世界の誰より君がいい

はじめアキラ

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<4・アイスクリーム店にて。>

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 なんというか、完全に遊ばれているような気がする。自分がもうちょっとマジなヤンキーでキレやすい性格だったらとっくに殴られてたぞオマエ、と何度思ったことか。悲しいかな、そもそもが“正義の味方”気取りで始めたギャングチームだった上、祥一郎本人はなかなか奥手なクチだった。友情だろうと、恋愛だろうと、関係なく。

「……お前、面白がってね?」

 アイスは美味しい。蕩けるようなイチゴの甘さと、鼻に抜けるソーダ味の爽快感がたまらない。イチゴの果肉と種が時々口の中でぷちぷちと弾けるのもいい。これはこの店のアイスの中でもかなりのヒットだろう。期間限定じゃなくて常設にしてほしい――いや、その話ではなく!

「何で突然アイスなんか」
「え、嫌でした?アイス好きなんでしょ?」
「好きだけど、好きだけども!そういうことじゃなくてだな!」

 確かに、彼の護衛?みたいなポジションを言い出したのは自分の方だし。本当にどうでもいいなら、こいつがまた絡まれていようと酷い目に遭っていようと呼び出されようと、自分が完全に無視して応じなければいいだけの話である。
 それにわざわざ乗ってしまうのは、完全に自分の甘さだと言わざるをえない。それはわかっているのだ、でも。

「俺が行き帰りでお前を護衛するたび、妙に寄り道も増えてんなーって思ったし」
「う」

 光流がぴしっと固まるのが見えた。アイスを持って、露骨に目を逸らしている。図星かよ、と少し呆れてしまった。どうやら本当に、意図的に寄り道を増やしていたらしい。特に、遅刻の心配がない帰り道に。

「アイスが好きだってお前に語ったことはねーけど、そういやこの間ここのCM流れてきた時、ぼそっと“アイス食いてーな”ってぼやいたの思い出したわ。お前、それ聞いてて今日わざとらしくここの道通ったりした?ん?」

 返事がない、ただの屍のようだ。
 というか、油の切れたブリキ人形のように動きがぎこちなくなっている。そっぽむいた光流の首から、ぎぎぎぎぎ、というなんとも錆びた音が聞こえてきそうなほどに。

「何か目的があんのか?まだ俺に頼みたいことがあるとか?マジで俺をパシリに使おうとしてんならマジで……!」
「違います!」

 がたんがたんがたん!という音と共に椅子がひっくり返った。光流が思いきり立ち上がりすぎたせいだ。さっきまでとはうってかわって大きな声に、テラス席で食べていた男性三人組が何事かと振り返るのが見える。

「あ、す、すみません……」

 そして光流は、慌てたように椅子を戻して座り直した。訳がわからないのは祥一郎の方だ。何でそんなに焦っているのか。そりゃ、自分もちょっときつい物言いをしてしまったかもしれないが。
 ちょっと腹黒そうで、肝が据わった印象の眼鏡男子。そんな彼のイメージが、なんだか急に崩れていきそうになっている。

「……そういうのではないんです。本当です。勘違いさせたなら、ごめんなさい。ただ、あの、その……」
「んだよ、言いたいことがあるならハッキリ言えって」
「えっと、その……」

 さっきまでとはうってかわって、妙に歯切れの悪い態度。どうやら悪気があってこんなことをしているわけではないらしいというのは理解したが。

「……祥一郎君は、さっきの、そんなに嫌でしたか」
「え」
「だから、店員さんに僕とカップルと勘違いされたこと、です。嫌だったのかなって」
「そ、それは否定したじゃねえか、別に……」
「じゃあ、嬉しかったですか?」
「は?」
「嬉しかったんですか、本当は。どうなんですか」
「あ、いや……」

 何を言い出すかと思えば、さっきの店員さんとの会話である。確かに、自分ががっつり否定したことでかなり彼はご機嫌を損ねていた様子だったが。まさか、そこまで引きずるようなことだったのだろうか。確かに、この世界では男性同士でカップルになるのが普通だし、若い男子二人組だとそう勘違いされるのも珍しくはない。友達同士かカップルかなんて、アンドロイドの店員に見分けがつくようなものではないだろう。
 もしかして、嫌いだから否定したんだとでも思ったのだろうか。あるいは、友達であることも拒否られたように感じた、とか?

――つっても、会ったばっかりだし。そりゃ……。

 俯いてもごもご言っている光流を見る。野暮ったい眼鏡をかけているのに、可愛らしい顔立ちはちっとも隠せてはいない。硝子の向こう、キラキラとした大きな瞳が見える。髪の毛だって少しハネているけどサラサラだし、色も白いし、充分に美人の領域だろう。恋愛なんて考えたこともなかったので、好きなタイプの好みなんて精査したこともないが――魅力的だと思う要素は充分揃っているとは、思う。
 こういう子が恋人だったら、自慢できるかもしれない、なんてことも。でも。

――嬉しいって、そう言われても……。

 わからない、としか言いようがない。なんだか、容姿だけを理由に自慢できそうだなんて言ったらそれはそれで彼に失礼な気もする。
 いずれにせよまだ、自分はこの少年のことを何も知らないわけで。そう、何故こうもしつこく高校の元同級生につけ狙われているのかどうかさえ。

「僕は」

 返事に窮していると、光流の方が口を開いていた。

「僕は正直言って……嬉しかったです」
「え」
「……ここまで言ってもわかんないんですかね。このニブチン男!」

 そして急に怒りだした。その頬を、真っ赤に染めて。



「君のことが好きだって言ってるんですよ!最後まで言わせないでくださいよこの馬鹿!」



 止まる。
 何が止まるって、思考が。ついでに体も。

「お、おま……」

 おい、アンドロイドの女性店員、なんで仕事中にスマホ持ってこっちの写真撮ってるんですか。尊いもん見たなんて顔してるんですか仕事してくれださい。あと奥にいる男性三人組。にやにやしながらなんでこっち見てるんですか、メモ取ってるんですか、マジでやめてくれませんかねいやほんとに。

「こ、声が、でけえよ……」
「あ」

 既に赤かった光流の顔が、次の瞬間湯沸かし器のごとくになった。耳から湯気でも出そうなほど紅潮している。そのままテーブルにつっぷして、うわああああ、と悶えているが悶えたいのはこっちも同じだ。
 それは祥一郎にとって文字通り、生まれて初めての告白。まさか、こんな公衆の面前で堂々とコクられるだなんて思ってもみなかったわけだが。

「えっと、その、いやその、おま……俺ら、会ったばっかりじゃね……なんで?」

 ごにょごにょごにょ、と口の中で言葉を転がしながらどうにか言えた言葉はそれだけだった。確かに、今までの彼の態度を見ればなるほど“少しでも祥一郎と一緒にいたくて、デートじみたことがしたくて連れまわしている”と見れなくもないだろう。だがしかし、自分達がまだ会って一週間程度であるということを忘れてはいけない。たった一週間で、人はそう簡単に誰かを好きになったりするものだろうか。
 いや、連れまわすようになったのはもっと前からのこと。というかこうして思い出してみると、ほぼ最初から気があったような態度であったとしか――。

「悪かったですね、一目惚れで」
「ひっ……!?」
「ええそうですよ、馬鹿じゃねえのと自分でも思いますよ、なんで見た目だけでマジ惚れするんだ自分と!今まで小説とかマンガとか読んでても一目惚れなんてあるわけないとしか思ってなかったし現実的じゃないしとにかく相手の中身も知らないのに好きだのなんだの言ってもうすっぺらいって本気で思ってたしまったく共感もしてなかったっていうのに……あああああ!ありえない、なんで僕、僕はっ」
「お、落ち着け」
「助けに来てくれた時の声が、すごくかっこよくて。拳も振るわずに撃退したのがすごいなって思ってて。で、眼鏡かけて、間近で君の顔見たらもう完全に射抜かれちゃってたというか……」

 そろそろそろ、とテーブルに突っ伏していた顔を上げる光流。よっぽど恥ずかしかったのか、その眼には涙が浮かんでいる。

「今まで、色々あったし、無理やり関係を結ぼうとする馬鹿に襲われたりもしたけど。その時はマジきもいとしか思ってなかったけど。……君ならいいって、本気で思っちゃったんですよ。そして、僕がちょっとわがまま言っても送り迎えしてくれるし、助けてくれるし、不良っぽい見た目に反して律儀で優しいんだなってわかったら好きになる一方だというか、そういうわけというか」

 どんどん声が小さくなる。そして最後は、ごめんなさい、の言葉で絞められた。

「本気で、迷惑だったら、言ってください。……お察しの通り、僕はこんな性格ですし、いろいろワケアリ物件ですし。そうしたらもう、頼りませんから」

 本当は傍にいてほしいけど、という声が聞こえる気がした。それでもきっと、ここで祥一郎が迷惑だと宣言すれば、彼は本当にもう二度と自分を呼びだすことはしないのだろう。目の前に現れないように全力を尽くすだろう。
 自分にはまた、以前と同じ生活が戻ってくるはずだ。こんなよくわからない、我儘で、顔だけいい腹黒系っぽい眼鏡男子に振り回されることもなくなる。でも。

「……そんなこと言っても、俺がいなくなったらまた襲われんだろ、お前」

 どうにか祥一郎が絞り出せたのは、それだけだった。

「さすがに、お前が酷いことになったら、気分悪いし。……別に、迷惑なわけじゃねーし。仕方ねえから傍にいてやるよ、感謝しろよな」

 その言葉に、光流は眼をまんまるに見開いた。そしてさっきとは別の意味で一瞬泣きそうな顔して、次に心から嬉しいと言わんばかりに笑ってみせたのだった。

「……次は、ダブルコーンのやつ奢ります。お好みの味で」
「その時はチョコバナナとチョコミントな」
「チョコまみれじゃないですか、ったく」

 まだ、彼のことが好きなのかは自分でもわからない。それでも祥一郎はなんとなく感じていたのだ。
 こんな時間も、悪くはないかもしれないと。

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