世界の誰より君がいい

はじめアキラ

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<19・地獄にて。>

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 応接室で待たされ、出された紅茶を飲んだのが運の尽きだった。急に眠くなって次に目を覚ました時にはもう、全部手遅れの状態だったから。

――なに、これ。

 ルイは全裸で、応接室のソファーに寝かされていた。睡眠薬と一緒に、自分が両性化の薬を飲まされていたことに気づいた。胸が僅かに膨らんでいて――本来ある筈のない場所が痛んで仕方なかったから。
 そう、起きた時にはもう、自分は見知らぬ生徒に乱暴されていたのだ。薬で体が痺れて動けないルイを、彼は猿のように腰を振って犯していた。それまでルイは両性体としてはもちろんのこと、男性としての性的な経験もなかった人間である。二十歳になるまでは操を守るのが当然と教えられていたし、自分でも思っていた。だからまさか、好きでもない相手と、同意もなく寝ている間にレイプされるのが初めての体験になるなんて思ってもいなかったのである。
 両性として変化したばかりの体は、当然処女の状態である。膜が破れて、素足を血液が伝っているのが見えた。女性としての大事な場所が酷く痛んで、ルイはやめてほしいと何度も懇願した。目覚めた時はただ痛くて苦しいばかりだった。嫌だといくら泣き叫んでも、精力剤を打たれたらしいその生徒は興奮で顔を真っ赤にしたまま、ちっとも腰を止めてくれやしない。
 お腹の中に好き勝手出されたところで、ようやく終わりにしてもらえた。でも、それは地獄の終わりではない。何故なら彼の後ろには、何人もの生徒が並んでいて、先生が時計を見ながらそばに立って見張っていたからだ。

『はい、出したらさっさと場所を交代して。まだ次が控えているんだから』

 両性化された体は、昔の女性よりもずっと妊娠しやすくなるように調整されているという。だから、普通にセックスをしただけでも“当たる”確率はかなり高い。それでも確実性をより上げるために、そしてより優秀な遺伝子が競合するようにということを考えて、父親として選ばれた生徒と十人の生徒と連続でセックスをしなければならないことになっていると後で聞いた。
 だから、ルイもそうなった。どれほど泣き叫んでも、一人が終わったら次が来る。子宮が膨れて溢れてくるまで、十人の生徒全てのターンが終わるまで犯され続けた。最後は、性器の感覚さえなくなっていた。ものすごく痛かったはずなのに自分も射精していた。何が痛くて気持ち悪いはずなのに何もわからなくなっていた。

『気の毒だが、国の方針だから。ああ、親御さんにも通達しておいたぞ。これは非常に名誉なことなんだ、受け入れてくれ』

 国が命令したとなれば、何でも合法になるのがこの世界だ。ひとしきりの説明を受けて、ルイはようやく思い知ったのである。そのあと、意識が朦朧とした状態で体を拭かれて服を着せられて病院に入院させられた。心身ともにボロボロだったというのもあるだろうが、一番は経過観察のためだろう。避妊のための薬は、二十四時間以内に飲まなければ効果がない。万が一、ルイがそれを飲んで逃げるのを防ぐため、監視のための入院だとすぐに気づいていた。
 数日後、ルイは自宅に帰された。薬のせいなのかなんなのか、身体的に大きな傷は負っていなかった。それでも心に刻まれた傷が消えることはないし、勝手に両性化された体も元に戻ることはない。
 学校に行くのが怖くてたまらなかった。何で自分がこんな目に遭わなければいけなかったのだろう。本当に妊娠してしまったのだろうか。お腹の子供の父親が十人のうちの誰なのかもわからないのに。そもそも、あの父親候補たちは何で立候補したんだろう。見覚えのある生徒もいた。クラスの少年もサッカー部の少年もいた。彼等は、泣き叫ぶルイを無理やり犯すことに罪悪感などなかったのだろうか。
 何であんな酷いことに立候補できたんだろう。
 どうして、なんで、自分が。

――全部、あいつのせいだ。

 一か月後、無理を押して学校に行った時、そいつはのうのうとサッカー部の部室に向かおうとしていた。だからルイは言ったのだ。

『お前のせいだ』

 教師は言った。元々この役目は、ミスコンで優勝した生徒が担うものであったこと。白峰光流が急に学校を休んでしまったので、やむなく準優勝の自分にお鉢が回ってきたということ。
 光流が逃げなければ、自分がこんな地獄を見ることはなかったのに。

『よくものこのこ、俺の前に姿を現せたな……!』

 自分は、絶対に彼を許さない。許すつもりなどない。自分は綺麗な体も、心も、未来も何もかも失ったのだから。

「はっ……!」

 はっとして目覚めた場所は、嵐の金星のアジトだった。潰れたカラオケ店の廃墟。椅子に横たわったまま、暫くぜえぜえと息を吐くルイ。久しぶりに、あの日の悪夢を見ていた。大槻祥一郎と会ってしまったせいだろうか。

「は、はははっ……まじで、ありえねえ……!」

 心がズタズタになるほどのトラウマであるはずなのに、体は自分自身を簡単に裏切る。股間が、膨らんでいた。ルイはズボンと下着をあっさり脱ぎ捨てると、その場で自慰を始める。しかし、首をもたげたそれに触れることはない。両性体なので男性の機能も残っているはずだが、もうずっと排泄以外でそちらを触ったことはなかった。おかしな話だ。疼くのは女性器の方なのに、性的興奮で繋がっているのかそっちも勝手に勃起するのだから。
 袋の下、普通の男性ならば何もないはずのところに指を滑らせれば、もうぬるぬるのべとべとになっている。乱暴に、一気に指を二本突き入れた。多少痛くなければ気持ちよくなれない、気づけばそんな体になってしまっている。
 ぐいぐいと奥まで中指と人差し指えを伸ばせば、降りてきている子宮の入り口に触れる。ぐい、と強く押しこんだ瞬間痺れるような感覚が股間を震わせた。なんて憐れなのだろう。種をつけられる場所が一番感じるようになってしまったなんて。それが知りたくて、どうでもいい相手と積極的に寝るようになってしまったなんて。

「はっ……はぁっ……」

 荒く息を吐きながら、無意識に己の下腹部に手を当てていた。
 そこにかつていたはずの鼓動は、既に失われて久しい。



 ***



 暫く。
 ベッドルームを支配したのは、沈黙。祥一郎は完全に言葉を失っていた。

――嘘だろ。

 確かに、春華学園は公立校だし、国からの援助も受けていると聞いている。しかしだからといって、そんな国でも有数の高校が、そのような非人道的なことをしているなんて一体誰が想像するだろう。
 確かに、ミスコンの優勝者ともなれば選りすぐりの美しい少年ばかりだろう。そして、皆に愛されるような人望のある者がほとんどであるに違いない。加えて、春華学園に入れるほどの頭脳明晰な生徒。優秀な遺伝子の持ち主だから是非とも子供が欲しい――なんて考えるのはわからないではないが。
 いや、いくら理屈がわかるとて、倫理観が破綻しているとしか思えない。そのようなことを国が率先して行い、学校側が協力しているなんて。勿論これが、優勝者同意の上で行われるならまだしも、実際光流は何も知らなかったわけである。恐らくは、ルイも。
 あっていいのか。そんな、人の尊厳を無視したような話が。

「……待て、どういうことだよ」

 どうにか祥一郎が絞りだせたのは、そんな言葉だった。

「俺は、あの灰崎ルイと顔を合わせたが……あいつが国の考えた通りに妊娠してるなら、それって九月くらいの話だろ?今は五月だからもう妊娠八か月くらい、になってんのか?それくらいじゃなきゃおかしいはずだ。でも、俺が見たところそんな腹が膨れてたようには……」
「ルイ君が妊娠したのは、間違いないと思います。というか、状況的にみて妊娠を避けられた可能性は奇跡に近いから」

 でも噂で聞いたんです、と光流は呻く。

「ストレスで、流産したんじゃないかって。……それで、国からも……家からも期待を裏切ったと責められて、冷遇されたって」
「なんだよそれ!」
「僕は……僕だってそう思いました。でも、最低なんです。僕は死にそうなほど傷ついて絶望しているはずのルイ君をほったらかしにしました。自分が逃げたことがバレるのが怖くて、自分が逃げることしか考えられなかったんです。そしてがむしゃらに勉強して日照大学に合格して、それを言い訳にしてあの町からも逃げた……っ!」

 どんどん、光流の声が湿ってくる。思い出したのだろう、かつての絶望と恐怖を。
 自分がしてしまったことの、罪の重さを。

「僕は……僕は、彼の糾弾を甘んじて受ける勇気もなく、傍で慰める甲斐性もなく、自己保身しか考えることができなかった愚かな人間です。かつての自分を捨てるために髪も切って、髪の色も戻して眼鏡をかけて、真面目な生徒を演じることで生まれ変わろうとしました。でも、見た目を変えても腐った魂が変わるわけじゃない。そんな僕を、ルイ君が恨むのは当たり前なんです……!」

 嗚咽を漏らしながら、光流は言う。全部自分が悪いんです、と。

「ごめんなさい、祥一郎君。全部黙っててごめんなさい。僕はこんな人間です。ルイ君が、自分と同じ目に遭わせてやろうと思うのも当然なんです。そんな人間が、本当は誰かに恋なんかしていいはずがない。君に愛される資格があったはずもない。それなのに僕は、僕は全部知られる前に君に抱かれたくて無理やり押しかけて……本当に、卑怯で、臆病で、だから」
「光流」

 自分を責める言葉を吐き続ける光流を。気づけば祥一郎は、真正面から抱きしめていた。その血を吐くような叫びを止めさせたかったがゆえに。
 だってそうだろう。
 確かに彼は逃げたかもしれない。でも、押しつける羽目になったのは結果論だ。そして、一番悪いのはどう見ても光流ではないではないか。

「もういいから」

 悲しいのも苦しいのも、自分ではない。わかっている。それなのに。

「もういい、から」

 どうして、涙が出るのだろう。こんなに悔しくてたまらないのだろう。
 そのまま、声にならないような嗚咽を漏らしながら、ひたすら抱きしめあって眠った。けして埋まらない傷跡を、それでも無理やり埋めた気になろうとするように。

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