ルナティック・パーティ

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
上 下
7 / 32

<7・桃太郎の後悔>

しおりを挟む
『なあ、教えてくれ。正義ってなんだ。正義の味方って……一体何なんだ』

 大柄な男が、大粒の涙を流しながら問いかけてくる。血に濡れた刀を握り締めたまま瑠衣――否、桃太郎と呼ばれた少年はただ呆然と立ち尽くした。
 男の腕には、まだ年若い少年が抱かれている。その胸は切り裂かれ、腕はほとんど千切れかけた有様だった。それをやったのは他でもない、自分自身だ。自分が――桃太郎が、彼の息子をたった今斬り殺したのである。それが、正義であると信じてしまったがゆえに。

『俺達は、悪なのか。ただ生きていただけで、こんな風に皆殺しにされなければいけないほどの罪だったというのか。ただ少し、普通の者達と違う見た目であったというだけではないか。それがどうして?どうしてこのような目に遭わされなければいけない?愛するものを理不尽に奪われないといけないんだ、なあ……教えてくれよ、桃太郎とやら!』

 後の日本で伝えられている桃太郎には様々なパターンがある。しかし子供達に伝え聞かされる御伽噺として主流なのは、『川を流れてきた大きな桃の中から男の子が生まれ、その子が悪い鬼を退治しに鬼ヶ島に向かう』というものだろう。だが実際は――そんな単純な物語では断じてない。しかし、大きく筋が違うというわけでもない。
 桃太郎は、元々は名のある仙人の子であった。
 桃というものは、古代の中国などでは不老長寿の妙薬として知れた果物であったという。その世界でも同様に、桃とは仙人だけが食べられる特別な食べ物であり、不老長寿の象徴とも言うべき存在であった。桃太郎はある高名な仙人の息子であり、修行中の道士として高い高い山の上で日々鍛錬を行う身であったのである。
 ある時、桃太郎は道士から仙人に昇格するべく試験を受けることとなる。
 その試験の内容が、人間界に送り込まれ、悪者を退治するというものであったのだ。桃太郎は師匠にして父親の仙人の手によって赤子の姿に変えられ、仙人の象徴である桃の中に封じられて川に流されたのである。ちなみに日本の桃太郎は『川を流れてきた桃を食べたおじいさんとおばあさんが若返って子供ができた』のが原典であるとされているが、不思議なことに後に改変された『桃の中から産まれた桃太郎』の方が本来の物語に近かったというのだから興味深い話だ。
 しかし伝えられた物語と違うところは――桃太郎を見つけたおじいさんとおばあさんが、心の底から善人というわけではなかったということである。
 彼らは、桃が仙人の象徴であり、そこから産まれた子供が仙人の子であるということに薄々気がついていた。成長すればさぞ強い力を持った仙人になるに違いない。きっと近隣の町で、否国で一番の英雄に育つことだろう。彼らはそんな打算もあって、血も繋がらぬ得体の知れぬ子供を育てることを決意したのである。それはいずれ、仙人の力の恩恵に自分達もあやかれる筈と確信していたからに他ならない。
 桃太郎は彼らの思惑通り、大きく強く成長した。
 そして桃太郎が十五の年になったところで――彼らは、かねてより考えていた“鬼退治”を息子に任せることを決意したのである。

『港町から海をまっすぐ南へ下ると、岩ばかりで出来た鬼ヶ島というところに辿り着く。そこには体が大きくて力も強い、二本の角が生えた恐ろしい鬼達が住んでいるんだ。彼らは港町の人々から金銀財宝を奪い、時折襲ってきては苦しめ続けているんだよ』

 彼らの小癪なところは――その言葉の半分は真実であったということだろうか。

『桃太郎。お前、みんなを助ける正義の味方に……英雄になってみないかい?大丈夫、お前ならきっと鬼を退治できるとも』

 確かに、鬼ヶ島には“鬼”と呼ばれる人々が住んでいた。赤ら顔に二本の角、普通の人々よりも大きな体。なるほど、文字通りの鬼。恐ろしい外見の彼らこそ、きっと師匠が言った“倒すべき悪者”に違いない。桃太郎は鬼退治をすると即決したのである。
 だが、少し考えればおかしいことなど、この時点でもわかったはずなのだ。
 鬼達は岩ばかりで草木も殆ど存在しない鬼ヶ島なんぞに住んでいるのか。時折港町を襲うというのなら、港町の人々を追い出して魚も草木も豊富な町に住み着けばそれでいいのではないか。
 だが、その時の桃太郎は、心優しいおじいさんとおばあさんが嘘をつくはずがないと信じ込み。そして、港町の人々の証言だけを聞いて、丁寧な事実確認などしなかったのである。彼らは被害者であり、圧倒的で一方的な加害者として鬼がいる。なるほど、そう信じて思い込んでしまえば、これほどまでに楽なことはなかったことだろう。
 桃太郎の呼びかけに、港町の男達も共闘を誓ってくれた。桃太郎は彼らという即席の軍隊を率いて鬼ヶ島に乗り込み、鬼退治を敢行したのである。
 そして、鬼のリーダーを追い詰めたところで――真実を知ってしまったのだ。自分達が今まさに虐殺しつつある鬼達が――本当はただ、異形の姿で産まれただけの、普通の人間であったという事実を。

『俺達は、確かにおっかねえ姿をしているかもしれねえ。肌は赤みがかってるし、体も大きい。こんな角まで生えてやがる。けどな……けど本当はそれだけなんだよ』

 彼らは生まれつき角が生えるという病を患っただけの、ただの人間で。ただ人より体が少し大きいという体質を持っていた、それだけのことだったのである。港町を奪わなかったのは、彼らが優しい心の持ち主だったから。自分達を不毛な土地である鬼ヶ島に追いやった人々を憎みきれずにいたから。
 金銀財宝は、彼らが不毛の土地を発掘し、開拓してやっと手にしたものだった。最初から、彼らの宝であったのである。それなのに、彼らが持っている宝の噂を聞きつけた港町の人々とおじいさんとおばあさんが、それを奪うために物語をでっちあげたのだ。
 全ては、彼らの宝物を奪って、私腹を肥やすために。
 そして、自分達にとっては生理的に受け付けない――気持ち悪い異形の存在を、大義名分をもってして駆逐するために。

『お前らの正義は、俺達にとっては悪だ。悪魔そのものだ……!』

 両親を守ろうとし、勇敢に桃太郎に立ち向かって斬り捨てられた息子の亡骸を抱きしめて。男は血を吐くような声で、叫んだ。このような理不尽が果たして本当にまかり通っていいものなのか、と。

『鬼はお前らの方だ。お前なんか英雄じゃねえ……英雄であるものかよ……!』

 桃太郎は、ただ。
 己が何も知らず犯してしまった罪の重さに――呆然と膝をつく他なかったのである。鬼だと信じていた、無辜の人々の血に塗れて。その血を吸った刀を握って。鬼を退治したぞと、喜ぶ人々の歓声を絶望の心で聞きながらただ――ただ。

――英雄だなんだと祭り上げられて、人々からは感謝された。でも俺はもう……自分を、正義の味方だなんて信じることはできなくなっていたんだ。

 悪者はいた。
 けれどそれは――人間の中に潜む鬼そのものであったのだ。
 今更それに気づいても、もう遅い。己にはもう、仙人になる資格などない。
 打ちひしがれて、最後は海に飛び込んで自ら命を絶った桃太郎。悲しいかな、物語の肝心なところは、まるで現代の子供達に伝わることなどなかったのだけれど。



 ***



「う……」

 体が、鉛のように重い。ゆっくりと浮上する意識を感じながら瑠衣は、“ああ本当に最悪だ”と心の底から思った。
 また、同じ夢を見たらしい。目覚めてしまってから一体何度同じ人生を繰り返し、同じ絶望の海に沈んだことだろう。もう今の自分は桃太郎ではないのに――夢を見るたび、お前の前世は大罪人なのだと思い知らされるのである。
 自ら命を絶って死んだとて、失われた尊いものが帰ってくるわけではない。
 あんなものは自己満足だとわかっていた。本当に悔やんでいるのならばどうして、生きて彼らのために出来ることを探さなかったのだろう。残る人生を、正しく贖いのために使おうとしなかったのか。喜びに湧く人々を窘めることも叱ることもせず、ただ打ちひしがれただけで。

――もう、嫌だ。やめてくれ。俺は、桃太郎なんかじゃない。普通の、ただの会社員の……加賀美瑠衣だ。それだけなんだから。

 目覚めてしまったのは、小学生の時。だから瑠衣は――いくら背が伸びても、大人として成長しても、けして誰かと争わないように努めたのである。戦うことは、恐怖でしかなかった。自分の中に眠る力が、新たに誰かを傷つけてしまうことが怖くてたまらなかったからだ。
 人は、物事の一面しか知ることができない。
 もし怒りのまま争った相手が、桃太郎の鬼と同じ存在だったなら。罪なき者であったとしたら。この世界でも、同じことを繰り返してしまわない保証が、一体何処にあるというのだろうか。

――頼むから、もう俺を呼ばないで。俺を、普通でいさせてくれ……頼むから。

 それなのに。運命は待ってくれる気配などない。
 頬に触れる枕の感触も、毛布の感覚も、鼻腔に感じる臭いも――此処が己の自室や見知った場所ではないとわかってしまうから、尚更に。

「いつまで狸寝入りをしているつもりなんだ、お前」

 そして、瞼を持ち上げることさえ拒否している瑠衣の鼓膜を揺さぶる、少年の声。

「起きているのはわかっている。いい加減現実逃避はやめろ……加賀美瑠衣。いや、桃太郎」

 ああ、現実はどこまで残酷なのだろう。
 ただ平穏に生きたいだけの、そんなささやかな願いさえ叶えてくれないだなんて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

MASK 〜黒衣の薬売り〜

天瀬純
キャラ文芸
【薬売り“黒衣 漆黒”による現代ファンタジー】  黒い布マスクに黒いスーツ姿の彼“薬売り”が紹介する奇妙な薬たち…。  いくつもの短編を通して、薬売りとの交流を“あらゆる人物視点”で綴られる現代ファンタジー。  ぜひ、お立ち寄りください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-

橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。 心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。 pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。 「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。

宮廷の九訳士と後宮の生華

狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――

処理中です...