ルナティック・パーティ

はじめアキラ

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<13・下剋上等>

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 まずい状況になっている、というのは戦い慣れていない凛音にもわかった。涼貴が張ったバリアがあんな簡単に破れてしまうなんて、一体どれほどの能力なのか。しかも、それに対する対抗策を考える時間もないとは。
 そして恐らく、そうやって迷った時間が命取りであったのだろう。固まっていた凛音は次の瞬間思い切り突き飛ばされ――気がつけばアスファルトの上に仰向けに転がるハメになっていたのだから。しかも。

「りょ、涼貴……?」

 腹の上にのしかかっているのは、水色のドレスを着た華奢な少女の背中。そして、その背中は大きく切り裂かれ、だらだらと真っ赤な色を垂れながしている。地面に落ちる命の雫、そして、痛みを堪えるうめき声。

「な、んとか……直撃は、避けられました、けど」
「りょ、涼貴……あんたなんで」
「無事、ですか。凛音、さん……」

 馬鹿か、お前。凛音は思わずそう怒鳴りつけたくなった。どっからどう見ても重傷なくせに、何故ここで自分の心配が真っ先に出るのか、と。確かに涼貴本人からは、傷の具合など見えないかもしれないが――ここまでパックリと肉が裂けているのだ、尋常じゃない痛みに襲われているはずである。下手をしたら、内臓や骨にもダメージが言っているかもしれない。
 それなのに、心配するのは凛音のことなのか。
 こんな小さな体で――何故当たり前のように、付き合って一週間の仲間を、命懸けで庇うことができるのか。

「……もう、誰も、傷つけさせたく、ないんです」

 息も絶え絶えに、少女の姿をした少年は告げる。

「仲間を、助けるのは……当たり前でしょう?」
「本当に、馬鹿……!」

 異説転装中に傷を負ったらどうなるのか。そして、怪我を治す魔法のようなものは存在しているのか。残念ながら、凛音にはそのあたりのことがまだよくわかっていない。ただもし、普通の人間と同じだとしたら――命にかかわる傷であるのは明白だろう。少なくとも、先ほどから溢れ出している大量の血。それだけで事のまずさは明白というものである。

「うっわ、キッモ。何仲間庇ってんの?イイコちゃんのフリ?しかも直撃できなかったし!」

 やがてすぐ傍から、悪意に満ちた声が響く。

「同じ物語だから、魔王様に歯向かってるからってだけでくだんない仲間意識感じてるわけ?はー、これだから嫌いなんだよねえ、偽善者ってヤツ。そうやってイイコちゃんのフリして、どうせ誰かに認められたいだけでしょ?自己顕示欲っていうんだっけ、本で読んだ気がするわー。やだやだ、そういう目立ちたがりってアタシ一番嫌いなんだよね。大体……」
「黙れ」
「は?」
「黙れと言ったのが聞こえないのか」

 怒りと――同じだけの憐れみをもってして。凛音はふよふよと浮かぶ一寸法師を睨みつける。
 この人物の歪んだ性格が、どこまで本来の本人のものであるのかはわからない。もしかしたら魔王に洗脳された結果、性格を悪い方向に変えられてしまっただけという可能性もあるだろう。それでもだ。
 仲間を馬鹿にされて、黙っていられるほど安い人間のつもりはない。
 正直、まだ何もかも実感が湧いていたわけではなく、ただ瑠衣を助けに行きたい一心だったというのが拭えなかったけれど。今の凛音は確かに、涼貴のために怒りを感じている。彼の一生懸命さを、戦いを馬鹿にするようなことしか言えず、平気で傷つけて笑っている一寸法師に。

「お前が本当は何歳の、一体どこの誰であるのかなんて知らないけど」

 涼貴を抱きかかえて、道の橋に下ろす。傷に触らないよう、横向きに寝かせるしかないのが辛いところだ。残念ながら手当をできる道具もないし、そんな時間を目の前の敵が与えてくれるはずもないだろう。

「多分私の方が年上だろうしな。……社会勉強の一環として教えておいてやる。人間、言っていいことと悪いことがあるんだよ」

 出来ることは一つだ。一刻も早く目の前の相手をぶっ飛ばして、彼をしかるべき病院に連れていくことだけである。

「私だって好き好んで戦ってるわけじゃないし、まだ覚悟が全部決まったわけでもないけど。……でも、こいつは私と出会う前から、たった一人で魔王に立ち向かうことを決意して立ち上がったんだ。たった十六歳のガキがだ。お前にできるのか。一人でも……圧倒的な敵を前に、世界を守るために戦うなんて決意が。誰かに認められたいだ?そんんなだけの人間が、こんな危ない戦いに一人で身を投じることなんかできるもんかよ!」

 やらない善よりやる偽善――というのは、どこかの漫画のセリフだっただろうか。
 本当の偽善者なら、良いことをした気になっているだけで、本当の意味でのまともな善行なんざできるはずもない。自分が危なくなればすぐ手を引く、言い訳をする。そういうものだと凛音は思っている。
 でも涼貴は違う。彼は、出会って一週間しか過ぎていない凛音を、命懸けで守ろうとした。とっさにそれほどまでの勇気を見せた。
 自分は彼のことなどまだ何も知らないようなものだけれど。出会って僅かな時間しか過ぎていないけれど。それでも今一人の人間として、女として、年上として――仲間として。彼を守りたいと、心からそう願っているのだ。
 そのために。目の前のムカつく相手を、全力でぶっ飛ばしたい、とも。

「おねーさんが教えてやるよクソガキ。社会の厳しさってやつをな!」

 もう、迷う必要はなかった。理由もなかった。
 凛音は腰の刀に手をかけると、地面を蹴って一気に躍り出た。

「うわっ!」

 油断して、地面近くまで降りてきていた一寸法師に向けて思い切り居合抜きを放つ。刀の扱いなど、それこそ剣道でやった程度のものだけれど。というか、剣道の剣の使い方とはだいぶ違うものだけれど。それでも何故か、かぐや姫の衣裳を纏った時に触れて感じたのである。この、恐ろしく手に馴染む感触は、確かに遠い昔に自分で扱っていたものに違いない、と。
 今の自分はかぐや姫ではない。
 それでも自分の中に確かに存在する“彼女”が、今の凛音に力を貸してくれている。守りたいものを今度こそ守るために戦えを、そう訴えかけてくるのだ。

「や、やばば!」

 ギリギリで居合を避けた一寸法師は、そのまま空高く急上昇を始める。どうやら、さっきの攻撃をもう一度行うつもりらしい。

「おねーさんとか言うならさあ、いい年こいて“その程度”でキレるのはどうなのよ!マジでうっざい!さっさと殺して終わりにしちゃう!」

 再び傾けられる、椀。天高くから放つ一撃の、あれが予備動作なのだろう。凛音はしっかりと敵の姿を見据える。見るのはこれで三度目。一寸法師は気づいただろうか――あの技には、いくつも弱点があるということに。

――二回も見てんだ。こちとら、見切りの練習ってのは部活で嫌というほどやらされてんだっての!

 落下速度は非常に速いし、威力も確かに申し分ないものだろう。だが、空高く舞い上がったその地点から、ほぼほぼ一直線にしか落ちることができないのである。正確には、斜め下に落下しているわけだが――動きそのものは直線的であるし、実は攻撃範囲も剣先だけなので非常に狭いものである。だから、運動神経がさほど良くないであろう涼貴が、凛音をかばった上で直撃をぎりぎりで避けることができたのだ。

――それに、その技を使ってる時は針の雨を使うことができない!全部の力をそこに集約しないといけない技ってことなんだろ!

「“堕天一擲だてんいってき”」

 きらり、と太陽を反射する針の刀。勢い良く落ちてくる一寸法師。その姿をしっかりと見定め――凛音は身を翻した。
 自分の動体視力と運動神経ならば、可能だ。
 そう、避けるだけに大きな動きはいらない。ほんの少し体をひねるだけで十分。

「ば、馬鹿な……!」

 墜落してきた一寸法師の、驚愕の声が聞こえる。彼の剣は凛音を逸れて地面に突き刺さっていた。まさか避けられるとは思わなかったのだろう。
 確かにスピードは速い。威力もある。だが、相手が避けても追尾するだけの性能はないし、なまじ速すぎるがゆえに動きを完全にコントロールしきれてもいない。
 何より――攻撃した直後に、大きな隙があるのだ、彼には。



「お前が傷つけた人たちの痛みを知れ!“断罪ノ舞”!!」



 力を集約させ、叩きつける両手。一寸法師が空に回避しようとするものの、到底間に合うものではない。
 コンクリートを突き破り、オーラを纏った大量の竹が突き出して一寸法師を吹き飛ばした。びしり、と一寸法師が乗っていた椀に大きな亀裂が走る。
 あれが、能力の要。あれがなければもはや空を飛ぶことも、多くの力を使うこともできないだろう。

「トドメだっ」

 地面に叩きつけられた彼に、素早く接近する。そして刀を振りかぶり、一週間の特訓で身につけた新たな技を放った。
 そう、原典の“かぐや姫”は――女ながらに刀を振り回し凄まじい剣技を身につけた、太古の侍。自分にも、その力は確かに息づいている。

「“閃光ノ舞”!」
「ああああああああ!」

 一寸法師の大きな椀は真っ二つに割れ、本人も余波で、絶叫とともに大きく吹き飛ばされた。

「嘘、だよねえ……?この、アタシ、が……!」

 がくん、と力尽きる少年。戦う力はもはやないようだ。
 凛音にとっての初陣が、決着した瞬間だった。
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