ルナティック・パーティ

はじめアキラ

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<15・必罰>

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 痛みを伴わない教訓には意味がない。
 そして、残酷なものを安全圏から眺めることが――人は本能的に好きなもの。
 残念ながらそんなあまり認めたくない事実は、されど瑠衣にも否定する術を持たないものだった。グリム童話と呼ばれる類が本当は相当残酷なものである、なんて本が出て大ヒットした事例もある。それらをマイルドにしてマイルドにして、子供にも読み聞かせられるようにした結果が今現世で伝わっている童話というわけである。確かに、あのままの物語では大半、子供聞かせたらトラウマになるものばかりであったのはまず間違いあるまい。

「残酷な物語には……必ず罪がある。いえ、そうではなくても罪があるケースはあるけれど。貴方も薄々気づいての通り、私達の前世は……原典である本当の物語は、基本的にどれも残酷なものだわ。童話として子供向けで広まってさえ、その名残が残っているものもある。狼と七匹の子山羊、なんてその典型だと思わない?」
「狼のお腹を切り開いて子山羊達を救出し、石を詰めて……っていうあれのことですか」
「そうね。そのまま身の安全のために、眠っている狼を殺してしまった方がよほど真っ当だったと思わない?」

 くす、と自嘲気味に笑うリーナ。それらが自分の前世で本当に起きた物語を元にしていると知っているから、余計思うことも多いのだろう。
 実際の物語では、どうだったのだろうか。桃太郎の例にあるように、今日本に伝わっている童話と元々の物語は、実際だいぶ違うのは間違いないだろうが。部分的には一致していることも少なくないのである。

「私の前世は。……狼のお腹を切って、石を詰めるなんて真似はしなかったわ。そういう意味では、童話よりマトモだったのかもしれないわね」

 エレベーターから降りれば、そこは真っ白な長い廊下である。両隣にいくつもドアが並んでいるが、まだ瑠衣が入ったことのあるドアはさほど多くはない。突き当たりが居住空間で、彼女達が普段ごはんを食べるような居間があると知っている。

「狼は、本当はとても優しかった。元いた森では乱暴者だったけれど……そこを追い出されて、狼を知らない草食動物達が暮らす森に逃げてきたけれど。疲れきっていたところを七匹の子山羊の末子に助けられてね、それをきっかけに子山羊達と友達になるのよ」
「え」
「狼は、子山羊達どころか他の草食動物も食べなかった。木の実だけを食べて生きていけるような種族ではないのに彼は……友達を守るために、自分の命を捨てることを選んだのよ。嫌われ者であった彼にできた、初めての友達だったから」
「え、あ……でも待ってください。今、狼はあなたが……お母さん山羊が殺したって」
「ええ、そうよ。……弱りきって、まともに抵抗もできない狼を……私が殺したの」

 がちゃり、と居間に続くドアが開く。その奥は、先ほどの無機質な廊下とは打って変わって、ベージュのカーペットが引かれて同系色のソファーやテーブルが並ぶ、温かな居住空間が広がっている。

「母親は、強いけれど同じだけ怖いわ。我が子を守るためなら何でもする」

 彼女が見つめる先。観葉植物の隣、小さな棚に飾られた一枚の写真がある。
 そこには彼女と――少し恥ずかしそうに笑う莉緒の姿があった。まるで、本当の親子であるかのように。

「母山羊が帰ってきた時に見た光景は。血まみれになった我が家と、食い散らかされた我が子達の遺体。そして、小さな首を抱きしめている狼の背中。……母山羊は、狼が子山羊達の友達であることを知らなかった。だから狼が子山羊を食べている真っ最中だと勘違いして……怒りのまま、その狼を後ろからズドン!ってね」

 でも、真実はそうじゃなかった、と。彼女の声に滲むのは、途方もない後悔の色だ。

「その日……私が用心もせず、家を空けたばかりに。子山羊達は、狼の元いた森……そこからやってきた別の狼の群れに襲われて、みんな食べられてしまったのよ。友達の狼が気づいた時には何もかも遅かった。……私は。倒れた狼が泣いていたことに気づいて混乱したわ。彼は血だらけだったけれど、口元には全然血がついていないんだもの」
「そう、ッスね……肉を食べたなら、血がついてなきゃおかしいし」
「それに、子山羊をたらふく食べたにしては痩せっぽちで。……私はその後、森の他の仲間達に話を聞いて、知ってしまったわ。子山羊達がこっそりと、狼の友達を作っていたこと。……私は思い込みで、自分の怒りだけに任せて……命をかけて息子達を守り、慈しんでくれていた狼を殺してしまったのよ。それが、私の前世。私の……罪」

 そこで、瑠衣は気付く。確かついさっき、その七匹の子山羊の狼も転生してきている、と彼女は言わなかっただろうか。そして、今は瀕死の重傷で入院していると。

「……謝りたかったんですか、その人に」

 彼女はきっと、彼を探し当て――自分の罪を濯ぐ手段がないことを、知ってしまったのだ。

「そうね。……どうしたかったのかしらね、私は。謝る資格なんかないって、現実に突きつけられた気分だったわ。実際私には、そんなことも許されなかった。私は、あの人を助けることができなかったんだもの」

 寂しげに笑う、女性。実の息子ではない莉緒を引き取って母親替わりをしようとしたのは、罪滅ぼしの意識もあったのではないか、と瑠衣は思った。我が子を守れなかった罪。無実の者を手にかけてしまった罪。それらを僅かでも贖うために、自分がお腹を痛めてもいない子供を守ることを誓ったのではないか、と。
 勿論、それだけではないのは、幸せそうな写真と他ならぬ莉緒の様子が証明しているけれど。きっかけは、そういうものであったのかもしれない。

「全ての物語には、罪がある。それなら、ピーターパンである莉緒君にも、シンデレラにも……ってことでしょうか。その罪への認識が違うから、莉緒君はシンデレラを信用できない、と?」

 こくり、と頷くリーナ。

「私は。……あんな小さな子が、そんな重いものを背負って……無闇に苦しんで欲しいとは思わないの。でも、同じだけ……あの子がこの使命に一生懸命であることも知っているから何も言えないわ。自分が何故こんな力を持っていたのか、母親に虐待されなければいけなかったのか、愛されなかったのか……全ては世界を守るためだと、そう理解してやっと納得がいったの。……そのためだけに自分は生きている、産まれてきたんだと信じてる。だから不安要素は少しでも取り除いておきたいんでしょうね。……どうしてあんな優しい子が、前世でも現世でもこんなに苦しめられなきゃいけないのかしら」

 それを聞いて、瑠衣は目を背けるしかない。自分も確かに、力に目覚めたせいで苦労したことはあったが。それを周囲にはっきりと見せつけてしまう前に、自制することを覚えたからなんとかなっていたようなものである。桃太郎の力は、破壊の力。圧倒的、苛烈すぎる正義で悪を駆逐する力だ。そんなものを、喧嘩などで同年代の子供に向けてしまったらどれほど恐ろしいことになるか。
 こうなってくると過去への後悔のおかげで救われたようなものである。皮肉としか言い様がない。罪なき人々をもう二度と手にかけないように、争いそのものを全力で避けた結果、“争いごとが苦手な大人しい草食系男子”で今まで落ち着いてやってこられたのだから。
 自分達が本気で力を出すためには、異説転装する必要がある。それは力を発揮するための武装であると同時に、力を制御できる武装でもあるのだ。普段からでも、多少なりに使えてしまう力はあるし、無意識に使ってしまうこともないわけではない。異説転装を覚えれば普段の力の制御もしやすくなる。教えてくれる相手がいない状況で、自力でそこに辿りつけた瑠衣は幸運中の幸運であったことだろう。

「シンデレラは、罪を後悔していないと聞きましたけど。シンデレラの罪っていうのが、想像できないんッスよね。俺が知ってるのは、継母と連れ子達にいじめられていた女の子が、魔法使いのおばあさんに助けられて舞踏会に行って、最後は王子様とハッピーエンドになるって話だし」

 そう、桃太郎や七匹の子山羊は、多少なりに予想できるところもあっただろうが。どうしても、シンデレラについてがわからない。伝わっている童話には、そうそう残酷な要素などなかったはずである。最後にいじめていた継母達が死ぬ、なんてシーンもなかったはず。
 まあ、こういう印象であるのは大半、某大御所のアニメーション映画のイメージが強いからなのだろうけれど。

「シンデレラの罪ね。あれも相当酷い物語よ。正直私は……あの前世を持って産まれてしまった転生者が、可哀想でならないわ。私だったら恐ろしくて潰されてしまっていたかもしれないもの」
「ていうことは、貴女もシンデレラの物語を見た?」
「物語は、同じ物語に触れたり、場合によっては一定距離に近づくだけで相手の物語のあらすじを知ることができるもの。……多くの物語がそうであるように、シンデレラもけしてハッピーエンドなどではなかった」

 だからね、と彼女は苦笑する。

「むしろ罪を……己の人生を後悔しない選択を“シンデレラ”がしたんだとしたら。凄いとしか言い様がないわ。だってその子、まだ高校生の男の子なんだもの」
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