを説得してやる。お前がこんなに頑張って、一生懸命だっただけだって。選べない選択肢に苦しんで、その中で足掻いて生き抜いただけだって……私がちゃんと伝えるよ。きっと大丈夫だ。かつてシンデレラは独りぼっちだったかもしれないが……今は、そうじゃない。だろ」
わかりきってはいたけれど、でも。
なんてこの人は、お人好しなんだろう。
どうしてこう――人の心を、掬い上げるのが上手いのか。
「私がいる。此処にいる。……それを、忘れるな。仲間ってのは、そういうもんだ。な?」
涙は、出ない。でも心の奥底で、ずっと泣き続けていたシンデレラが顔を上げるのを涼貴は感じていた。
だから彼女に今。涼貴は心の中で、大丈夫だよ、と告げるのだ。
――大丈夫。……この人と一緒なら、きっと貴女も救われる。
未来は、確かに繋がっているのだ。
前世の苦しみさえ、けして無駄にはしないようにと。
けれど――恐らく。魔女に愛された自分達の物語は。実際のところどれもこれも相当に残酷で、悲劇に満ちたものばかりであるのかもしれなかった。恐らく彼女は、そういう物語を愛する趣向にあったのだろう。ある意味では非常に人間らしい魔女だったと言えるかもしれない。安全圏から、刺激的な物語を楽しむのが好きなのは、もはや人間の本能と呼んでも過言ではないからだ。
そしてシンデレラも。まさにそういう物語の一つであったのである。少なくとも現世では大した不幸に見舞われていないはずの涼貴が、幼少時から大人や暗闇を怖がるようになってしまうほどには。
「シンデレラが継母と連れ子の娘達にいじめられ、不遇な少女時代を過ごす……というのは、原典でもさほど変わりがありません。実際僕は、優しい父さんが亡くなってから、あの継母と子供達に散々な目に遭わされていましたからね。屋根裏に住まわされるだけならまだしも、ちょっとしたミスを咎められて殴られる、閉じ込められる、食事抜きにされるのは当たり前でしたよ」
「うわ……最悪だなそれ」
「本当にそうですね。でもって、父が亡くなったのは僕が八歳の時。舞踏会への参加資格は十三歳になった時ですから、虐待はおおよそ五年間も続いたわけです」
童話のシンデレラは、継母達のイジメにも屈せず、気丈に召使のような生活の中でも前を向いて生きていく。しかし、実際涼貴は――本当のシンデレラは、そんな殊勝な正確ではなかったのである。それは元々シンデレラの父が伯爵の地位を持つ貴族であり、シンデレラも名家の令嬢として厳しく育てられてきた人間であったからというのもあるだろう。
貴族としての、徹底した教育と同じだけの贅沢な暮らし。それが、継母と娘達のせいで一変したのである。シンデレラは理不尽に想い、自分を虐げる継母達に恐怖を抱きながらも――密かに復讐心を滾らせていたのである。
「狭くて、真っ暗な場所に閉じ込められたり。突然八つ当たりじみた罵倒を浴びせられて殴られたりはしょっちゅうでした。……おかげさまで転生後の僕も、暗い場所はあまり得意ではありません。前世の記憶など蘇る前からです」
何故自分が、このような目に遭わなければならないのか。
何故あのような品性の欠片もない醜い女達が、我が物顔で自分の家を、財産を自由にし、歩き回っているのか。此処は自分と、あの優しかった父のものだったというのに!
やがてシンデレラは、書庫から禁断の魔導書を見つけてしまうことになる。降り積もった憎悪を昇華させる、唯一無二の方法を。
「十三歳の誕生日を迎えた翌日が、舞踏会の日でした。僕は書庫で見つけた魔導書を使って、召喚を行います。……シンデレラの家柄は、古くから伝わる魔女の家系だったのです。父がそういう研究をし、書物を保管していたことを僕は知っていたのですよ。そして呼び出したのは……魔法使いのおばあさんなどではなく、悪魔だったわけですけれど」
どんな魔法にも、代償は必要だ。
ましてや悪魔に頼みごとなどをして、無事で済むはずがない。
それでもシンデレラは――命と引き換えでもいいから、あの忌々しい継母と娘達に復讐したいと、そう願ってしまったのである。
「虐げられ、己の価値さえ貶められ続けた僕は……自らの幸せさえ、願うだけの力が残っていませんでした。だから悪魔に望んだのは、復讐。僕は魔法の力を、誰かの不幸を願う為に使ってしまったのです」
「それで……悪魔の力でドレスを着て、舞踏会に行ったってことなのか?」
「そうですね。ただし靴のみならず、ドレスも馬車も何もかもがガラスやガラスの繊維でできた代物でしたが。キラキラと光り輝き、誰にも真似できない美しいドレスを身にまとい、舞踏会で王子の目を釘付けにすること。……それが何より、名誉に眼がくらんでいた継母達への報復になると知っていたからです」
十二時の鐘が鳴ると同時にお城から逃げた、というのは童話と同じだ。ただし逃げた最大の理由は魔法が解けてしまうタイムリミットだったからではなく、それが悪魔の指示であったからに他ならない。悪魔は、逃げる者を追いかけたがる王子の性格を正しく把握していたというわけだ。
このあたりの流れは、童話とあまり変わらないだろう。わざとガラスの靴を落として逃げ、王子がその持ち主を探し回るように仕向ける。全ては、ドラマチックにシナリオを演出する、そのためだけに。
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復讐は、果たされた。
継母と三人の意地悪な姉達は、法が定める通り残酷なやり口で無残に処刑されることになったのである。
「王子に見初められ、后となることを約束された僕は。高級なドレスを身に纏い……笑いながら、自分を虐げた継母達が苦しみぬいて死んでいくのを眺めていました。彼女達は最後まで、最高の栄誉を手にし、自分達では到底手が届かないドレスと冠を纏った僕に嫉妬し……呪詛を吐きながら死んで行きましたよ」
継母が全身の肉を生きたまま削ぎ落とされて、激痛に悶え苦しむ様も。
一番上の姉が焼けた鉄板の上で、悲鳴をあげながらダンスを踊らされるのも。
二番目の姉が苦痛の梨で、まだ男も知らぬ性器と肛門をずたずたに引き裂かれて泡を吹くのも。
三番目の姉が両手両足に縄を括りつけられ、両手両足を引きちぎられて絶命するのも。
全てはシンデレラにとっては、快感でしかなかった。自分が受けた何倍もの苦しみを、彼らに味わってもらわなければ気がすまなかったのだから。そう。
悪魔も、王子も、そこに愛などはなく。ただ復讐の道具だとしか思っていない、どろどろに薄汚れた姫君がシンデレラであったのである。童話にあるような、純粋無垢な心優しい姫は何処にもいなかったというわけだ。自分で言うのもなんだが、美貌だけは多分それなりであったのだろうけれども。
「本当のシンデレラは、そんな酷い女が主役の物語であったんですよ。人の不幸を悪魔に願い、自分を虐げた者達が苦しみぬいて死んでいくのを笑って見るような」
そう、だからあの結末は――必然であったのだろう。
「ゆえに。ハッピーエンドになんてけしてならなかった、なってはいけなかったんでしょうね。……シンデレラは……僕は。最後に自分が望んだ不幸に見合う、相応の罰を受けたのですから」
シンデレラが嫁いだ先の王子が、歪んだ性癖の持ち主であったと知ったのは。文字通り、己がその欲望に晒された後のことであったのだ。
彼は、けして女性を愛せない性質だった。同性愛者であったのか、無性愛者であったのか、あるいは他に理由があったのかはわからない。后などただ、己の血を繋ぎ、同時に己の楽しみを提供する道具であればそれでいいと思うような人間だったのである。あまりにも外面が良かったために、その本性を世間は全く知らなかったし、シンデレラも事実そうであったのだけれど。
嫁いだその日、まだ十三歳だったシンデレラは。婚姻の儀も早々に――王子に極めて乱暴なやり方で陵辱されることになるのだ。
「なんてことはないのです。僕を支配する人間が、継母から王子に変わった。それだけだったのですから。継母の虐待も酷いものがありましたが、王子も王子で……けして僕を人間扱いしてはくれませんでした。それ以降はずっと、性奴隷も同然の扱いですよ」
「せ、性奴隷って」
「王子の一人目の子供を産んだのが十三歳の時。二人目と三人目となる双子はその翌年に。三人目が男子であったので、以降は子供は必要なかろうと言われ、王子が僕を抱くことはありませんでした。むしろそれ以降は、いつ死んでも構わないと扱いが悪化しただけです。王子は己と趣味のあう親戚や知り合いを呼んで、僕を玩具にして遊ぶようになったんですから」
服を一日中、着せて貰えない日もあった。
誰の子供かも分からない子を孕み、膨れた腹を殴って流させられた時もあった。
むしろ出産をショーのように扱われ、産んだ子供を目の前で切り刻んで焼かれ、ステーキにして食わされた時もあった。
人の心を持たない者達の巣窟で――シンデレラは、身も心もズタズタに引き裂かれていったのである。
「何人子供を産んで、何人流したかなんて覚えていません。最後はボロ雑巾のようになって……死んだのは、二十歳になるかならないかといった年のことです」
こんな醜くて、汚れた物語など――誰にも知られたくないと思っていた。それでもこんな汚い過去を、恐怖を、一人で抱えるのは限界だと思っていたのも事実である。
ピーターパンが何故シンデレラを嫌うのか。非合理とわかっていても、自分を仲間にしたがらないのか。理由なんてわかる。純粋無垢の象徴であろう彼が、こんな醜い死に方をした“女”のことを好ましく思うはずがない。何より涼貴は――己の無残すぎる最期を知っていてもなお、悪魔に復讐を願ったことを完全に悔やみきれずにいるのだから尚更だ。
「僕は未だに……あの時どんな選択をするのが正解だったか、わからないんです。悪魔に頼ったから地獄を見た。けれど僕は……頼らずとも地獄の中にいました。悪魔に願わなければいずれあの継母達に虐げられて、餓死するなりなんなりで死んでいたことでしょう。……ならばどれほど恐怖の体験をしてでも、復讐を遂げられた結末の方がよほどマシだったのではないか……未だにそんなことを思ってしまうんです」
「それが……ピーターパンには許せない?」
「でしょうね。……全ての物語には、須く罪がある。誰かを傷つけ、誰かの幸せを奪ってしまった罪が。それを後悔することができない僕は、彼にとっては到底認めがたいものなんでしょう。実際、口にするのも憚るような、汚れた過去であることは事実です、し……」
言葉は、中途半端に途切れた。――何も言わず、ただ。凛音がその両腕を広げて、涼貴を抱きしめてくれたからだ。
「ここで。なんか……気の利いた言葉が言えればいいんだけど。私、そういうの全然、得意じゃないからさ……」
軽蔑されても、仕方ないと思っていた。せっかくできた仲間であるというのに、彼女から関係を解消されてしまう可能性も十分にあると。勿論、話したいと思ったから話したし、信頼したいと思ったからこそ語ったのは事実だけれど。
「私は。……汚れた過去だなんて、思わない。シンデレラも……シンデレラを抱えて戦ったお前も、本当に頑張ったと思う。やり方に賛否両論はあるだろうけどさ。シンデレラはただ……自分の境遇を打破するために、最大限努力したってだけだ、そうだろ」
「凛音さ、ん……」
「私が、ピーターパンを説得してやる。お前がこんなに頑張って、一生懸命だっただけだって。選べない選択肢に苦しんで、その中で足掻いて生き抜いただけだって……私がちゃんと伝えるよ。きっと大丈夫だ。かつてシンデレラは独りぼっちだったかもしれないが……今は、そうじゃない。だろ」
わかりきってはいたけれど、でも。
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涙は、出ない。でも心の奥底で、ずっと泣き続けていたシンデレラが顔を上げるのを涼貴は感じていた。
だから彼女に今。涼貴は心の中で、大丈夫だよ、と告げるのだ。
――大丈夫。……この人と一緒なら、きっと貴女も救われる。
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