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<8・RPG>

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 説明を受けて瑠衣が――心底うんざりさせられたのは言うまでもない。
 自分の前世を思い出し、力の存在を知ってしまった時点で、いずれトラブルに巻き込まれるだろうとは思っていたけれど。だからといって大人になってから、ファンタジー小説もかくやの異能力バトルに参加しろと言われるなんて、どうして想像が出来るだろうか。
 しかもそれが、断りようのないものであるなら尚更に。

「事情はわかったッスけど」

 そこは、ピーターパンこと西影莉緒にしかげりおが暮らしているマンションであるようだ。正確には彼一人ではない。なんせ、莉緒まだ十二歳の小学生である。この部屋にはもう一人、彼の実質保護者をしている女性がいるらしい。今はその人物は留守であるようだが。恐らくこの流れからして、彼女もまた物語の一人ということなのだろう。

「魔王との戦いなんて……RPGみたい」
「だろうな。俺も初めて聞いた時はなんの冗談かと思ったもんだ」

 幼い見た目とは裏腹に、大人びた口調で莉緒は言う。

「それでもいきなり襲われて洗脳されそうになれば、嫌でも理解する。この世界を支配しようとしている魔王は、現世に実在するということをな」

 ざっくりと彼が事態を把握した経緯も聞いた。なんともまあ滅茶苦茶な話だ、学校帰りに突然魔王に洗脳された“物語”の襲撃を受けたというのだから。幸いなんとか逃げおおせることはできたものの、事態の深刻さを理解した彼は保護者の女性と共に仲間を探すことにしたのだという。
 そして、しらみ潰しに東京近郊をサーチしていたところ、既に桃太郎として目覚めていた瑠衣を発見し、今に至るということらしかった。

「幾らなんでも強引じゃないの」

 この件に関しては、非難する権利くらい自分にもあるだろう。いきなり有無を言わせず拉致するなんてあんまりにもあんまりすぎる。自分にだって私生活はあるのだ。明日から嫌でも会社を休む羽目になってしまう――まだ一年目で、有給休暇も少ないと言うのに。というか、休んだら休んだ分後日地獄を見るのが社会人である、このお子様はそのへんの事情までわかっているのだろうか。
 何より、今回彼の“沈黙の鳥籠”はやや失敗して、一緒にいた先輩を巻き込んでしまっているではないか。怪我をさけたわけではないかもしれないが、それでも怖い思いはきっとさせてしまっただろうに。

――ていうか、岸田さんあのままちゃんと家に帰れたのかなぁ。べろんべろんに酔ってたし滅茶苦茶心配なんだけど……。

 ああどうしよう。やめとけと幼い頃から言われてはいるがつい――お節介モードに突入しそうになっている自分がいる。あるいは過保護とでも言えばいいのだろうか。お前は俺らのお母さんか!とよく学生時代の友人からもツッコミを貰ったものである。
 まあ、そう言うのなら頼むから、身近であんまりハラハラさせるような行動はしないでほしいのだけど。どうにも自分の周囲には、岸田凛音をはじめ危なっかしい人が揃っている気がしてならない。

「正面から話して誘うとか、できればもう少し真っ当な手段を取って欲しかったな。いきなり拉致は酷いッスよ」
「悪かったとは思っているが、これが手っ取り早かった。お前たち社会人というやつは、真正面から誘うとやれ“明日から大事な会議があるから”だの“締め切りがやばい案件が詰まってるから”だのと言ってウダウダするだろうが」
「うぐ」

 図星だった。確かに真正面から丁寧に誘われても、自分はすぐさまイエスとは言えなかったかもしれない。下手すればリアル事情を理由にズルズルと戦いへの参加を引き伸ばしてしまっていたかもしれなかった。
 それは、事の重大さにまだピンと来ていないから、というのもあるのだろうが。同じだけ“戦うのは何も自分じゃなくても”という気持ちがあるからというのも否定できない。桃太郎としてのトラウマゆえに、己が戦いに積極的でない自覚は嫌と言うほどあるのである。

「俺が魔王の手下に囲まれて逃げられたのは幸運だった。普通なら、例え力に目覚めていても複数で囲まれたら成す術がない。殺されるか洗脳して世界征服の道具にされるかのいずれかだろう。そうならないためにはまだ染まっていない物語を集めて、こちらも複数で対抗するしかない」

 お伽噺のようなことを、真面目な顔で宣う莉緒。実際既に襲撃された彼からすれば、この状況はもはや信じる信じないを議論できるレベルではないということなのだろう。

「他にも仲間を集めている奴はいるようだが……正直“シンデレラ”は信用できない。全ての物語には須く“前世の罪”がある。自らの罪を悔やんでない輩を仲間にする気はない」
「罪……もしかして」
「覚醒した物語は、同じ目覚めた物語に触れればその前世をある程度読み取ることができる。また、俺のように索敵能力が高ければある程度近付くだけでも可能だ。加賀美瑠衣、お前のことは数日前から調査して、結果仲間にするべきと判断した。お前は己がしたことを、心底後悔しているからだ」
「……」

 どうやら、瑠衣が何に悩んで生きてきたかなど、彼にはお見通しであるらしい。ならば、こちらも隠す必要はないだろう。瑠衣は重たい口を開く。

「じゃあ、俺が……戦いに積極的でない理由もわかってるよね?」

 自分はまだ、莉緒の『ピーターパン』としての物語を知らない。だから彼が己の何を悔やんでそこにいるかなんてことは、何一つわかってはいないけれど。もしかしたらそれは、自分の『桃太郎』よりも壮絶なものであるのかもしれないけれど。

「俺は……戦いたくないッス。だって敵は……魔王なんて呼び方してるけど結局のところ生きた人間なんッスよね?物語が転生した……普通の人間。洗脳して手下にされてる人達も含めて」
「それがどうした」
「殺してしまうかもしれない」

 はっきりと言わねばならない。戦うということは、その覚悟を持つということだと。

「“桃太郎”は、数多くある日本昔話の中でも最もメジャーなものの一つッス。それだけに力も強い。……君、俺の力を知らないでしょ。どんだけそれが凶悪なのかも含めて。俺は決めたんだ、この力を絶対に人に向けたりしないって。前世と同じ……過ちを犯すような真似は、絶対にしないって」

 そうだ、魔王にだって――世界を支配したいと願う理由があるのかもしれない。それは復讐であったり、あるいは自分や誰かを救うための唯一の手段であるのかもしれない。
 あるいは悪だと自分達が信じているだけで、本当はもっと別に真の敵がいるかもしれない。
 そう考えれば考えるほど、死んで当然な者など一人もいないのだと思い知らされるのだ。それが冤罪かも知らないというところまで考えればまさにキリがないだろう。
 そしてその可能性が少しでもあるのなら――自分は、戦えない。
 例え戦わなければ、世界を守れないのだとしてもだ。

「俺は桃太郎にはならない……もう二度と、英雄呼ばわりされるのなんかごめんだ。俺は加賀美瑠衣として生きて、加賀美瑠衣として死ぬ……殺すくらいなら、殺される方がずっとマシッスよ」

 甘えたことを言うな、と叱られるかもしれないと思った。きっとピーターパンである莉緒にも自分なりの強い信念や覚悟があってそこにいるはずなのだから。非難する権利が彼にはある。自分は結局自分のことしか考えられていない――それも紛れもない事実ではあるのだから。
 しかし。

「お前の命だ、好きに使う権利はお前にある。戦わずにして死を選ぶのも自由だろう」

 莉緒の声は責めるというよりも――どこか静かに、諭すようなものだった。まるで自分が拒むことなど最初からわかっていたとでも言うように。

「だが、お前はその台詞を……戦う術も身を守る術もない者達にも強要できるのか?自分と同じように無抵抗に殺されろと言えるのか?」
「!」
「お前が矛にも盾にもならないということは、つまりそういうことだ。お前と一緒に、お前の後ろにいる人々も死ぬ。戦う力を与えられた者は、それらを背負う責任を負っていることを忘れてはいけない」
「そ、それ、は……」

 きっと正論だ、とわかっていた。自分が戦わなければ、力のない者たちは無様に蹂躙されるだけなのだろう――その魔王とやらが実在し、本当に世界の支配や改変を目論んでいるというのなら。

「……魔王って、なんなんッスか。その正体に心当たりが?」

 逃げだ、とはわかっていた。それでも結論を今ここで出す勇気はなくて、ギリギリのところで話題の矛先を逸らしてしまう。それがやや強引だとわかっていても、だ。

「その支配が成功したら、みんなが死ぬって。本当にそうなるんスかね」

 きっとそんな瑠衣の浅はかな思惑などお見通しであったことだろう。それでも莉緒は呆れた様子もなく、そうだな、と話に乗ってきた。瑠衣が寝かされていたベッドの横に小さな椅子を引っ張ってきて、ちょこんとそこに座る。
 そうして半ズボンの足を晒してぶらぶらと揺らしている所作などは、ただの子供にしか見えないというのに。

「魔王もまた物語。……俺にもまだその正体はわからない。ただ、かなりメジャーな物語のどれかではあるのだろう。実際に接触したことはない。メッセージを伝えてきたのは俺を襲撃した“金太郎”と“白雪姫”の二人だ」

 だから目的は人伝にしか聞いていないが、と莉緒は言う。

「それでも、奴等は確かに言った。……この世界を恐怖と血で満たし……新たな“物語”を作ると。そして、今度こそ“魔女”に愛してもらうのだと」
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